終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)



(画面の一番上の「文字サイズ」を大にすると大文字で読みやすくなります)




ビデオ!

大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥



ロザリオの十字軍へ No8
メールでご質問をいただき、5月11日の「ロザリオの十字軍へ No7」での記事に補足説明が要る箇所があることを発見しました。
ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。」の箇所ですが、「二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです」と書いたことで、二人の場合に、常にリーダーが先唱をし、もう一人が後唱をすると読めますが、二人の場合も一連ずつ先唱と後唱を後退してやるのが良いでしょう。これは二人のグループの場合も20人のグループの場合も同じで、多人数の場合は列の端からから順に先唱を交代してやってゆくのです。しかし、これは経験的にもっともよいやり方ということで、絶対に守るべき規則と考える必要はありません。


また、栄唱の時に頭を下げて唱えますが、それは二つの理由があると思います。一つはトリエントミサでは栄唱を唱える時に伝統的に頭を下げて唱えるということと、ある幻視者への聖母の御出現の時に、聖母がその場に集まった人々が祈るロザリオをご一緒に祈られたことがあり、その際、栄唱の時に聖母が深く頭を下げて唱えたということから、ロザリオで栄唱を唱える時に頭を下げて祈るのです。これは、天のメッセージを信じている人々が集まるロザリオではそうするのですが、メッセージを信じていない人でも、御高齢の信徒の方などは、教会で栄唱を唱える際に頭を下げて唱える方もおられます。

それとは別に、「御憐みのチャプレット」の最後に「聖なる天主、全能の聖なる天主・・・」を三回祈りますが、昔、コーナーストーンの祈りのグループの祈りで、マリア・イマクラータに天使が出現して、この、「聖なる天主・・・」を祈る時には頭を下げるべきであると告げられたことがあり、コーナーストーンの祈りの集会では、この祈りを唱える時には、栄唱の時と同じように深く頭を下げて唱えています。

(2018年5月21日)



1996年月9月17日
    
     
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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、その質問に母が答えましょう。

Q:ロシアの汚れなき御心への奉献のために署名を集めることは天の御旨なのですか。(寄せられた質問に答えての天への確認)

A:そうです。あなたたちは最大限の努力をすべきだからです。祈り、働くとはそういうことではないのですか。


多くの者が識別をできないのです。

それは罪と自我とこの世の影響から、自らの魂を浄く保つことができないがゆえに起こる混乱なのです。

これから立ち上がるには、あなたたちは、肉身と魂の浄さが必要なのです。

浄く生きなさい。

わが子供たちよ、愛し合い、そして憐み合い、忍耐し合いなさい。(後略)(2018年5月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月





画像の説明

■「パードレ・ピオ暗黒の三日間」完訳。(「百千鳥」参照)
暗黒の三日間については60年代のベロニカ・ルーケンのメッセージで語られてきましたが、50年代に、聖ピオ神父に主は語っておられました。



ロザリオの十字軍へ No7
祈りのグループが2人の場合と、3人以上の場合はいろいろな面で違いがあるでしょうが、祈りが始まれば同じです。

ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。

メムバーが3人以上の場合は、やはり先唱は一連ずつ順番にやっていきます。

使徒信経の先唱は「…来たり給う主を信じ奉る」まで、主の祈り(天にまします)は「…地にも行われんことを」まで、天使祝詞(めでたし)は「…イエズスも祝せられ給う」まで、栄唱(願わくは「栄えあらんことを」まで、ファティマの祈り(ああ、イエズスよ)は「ああ、イエズスよ、」まで、大天使聖ミカエルの祈りは「大天使聖ミカエル、」までです。十字軍の祈りの先唱は、祈りの最初の句読点までで良いと思います。たとえば、「ああイエズス、」とか「いとも神聖なる父、」とかです。メムバーが二人の場合も、3人以上の場合も、先唱者は唱者部分を唱えたあと、後唱部分も皆と一緒に唱えても良いでしょう。

リーダーは定期的に、たとえば半年、一年ごとに代わると良いです。リーダーは、祈りのグループの祈りの進行を仕切ります。祈りを始める際の最初の「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と、全体の祈りが終わった後の「聖父と、聖子と、聖霊との御名に寄りて。アーメン」をリーダーが言ってけじめをつけます。「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」は、ゆっくりと十字を切りながら唱えます。決して、早撃ちマックの様にすばやく十字を切ってはいけません。昔、私が洗礼を授かった司祭などは、十字を0.5秒の素早さで切ってから洗礼前の聖書の勉強に入ったものです。

ゆっくりと十字の印をしながら「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と唱え、聖父と、聖子と、聖霊を黙想するのです。これは最短の黙想となります。

その他、MDMのミッションで公開している祈りのグループの指針のようなものがあり、その中でリーダーの役割も若干書かれています。その指針はいずれ翻譯してアップします。交代でリーダーをすることは徳の実践という面でも役立ちます。リーダーでない時にもリーダーの立場が理解できるからです。また、いろいろな勘違いをしている人がいるとしても、交代でリーダーを行うことでその勘違いが是正されるということは期待できます。

しかし、何かの理由でリーダーとなることがあまりにも苦痛であるという人は、強制的にリーダーになる必要はありません。パスしても良いのです。

(2018年5月11日)



1996年月9月12日
    
     

聖母:日本には特別な使命があります。

あなたたちの土地は多くの殉教者によって応援を受けているのです。

何事も偶然ではないのですから、あなたは殉教者の光栄のためにも働かなくてはなりません。

あなたたちはこの終わりの時において、聖性において準備されていかねばなりません。

日々の労苦を捧げつつ、祈り、働きなさい。

殉教者たちの苦しみはいかに大きかったことか。

あなたたちは学び、訓練されていかねばなりません。

主の再臨を準備するために、この私、汚れなき乙女がその先駆けとして遣わされているように、あなたたちは私の僕として準備しなければならないのです。

あなたたちは祈り、働くこと、そして徳においてその生活を見直し、立て直し、進んでゆくことが求められているのです。(後略)(2018年5月9日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年月9月11日
 福者ディエゴ    
     
―千葉の殉教者の若い男のヴィジョンを見たことがある。原 主水(※)(もんど)ではないかと思う。(マリア・イマクラータ)

聖母:そうです、イマクラータ、あなたたちの土地は多くの殉教者たちによって応援を受けているのです。

何事も偶然はないのですから、あなたは殉教者たちの光栄のためにも働かなくてはなりません。

調べ、書きなさい。

なぜなら、そういうことをする者は少ないからです。

それはまた、天から依頼されている本(※)のためにも必用なことですから。(後略)

※原 主水
下総の名門、原家の出身。二十歳の時、フランシスコ会第三会会員となる。火あぶりとなる。(江戸の大殉教)

1623年12月4日,江戸の札の辻で五十名が火あぶりとなる。
札の辻の殉教記念碑には原主水の名も刻まれている。記念碑は現在、カトリック高輪教会の庭に移されている。高輪教会は、江戸の殉教者にささげられている。

※天草四郎についての本を書くよう、イマクラータは天の指示を受けていた。後に『天草四郎時貞 真実の預言者』として上梓される。



(2018年4月17日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年月9月10日
7:30AM     
     

聖母:特別な祝福を与えています。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、殉教者たちを敬い、取次ぎを願いなさい。

二十六聖人およびすべての日本の貴い殉教者たちは、あなたたちのために取り次ぎ、祝福するからです。

子供たちは、巡礼によって多くの特別な恵みを得ることができるのです。

では私は、すべての日本の殉教者たちと共に、あなたと○○、そしてすべてのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。



(2018年4月10日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年月9月9日
     
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

主のお計らいは理解できません。

あなた方をこの聖堂に呼んだのはこの私です。

いいですか、子供たちはこれからはできるだけ良いミサを捜し、与るべきなのです。

ミサはどのような恵みに満ちていることか・・・

まことに良いミサ、良い司祭を捜しなさい。

子供たちよ、それはあなたたちにとってとても重大なことだからです。

イマクラータ、すべてがゆっくりと進んでいるように見えても、急激に崩壊の時は来るのです。

ですから、祈り、働きなさい。(後略)



(2018年4月8日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年月9月7日
   8:30PM  
     

聖母:起きなさい、わが子供たちよ。

立ち上がり、戦いなさい。

眠り込んでいてはなりません。

あなたたちが生ぬるくなって眠り込んでいるうちに、あなたたちの教会は変わってしまうからです。

子供たちは、真理の軍隊を形成して、戦い続けるために祈り続けなければなりません。

祈りにこそ鍵があるからです、わが子供たちよ。

あなたたちが眠り込んでいるうちに、敵はみるみるうちに多くの子供たちをその手中にと取り込んでしまったのです。

ロザリオの軍隊が、軍団がもっと広がり、戦うために準備されてゆかねばなりません。

子供たちは、真理にとどまれるよう、真理にとどまり戦い続けられるように、日々恵みを集めなければなりません。

あなたたちは苦しむでしょうが、あなたたちの涙は報われる日が来るのです。

祈りによって、聖なる生活によって、あなたたちは自分と家族、そして多くの人々を助けることができるのです。

イマクラータ、わが子よ、ゆっくりですがすべては進んでいるのです。

祈り、働きなさい。

忍耐強く十字架を担い続けなさい。

十字架にこそ術はあるからです。(後略)



(2018年3月28日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



御受難の主日
本日は、トリエントミサでは御受難の主日です。来週は、枝の主日でいよいよ聖週間の大きなドラマに入って行きます。選ばれた民に見捨てられた主の聖心を自分の心として過ごしましょう。

かれらは、私の若い時から、たえず私に対して戦いつづけた。

イスラエルは、いま、いうであろう。私の若い時から、たえず私に対して戦いつづけたと。

しかし、かれらは勝つことができなかった。罪びとは私の肩を打ち、長らくその悪をつづけた。しかし、正義なる主は、罪人の頭を落し給うた

(御受難の主日の詠唱より―詩編2ノ1―4)



(2018年3月18日-御受難の主日)




1996年月9月4日
   6:10AM  東京 
 聖ローザ(ヴィテルボ) おとめ
   

聖母苦しみ、痛み、悩み、悲しみ―地上で生きるあいだは、これから逃れることはできません。

逃れるよりも、それを抱きしめながら神と共に歩む道を選択しなさい。

それらはすべて、あなたたちにとって有益なものです。

苦しみは人を浄めるからです。

今日の聖人を敬いなさい。第三会の聖人であり、力強い取り次ぎ手だからです。(後略)



(2018年3月8日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年月9月2日
   7:35AM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、私の言葉を聞きなさい。

人は一生のあいだ、多くの恵みを受けるのです。

しかし、自我と罪に凝り固まってしまった人間には、この多くの恵みはむなしくなってしまうのです。

あなたたちに一人ひとりは、この神からの恵みによって責任があるのです。

自分の魂を浄く保ち、自らの魂を救わなければなりません。

たとえ全世界を受けても、自分の魂を失って、何の利益になりますか。

あなたたちは、罪深いこの世から退いて、祈りの生活を確立しなさい。

誕生日ごとに人は恵みを受けます。

一位の天使がつくというのは、まことのことです。(後略)



(2018年3月4日)

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1996年8月31日
   9:00AM  
     

聖母:イマクラータ、それは私の望みです。(絶えざる御助けの聖母のノヴェナを広めること)

絶えざる御助けの称号は、わが子供たちにとって貴いものであり、このノヴェナは非常に強力で力あるものなのです。

この称号は、教皇様のミッションとも大変深い関わりがあるものなのです。

ローマ、永遠の都は破滅の淵にあります。

教皇様を擁護しなさい。
&brこのノヴェナによって、教皇様のためにも祈りなさい。(後略)



(2018年3月2日)

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聖母マリア'の誕生

1974年9月7日―聖母の御誕生の前日

ヴェロニカ・ルーケン:非常に貧しい家が見えます。「住まい」、聖母は住まいとおっしゃいます。そこは聖母がお生まれになった家です。

一件の家と、一つの部屋が見えます。家には二つの部屋があり、一つは大きな部屋で、今日私たちが「ストーブ」と呼ぶに似た物があります。それは石でできていて、壁の左側にあり、一本の鉄の細い棒、金属の棒(私には鉄の棒に見えます)があり、それがこの石のストーブの真上からつるされています。

金属製のやかんがありますーそれは石の間にかかっていて、それが先ほどの金属の棒でうまくつるされています。そういえばそれはまるで、他の石で囲まれた暖炉のようです。

棒は、調理場と思しきあたりにかかる二つの壁の間に付けられているように見えます。ずっと右にはテーブルが見えます。それはざらざらした感じの一枚の木でできています。テーブルの脚は交叉しています―対角線状に交叉していて、その脚が、テーブルを支える二つの―四つの木片を支えています。

今、テーブルの上にモスリンのような布が見えます。ひとりの男性が見えます―男性が現れ、跪(ひざまず)いています。男性は年老いていて、頭を垂れて、跪いています。彼を呼ぶ声がすると、彼はテーブルの上のリンネンの布を掴み、大部屋の左奥の小部屋に向います。

おお、一人の女性がいます―彼女はベッドに横たわり、二人の女性が付き添っています。彼女たちが抱えているのは―おお、赤ん坊です!おお、二人の女性が微笑んでいます。ベッドの女性は非常に疲れているようです。彼女は年とっています、とても。おお、彼女がその子を出産したのは明らかです。

今、彼女のベッドの周り全体が非常に明るく輝き、その左、離れたところに二人の人影が見えます―おお、それは二位の天使です、非常に大きな天使で、ベッドの左にいます。ベッドの女性―彼女は疲れてはいても、非常に幸福そうに見えます、非常に静かな幸福。敢えて言うなら、彼女の年齢は五十歳かそれ以上、五十代前半ではないかと思います。二人の女性、彼女たちは私には分からない言葉で語っていますが、その語っていることは私には分かります―「主はこの大事な賜をあなたにお授けになられました。これは預言の成就です。あなたの一生は―」

おお。声は立っているニ位の天使から聞こえてきます―声は―二位の天使から同時に聞こえてくるようです―声は彼らから同時に聞こえてきます―「預言の始まりです。あなたの生活は喜びに満たされます。預言の始まり、聖父の遂行。」

今、あの男性が見えますー彼はあごひげをたくわえ、かなりの歳です。彼は今は包んだもの抱えています。それはとても小さな赤ん坊、生まれたばかりの赤ん坊です。彼は木のベンチに座り、その頬に涙が伝います。彼は泣いているのです。彼は言います―「私はこの大きな喜び、御父からのこの贈り物には相応しくはない」そして彼は赤ん坊を自分に引き寄せます。



(2018年2月28日)



1996年8月29日
 
     
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聖母東京は滅ぼされます。罪によって汚された都市だからです。

東京が壊滅してしまう前には、あなたたちには、あなたには、わが警告が与えられます。

それゆえ私の子供たちは避難することができます。

あなたと、あなたたちの住んでいる土地は護られますが、それはミッションの進み方とも、また、人々が天に向かって捧げる祈りの量とも係ってくるのです。

どちらにせよ、共同体は護られるのです。

イマクラータよ、東京が完全に滅ぼされつくす前に、私の子供たちにはチャンスが与えられます。

それは、あなたたちの祈りににもかかっているのです。

コーナーストーンは、東京の救いの防波堤であり、この日本の救いのためにうち立てられた、私の軍隊、軍団の母体だからです。

日々祈り、よい生活をしなさい。

わが子供たちよ、あなたたちは呼ばれる日を知らないからです。(後略)



(2018年2月17日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年8月



1996年9月29日
 コーナーストーン 祈りの家   3:00PM  
     
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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、母は何回も同じことを言います。

あなたたちがすべきことは祈りであり、償い、犠牲です。

これらはどの出現でも言われてきたことです。

私は、あなたたちを大警告、そして大奇跡、主の再臨に対して準備させるために、たびたび子供たちを訪れ、願っているのです。

その準備をしているのは、ほんの少数の子供たちだけだからです。

理解し、祈り、働いている子供たちのみではなく、私は、全ての子供たちを救いたいのです。

こうして多くの天罰が延ばされてきました。

しかし、時が延ばされたとしても、預言は成就するのです。

ですから子供たちよ、いま祈り、償い、犠牲の生活を生きなさい。

この世の生活に流されてはなりません。

サタンの誘惑に「No!」と言わなけばならないのです。

あなたたちの道は、狭くて苦しい、険しくなってゆく十字架の道です。

あなたたちはそれを受け入れれ、十字架を担って行くために、多くの恵みが必要なのです

自分と、多くの神を知らない子供たちのために祈りなさい。

祈りと、徳に満ちた生活を始めなさい。

(後略)



(2018年1月31日)

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1996年9月8日
 コーナーストーン 祈りの家   3:00PM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

時が進むにつれて、祈りの軍団、祈りのグループは、もっと頻繁に祈るよう要請されます。

今は週一回の集会ですが、あなたたちはもっとしばしば集まって祈るよう頼まれるのです。

あなたたちは、多くのことを犠牲にして、祈りの集会に出ること、祈りのグループを形勢することを望まれているのです。

この世界は、多くの危機に満ちているがゆえに、また、あなたたちの道が護られるために、祈りを増やすことを求められるのです。

一人で祈る恵みは限られていますが、集まって祈れば、あなたたちは本当に多くの恵みを短時間のうちに受けることができるからです。

あなたたちの地域で、天罰とのバランスをとるのは、あなたたちの祈りの量と聖化にかかっているからです。

あなたたちは、私の僕たちの多くのメッセージから、多くのことを学び、実践してゆかなければなりません。(後略)



(2018年1月21日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1996年9月1日
 コーナーストーン 祈りの家   3:00PM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

時が進むにつれて、典礼が変わってゆくので、わが子供たちは教会を変えなくてはいけなくなるでしょう。

よいミサを捜して、あなたたちは遠出しなければならなくなるのです。

子供たちはミサを中心にしての一日の、一週間の生活を組み立てなおさなくてはならなくなるでしょう。

あなたたちがよい司祭を捜し、よいミサにできるかぎり与ることは必要であり、重要なことなのです。

時が進めば、ミサに与ること自体が難しくなるでしょう。

まことに、あなたたち一人ひとりは、神のために殉教の思いを体験することになるのですが、ニューエラに入るために、多くの子供たちは、地上で煉獄の苦しみを体験することになるのです。

あなたたちは、サタンではなく、神に従がって、十字架の道を歩まねばなりません。

今のうちにあなたたちは典礼を学び、教皇ヨハネ・パウロⅡ世の回勅を読んでいなければなりません。

何も知らぬうちに流されてゆく愚かなアヒルとなってはいけません。

あなたたち一人ひとりは、ローマ・カトリック信者として真理を擁護しなければならないからです。

私と、聖櫃にこもられるイエズスに、そしてわが浄配聖ヨゼフに助けを願いなさい。

あなたたちは祈り、努力しなければならず、終りの時のために働かなければならないからです。

あなたたち一人ひとりは、自らの魂に責任があるのです。(後略)






(2018年1月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月

ヨゼフ・マリ・ジャック神父
「静香」さんから百千鳥に投稿されたものです。かつて日本にはこのような司祭がいたのです。


1982年にある司祭が日本の司教団に対して書いたもの(もう亡くなっている司祭)。その中のある部分を読んで涙が出そうになりました。苦しみが伝わってきます。(静香)

「私は、ここで、特に、我が教区の司教であられる、濱尾文郎閣下に対し、私の、聖職者としての良心にかかる重大問題を、日本司教協議会の前に、申し述べるよう、お勧めくださったその、御配慮と、御親切に、心より御礼を申しあげます。

イエズス・キリストの代理者なる、聖なる教皇の命令に従うことによって、私の尊敬する司教様のお望みに、抵抗を、感じなければならないことは、私に、生れて初めて、死する程の憂いを、覚えさせます。

聖会に忠実であろう、とするために、その同じ教会から、これ程の苦しみを受けることは、決して、想像できることでは、ありませんでした。この時代、人々は、今までにない暴力と、拷問の、苦しみの時代に、生きています。

しかも、聖なる教会までが、自分の子どもらを、拷問する時代にまで、なっています。このことについて、私は、多くの例を出すことができます…

とにかく、どんなことであっても、自分よりも遥かに愛する、この聖会に、いつも、服従いたします。

正しさをもって、教会に勝つよりも、むしろ、間違っても、その教会に従って一緒に損する方が、信仰においてましだと思っております。

しかし、それと同時に、白状しますと、自分の良心に背きながら、手で御聖体を授けることによって、イエズス・キリストの尊い御体を汚すよりも、即座に死ぬほうが、私にとって、ましであると、告白いたします。

何故なら、私の、司祭としての良心には、このことは、全ての不敬に、戸を開くことであって、それは、信仰と、愛と、特に、謙遜の欠けた処から生じてくる甚だしい涜聖だからです。」(「口でのご聖体拝領に関する弁論」ヨゼフ・マリ・ジャック神父著より抜粋)


(2018年1月10日)







90%

ジム・カヴィーゼル
―「私たちは福音のために命を懸ける覚悟のある『戦士』でなければなりません

2004年にキリストの受難を描いた映画『パッション』が公開されました。その映画でイエズス・キリストを演じた俳優がジム・カヴィーゼルです。

アメリカ合衆国のシカゴで、正月の2日から昨日の6日まで、FOCUS(カトリック大学学生協会)の主催でSLS18(学生幹部サミット2018)が開催されました。

その会合に、3日の水曜日に『パッション』スターのジム・カヴィーゼルがサプライズで登場しました。

そこで彼が語ったこと、それは生ぬるい信仰生活を送る者たちの横っ面を張るような内容でした。

カトリック教徒は世の悪を打ち負かすために命を、評判を賭ける覚悟がなければならない、と彼は言います。

信仰とキリストの教えによってのみ私たちは救われるとカヴィーゼルは語り、と同時に救いには戦い、犠牲をし、苦しむ覚悟のある人たちが必要だとも語りました。

聖マキシミリアン・コルベを引きながら彼は、無関心は20世紀の、そして21世紀の最も大きな罪であると語ります。

私たちはこの無関心、この悪に対する破壊的な寛容さを打ち捨てなければなりません。しかし、信仰とキリストの教えだけが私たちを救うことができるのです。しかし救いには、真理のために自らの評判を、名を、そして命さえをも賭する覚悟のある戦士が必要です

この腐敗した世代から自らを引き離しなさい]俳優は聴衆に訴えかけます。「聖人たれ。皆さんは(腐敗に)なじんでしまうために創造されたわけではありません。抵抗するために生まれたのです


これから公開される『パウロ―キリストの使徒』の出演の経験が、神の眼に偉大であるためには、私たちは先ず小さき存在となり、神を完全に受け入れ、神が私たちを導くに任せることだと知ったと彼は語る。

カヴィーゼルはまた苦しみの重要性についても語り、一般に普及している誤解―キリスト教とは「幸福な語らい」であるということをも非難しました。

彼は、いかにして(役者としての)初期の役がメル・ギブソン監督の『パッション』でキリスト役を演じることに繋がったかを語りながら、自分が演技することに呼ばれたのは偶然ではないと言いきります。

カヴィーゼルはFOCUSに集まった学生たちにも、彼らの人生は偶然の連続から成り立っているのではないと語りました。

あなたたちの中には現在惨めな、混乱した、未来に不安を覚える、心痛む生活を送る人もいるかもしれません。しかし、今は引き下がったり、屈したりする時ではありません

彼は、キリストの役を演じ切ることでいかに大きな試練、苦しみを味わわなければならなかったかを語った。それは鞭打ちや磔刑、雷に打たれるシーンの肉体的苦しみ、5か月間低体温症で苦しんだ後の心臓手術をも含む試練でした。

十字架を担う撮影中にカヴィーゼルの肩もまたはずれ、彼はそのシーンの撮影終了までそれを我慢しつづけたたのでした。それはまるで償いのようだったと彼は言います。

私が十字架に掛けられたとき、キリストの苦しみは私たちの贖いであることを悟りました。僕は主人に勝らないということを思いだしてください

私たちは一人ひとりが自分の十字架を背負わなければなりません」彼は続けました―「復活―実際には私たちの救い―には大きな代償がいるのです

☆☆☆

わが母は神と人間の仲介者としてあなたたちを訪れてきた。彼女は多くのバラをあなたたちの元へ送り、まき散らす。多くの者には刺があるーバラに刺はつきものだ。わが子よ、わが子供たちよ、あなたたちはいつもバラの下に十字架を見出すだろう。
天国への道は十字架の道である。自分の十字架を担い私に従いなさい。その道は狭く、留まるものは非常に少ない。多くの者が呼ばれるが選ばれる者は少ない。変わらずにいなさい、わが子供たちよ。忠実でありなさい。忠実で真実でいなさい、そうすればあなたたちは救われる
」(イエズスのヴェロニカ・ルーケンへのメッセージ 1979年7月25日)
(TLDニュースより)

 
(2018年1月7日)


1995年7月21日
 コーナーストーン 祈りの家   3:00PM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今、聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

コーナーストーン、祈りの共同体は、私の望みなのです。

この国に与えられた特別なミッションであり、これにつながる、祈りの軍隊、軍団によって、この国の大いなる回心と救霊が起こるのですから、子供たちはこのミッションをできるかぎりサポートしなければなりません。この真理の軍隊は、世界中の光の子供たちの祈りの共同体ともつながってゆくからです。

このたくさんの祈りを使って、回心と救霊、そしてあなたたちの上に襲いかかる天罰が和らげられるのです。

いま祈っている子供たちは、多くの他の子供たちの様にその日、その時苦しむことはないのです。

もちろん、あなたたちは苦しむでしょう。

しかしあなたたちは、祈り、準備してきたのであり、あなたたちを助ける天の助力を知るのですから。

あなたたちの霊的準備が大切です。

霊的に準備されればされるほど、あなたたちは、物質的にも人生の全般にわたって準備するようになるからです。


忍耐して祈りなさい。

あなたたちがこの実りを味わう日は来るのですから。(後略)






(2018年1月3日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年7月

謹賀新年
2018年1月1日


1944年のクリスマスミサはこんなふうだった―映画「クリスマスホリデー」のワンシーン
https://vimeo.com/115477075


(2017年12月26日)



聖母マリア
覚えておきなさい、わが子供たちよ、わが母のもとへ来なさい。地上でのわが母の人間としての日々を想い起せば、何よりも先ずわが母は創造された人間であった―罪の無い、罪の汚れの無い、罪のない完全な地上での生活、そして身体と霊ともども天に挙げられた―わが母はあなたたちの母であるゆえにとりわけあなたたちを導き得るのだ、わが母は天の元后にして地上のすべての人間の母である」(主のベロニカ・ルーケンへのメッセージ 1979年8月14日)




メリークリスマス!


ヴェロニカの見た最初のクリスマスのヴィジョン
メリークリスマス!

ヴェロニカ:丘の中に深く掘られた洞窟が見えます。入口が非常に広い洞窟です。地べたに一人の女性が座っています。地面は埃っぽく、固く感じられます。その女性の周りには何頭かの動物がいます―三匹の羊がいます。その女性は、藁か枯草を盛り上げた上に寝かされた赤子の周囲の暖をとるために子羊たちをそばに寄せました。

一人の男がいます―聖ヨゼフに違いありませんが、彼は茶色の生地のローブを着ていて、赤子を見下ろしています。赤子はとても小さく、クリーム色の布に包まれています。女性―祝されし御母は、羊たちをさらに赤子のそばに押しやります。牝牛ほどのサイズの、角をはやしたいかつい、茶色の一頭の大きな動物が入口付近に立っています。

洞窟の中は非常に暗いのですが、彼らの周りには光がさしているようです。その光は空中から発しているように見えます。男の背後には非常に大きな二位の天使がいます。でも、女性ー祝されし御母は、ずっと見下ろしたままなのでそれらの天使に気づいているとは思えません。

ああ、彼らの何と貧しく見えることでしょう。でも彼らはとても幸福そうです。聖母は、ほこりまみれの固い地面にじかに座っておられます。子供をこの世にもたらすことは彼女にとり非常に困難を伴ったに違いないのですが、彼女はとても幸福そうです!

バラの聖母:私たちが食べた食べ物はとても固い物でした、でも光は私たちを包み、私たちはすべてを喜びをもって受け入れました。

ヴェロニカ:聖母が乾燥した魚と思しき物を一匹手にしているのが見えました。それは非常に噛みずらい物です。ヨゼフは濃い色、ほとんど黒といってもよい、薄いパン切れと思しき物を手にしています。それは固まりではなく、ふくらますことなく焼いたか、その類いの物です。そのパンもまた固く、乾燥しているように見えます。

音楽が聞こえます。聖母とヨゼフはその音楽が聞こえるので微笑んでいます。洞窟は、小さな子供たちの歌声で溢れかえります。その声は歌っていますー「めでたし、光をまとった小さき救い主。天の戦いに馳せ参じるためにお生まれになった

バラの聖母:多くの者たちが送り物をもってやって来ました。でも私たちはその心を見透かし、帰ってもらいました。

ヴェロニカ:誰か、白いガウンを着た男が入口を伺い洞窟の中に入って行きました。でも彼には音楽も聞こえなければ天使も見えませんでした。(彼の顔からそれは明らかです)その男はヨゼフに話しかけました。その言葉の内容は分かりません。

人が、超自然的顕れを体験できるのは、御父による特別な恵みによる場合だけだということを私は確信しました。

幼子の顔は非常に珍しいお顔でした。幼い顔の中に、年寄りの知識と叡智が宿っているのです。マリア様は愛くるしいぐらいに幸福そうです。と同時に悲しみの陰りがうかがえます。聖母はすでに前途―将来味わう悲しみを知っておられたのです。それは彼女に知らされていたからです。マリア様は、優しく語られます―

バラの聖母私は主のはしためです。あなたのみことばのとおりになりますように」

ヴェロニカ:天使がマリア様の傍らに来て言いました―

天使この子は光によって養われるでしょう
―1970年12月24日

(2017年12月23日)






「浄め」と「よろこび」をもって
一年のミサ典礼において「喜べ」という言葉で始まる日が二日あります。
待降節第三主日(Gaudete in Domino semper 主において常によろこべ)と、四旬節第四主日(Laetare Jerusalem よろこべ、エルザレムよ)です。Gaudete も Laetare も「よろこべ」という意味です。
司祭はこの日のミサでバラ色の祭服を着ることから、バラの主日と呼ばれます。

待降節第三主日では、バラ色は御降誕の聖なるよろこびの始まりであるこの週の主日を、昔は盛大に祝ったその習慣の名残りです。

苦しみは霊魂をきよめます。ですから救い主を待ち望む待降節は「苦行の時」です。その苦行の表れとして、四旬節の苦行を想いださせるべく司祭は紫の祭服をつけ、オルガン伴奏を禁じ、また御降誕まで栄光の讃歌は歌いません。

しかし待降節はまた「心のよろこび」の季節でもあります。それは特に待降節第三主日に表れています。

人類の歴史の中で唯一の事件と言ってもよい救い主の地上への来臨の時が、一週間後に迫っています。この週を、「浄め」と「よろこび」の中に過ごしましょう。また今日から二四日までクリスマスノヴェナです。そのための特別な祈りをもっていない人は、毎日一連のノヴェナをしましょう。(参考:『毎日のミサ典書』)


(2017年12月16日)



1996年7月14日
  コーナー・ストーン 祈りの家3:00PM       
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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

旧約の時代も、新約の時代にも、同じようなことが起こりました。

あなたたちの信仰が試されるのです。神が忍耐強くあなたたちの立ち返りを待っておられるとはいえ、一人ひとりの残されている年月は数えられているのです。

神は自由意志を重んじるがゆえに、あなたたちが自分で選ぶのに任せておられるのです。

あなたたちの信仰が、まことの金となるまで試されてゆくのです。

子供たちよ、謙遜であれば倒れないのです。

謙遜は全ての徳の土台です。

神のなさり方は、人間的な論理とは違うゆえに、あなたたちには理解できないことがあるのです。

忍耐強く祈りなさい。

あなたたちは祈りで天の扉を打ちつづければ、必ず神は応えてくださいます。

時の終わりに向って、時は急速に過ぎてゆくのです。

子供たちよ、時間のあるうちに準備しなさい。

あなたたちの多くは、ただ待っているからです。(後略)






(2017年12月14日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年7月

1996年7月7日
  コーナー・ストーン 祈りの家3:00PM  
     
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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

今わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

あなたは、あなたたちは、模範とならなくてはなりません。

生活の全て、言動の全てにわたって点検しなさい。

これは、大警告のためということだけではなく、あなたたちの聖化のためです。

多くの子供たちが思い違いをしているからです。

多くの者が、自分の正当性を心の中で主張しています。

あなたたちは、御父の裁きの庭で驚くことでしょう

まことのカトリック信者として生きてゆくためには、多くの者たちには、真実なる痛悔が必用です。

神は、真実な方です。

どのような小さな汚れがあっても、天の国に入れないように、この地上にうち立てられる神の国にも入れません。

聖なる者だけが入ることができるのです。

小さな嘘、ごまかし、嫉妬、恨み、この、日常的に犯されるあなた方の小さな罪に対して戦いなさい。

これらを持ちながら、あなたたちが最後まで歩み続けることはできないからです。

まことの聖化を目指して、子供たちは励まなければなりません。

神は、愛なる神ですが、正義なる方でもあるのです。(後略)






(2017年12月6日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年7月

1995年7月31日
  8:25AM  
     
 LEFT:聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

そうです、大離教が起こるのです。

多くの者が信仰を投げ捨ててしまうのです。

あなたたちは苦しみによって浄められるでしょう。

子よ、母と共に祈りなさい。

この暗闇の中にあって、あなたはどんなに母が心を砕いて導いてきたかを知るのです。

全ての準備を整えなさい、祈りによって、徳によって。

あなたのミッションは祈りによって動くのですから。

あなた自身の祈りにかかっているのですから。(後略)


(2017年11月29日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月

1995年7月29日
  8:00AM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、主を、主の正義をなだめる者を必要としています―多くの犠牲と祈りをささげる者たちを、私は望んでいるのです。

ほんの少数の者たちの犠牲と涙によって、天罰は縮小されるのです。

イマクラータ、多くの祈り、ロザリオの祈りが必要なのです。

私の声を聞いても、私たちの嘆願に耳を傾け、実行する者はなんと少ないのでしょう。

祈りなさい、祈りなさい、わが子供たちよ、時のあるうちに。(後略)






(2017年11月25日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月

1995年7月13日
  秋田にて   
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

この世にあって、この世に属さずに生きることを学びなさい。

祈りの生活があなたたちの生活とならなければ、これは決して達成されないでしょう。

修道生活を見なさい。

単純で規則正しい生活です。

どのような生き方をしても、あなたたちの生活の中心は祈りでなければなりません。

祈りで始まって、祈りで終わる生活。

毎日の黙想と、毎日の良心の糾明、これらすべては、世俗にあっても、良いカトリック信者としてすべて必要なことなのです。

黙想と祈り―あなたたち一人ひとりは、神に向って生きなければなりません。

イマクラータ、きょう一日を、感謝して始め、感謝して終わりなさい。(後略)






(2017年11月23日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月

1995年7月12日
  秋田にて  8:30AM  
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

イマクラータ、私の子よ、○○、わが息子よ、私があなたたち二人を呼んだのです。

この地は恵み多い地です、イマクラータよ。

私の悲しみを見なさい。

私の心は深く傷付いているのです。教会の深い分裂のために・・・

司祭のため、司教のため、修道者のために祈りなさい。

多くの星が落ちるのです。

私の汚れなき御心に頼みなさい。

罪人の拠り所である私の御心により頼む者は救われるのです。

私にしっかりつかまっていなさい。

では、これまでにしましょう。(後略)






(2017年11月9日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月

1995年7月8日
    8:30AM  
     

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

すべてのメッセージが、祈りと識別によって、その源を知ることができるのです。

あなたたちは先ず、祈り、識別しなさい。

そうしなければ、この暗闇の時を、迷わず進んでゆくことはできないでしょう。

祈り、識別することによって、あなた地は理解することができるのです。

これは、天の導きに従がって歩んでいるすべての者が得ることができる恵みなのです。

人は先ず、そうしなければなりません。

イマクラータよ、すべての行動の前に、先ず祈りがなければなりません。(後略)






(2017年11月7日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月




重要―マリア・ディバインマースィーのための祈り

主の預言者は苦しみ、聖家族と共に痛み煩悶(はんもん)しています。親愛なるレムナントの皆さん、世間と自分の仕事で心が当惑している彼女のために祈り、多くの犠牲を捧げてて下さい。

彼女は主の御手(みて)が彼女の上にあることを知っています。彼女はすべきよう呼ばれた仕事が自分よりも偉大であるということを知っています。

人類の救いのミッションを成し遂げるために必要とする強さを彼女にもたらすために、どうか次の祈りを来週いっぱいお祈りください。

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おお、天の栄光の父よ、今日、そして日々、御身(おんみ)へのわれらの願いと叫びを聞き給え。御身の言葉、御身の憐みの警告、御身の愛をわれらに与えんがために、愛を込めてわれらに送り給いし預言者を祝福し給え。

彼女こそ、われらが正当なる遺産を受け継ぐを助くるがために、御身が何十億もの中より選びし唯一の者なり。彼女を御身の恵みで満たすべく、また御身の聖書を成就(じょうじゅ)すべく導き給え。

すべてが成し遂げらるるまで彼女を祝福し強め給うよう、御子(おんこ)の流し給える御血(おんち)によりて、御身、全能・永遠の御父に願い奉る。アーメン。




1995年7月7日
    6:45AM  
     
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聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

あらゆることであなたたちは試されるのですから、あなたたちは常に祈りと識別によって立ち続けなければなりません。

個々の霊魂の中の混乱はまだ続いているからです。

信仰の試しとは、あなたたちのもっとも弱いところを突くのです。

山羊(やぎ)と羊を分けるために、多くの試しが送られてくるのです。

信仰によって、あなたたちはこの暗闇の時を歩まねばならないのです。

真(まこと)の信仰の光のない者は、闇へ迷い出てしまうでしょう。

あなたたちの霊魂を点検しなさい。

真の愛徳ですか、真の謙遜ですか。

完徳を目指しなさい。

わが子供たちよ、それはカトリック信者としての義務なのです。(後略)






(2017年10月30日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1995年7月




1996年8月24日
    8:00AM  
     
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聖母:そうです、イマクラータ、できれば来年にも、黙想界をあなたが開くことは天の望みです。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

子供たちは、わが光の子供たちは、そのようにして特別に訓練されることができる訳であり、あなたたちの光の子供たちと天のミッションとの一致は強まるからです。

子供たちは、こうして一致と愛の実りを実際に学んでゆくことができるからです。

また、このことによって、多くの子供たちは巡礼をすることにもなるからです。

この東京は、大変に多くの殉教者を出した土地でもあるのです。

その東京の聖堂に子供たちが集まり祈ることは天の喜びなのです。(後略))






(2017年10月28日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年8月




1996年8月19日
    7:50AM  
     
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聖母:イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

選ばれた者たち、多くの恵みを受けた者たちは苦しむのです。

この道は苦しみの道だからです。

ロード・マイトレイヤが現れて、多くの者たちを引き付け、彼の思うとおりにコントロールするのです。

この戦いは霊的戦いなのですが、現実のものとなって、非常に多くの荒廃を、家庭や学校や、多くの国々のなかで引き起こしてゆくことになるのです。

真実の軍隊は、これに対して祈りで戦うのです。

祈りによって戦い、私の汚れなき御心の勝利を準備するのです。

あなたたちはしばしば集まって、祈りの集会をもち、祈りのグループを形勢してゆかねばなりません。

祈りの軍隊、軍団は、大きなミッション、使命があることを、一人ひとりが自覚しなければなりません。

あなたたちの祈りによって、艱難の時が縮(ちぢ)まるからです。

黙想会や研修会は、私の子供たちに多くの恵みをもたらし、その使徒職を有効に働かせるための恵みのもととなるのです。

これを理解しなさい。(後略)






(2017年10月20日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年8月




1996年8月17日
    7:30AM  
     
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聖母:非常に多くの恵みが降ったのです、イマクラータ。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

今回の黙想会において、この、私の愛する日本に多くの恵みが降ったのです。

困難なこの時代のあいだ、忍耐することのできる恵み、そして多くの子供たちが光を受けることができました。

この恵みは日本へと、出席しなかった、出席したくともできなかった子供たちへも広がってゆくのです。

イマクラータ、この母との道を忍耐してあゆみなさい。

この成果は、必ずや眼に見える形で、あなたは知ることになります。
(後略)






(2017年10月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年8月




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