終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍登録用): jmj.c@kra.biglobe.ne.jp



Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)


    



1996年2月18日(日)
 祈りの家  コーナーストーン
3:00pm''

new
 

聖母:そうです。どのような小さな罪をも犯さないという堅い決心が必要です。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、あなたたち全てを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

陣痛のように、様々な事が起こっています。

多くの災害があなたたちを襲ってきます。

それでも、気づかない者は気づきません。

あなたたちは、見ても、聞いても信じなかった、そのようになるのです。

聖書は、一言一句成就しなければならないからです。

わが子供たちよ、祈りにしがみつきなさい。

まことに聖なる者となれるように、励みなさい。

多くの祈りとあなたたちの奉献の業によって、私たちの仕事を助けなさい。

祈れば祈るほど、理解できるようになるからです。

祈り、祈り、祈りなさい。

意向を立てて祈りなさい。

そうすれば、あなたたちは光を受けて、悟れるようになるからです。

自我とサタンによって、巻き起こされている妨害を、徳によって乗り越えてゆきなさい。

そうすることによって、あなたたちは、忍耐と徳を獲得してゆくことができるからです。

一日一日を生きなさい。

イマクラータ、わが子よ、わが子供たちよ、祈りによって、あなたたち自身が変わるのです。

あなたたちの周りが変わるのです。

多くの者たちが耐えがたく思えるような状況すら、あなたたちはより軽く過ぎ越してゆくことができるでしょう。

そのためにも今、祈りなさい。(後略)

(2016年9月26日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年2月





1996年4月14日
 祈りの家  コーナーストーン
3:00pm''

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、聖ヨゼフと共にあなたと○○、そしてここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

そうです、あなたたちは、聖霊の囁きを聞き取るためには、できる限り、悪魔の影響下にない方が良いのです。

あなたたちの周りは、サタンの妨害と影響に満ちみちています。

この世は全て、サタンのものです。

あなたたちは、この世に在りながら、この世に属さぬ者として、歩んでゆかねばなりません。

この影響下にあるあなたたちは、できる限り聖なる生活を望み、目指さななければなりません。

あらゆるところに、誘惑と罠が満ちみちているからです。

あなたたちは、この世の印ではなく、十字架の印を身に帯びた者として、歩んでゆかねばなりません。

それがいかに苦しいことになろうとも、です。

この苦しみのうちに、あなたたちは、キリストを証することができるからです。

イマクラータ、あなたは、聖霊の満ちみちた恵みを、恩寵を願いなさい。

わが子供たちよ、あなたたちは、恩寵を願って祈りなさい。あなたたちが、聖化されればされるほど、全てが変わってゆくのですから。(後略)

(2016年9月25日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年4月





1996年4月6日
 
6:15am''

聖母:荒廃が、世の多くの人々の心に吹きすさび、愛はどんどん冷えてゆきます。

イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

カトリック信者の心も、わが光の子供たちの心も、サタンの影響を免れることはできないのです。

あなたたちは、二人の主人に仕えることはできません。

あなたたちは世から退き、祈りと準備の生活へと移ってゆかねばならない時がやってきたのです。

私があなたたちを愛し、愛の心で導き、あなたを養い、神の御子、イエズスのまことの兄弟、姉妹として変えてゆくことができるのは、唯一、祈りの道なのです。

この母が望んでいるのは、あなたたちが、祈りの生活を確立し、この母の道を歩んでゆくことなのです。

祈りによってあなたたちの生活は養われ、私たちの愛を理解し、悟り、変わることができるのです。

わが子供たちは、大いに変わらなければなりません。

なぜなら、あなたたちは自分自身のために祈っているからであり、自分本位の信心に傾いてしまうからです。

あなたたちに真の愛を母は悟らせたいのです。

それは、私の汚れなき御心に燃え上がっている愛と同じ愛を、あなた方が持つためです。私は、いつでもあなた方の祈りを待ち、イエズスと共に、腕を広げ、あなたたちを抱きしめるために、待っているのです。

この母と共に祈り、戦いなさい。

なぜなら、戦いは熾烈を極めるからです。

あなたたちは、自分がすでに準備を終えていると自惚れずに、できるだけのことを日々して行きなさい。

今、それが必要だからです。

祈るため、ロザリオをひとりで、グループで、家族で祈るために、多くの時間を割きなさい

それを目的として、一日、一日を生きなさい。

祈りによってあなたたちはうるおされ、神の国、ニューエラに導かれるにふさわしい心を持つに至るでしょう。

では質問を聞きましょう。

質問:○○さんのメッセージは天からのものですか。

聖母:天からのものです。わが娘は、天からのメッセージを受けました。しかし、識別するために、彼女は祈り、学ばなければなりません。多くの誘惑とサタンの妨害を受けるからです。祈りによって彼女は、自らの霊魂を護らなければなりません。(結局、この幻視者が公けのミッションを行うことはなかった―管理人)
(後略)

(2016年9月24日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年4月





1996年4月21日(日)
 祈りの家 コーナーストーン
3:00pm''

聖母:わが子供たちは、つぶやかず、不満を漏らさず、自分の十字架を担って、最後まで歩み続けなければなりません。

イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、あなたたちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、神にとっては、一日は、千年のようであり、千年は、一日のようなのです。

あなたたちは、長く、苦しい忍耐の日々を生きていると思うかもしれませんが、ある者には長く、ある者には、短いのです。

その日が来たとき、あなたたちは、全ての者が驚愕するでしょう。準備してきた者も、準備のできていない者も、全ての者が驚愕するのです。

なぜなら、神の計らいは、測りがたいからです。

あなたたちは、倦まず、たゆます忍耐して祈り続けなさい。

祈りによって、このミッションに、日本のミッションに、実りがもたらされてゆくからです。

今、起こっていること、存在しているもの、全てには、人知を超えた理由があるのです。

ですから、あなたたちは、日々、すべきことをしてゆきなさい。

どのような者であっても、あなたたちは、砕かれた心、謙遜で、痛悔に満ちた心であらねばなりません。

では、祈りを続けなさい。(後略)

(2016年9月23日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年4月





1996年6月24日
 
9:30pm''

聖母:幻視者は、人一倍の努力が必要なのです。聖なる者となるための努力です。

イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

あなたの国には多くの幻視者が与えられてきました。

中途で使命を終えた者もいれば、ミッションをまったくできなかった者もおります。

それはその者たちの祈りが少なかったことにもよりますが、多くのわが光の子供たちが、彼らのために祈り、正しくサポートをしなかったためです。

全ての者が、自分自身に仕えるのではなく、天に仕えなければなりません。このことを、何度、母は言ってきたでしょうか。

わが子供たちよ、あなたたちは、このことで、いつか清算を求められるでしょう。

祈っている者はより多く持つし、持たない者はその持っている僅かなものまで取り上げられてしまうのです。

時のあるうちに、わが子供たちは、祈り、照らしを願って進んでゆかねばなりません。

あなたたちは、この母に憐みを願っていますか。

この母のために働いているのですか。

それとも自分のためなのですか、まことに。

わが子供たちよ、あなたたちは、自分の心をもっと厳しく点検しなさい。

自我に凝り固まっていないかどうか。

時のあるうちにあなたたちは、わが聖なる軍隊として、訓練されてゆかねばなりません。

ロザリオを黙想して祈るということが、重要なのです。

口先の祈りで、環数ばかりにとらわれず、黙想するのです、子供たちよ。(後略)

(2016年9月22日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年6月





1996年2月25日(日)
公開のコーナーストーン 1:00pm

聖母:多くの悪魔の罠があるのです、子供たちよ。


聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私はあなたを祝福します。

私と聖ヨゼフが、あなたと○○、そしてここにいる全てのわが子供たちをたちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが子よ、わが子供たちよ、識別の恵みを祈って、いただきなさい。

さもないと、あなたたちは多くの悪魔の罠に陥るかもしれないからです。

あなたたちが祈り、謙遜であり、罪がなければ、このような罠にはまってしまって帰ってこれなくなるということはないのです。

ですから、子供たちよ、浄い心を願って日々を大切に生きなさい。

徳によって生きなさい。

私はあなたたちに、私の道具をそのために送っているのです。(後略)

同日
祈りの家 コーナーストーン3:00PM

聖母:あなたたちは気づかないのですか。毎週のように、世界の各地で、事故や天災が起こり始めているのを。御父の手が降ろされ始め、あなたたちは徐々に、その正義の御手を感じるでしょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

今、聖ヨゼフと共にいま一度、あなたと○○、そしてここにいる全てのわが子供たちをたちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

祈りによって、災害の大きさや天罰の訪れる順番は変わりますが、全てはことごとく成就するのです。

神の言葉が、ことごとく成就するのです。

文字通り、一言一句たがわずに。

子供たちよ、聖書を読みなさい。

聖書は、聖霊に導かれてこそ、理解できるのです。

ですから、子供たちよ、祈りのない者は理解できず、悟ることができないのです。

祈りによって、準備しなさい。

ニューエラとは、神の国です。

これこそ聖書の言葉の実現、預言の成就なのです。

イエズス・キリストは、生ける者と死せる者を裁くために戻って来られるのです。

それは、最後の審判ではありえません。

最後の審判の時には全ての者が死んでいるからです。

あなたたちは、この地上にうち建てられる神の国、ニューエラに呼ばれているのです。

その国に入るためにどのくらいの信仰が必要ですか。

あなたたちは神と共に住むのです。

報いは大きいのです。

祈り、償いをし、犠牲をしなさい。

どんなに苦しみ、犠牲をしても、この報いは、はるかにあなたたちの努力を凌駕しているのです。(後略)

(2016年9月21日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年2月






■巡礼記 6 (最終回)
ベールは被るが、聖体は手で拝領する。真に聖体を敬っている場合、立ったまま手のひらの上の聖体をつまんで口に運ぶ姿と、跪いて舌で拝領する姿と、どちらが相応しいかは、アプリオリ(先験的)な直観として信徒には分かるはずです。聖体がキリストの現存そのものであると、知識で認識してはいても、私たちの信仰心は脆弱(ぜいじゃく)なのです。身体と心で敬ってこそ、聖体への信仰は強められる。そのことを敵は百も承知です。島原の乱の陣中旗が、今、翻る所以です。天草四郎時貞、われらのために祈り給え。


巡礼記 6

thumbnail_崎津天主堂

8/20 6:00到着 6:30ミサ 崎津教会:イエズスのみ心
最終日のごミサに与る教会として選んだのは、崎津教会
崎津教会が建てられた土地は、弾圧の象徴である絵踏みが行われた吉田庄屋役宅跡であり、この禁教時代に厳しい絵踏みが行われた場所に、現在の祭壇が配置されたと言われています。
思い巡らせると胸が苦しくなるような、大変な苦難の場所です。
少し早目に着いて写真を撮っていると、シスターに話しかけられました。昨日大江教会でお話しした方でした。
参列している方10人ほどで、割合としては女性のほうが多かったです。
堂内は畳敷きですが、パイプ椅子がならんでいました。
畳は跪きやすいことに驚きました。なんとなく、痛そうだと思っていたのです。

非常に素敵な祭壇で、主祭壇の上部にイエズス様のご像があります。
左脇にはヨゼフ様、右脇にはマリア様のご像があります。

崎津ルルド

この日は聖ベルナルドの日で、お説教は聖ベルナルドについてお話ししてくださいました。
古い祈祷書に載っている「慈悲深き童貞聖マリア」で始まるお祈りを作った方だ、というところで私はやっと気付きました。
毎日祈っている祈りを作った方だと。
聖ベルナルドは、トラピストで知られる厳律シトー修道会の修道院長をされ、特に聖母への信心が強かった方であり、我々も聖母への信心を大切にしましょう、という内容のお話をなさいました。
今まで以上に、心を天に向けることができる素晴らしい教会のごミサに、聖ベルナルドの日に与ることができ、心からイエズス様に感謝し、聖母の御取次に感謝をしました。
残念なことに、天草でも舌で聖体拝領をする方がいらっしゃいませんでした。
この後は、帰りの飛行機に間に合うよう、すぐに熊本空港へ向かいました。

8/20 10:10到着 熊本空港
管理人様のご紹介により、ロザリオの十字軍の一員であるAさんとお会いする予定となっていました。このお話があった際、聖母のお導きを強く感じ、面会場所として熊本空港を使うことに決めました。
最短時間とされたナビのルートを通って、熊本空港へ向かいました。
高速を通るルートが速いと計算されていたので、Aさんが教えて下さった道とは違うなと思いながらも、高速にのりました。
すると、途中全く動かない渋滞につかまりました。震災による道路工事のための渋滞でした。
到着予想時間が、見る見るうちに遅くなっていきます。
焦りました。事前に震災による道路状態を考慮するよう、Aさんからアドバイスを受けていたものの、実際は余り気に留めていなかったのです。
ここからは、Aさんとお会いすることが神様の御旨であるならば、間に合わせて下さるだろう、と信じて運転しました。
そして、無事30分ほどお会いして、お話しすることができました。
30分では足りないくらい、お話ししました。
初対面ですのに話が途切れなかったのは、単にカトリック信者だからというだけではなく、ロザリオの十字軍の一員であるという、互いに同じ方向を向いているからなのでしょう。
できればロザリオを一緒に祈りたかったのですが、それは次回、必ずB教会を訪れ、実現させようと考えました。
もし近くにお住まいであれば、お互いに励まし合いながら、祈りのグループとなっていたのではないかと思いました。
このように近い未来、私たちは様々な方法により導かれ、祈りのグループとして繋がっていくのだと思います。
Aさんとお会いでき、非常に力を頂きました。
搭乗口でお別れし、飛行機で帰途につきました。

最後に。-巡礼を通して-

長崎、天草への巡礼を終えて、感じたことを振り返ってみました。

素晴らしいと思ったこととしては、
聖母のご像を飾っている教会が多いこと。
伝統的な祭壇のある教会へ、足を運びやすいこと。
女性が、ベールを当たり前に被っていること。
ミサの奉納祈願の箇所で、下記会衆部分を、訪れた教会では祈っていたこと。(東京教区では、一部修道会系の教会以外は省かれており、司祭が即「祈りましょう」と続けます)
司祭:みなさん、このささげものを、全能の神である父が受け入れてくださるように祈りましょう
会衆:神の栄光と賛美のため、また全教会とわたしたち自身のために、司祭の手を通しておささげするいけにえをお受けください。
この祈りは大切であり、特に「いけにえ」という言葉は、ごミサの重要な部分であることを再確認しました。
 
闇の部分としては、
教会という祈りの場が、観光の場と化していること。
執念深く世界遺産登録にこだわっているので、これは更に加速すると思われます。
手で聖体拝領をさせることが完了していること。
長崎、天草なら舌で拝領する方が、何人かはいらっしゃるだろうと、私は巡礼前には楽観的に考えていました。
しかし所属教会でもそうですが、熱心に教会へ奉仕している方は特に、司祭が教えることに忠実に従っています。
ですから、週日のごミサに与る方々の中に、舌での聖体拝領が見られなかったのは、今となってはうなずけます。

日本では信者の多い長崎・天草でも、闇の部分に直面し、時が短くなってきていることを感じました。
今後は、これまで以上に御聖体に対する信心聖母への信心を強くし、守っていく勇気が重要だと思いました。
そのためには、殉教者に倣うこと、特に日本の殉教者に倣い、日本のためにお祈りくださるように祈ることが必要であり、今まで殉教者への祈りが欠けていたことを感じました。
天草四郎陣中旗こそ、私たちの守るべき信心を表しています。
あのように、御聖体御血に対する崇敬の姿勢を持つよう、私たちに示していると思えてなりません。

(2016年9月17日)




1996年6月30日(日)
祈りの家  コーナーストーン 3:00pm

new

聖母:祈る他ないのです、イマクラータ

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今、聖ヨゼフわが浄配と共に、あなたたちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

祈りは全てを変えます。

祈りは、あなたたちの命綱なのです。

黙想して祈りなさい。

玄義を黙想しながら祈りなさい。

あなたたちは、信仰によってこの母と共に歩まねばならないのです。

信仰のある者のみが、残ることができるのです。

肉とこの世の中に眠り込んでいる多くの子供たちのために、あなたたちは祈らなければなりません。

祈りは、あなたたちの救いの保証となるのです。

子供たちよ、謙遜に祈る者は全てを見出すことでしょう。

たとえ、あなたたちが多くのものを失ったと思うことがあったとしても、です。

子供たちよ、祈りと共に歩みなさい。

そうすれば、迷い出て、疑いの中で自らの魂に首かせを付けるようなことにはならないのです。(後略)

(2016年9月16日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年6月





1996年3月29日
  6:55pm

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、自覚を持たねばなりません。

あなたがどういうミッションに召されているのか、まだその全体が把握できなくとも、少なくとも、あなたに語られてきた使命によって、あなたは立たなければならないのですから。

ミッションとは、それを担う者の聖化なくしては果たせない者です。

それは神の仕事だからです。

黙想することは、神の英知の中に沈むことです。

それは、始めることによって、あなたは大きく変わることができるのですから・・・

霊的読書、黙想というものは、重要な、祈りの生活の部分(パート)なのです。(後略)

(2016年9月15日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年3月





リジューの聖テレーズ

大歓声で終わった公演
カーテンがゆれ
お辞儀をするプリマドンナ
花束が群衆に投げられても
一輪のバラほども
私はあなたを受けとめられない
五月のように音楽あふれる
季節に生きる人は
温かい詩とスイカズラの文で
あなたの「小さい道」を
まき散らしているようだけれど
比ゆの中では生きられぬほど
真実、本物であるテレーズ
言い伝えが消えたとしても
ほんとうのあなたは消えない
謙遜と愛の痛みの中で
一人の少女がひざを抱えてすすり泣いた
ゲッセマネの真の美しさに
心奪われて

アルフレッド・パレット(イエズス会)によるソネット(『モーリスとテレーズ』女子パウロ会 パトリック・エイハーン編著 岡田 茂由子訳より)

(2016年9月14日)




訂正「巡礼記 5」で、「8/19 17:00 天草キリシタン館」の箇所で文章の欠落がありました、訂正してお詫びいたします。その箇所を再読していただければと願っております。


■巡礼記 5   「私は土や木で造った教会や、将軍様の命令一つで追放される司祭だけを頼りにはしていません。天地万物をお創りになったデウスさまが私の力になり最後まで私の精神を強めてくださると、私は信じ安心しております」(カトリック大分教会「アダム荒川の殉教」より)これは70歳で殉教したアダム荒川の言葉です。これからカトリック教会が磔刑に処せられる中、いかに信徒が、教会消滅、司祭不在の中で生きてゆくかの、その心構えに通じます。福者アダム荒川、われらのために祈り給え


巡礼記 5

福者アダム荒川

8/19 13:30 福者アダム荒川の記念広場 
口之津港よりフェリーに乗り、対岸の天草へ渡りました。
そして、天草ロザリオ館大江天主堂へ向かう途中に、富岡という標識が見え、寄り道をしました。

天草四郎の一揆勢が攻め落とせなかった、富岡城があった場所であり、キリシタンの処刑が行われた殉教の地です。

時間がなかったため、富岡城跡の横にある、福者アダム荒川ペトロ岐部と187殉教者の内の一人:教皇ベネディクト16世により福者となる)の記念広場に少しだけ立ち寄りました。

天草ロザリオ館

8/19 14:30 天草ロザリオ館 
こちらには「天使の像」という題名のメダイが展示されており、これを見に訪れました。
天草四郎時貞陣中旗とよく似た図柄のものです。
そして、そのメダイがあれば購入して帰るつもりでさえいたのですが、現在出回っているものではありませんでした。
メダイを目にすると、何やら胸が熱くなるように感じました。
そして、早く陣中旗を見たくなりました。

8/19 15:00 大江天主堂:お告げのマリア
大江は、島原・天草一揆で全滅したと思われていたキリシタンが、160年余りを経て数多く発見された隠れキリシタンの里と言われています。
こちらの教会は長崎の教会と違い、立入禁止エリア以外に座れる場所がありました。

大江天主堂

また、長崎の観光優先的な雰囲気とも異なるように感じ、パンフレットには、「祈りの家 ここはわたしたちが神と出会い、神と語らう祈りの家、神聖な場所です。」と書かれてありました。
座ってから、しばらく祭壇を拝見していました。
主祭壇の左脇には聖パウロ三木聖ルドビコ茨木日本二十六聖人の内の2人)、右脇に聖フランシスコ・ザビエルのご像がありました。

主祭壇上にはお告げのマリア様の聖画があり、また、左脇祭壇にはイエズス様を抱いた聖ヨゼフのご像、右脇祭壇には聖母のご像があります。
穏やかに自然と祈りたい気持ちになり、御憐れみのチャプレットなどを祈りました。

大江天主堂ルルド

いらっしゃったシスターは、とても感じのいい方でした。
お告げのマリア様の素晴らしい聖堂で祈れることが素直にうれしく、心が洗われるようでした。

8/19 15:45 天草コレジヨ館 
時間が押してきてしまい、コレジヨ館に立ち寄るかどうか迷っていました。
こちらでも、ロザリオ館で展示されていたものと同様の図柄のメダイが展示されているため、
あきらめ悪く、レプリカが購入できないかを見に行くことにしました。
結局ありませんでした。
ホスチアカリスのメダイを見ると、改めて胸が熱くなりました。
非常に神聖なものだと感じました。

8/19 17:00 天草キリシタン館 
見るのを心待ちにしてきた、陣中旗が展示されています。
JMJコニュニティーのサイトでも紹介されていますが、天草四郎時貞の陣中旗には、中央にカリス、 その上に十字架がついたホスチア、その両側に合掌礼拝する天使が描かれています。
また、古ポルトガル語で次の祈りが書かれています。

いとも貴き御聖体の秘跡ほめ尊まれさせ給え。

この陣中旗の写真を目にしてから、実際に見に行かなければ、と強く思い続けてきました。
私たちは、今、まさに御聖体に対する信心が必要とされているからです。
レプリカではありましたが、心に響いてくるものがありました。

天草四郎をはじめとする一揆軍が、何のために戦い殉教したのかを明確に表していると感じました。

ロザリオの十字軍の陣中旗でもあると思いました。

殉教戦千人塚

8/19 17:35 殉教戦千人塚
本渡城跡に作られた殉教公園内には、天草キリシタン館と、この殉教戦千人塚もあります。
本渡での両軍の戦死者を、島内各地に祀ってあったものをまとめて祀ったものだそうです。
この千人塚には、名前も知られていない殉教者が沢山いらっしゃるのでしょう。
私は、この方々に倣って、勇気をもって戦わなければならない時が迫っていることを感じました。

こちらでも、殉教により日本を護って下さったことに感謝し、これからもお護り下さりますように取り次ぎを願いました。
日が暮れてきたので、宿泊先へ向かいました。

(2016年9月12日)









■巡礼記 4   「聖堂で祈れない」  大天使聖ミカエル、われらのために祈り給え。

巡礼記 4

馬込教会

8/19 6:30ミサ 馬込教会:大天使聖ミカエル
伊王島へ向かう道に迷いながら、ギリギリに到着しました。
イエズス様が海に向かっていらっしゃり、まるで天へ向かっているように建っている、天主堂が見えました。
胸が高鳴るままに、急いで聖堂へ入りました。
荘厳な祭壇の中央にはのご聖櫃があり、上には大天使聖ミカエルのご像があります。
また、左脇祭壇にはイエズス様のみ心のご像、右脇祭壇にはマリア様のご像があります。
非常に心安らぎます。
聖体拝領の際に跪くと、神父様は躊躇(ためら)われたのか、しばらくそのままの状態になりました。
それでも、跪いて御聖体を頂くことができ、聖母に感謝しました。
ごミサ後日本の守護の天使に捧げられた、この教会で祈っていきたいと考え、残って祈ってもよろしいでしょうかと神父様にお聞きしたところ、閉めるから無理だと仰いました。
残念ながら、またもや聖堂で祈れないという状況になってしまいました。
今となっては、馬込教会は観光客が多いために、あえて施錠して管理しているのだろうと考えられますが、その時はやりきれない気持ちがこみ上げてきました。
そして、島原半島方面へ早めに向かうことにしました。

8/19 10:50 有馬キリシタン遺産記念館
こちらでは、南島原におけるキリスト教の繁栄から島原・天草一揆までの歴史が紹介されています。
案内係の方とお話をしたのですが、島原の乱ではキリシタンが皆殺しにされて一人も残らなかったため、現在特に信者が多いことはないとのことでした。
それだけ厳しい弾圧だったということでしょう。
キリシタン大名として有名な有馬晴信は、こちらの映像や資料などで「南蛮貿易の利益を考えて洗礼を受けた」とされていました。初めはそうだったのかもしれませんが、後には本当に信仰をもっていたと私は思います。
それは岡本大八事件という、罠にはめられたと思われる事件に絡み、晴信は幕府より切腹を申し渡されるもキリシタンであるため自害はせず、家臣に首を刎ねさせ、生涯を終えたこと等から感じられました。

原城跡 天草四郎像

8/19 11:50 原城跡
島原・天草一揆で最後の舞台となった原城跡。
天草四郎時貞は総大将としてキリシタンである一揆軍を率いて、最終的に原城に立てこもるのですが、幕府軍との激しい攻防の末ついに陥落し、女性や子どもまでもが皆殺しにされました。
JMJコニュニティーのサイトを見て天草へ行くのを決めてから、イマクラータさんの本を読みました。その本の中に「天草四郎時貞と3万7千人の原城での犠牲は、その後の日本を守るために捧げられた」というようなことが書いてあったた
め、この尊い場所を訪問することとしました。

徹底的に壊されたといわれるように、石垣や地形などしか残っていない印象でし
た。

原城跡 天草四郎墓碑

まさか、この場所で壮絶な戦いが行われたとは思えないくらい、静かで海が見える景色のよい場所でした。
天草四郎時貞のお墓の前で、日本を守ってくださっていることへの感謝と日本の教会が護られますようにと願い、ロザリオを祈りました。

(2016年9月6日)








1996年10月13日
祈りの家  コーナーストーン  3:00pm

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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今、わが浄配聖ヨゼフと共に、あなたたちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

罪を赦されるためには、痛悔することが必要です。

告解の秘跡は、傷つき病んでいる子供たちを癒すことができます。

どのような罪であっても、罪は罪です。

この世は罪の生き方が基準になっているので、多くの子供たちは、地獄が存在しないか、地獄に行くはずがないと思っているのです。

子どもたちよ、そうであってはなりません。

魂にいかなる汚れがあっても、天国へは入れないのです。

ですから子供たちは、罪を十分に糾明して告解の秘跡を受けなければなりません。

神が見られるのは、外側ではなく、魂なのです。多くの者が、地獄が存在しないと信じようとして、自らを偽っているのです。

この多くの罪人たちのためにも、祈らなければなりません。

また、そのために祈るのがコーナーストーンのミッションなのです。(後略)

(2016年9月4日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年10月





■巡礼記 3  「近頃は日曜日のごミサでも会員以外ほとんど人が来ないのだそうです」聖コルベ、われらのために祈り給え。


巡礼記 3

本河内教会の聖母

8/18 13:45 本河内教会:無原罪の聖母
レンタカーを借り、今回巡礼地として1番に決定した場所である聖コルベ神父様の聖母の騎士へ向かいました。
ここのところ聖コルベ神父様に関する本を読んでおり、日本に聖母への信心の大切さを広めて下さった場所を訪れたいと考えておりました。
よく切り開いたなというレベルの急坂の場所にあります。
聖堂に入ると、これこそ祈りの場、という静けさが待っていました。
やっと落ち着いて祈れると思い、うれしくなりました。
聖母を非常に崇敬しているこの場所では、ロザリオ1環祈ろうと決めていました。

本河内ルルド (1)

祭壇は伝統的なものではありませんが、一面が銀色で所々金色に輝く素敵なご聖櫃があり、十字架のイエズス様と両手を広げた聖母が中央にいらっしゃいます。
折りたたみの跪き台があったこともあって長居をし、多くのお恵みを感じました。
聖堂を出て受付へ立ち寄ると、コンベンツアル聖フランシスコ会の神父様がいらっしゃいました。
悲しいことに、近頃は日曜日のごミサでも会員以外ほとんど人が来ないのだそうです。
私はこちらには以前来たことがあること、今回受洗して訪れたのと以前とでは感じ方が全く違うことなど、神父様とついつい話し込んでしまいました。
神父様はとてもやさしく、いろいろなお話をしてくださいました。心から訪れてよかったと思いました。

ルルド免償

受付を出て資料館へ行く途中に聖コルベ神父様のご像があります。
聖コルベ神父様は怖い顔をしていて、私は睨まれているような気がしました。(実際はそうではないと思います)
まだまだ、愛が足りないと仰っているようでした。その日宿泊先に戻ってから、これは聖母への信心が足りないということだと思いました。

資料館へ入ってのち、本河内ルルドへ。
教皇ヨハネ・パウロ2世も訪れた地であり、全免償の特典があります。
ルルドへの道の途中にロザリオの玄義のレリーフがあり、こちらでロザリオを祈ればよかったと若干後悔しましたが、そもそも聖堂で祈りたかったのだからこれでよかったのだと思い直し、進みました。
ルルドのマリア様に強い日差しが注がれていました。
お祈りをしてからルルドの水を頂くととても美味しく、不思議と力が湧いてきました。
受付で頂いたペットボトルにお水を注ぎ、持ち帰りました。

大浦天主堂の聖母

8/18 16:30 大浦天主堂:日本二十六聖人殉教者
大浦天主堂への登り坂の途中にある、聖コルベ館ゆかりの暖炉へ立ち寄ってから、大浦天主堂へ向かいました。
日本最古の教会堂であり、潜伏キリシタンが発見された場所であることはあまりにも有名です。
大浦天主堂でごミサに与れたら、どんなに素晴らしいでしょう。現在は年に数回しかごミサがないそうです。
国宝ですし、状態を保存し開放することで一般の方に教会やカトリックを知ってもらうきっかけになっているでしょうし、そういう意味で大変な役割を担っているのでしょう。しかしこのような荘厳な教会こそ、祈りの場であるべきだと思わずにはいられないのです。
長崎では大浦天主堂に限らず、祈りの場が観光という名で壊されている現実にショックを受けました。
私の聖母の被昇天へのノヴェナの意向は「日本の教会が護られますように」だったのですが、嫌な形でつながったように思えました。
そう気づくことによる落胆は非常に大きく、振り返っている現在(いま)になって敷地内の旧羅典神学校へ行き忘れていたことに気付きました。


8/18 18:30 出島
空が薄暗くなってきましたが、宿泊先より徒歩で出島に向かいました。
出島前の広場において、天草四郎をはじめ4名の首が晒されたと、イマクラータさんの書かれた本により知りました。
現在はその広場はありませんが、当時広場だったと思われる場所を眺めてから、しばらく目を閉じました。
首を晒すということは、命を奪った後にも更に侮辱を加えるもので、敵の執念深さを感じます。
いけにえとなって下さった天草四郎たちに思いを馳せ、十字を切りました。

(2016年9月3日)






■巡礼記 2。十四歳の少年トマス小崎の、母に宛てた遺書。司祭かと、思わず錯覚するようなこの手紙、涙なくしては読めません。聖トマス小崎、われらのために祈り給え。



巡礼記 2

楠原教会

8/18 5:25到着 5:45ミサ 楠原教会(福江島):聖家族
こちらの場所も迫害が起きた地であり、伝統的な美しい教会であるとのことでごミサに与りました。
水ノ浦教会から車で10分足らずの場所ですので、昨日のシスター方がいらっしゃいました。
それに加え年配男性の参列も多く、時間が時間なのに高校生くらいの学生が朗読をされていたのが印象的でした。
目を奪われるのは、両脇で天使が崇拝している素敵な主祭壇です。
左脇にはイエズス様のみ心のご像、右脇にはマリア様のご像があります。
神父様は水ノ浦教会と同じ方です。
平日の朝のごミサでも説教があります。素晴らしいです。(私の所属教会や周辺の教会では週日のごミサで説教がありません)
昨日と同様皆さん手での聖体拝領に、心が重くなりました。
それでも素敵な主祭壇のおかげで昨日以上に心をこめて、ごミサに与ることができました。
沸き起こってくる崇拝する気持ちが普段と全く違うのです。
いかに祭壇の形が大事かということです。荘厳ですと心も変わるのです。
こちらも折りたたみの跪き台がありました。

西坂の丘

8/18 10:00すぎ 西坂殉教地
あっという間に福江島を去り、ジェットフォイル(長崎に向かう船)にて長崎入りしました。
今回のメインとも言える、西坂殉教地へ向かいました。

二十六聖人記念碑

急な坂を上った丘に二十六聖人記念碑が見えてきます。
不勉強でこの巡礼まで詳しいことを知らなかったのですが、豊臣秀吉時代のキリシタン禁令により殉教したのが日本二十六聖人だということです。
この記念碑の横にある記念塔の場所が本来の場所なのでしょうか。
この地では二十六聖人を皮切りに、多くの方が殉教したと言われています。
二十六聖人を始めこの地で殉教した方々に対し、殉教により日本を守ってくださっていることに感謝し
また今後の困難の中で、私にも殉教する勇気をお与えくださるよう祈りました。

その後、日本二十六聖人記念館へ入りました。
聖人方の殉教の状況やキリシタンの受難の歴史が紹介されています。
この二十六聖人の中には伊勢、尾張の出身の方が多く、もしかしたら私はこの方々と縁があるのかもしれないとふと思いました。
その中で最も目に留まったのは、14歳の若さで殉教した聖トマス小崎でした。
聖ミゲル(ミカエル)小崎は父親で、父子で殉教されました。
聖トマス小崎から母への手紙を読むと、処刑が近づく最中の信仰の強さに心を奪われました。

「神の御助けにより、この手紙をしたためます。パードレ以下われわれ二十四名は、列の先頭を行く制札に書かれた判決文のように、長崎で磔刑を受けるため、ここまでまいりました。私のこと、またミゲル父上のこと、ご心配くださいませんように。パライソですぐお会いしましょう。お待ちしております。たとえパードレがいなくても、臨終には熱心に罪を痛悔し、イエズス・キリストの幾多の御恵みを感謝なされば、救われます。この世ははかないものですからパライソの全き幸福を失わぬよう、努力なさいますように。人からどんなに迷惑をかけられても耐え忍び、すべての人に大いなる愛徳を施されますように。私のふたりの弟マンシオとフェリペを、どうか異教徒の手に渡さぬよう、ご尽力下さい。私は母上のことをわれらの主にお願いいたしましょう。母上から私の知っている人々によろしく申し上げて下さい。罪を痛悔するのを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき、罪を犯しましたが、痛悔とあがないによって救われました。

十二の月二日 安芸の国 三原城にて。」

また、聖パウロ三木西坂の丘で十字架に掛けられても最後まで説教をされていたという、大変な信仰も印象に残りました。
聖人方に倣った勇気が与えられるように祈ると自然と涙が出ました。
二十六聖人の聖遺物が納められている祭壇がある部屋は、他とは異なる荘厳な空間で、跪かずにはいられませんでした。

記念館を出てから、隣にある二十六聖人の1人が保護者である聖フィリッポ・デ・ヘスス教会(西坂教会)に立ち寄りました。
西坂殉教地への急な坂の途中からこの教会の2本の塔が見えておりましたが、お化けのように感じ(違和感のほうが表現がやわらかいですね)正直気が進みませんでした。
直観は当たるものです。
十字架のイエズス様とマリア様のご像が信者席側にあるのに違和感を感じ、二十六聖人の聖遺物のみ拝見し、すぐ出ました。

8/18 11:30 浦上天主堂:無原罪の聖母
係の方のお昼休みと重なったせいなのか、ほとんどの場所に入れませんでした。
聖堂で祈りたいと思って訪れたものの、立入禁止でロープが張ってありました。(帰ってから、ごミサ以外は常時こうなっていると知りました)
聖堂は広く、目が悪いため祭壇も何も全く見えません。
唯一被爆した聖マリア像のみ見られました。

如己堂

そして、パンフレットなどが価格表とともにおいてありました。
維持には必要なことなのでしょうが、ここで聖書のみことばが浮かびました。
私の父の家を商売の家にしてはならない。

祈れない教会ってどうなのだろう・・・とひどくがっかりして、急に疲労を感じました。
足取り重く、潜伏キリシタンの屋敷跡であり被爆の被災者救護に尽力された永井隆博士の病室兼書斎である如己堂へ向かいました。




1996年10月8日
   8:40am

聖母:憐みの心を持ちなさい。

神は大いなる憐みをもってあなたたちを顧みられたのですから、あなたに逆らう人々、あなたを悪く言う人々に対して、憐みを持ちなさい。

祈り、助けなさい。

正しく、浄い心で神に仕えることができるように、あなたたちは模範となり、許し、愛し合いなさい。(後略)

(2016年8月30日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年10月





■関東在住のロザリオの十字軍のメンバーでいらっしゃる、この夏に長崎・天草を巡礼された女性(かた)が、その巡礼記を寄稿してくださいました。聖なる場所が、この方の眼を通して浮かび上がる様が面白く、また意義があるのだと思います。聖ヨハネ五島と言う聖人の名前は知りませんでしたが、今、確かにスポットライトが当てられました。聖ヨハネ五島、われらのために祈り給え


巡礼記 1
(M.D)

今回の巡礼のきっかけ
単純に夏休みをどう過ごそうかということと、8月は救霊の月ということで伝統的な教会のごミサにあずかればよりお恵みをいただけるのではないかということから思いつきました。
伝統的といえば安易に長崎だと考えました。
そして、隠れキリシタンと殉教者の地を中心に巡礼することとしました。
当初は下五島(福江島)と長崎市周辺を考えていましたが、ふとJMJコミュニティーのサイトで天草四郎という文字が目に入り、天草にも足を延ばすことにしました。




堂崎天主堂
堂崎天主堂

8/17 16:10 堂崎天主堂(福江島):日本26聖人
テレビで芸能人が観光しているのを見て以来、こちらへ来たいと思っていました。
二十六聖人の中の一人、聖ヨハネ五島の十字架磔刑の像が印象的で、敷地奥の階段を上がると聖母のご像があります。
聖母がその像や天主堂を上から見守っているような光景です。
聖堂は現在キリシタン資料館となっています。
とにかく祭壇が素晴らしかったです。
左脇祭壇にはイエズス様のご像とみ心の御絵が、右脇祭壇にはマリア様のご像が、
そして主祭壇には、聖ヨハネ五島の聖遺骨がありました。
自然と崇敬する気持ちになり、このような教会でぜひごミサに与りたいと思いました。
展示の中に天草四郎時貞の鉄扇がありました。

第1日曜日のみごミサがあるようですが、聖水が干からびており残念でした。
資料館であるためしょうがない部分があるのでしょうが、聖なるものを前に人々がしゃべっている状態はふさわしくないと感じました。
このような聖堂は神聖さを感じ、訪れて心が満たされました。




画像の説明
水ノ浦教会

8/17 17:10到着17:30ミサ 水ノ浦教会(福江島):被昇天の聖母
迫害が起きた地であることに加え、聖母に捧げられた白く美しい教会であるとのことでごミサにどうしても与りたくて行きました。
堂崎天主堂を訪れた後のせいか、祭壇があっさりしているように感じました。
参列はシスター約15名と一般信者10名くらいでした。
女性は皆さんベールを被っていて、さすが長崎です。

しかし、皆さん御聖体を手で頂いていて、1人も舌でという方はいらっしゃいません。
この五島列島という場所でもこのような状況なのだと、闇の深さを痛感しました。
折りたたみの跪き台がありますが、ベニヤ板のようなすごく痛いものでした(笑)




キリシタン牢屋
キリシタン牢屋

8/16 18:20 楠原の牢屋跡
明日朝ごミサに与る予定の楠原教会の場所を確認した後、キリシタン弾圧で投獄された信徒の牢屋跡へ立ち寄りました。
この建物に33人も投獄されたとなると、明らかにスペースがないです。
それだけでも大変な苦難だったと想像がつきます。
この方たちの信仰に倣うことができるよう祈り、福江の宿泊先へ戻りました。

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