終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







ビデオ!

大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
http://gokyoyoko.com/index.php





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確認:ある幻視者がメッセージを受け、それが真実のメッセージ(天からのメッセージ)かどうかを、他の幻視者を通して天に聞いてもらうことを、メッセージを(天に)確認すると言います。

それは、真実の幻視者であっても、天から受けるメッセージの一部、または全部に、恐怖や自分の願望から自分の潜在意識がメッセージに入り込んでしまうことがよくあるからです。その現象を「混じる」といったりします。あのメッセ―ジは混じっている、などと言います。

これは、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽幻視者が天のものではない出現によって天のものではないメッセージ(幻視者自身の人間的な推理、願望を反映したサタンのメッセージ)を受けるのとは違います。天の出現を受けながらも、メッセージに自分の願望や考えが混じってしまう現象で、もう一度言うと、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽預言者が天のものではないメセージを受けるのとは異なります。真の天の出現を受けながらも、天のメッセージに自分の考えが混じってしまうのです。

このことが常態化すると、その幻視者はもはや天の道具としては機能しなくなります。天が白といっても黒と受けてしまい、天が左と言っても右と受けてしまうからです。天の御旨よりも、幻視者個人の願望が優先されてしまうのです。

ですから、メッセ―ジの確認が必要なのですが、その確認自体、また混じることが多いのです。幻視者が、ある別の幻視者にその受けたメセージの確認を頼まれた場合、その幻視者の気にいるような確認のメッセージを確認を頼まれた幻視者が混じって受けてしまうのです。これは幾度となく眼にしてきたことです。馴れ合った幻視者同士が、天の意向ではなく、互いのメッセージに反映された互いの人間的願望・推理を確認し合うというスパイラル現象が起きます。
ですから、聖母が、すべてのメッセージは識別が必要だとおっしゃるのです。

もし、落ちた幻視者や偽幻視者同士がこの確認スパイラルを余人に誇示するような事態になれば、それはそのメッセージを天のものだと信じる人々を巻き込んで際限もなく妄想の世界をメッセージで展開してゆくことにな

教皇三重冠を被るAntipope

ります。現在、数人いると言われている対立教皇(Antipope)なども、この確認スパイラルの生み出した妄想願望の一つの可能性があります。(写真は教皇三重冠を被るAntipopeの一人)

つまり確認を絶対的なものだと考えることはできないのです。

かつてイマクラータは聖母に質問したことがりあります。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが。(1994年6月22日のメッセージ)

つまり、確認のメセージを受ける幻視者はあらゆる人間的感情―恐怖、願望などを抑えて、天の御旨だけを行なおうとしない限り、すこぶる混じりやすいものなのです。「確認から学ぶ」とはそういうことをも含めての言葉だと思います。―管理人

(2019年1月14日)


1994年7月23日
  6:35am

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聖母



イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

'愛と平和の気持ちで、心でいなさい。

何も恐れることはないのです。

もっと、喜びなさい。

犠牲と苦しみのチャンス、神があなたに与えてくれているチャンスを活かしなさい。

現実に人は苦しみにぶつからない限り、チャンスを神のために使うというチャンスもないわけですから、今は恵みの時であると考えなさい。

そうすれば何が起ころうとも、何を聞こうとも、あなたは落ち着いていられるはずです。

いつも母マリアがそばにいて働いていることを忘れないでください。

逃げ出したい、嫌なことだと思われることに出あうたびにそのことを受け止め、祈り、犠牲のチャンスとしなさい。

神は犠牲なしにはどんな恩寵も与えられることはないのです。

あなたに与えられた数々の恵み、それはあなた以外の者の聖なる犠牲、祈りによってもたらされていることを思い、無駄にしないでください。

感謝して一日を始めなさい。

常に、救霊と回心のためのミッションの器、道具であることを心に銘記しておきなさい。(後略)

(2019年1月15日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月

■1月の最後の週の金曜まで、堕胎がなくなるためにロザリオを祈
りましょう。
わが子よ、堕胎の広がりを阻止するために、すべての者が、2013年の1月の最後の週まで、毎週金曜日にロザリオを祈ることは重要なことです。
胎内で殺されたすべての子は、わが聖父の王国で天使になります。彼らは、知っていながら(神の御業に)干渉し、ためらいなく自らの胎内の子供の命を絶ったそれぞれの母親のために毎日祈ります
」(2012年12月18日の聖母のMDMへのメッセージ)
できる人は、この期間以外でも毎日一連のロザリオを「堕胎がなくなりますように」の意向で祈ることが勧められます。

(2019年元旦)


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Merry Christmas



マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラータの1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしてい
きます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



守護の天使もどうすることもできない

落ちた幻視者はなぜ地獄へ行くか
「幻視者が落ちる」という意味は、幻視者が天から与えられたミッションを失う結果になることを意味しますが、「落ちる」と表記するのは、英語の「fallー落ちる」からきていると思われます。「落ちた幻視者」は英語では「a fallen seer」といいます。「堕ちる」と言う漢字を当てる人もいます。それは「堕天使」を英語で「fallen angels」ということからそう表記するのかもしれません。

一般的に、いまの時代に死んだ人間の霊魂が地獄に行くということは珍しいことではなく、それどころか雪が降るように霊魂が地獄に落ちていると聖母マリアはメッセージで告げられます。今は死ぬ人の80%が地獄に行っているというメッセージもあります。地獄に行くということはけっして稀なことではないのです。それどころか「いま死ぬ人のほとんどは地獄に行く」といってもよい状況です。その多くが性的罪のために地獄に行くと言われています。

そのような時代的霊的状況がある一方で、教会で司祭は地獄については黙して語らず、人道主義や政治問題を喧伝します。ある司教は、小教区を訪れ、ミサを挙行し、ミサ後の講話の初めに「みなさんのなかで地獄を信じている人はいますか」という問を投げかけ、そのあまりにも唐突かつ愚かしい質問のせいだと思われますが、信徒がそのままだれ一人挙手する者がいないのを確認してから、その司教は「安心しました」と言い放ったそうな。この「安心」の意味するところは何でしょうか。

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もう何年も前に、日本で新しく立たされた一人の幻視者に、来日した外国のベテラン幻視者が関西のホテルでアドバイスをする、その現場に居合わせたことがあります。その外国人幻視者は、日本の新人幻視者に「幻視者というものは、普通の人間には与えられない特別な恵みが与えられる。神の声を聞き、主や、聖母、天使の姿が見える。そのような格別な恵みを与えられた幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」と説き伏せました。新人は神妙な顔つきで聞き入っていました。

当時はそうなのか、と単純に思ったものですが、その後、いろいろなメッセージを読んでゆき、「どんなひどい罪を犯そうが、痛悔するならば赦す」と主は言われていることを考えても、いかに特別な恵みを与えられた幻視者が落ちたとしても、それを痛悔するならば地獄へは行かないで済むのではと考えるに至りました。落ちてほしくないという気持ちが溢れるあまり、ベテランが新人に、オーバーに語ったのではないかと思うに至ったのです。ちなみにこのベテランは、後に落ちました。

しかし、主が上のメッセージを語ったときに「聖霊に対する罪だけは別である」と言われていることから、また「聖霊が存在しなければ私はメッセージを伝えることはできない」とも言われていることから、幻視者は落ちるだけで地獄に必ず行くというのは真実ではなく、落ちた幻視者が、嘘のメッセージを出し始めたとき、聖霊の業であるメッセージを騙(かた)ることで、聖霊に対する罪となるので地獄に行く、と理解するようになりました。しかし、それでも痛悔すれば許されるものと思ってます。それは聖霊に対する直接的な罪ではないと思えるからです。

聖霊の罪云々と理解せずとも、本来天の存在が人間にメッセージを語るところを、嘘のメッセージを、あたかも天の存在が語ったかの様に偽って公開するという行為が、どれほど神に逆らう重大な行為であるかは分かります。

イマクラータが受けて世界中にメールを通じて拡散された以下のメッセージは、そのことを言っていて、このメッセージのなかの「死なねばならない」というのは、生物学的にこの地上から取り除かれるという意味での死ではなく、「霊魂の滅び(死)」、地獄へ行くという意味です。

このメッセージは2005年に、JMJコミュニティ―の日本の関係者に向けて発送され、2012年に英訳され全世界(アメリカ、カナダ、フィリピン、フランス、アイルランド,クロアチア、オーストラリア、他)のメッセージ関係者にメールで送られたものです。

永遠の御父

永遠の御父 :娘よ、わが娘イマクラータ、

ユダの家々に預言して言え。
偽りの預言をした者は死なねばならない
その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある。

憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ。
わたしは全ての者を愛しているが、骨を腐らせ、命を失わせる者たちを憎む。

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。(2005年9月5日)


ですから、幻視者は落ちただけでは地獄へは行きません。しかし落ちた幻視者が地獄をまぬがれるためには、絶対的条件として、落ちたことを痛悔しなければならないのです。

世界中で何百人もの幻視者が立てられ、何百人もの幻視者が落ちていきましたが、悲劇的なことは、落ちた幻視者は自分が落ちたことを認めたがらないということです。落ちた幻視者のその後に関しては、すべての情報を得ているわけではありません。今まで落ちた幻視者は、国内外を問わず、音信不通となりそのまま消えてゆくことが多いからです。しかし例外的に、たった一人、落ちたことを認め痛悔していると思われる落ちた幻視者がいます。それは上述した新人の幻視者で、彼女は、彼女が立てられたある都市に、新たな新人幻視者が立てられた際に、日本のあるプロモーターに「私の代わりに立てられたのですね」と電話で語ったという話を、当のプロモーターからじかに聞いたことがあります。これなどは、その幻視者が自分が落ちたことを認めている言葉です。痛悔すら感じさせます。しかしこれは例外で、大体は、落ちてもそのことを認めない幻視者が多いのです。幻視者が落ちて、落ちたことを認めないということは、落ちたことをまったく痛悔していないということを意味します。つまり、ベテラン幻視者が言う「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」とすれば、それは痛悔がないということに原因があるのです。

さらに悲劇的な例は、落ちた幻視者が偽りのメッセ―ジを発信し続ける場合です。これには世界的に有名なヨーロッパの幻視者たちがいます。

落ちた幻視者が天のものではないメッセージを世に送り続けるのは、一つにはサタンからのメッセージ、一つにはその幻視者の心、考えから出たメッセージです。両方とも、幻視者自身が天からのものと信じている場合には、罪とはなりません。信じているわけですから。信じているのか、それとも偽りと知ってか、それは神とその幻視者自身には分かります。

しかし、最悪のケースは、幻視者が自分で偽りのメッセージを故意に「創作」して世に広める場合です。それも含めて偽りのメッセージだと分かっていて世をあざむく場合は、「死なねば」なりません。それは、偽りと分かっているその幻視者の霊的指導者、そのメッセージを偽りと知りながら広めるプロモーターも同罪です。「その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある」とはそういうことです。

落ちた幻視者が、救われる20%の仲間に含まれるということは、至難の業という他はないのです。

偽りのメッセージを世に発信していた幻視者が、ある日、突然痛悔して、告解し、その罪を赦されても、それだけでは十分ではありません。埋め合わせをしなければならないのです。ある司祭が、説教台から「地獄は存在しません」と言い、それを真に受けた信徒の何パーセントかがそれを鵜呑みにして信じたとします。その後司祭はそのことを痛悔して告白すればその罪は赦されますが、それだけでは十分ではありません。その司祭は説教台から、「地獄は存在しないと言いましたがそれは誤りです、地獄は存在します」と訂正する必要があります。偽りのメッセージを広めた幻視者も同じです。偽りのメッセージを広めたその同じルートを通じて、今までのメッセージは天のものではなかったと、訂正の宣言をなさねばなりません。しかし、今までそのような幻視者は見たことはありません。

永遠の御父は「憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ」と言われますが、偽りのメセージを出し続ける幻視者たちは、「憐みのある」時がこのままずっと続くと思っているのかもしれません。

裁きの時は突然訪れます。それは全てが手遅れとなる時です。

つまり、ベテラン幻視者が言った通り「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」という言葉はかなりのパーセンテージで真実を含んでいる言葉だと言えるのです。

当のベテラン幻視者は今どうしているかというと、相変わらず聖母のものだと称するメッセージをせっせと発信し続けています。当該幻視者が、それを天のメッセージだと信じて発信し続けていることを祈るばかりです。

この種の記事を書くのはこれが最初で最後です。(2018年9月10日)




■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェナ』のあとがき

「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月


1994年7月22日
  7:20am

聖母

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

分列はでき得る限り避けなければなりません。

一致は本当に大切なことです。犠牲と祈りなくしては一致は実現しません。

何が正しくて何が正しくないのか分からなくなったとき、こ母のに祈りなさい

聖霊に照らしを願いなさい

急いではなりません。

急げば、人間的な結論が優先されてしまうからです

幻視者たちの一致、わが光の子供たちの一致が達成できるように祈りなさい。祈りつつ歩みなさい、わが子よ。(後略)

(2019年1月14日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月

1994年7月21日
  6:35pm

聖母

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたを祝福します。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、わが子よ、祈りなさい。

また、人々に祈らせなさい。

ロザリオを知らない子供たちにロザリオを握らせることができるように。

真(まこと)の神を知らない子供たちがまことの神に立ち返ることができるように日々祈りなさい。

東京に、関東に残された唯一の母のマントの中へ多くの子供たちが立ち返ることができるように。

もっと多くの子供たちがこれから離れるようなことが起こるのです

東京に残された唯一の回心と救霊のミッション、あなたはもっと、もっと自覚してください。

もっともっとロザリオを祈りなさい。

疲れているのは分かりますが、疲れているからといって聖人たちがその業を止めたでしょうか。

わが息子イエズスは、常に十字架上で手を広げて子供たちを抱こうと待たれているのです。

この母と共に働き、祈りなさい。

あなたは一つひとつ方舟の計画を準備していかねばなりません。

祈りがすべての鍵です

イマクラータ、わが子よ、一日を無駄にせずに働きなさい。(後略)

(2019年1月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月

1994年7月17日
[コーナーストーン」  3:00pm

聖母

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータよ、私は聖ヨゼフと共に、あなたたちに、天上からの愛と挨拶を与えるために参りました。

子供たちよ、ロザリオをたくさん祈ってください。

自分が、もうたくさん祈っていると考えないでください。

祈りが本当に必要なのですから。

あなたたちの祈りによって、私たちはあなたたちを助けることができ、世界を変えることができるのですから

もうこれだけしたから良い、ということはないのです。

母はどこの出現においても、ロザリオを懇願しているのは、このためです。

まことに天への愛があなたたちの心にあるのなら、この母の願いを、わが子供たちは聞いてくれるでしょう。

祈りなさい、祈りなさい、祈りによって天は開くのですから。

祈りによって、至聖なるイエズスの聖心から、その宝庫を開くことができるのですから。

忍耐し、謙遜に祈り続けなさい。

一人ひとりがまことに祈りによって武装し、強くあらねば、天の計画は進んでいかないのだという自覚を、どうか持ってください、わが光の子供たちよ。

色々な噂を聞こうとも、何が起ころうとも、母が常に言ってきたことを思いだしなさい。

そして、それを心に刻み込みなさい。

ファティマでも、ルルドにおいても、秋田でも、常に母は同じことを望んでいるのですから。

あなたたちは聖なる者になろうと努めなさい。

聖なる者になるとは、どのようなことであるか、具体的に考え、実行しなければなりません。

子供たちよ、災害を恐れないでください。

しかし、これから起ころとしている災害のため、崩壊のために祈りなさい。

祈りによって、あなたたちの信仰に従がって、その災害から、あなたたちは家族を護ることができ、過ぎ越すことができるのですから。

天体の動きに注意し、常に警戒していなさい

イマクラータ、わが子よ、恐れることは何もありません。

常に祈り、母が警告してきたことを、子供たちに守らせなさい。(後略)

(2019年1月11日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月

1994年7月19日
  6:00am

聖母

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、いつも感謝していなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたを祝福します。

私は天の元后、汚れなき乙女マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

まことに今は、今の世はサタンによって嵐が吹き荒れております。

ですが、どのようなことがあっても、あなたがたは、母マリアに信頼せねばなりません。

まったき信頼がなければ、あなたたちは、少しづつこの母の手から、自らの意志、そして誤りによって離れていってしまうことになるのです。

自我に打ち勝つには、血のにじむような努力が必要なので、簡単に右から左へ動くように、あなたたちは変わることはできません

毎日毎日が戦いなのです。

なぜ自我に打ち勝たねばならないのか、なぜ自己に死なねばならないのか。

それは自分自身の思い、意志にこそサタンが働くからです

最も大切なことは、天の御旨を果たすことです。

イマクラータよ、あなたは霊的生活を立て直しなさい。

もっと糾明しなさい。

激烈な変化が、この地上に訪れようとしているのです。

これに耐えうるには、あなたがた一人ひとりが、まことに天に信頼し、強い信仰をもたねばなりません。

祈りによって、これらすべてが達成できるのです。

イマクラータ、わが子よ、私のアドヴァイスを読み返し、そして強くありなさい。(後略)

(2019年1月9日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月16日
  6:50pm

聖母

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、いつも感謝していなさい。

天に…人々に…なんという大きな恵みが、この地に下るのでしょうか。

イマクラータよ、救いの方舟、救いの計画が次第に明らかになるのですから、天を信じて歩みなさい。

この母と共に、ロザリオと共に。

ロザリオ、ロザリオなのです

イマクラータよ、祈りに専念しなさい。

祈るとき、もっと心を天に挙げなさい。

あなたの心は天のものでなくてはなりません。

人間的な思い煩いを引きずりながら祈ってはなりません

玄義にもっと集中しなさい

マリア・イマクラータ、わが子よ、今日はカルメル山の聖母の祝日です。

私はロザリオとスカプラリオで世界を救うと約束しました。

これは、母マリアの取りなしによって世界が救われるという、御父の御計画なのです。

私の汚れなき御心が勝利するために、わが子供たちよ、ロザリオを祈ってください。

ロザリオによってあなたたちは戦いぬけるのです。

この大いなる霊戦を、ロザリオによって勝利できるのです。

わが子供たちよ、災害も、迫害も恐れないでください。

あなたたちは天を信じ、祈りなさい。

不平不満を表さないでください。

忍耐しなさい。

柔和謙遜であられるイエズスに倣いなさい。(後略)

(2019年1月3日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月14日
三時の祈りのあいだ  3:30pm

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

もはや戦いは最高潮なのです。

祈りの手を抜いてはなりません。

祈りなさい、祈りなさい。

この私が、この母があなたと共に在り、あなたと共に働いているのですから、喜びをもって働きなさい。

確信を持ちなさい。

もっと、もっと乞い求めなさい。

天が開くように、天があなたに知らせることができるように…あなたの心を、もっと信頼によって準備しなさい。

そうしなければ、あなたはまことに幻視者として立つのは難しいでしょう。

幻視者として立つためには、もっと信頼し、もっと祈りなさい。

もうすぐ、あなたは私を見るでしょう。

まったき信頼のうちに働きなさい。(後略)

(2018年12月28日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月10日
コーナーストーン  3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたと、ここにいるすべての光の子供たちを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、すべてを祈りのうちに考えなさい。

それが本当に大切なのです。

子供たちよ、祈らなければあなたたちは簡単に騙されてしまいます

祈らなければ、謙遜になることができないのです。

謙遜は、すべての霊的徳の土台ですが、その土台を築くのは祈りなのです。

祈らなければ、謙遜、愛徳という徳が、あなたたち自身のものにはならないのです。

日々、あなたたちは挑戦を受けているのです。

イマクラータ、これから起こって来る、多くの迫害、混乱、分裂の中で、固く立つためにも、このロザリオの祈りによって、しっかりと祈りなさい。

祈り込んでおきなさい、わが子供たちよ。

祈りの家の準備をしなければなりません。

この唯一の救いのマントである、この母の現存の印として、イマクラータよ、祈りの家を準備しなさい。

祈りの共同体であるこの「コーナーストーン」は発展します。

なぜならこの共同体によって、東京の神を知らない子供たちが救われるからです。

子供たちよ、母と共に祈り、働きなさい。

祈りにおいて助けなさい。

イマクラータよ、私は聖ヨゼフと共に、このコーナーストーンに参りました。

聖ヨゼフとこの母が、その聖ヨゼフの紐を祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。

イマクラータ、わが子よ、心配せずに御旨だけを果たそうとの、その覚悟を固めなさい。

強く立ちなさい。

御旨だけです…大切なのは・・・(後略)

(2018年12月27日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月8日
  6:45am

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたをを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を書き記しなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが子よ、霊戦は激化しているのです。

祈りにもっとすがりなさい。

祈りが少なくなれば、それだけあなたたちは弱くなるからです。

疲れているのは分かりますが、できるだけ祈りなさい。

毎日起きていることで動揺せず、この母に捧げなさい。

あなたたちは、自分の力で何かを成し遂げれるわけではないからです

この母と働かなければ、人間の力に頼るならば、神の計画は全(まっと)うできないのです

もっと私に、あなた自身を明け渡しなさい。

それは、完全な委託の精神であり、殉教の心です。

イマクラータ、一歩いっぽです。

一歩いっぽ成し遂げればいいのです。

今は山全体を眺めることができないかもしれませんが、頂上に近づくにつれて、全体が分かるようになります。

頂上とはカルワリオなのです。

あなたたちは、そこまで、一人ひとりが十字架を担いつつ歩まねばならないのです。

それには、この母と共にあらねば、到底できないことなのです。

ロザリオ、いつもロザリオなのです。

(2018年12月25日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月6日
  6:45am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたをを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、罪についてもっと考えなさい。

罪というものがどんなに神を傷つけることになるか。

そして、それがあなたたちの魂を、どれほど傷つけることになるか。

うっかり犯される、気が付かないで犯されている罪…小罪というものがどれほど恐ろしいものか、あなたたちは知らねばなりません。

神を知らない子供たちが犯している罪、それだけではなく、神のことをよく知っているはずのカトリック信者たちが犯してしまう罪。

あなたたちは、日々鈍くなって、こうした小罪の中に落ち込んでしまうのです。

心の糾明というものが、とても大切なのはこのためなのです。

聖人ですら、一日のうちで、小罪を犯さない日はないと言われているのですから。

あなたたちが、どんなことがあろうとも心を清く保とうと努めないと、罪の上に罪が重なっていくのです。

子供たちよ、罪とは決して赦されるものではないのです。

告解によって、まことの痛悔によってでしか、赦されないものなのです。

小さな嘘、怠慢、嫉妬、邪推などの、日常的に犯されている小罪に、もっと敏感でありなさい。(後略)

(2018年12月22日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月5日
  6:22am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はあなたをを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、この母に任せなさいと、母は言いましたね。

そうです、すべて母に任せて歩んでいなさい。

苦しくとも、祈りなさい。

自分の限界を少しづつ越えていかねば、あなた自身が変わるということはないからです。

苦しみはあなたを変えます。

苦しみは人を深めます。

苦しみとは得難い体験なのです。

苦しみは学びであり、神が、愛する者を鍛える道なのです。

苦しみは宝なのです、イマクラータ

苦しまなければ、まことに愛するということはできないからです。

祈り、犠牲、苦しみ…これが無くては世界は救われないのです

苦しみとは、けっして美しいものではないのです。

ですが、母と共に歩むものの苦しみの道は、甘美さもまたあるのです。

イマクラータ、平安でありなさい。

(後略)

(2018年12月21日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月





1994年7月3日
コーナーストーン  3:00pm

子供たちよ、私の現存を疑ってはなりません。

疑いのうちにサタンが働くからです。

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私はここに来ているすべての子供たちを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、そして子供たちよ、私がここに来て、あなたたちの祈りを聞き、聖ヨゼフと共に、あなたたちの祈りを永遠の御父のもとに運ぶということを信じなさい。

この「コーナーストーン」は、罪人の回心のために与えられた、唯一の救いのミッションです。

子供たちよ、わが子供たちよ、ロザリオの祈りによって、罪人たちは回心し、救いがもたらされるのです。

母の言葉は変わりません。

何処の出現においても同じです。

ロザリオを祈ること、御聖体にましますわが主を礼拝すること、たびたびミサに与り、告解すること…母の子供たちに望むことは、常に同じなのです。

なぜなら、この母マリアは、子供たちの救霊のために、この地上に来ているのですから・・・

わが光の子供たちよ、母はどのようにしても、一人でも、たった一人でも多く子供たちを救いたいからなのです。

この母と共に歩まない者、歩めなくなるものは、大いなる大艱難の日々の間に、ふるわれていくのです。

子供たちよ、それはあなたたちの自由意志においてそうなるのです。

愛、祈り、一致、このコーナーストーンのスローガンと共に歩みなさい。

自らの言動が、愛を、一致を、祈りをもたらすものかどうか、深く考えなさい、悟りなさい、わが子供たちよ。

プライドゆえに落ちるのです。

サタンの誘惑に乗ってはなりません。

自分の語る言葉が、愛の言葉であるか、一致を望む言葉であるか、母の祈りと共に歩める言葉かどうか、糾明しなさい。

子供たちよ、これはカトリックの基本なのです。

この基本ともいえる聖寵にとどまっていなければ、これからこの、苦しい、困難な時代を生きていけないのです。

この母と共に働きなさい。

マリア・イマクラータ、わが子よ、いつも祈ってから行動しなさい。

イマクラータ、もっと自信を持ちなさい。

臆してはなりません。

強くありなさい。(後略)

(2018年12月20日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月25日
  5:30am

イマクラータ、イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。



聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

子供たちに告げなさい。

争ってはなりません。

一致しなさい。

一致してすべての事を成し遂げなさい。

愛と祈りによって一致しなさい。

あなたたちの口から出る言葉! それは愛の言葉でなくてはなりません。

非難、中傷ではなりません。

子供たちよ、それは「実」なのです。

話す前に沈黙しなさい。

自分を汚し、人を汚すことになるような言葉を言ってはなりません。

イマクラータ、わが子よ、母は、すべてを遭いによって成し遂げなさいと言いました。

決して人を非難せず、愛によって、すべてを成し遂げてください、わが光の子供たちよ。

これはとても大切なことなのです。

イマクラータ、わが子よ、心配せずに祈りなさい。

いつも、祈り、祈り、祈りです。

母と共に祈りなさい。(後略)
(2018年12月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年7月2日
初土の朝  5:20am

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私は、あなたを祝福します。

私は、天の元后、聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、世界には、紛争に継ぐ紛争、分裂、飢饉、戦争、経済的崩壊、あらゆる悪がはびこっております。

これに打ち勝つには、祈りと犠牲しかないのです。

子供たちよ、大雨が始まったら大破壊はまもなく始まるということを覚えておきなさい

あらゆる崩壊があなたたちを襲い始めるからです。

あなたたち、光の子供たちは常に準備していなくてはなりません。

霊的にも、物質的にもです。

この母が用意しておきなさいと言ったローソク、水、毛布、食料、準秘跡を準備しておきなさい。

家族や友人にも準備させておきなさい。

時は一瞬一瞬短くなり、「その時」があなたたちの上に到来するからです。

どのようなことが起こっても、ロザリオ、スカプラリオ、メダイによってあなたたちの霊魂と肉体を準備しておきなさい。

常にロザリオと共に歩んでいなさい。

わが子供たちよ、恐れることはありません。

しかし常に準備しておきなさい。

イマクラータ、わが子よ、祈りによって武装しなさい。

ロザリオ、スカプラリオ、メダイはあなたたちを護る甲冑(かっちゅう)であり、鎧なのです。

あなたたちは浄められ、もっと強くならねばならないからです。(後略)

(2018年12月18日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年7月








1994年6月30日
祈りのあいだに  1:30pm

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私は、あなたとCを祝福します。

私は、天の元后、聖マリアです。

イマクラータ、幻視者たちは一致しなければなりません。

この一致のために祈りなさい。

母の願いを聞いてください。

子供たちよ、わが光の子供たちよ、どのようなことが起ころうとも、一致の心、愛の心を忘れないでください。

一致することで、日本のミッションは動くからです。

イマクラータよ、わが子供たちが、光の子供たちが一致できるように祈りなさい。

あなたたちの道行は、十字架の道行なのです。

主イエズスとこの母マリアと共に歩みなさい。(後略)(2018年12月16日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月23日
3:00pm祈りのあいだに

イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私は、あなたを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わたしの言葉を聞きなさい。

イマクラータ、私は、あなたと共にいるのです。

それは、母の約束です。

天に信頼しなさい。

母に祈っていなさい。

私は、小さな謙遜な霊魂を求めていると言ったではないですか?

私の愛する、小さな謙遜な霊魂たちよ!

この母も苦しみ、悲しんでいるのです。

イマクラータ、わが子よ、わがジャンヌ・ダルク、もっと雄々しくありなさい。

敵と戦いなさい。

わが祈りの剣によって。

イマクラータ、心配せずに、母に任せなさい。(後略)(2018年12月14日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





st michael

今日は九日です。できる人は「聖ミカエルのチャプレット」を唱えましょう。

聖ミカエルの御約束―彼に敬意を表してこの信心を実行する人は誰でも御聖体を頂く時九階級の中から一人づつ選ばれた九人の天使に付添われます。さらに、これら九つの挨拶を毎日唱える人々には、彼は彼およびすべての天使達の生涯にわたる絶えざる援助と、死後のその人々自身と親族達の煉獄からの解放をお約束になりました。(『ピエタ』より)

毎日祈ることが難しい人は、「九」のつく日にこれを唱えることを聖母は願っておられます。(祈り文は、マリア・ディバインマースィーの「便利印刷」にあります)(2018年12月9日)



聖アンドレのクリスマスのノヴェナ

伝統的なこのノヴェナはどんな願いもかなえられます。MDMのサイトの「便利印刷2」で印刷できます。






ヴィガノ大司教のレポートが世に出るまでの経緯1

マカリック枢機卿

今年の夏、2018年6月20日、一人の高名な枢機卿が使徒座によって公職から解任された。それは、ニューヨークのローマカトリック大司教区の再調査委員会が、その枢機卿がニューヨークの司祭であったときに、聖パトリックカテドラルにおいて、1971年と1972年に、当時19歳の侍者に性的虐待を加えたとの訴えが「信用かつ実証」できるものであるとの結論を出したことによる。

その枢機卿の名は、9つ以上の大学から名誉博士号を授与された経歴をもつテオドール・エドガー・マカリック枢機卿である。(写真は、2008年、スイスのダボス世界経済ホーラムで語るマカリック枢機卿)

※続きは「百千鳥」でお読みください。
http://gokyoyoko.com/index.php




訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を改めるわけです。それがバランスを考えるということです。天の求める標準に達しない生活を選択しても、標準に近づけるよう日々意識して生活すればそれはバランスある生活です。

そうする意識、工夫が必要なのは、自然なまま放っておけば人間は安逸をむさぼるようにできているからです。安逸をむさぼる人間をサタンは放っておきません。あっと言う間に罪を犯します。

ですから、バランスとは、時間による切り替えということもできます。何時から何時まではテレビを見る、それ以後はロザリオに向う、というような切り替えです。テレビはとくに見たいもの以外は見ないと決めてかかる方が楽です。だらだらと見る習慣がつけばそこから抜け出すには多くの時間とエネルギーが必要となります。見ない習慣がつけば、なんということもない格闘です。

最近メールが来ました.たくさん祈るよりも心から祈ることが大事であると主張する内容の手紙でした。その通りだと思います。しかし、天は、心から、1日3環祈ることを願っておられるのです。心から祈ることの重要性をもってたくさん祈らないことを正当化してはなりません。天はあらゆるメッセージで、祈りが足らないと訴えておられるのです。

閑話休題。メッセージは、とくにMDMのメッセージを天のものではないと信じている人は、自分で実際にいくつかのメッセージを読むことが重要です。教会が否定しているから、司教が否定しているから偽物だと判断するのでは、あまりにももったない。読んで全体から受けるものを判断すべきです。逐語的に識別することは信仰する者の識別ではありません。主イエズス・キリストが地上を歩いておられたときに、「私の肉はまことの食べ物であり、私の血はまことの飲み物である。…(私を)食べる者は永遠に生きる」(ヨハネによる福音書6-54)と言われ、それを聞いた「弟子の多くは退いてその時からイエズスについて来なくなった」のでした。

主イエズスは12使徒に向い「あなたたちも去って行きたいか」とお聞きになられます。それに対してペテロは「主よ、だれのところに行きましょう。あなたは永遠の生命の言葉を有しておられます。」と応えます。こう答えたときのペテロには「血」を飲むことも「肉」を食べることも、その真の意味は分かっていませんでした。しかし、信仰する者の識別がそう言わせたのです。

MDMのメッセージも同様です。日本も含め世界中でMDMのメッセージを天のものではないと決めつけているサイトは数多くあります。そのすべてが、「血」を飲み「肉」を食べるというキリストの言葉に躓(つまづ)いた古(いにしえ)の弟子たちと同じです。「神はこうは言わない」「預

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