終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







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大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
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(聖母の汚れなき御心の祈りの軍隊の「祈りのプログラム」)




 

同日
Gのホテルで  11:55pm

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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータよ、このように、どんな混乱がこの地で起きているか、あなたがたは目の当たりにしました。

これから、もっともっと深まるのです。

しかし、心配しないでください。

神は御憐れみをもってこれを許されているのです。

人間の罪、傲慢、自我でさえ、神は良いことのために使われるのです。

ですからイマクラータ、あなたは平安でありなさい。

では質問を聞きましょう。

Q:今日、聖なる山で同時に出た、幻視者たちのメッセージについて。

A:イマクラータよ、天は混乱を許しました。母の山において、メッセージには、混乱が入り込んでしまいました。自我のうちに、どのようにサタンが働くか、イマクラータよ、あなたは理解しなさい。

謙遜でなければ、倒れるのです。幻視者が一致を望まず、謙遜でなければどのようなことになってしまうか、あなたたちは理解しなければなりません。祈りなさい、わが子どもたちよ。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとC、Jを祝福します。アーメン。

(2019年3月16日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月13日
G(地名)3:00pm 聖なる山で
―御出現のあいだ中、ものすごく香りが満ちる―

E以外の十数名の幻視者たちが、一斉に、同時にメッセージを受け始める)(※)

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、母はこの山に多くの幻視者、ヴォイス・ボックスが来てくれたことをとても嬉しく思っております。

幻視者たちよ、愛のうちに一致してください。

一致しなければ倒れてしまうのです、わが子どもたちよ。

わが光の子どもたちの一致を、天はどんなに求めていることでしょうか。

わが子どもたちよ、愛し合いなさい、謙遜でいてください。

母のロザリオの祈りのうちに、子どもたちよ、黙想してください。

大いなる戦いのうちに、あなたたちはあるからです。


今、この聖地を、大いなるサタンが襲っています

祈りのうちに戦いなさい、祈りのうちに警戒しなさい。

イマクラータ、神秘的教会の一致はとても重要なのです。

愛し合い、一致しなさい、わが子どもたちよ。

言葉ではなく、まことの心と言葉と行動で、あなたたちはそれを示し合わなければなりません。

わが子よ、わが子どもたちよ、あなたたちは、祈りのうちにもっと強く神秘的教会を護らねばなりません。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、ここにいる、わがすべての光の子どもたちを祝福します。アーメン。

※:幻視者がメッセージを受ける場合、天から受けたメッセージを幻視者が復唱するという形でメッセージを受ける場合と、そのほかに幻視者が受けたメッセージを復唱せずに黙ったまま書き記す場合があります。マリア・イマクラータの場合がそうです。MDMもそうです。ベロニカ・ルーケンは前者の方で、彼女が御出現で受けたメッセージは彼女の復唱した声としてすべて録音されて残っています。

この13日に集まった十数人の幻視者たちの多くが復唱型の幻視者でした。

複数の幻視者がいる場での天の御出現で、天がその複数の幻視者を通してメッセージを与える場合、一人づつ、順番に幻視者にメッセージを与えます。決して同時に与えることはありません。その理由は人間にも分かります。複数の幻視者が同時に復唱し始めたら、その場にいる会衆にも聞き取れませんし、録音したテープをおこす場合にも支障をきたします。しかし、この日、多くの幻視者たちは同時に、一斉にメッセージを復唱し始め、日本語、英語、ポーランド語の男女の声が重なり合い、入り乱れて、山間の静謐をゆるがしたのでした。

(2019年3月14日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



同日
 Gのホテルにて11:50pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、闇の中に入っています。

この闇が何ゆえであるか、あなたたちはまもなく理解するでしょう

あなたの眼には、この世はとても暗く見えるかもしれませんが、光がかがやく前には闇はいっそう深くなるのです。

何も恐れることなく、天を信頼しなさい。

ロザリオによって母と共にあれば、あなたたちの足取りは、闇の中でも明るく、確かなものとなるでしょう。

何もかもはっきりするまでは、母のアドヴァイスを忘れないでください。

柔和であり、謙遜でありなさい。

では質問を聞きましょう。

:!3,14,15日は、スケジュール通り事が運ぶのでしょうか。

:この公けの行事はスケジュール通り運ぶでしょう。天はそれを望んでいます。しかしE(外国の幻視者)は、Gで起こっていることをすべて知りました。あなたたちは、このことのため、一致のために祈りなさい。この期間中、特に一致のために祈っていなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとC、J(同行したプロモーター)を祝福します。アーメン。
(2019年3月9日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



CENTER:1994年8月12日
G(地名)へ出発する日の朝(※)6:30am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、今日からあなたは、G、この母の山へと行きますが、心配せずにこの母に任せていなさい。

私があなたたちを導きますから。

常に祈っていなさい。

あなたのミッションは愛と一致と祈りのミッションだからです。

あなたの使命にふさわしい戦いをしなさい。

この戦いとは、人間が相手の戦いではなく、霊戦なのですから。

このことについて、多くの者が人間的誤りを犯しているのです。

マリア・イマクラータ、家族のことは心配せずに、祈り、母に任せなさい。

あなたはCと共に、この霊戦を戦いなさい。

待っているのは混乱であり、分裂だからです

母のアドヴィスを胸に抱いて、心に刻んで行きなさい。

質問を聞きましょう。

:災害で死んだ場合、殉教になる場合があるのですか。

:いいえ、イマクラータ、災害で死ぬということは殉教にはなりません。殉教とは、その者の自由意志のもとに選ばれるもので、また、神の恵みでもあるからです。災害で死ぬ場合、死の直前にその者がその死を捧げたとして、それは大いなる犠牲として天に嘉(よみ)されるでしょうが、殉教ということにはなりません。殉教者とは、死を賭して、キリストの教会の証人となるものですから、自然的災害による死は殉教になり得ません。殉教とは証(あかし)することだからです。

この大いなる恵みを得る者たちが、この日本から多く出ることになるのです

(後略)

※ 1994年8月13,14,15日の三日間に、内外から十数名の幻視者、またプロモータや司教、司祭がGに集まり、また一般信徒も参加する機会も設けられた集会が開かれた。形の上では一致を表す行動であったが、その実際は分裂の種を内包するものだった。ちなみにこの地名のGとはその地名のイニシャルではなく、Aから始まった伏字が、順番としてGにあたったということです。
(2019年3月8日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



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反堕胎のための、四旬節の40日間の祈りの集会が―かつてない規模で世界中377都市ではじまる

毎日、「堕胎が止まりますように」の意向でロザリオ一連を祈っていますが、毎年このような反堕胎のための40日の祈りの集会が催されていることは知りませんでした。LifeSiteNewsによりますと、そのために750,000人のボランティアが活動し、今まで15,000人の赤ん坊を堕胎から救い、この祈りの集会が行なわれた都市で99の堕胎センターが閉じられ、172人の堕胎を助けるワーカーがそこを去って堕胎反対派となったそうです。

世界保健機関(WHO)によると年間5千6百万件の堕胎が全世界でおこなわれています。それは英国の人口にほぼ匹敵します。普段、堕胎が止まるよう祈っていない人も、この四旬節の40日間を選んで「堕胎が止まりますように」の意向でロザリオを祈りましょう。(2019年3月7日)

1994年8月11日
6:25am 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、何も心配しないでください。

あなたが体験しているように、どんな難しいことでも一歩いっぽ進んでいけば、ついにはやり遂げることができるのです。

人間の眼にはどんなに不条理に映ろうが、理不尽に見えようが、神のなさることは、すべてを超えて完全なのです。

あなたは天に信頼して働きなさい。

マリア・イマクラータ、わが子よ、わがバラよ、この母と共に、この闇である時間の中に入って行きなさい

何も恐れることはありません。

この母が共にあり、あなたを導いているのですから。

質問を聞きましょう。

:各聖人は取次ぎの分野が決まっているとおっしゃいましたが、ある聖人の取次ぎ以外のことを取り次いでもらうということは、避けたほうがよいのですか。

A:いいえ、イマクラータ、どのようなことを取り次いでもらってもよいのです。昨日も言ったように、各聖人には、その生涯によって、得意な分野、神が与えられた保護の権能というものがあるのです。ですから保護の分野については、各聖人の保護を頼む方がよいと、母は言ったのです。

すべてにおいて保護者として、あらゆる分野での権能を認められているのは、聖ヨゼフとこの母マリアです。ですから母は、聖ヨゼフに取り次ぎを願いなさいというのです。

マリア・イマクラータ、天と地はこうして、共に今も働いているのです。神の栄光のために。

あなたもそうしなさい。あなたの仕事は、神の栄光のためであり、救霊のゆえなのです。(後略)

(2019年3月7日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月10日
6:30am 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、心を落ち着けて、この母の言葉を聞きなさい。

まことに今は分裂の時です。

これからあなたが見るものは、分裂につぐ分裂です

このような状況の中で、あなたは強く立たねばなりません。

祈りによって、成聖によって・・・イマクラータ、わが子よ、人を見るのではなく、常に天を仰ぎなさい。

祈りに満ちていなさい。

そうすれば、あなたは道を誤ることはないでしょう。

サタンが、あなたたちの周りに、恐ろしい罠を仕掛けているのです。

これに打ち勝つには、愛であり、天をのみ信頼する心の清さです。

そうです、イマクラータ、この母が今まで言ってきたことすべてをあなたは理解することになるでしょう。

落ち着いていなさい、動揺を表してはなりません。

どのようなときにも、柔和、謙遜であられた、わがイエズスに倣いなさい。

イマクラータ、質問を聞きましょう。

:聖人の名を呼んで、取次ぎを願うと、その聖人は天主の前に進み出ることができて、とても喜んで、私たちの取次ぎをしてくださるという話を読んだことがあるのですが、それは本当ですか。

:イマクラータ、そうです。あなたたち地上の者が聖人の名を呼んで取次ぎを願うと、その聖人は、天と地を結んで働けること、また神の前に進み出る権利を得るので、本当に喜んであなたたちのために取り次ぎができるのです。ですから、あなたたちはノヴェナによって、また特別な祈りによって、聖人たちに取次ぎを願うことは、とても大切なことなのです。

また、各聖人たちは、地上におけるその聖性によって取次ぎの分野が決まっているので、その保護の聖人に頼むというのは、肝心なことなのです。このようなことは伝承として残されていますが、今では知らされることが少ないので、残念なことです。

名前というものは本当に重大な意味があるのです。

子どもたちよ、多くの聖人たちに取次ぎを願いなさい。その保護を願いなさい。また煉獄の霊魂のためにも祈りなさい。そうすれば彼らが天国に入ったとき、あなたたちのために、とても熱心に祈りますから。(後略)

(2019年3月5日)

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1994年8月9日
午後三時の祈りの間 3:00pm 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、母と共に祈ってください。

ほんとうに祈りが足らないので、祈りがもっともっと天に向かえば、この世界はもっと変わることができるのです。

母はこの国に、もっともっと祈りのグループ、祈りの軍隊の「祈りのプログラム」を祈る子どもたちが増えることを望んでいます

この祈りの軍隊の一致した祈りによって、日本が変わるからです。

イマクラータ、Cとあなたのコーナーストーンの子どもたちとともに、このプログラムが広まるよう祈りなさい。

心配せずに、祈りなさい。

:教会で、聖体奉仕者が任命され、聖体を配る事になりましたが、このことにどう対応したらよいのですか。

:イマクラータよ、心配しないでください。なたたちは導かれるでしょうから。あなたたちは、司祭の手から、口で、ご聖体におけるイエズスを受けなければならないからです。何年も前から言われてきたことが、これから成就し始めるからです。メッセージを読み返し、天の望みを果しなさい。

:このことは、これから日本で広まっていき、一般的なものとなってゆくのですか。

:そうです、イマクラータ、この悪いもの、聖なる教皇からきたのではない計画が、徐々に日本に浸透してゆくでしょう。獣の支配が完成することになるからです。しかし、これは山羊と羊を分けるために、天が許されていることなのですから、常に平安でいなさい、わが子どもたちよ。

:E(外国の幻視者)のメッセージに、マイトレイヤは、今はこの世に霊的に存在するのみで、時々許されて、肉体をもって色々な場所に現れるとありましたが、マイトレイヤはすでにこの世に生まれて、存在しているのではないのですか。

:そうです、イマクラータ、マイトレイヤはこの世に、すでに肉体をもって生まれております。しかし、彼はいまだに隠れており、公然とその姿を現すことは許されておりません。ですが、邪悪なる力によって、また、天の許しによって、彼はすでに肉体を伴って、ある所に現れることを許されております。

イマクラータ、彼が公然と力をふるう前に、あなたは霊的にも、精神的にも、もっともっと強められなければなりません。ミサ、聖体拝領、告解、ロザリオ、母が言っていたすべての準秘跡によって、この激しい霊戦を戦いなさい。(後略)

(2019年3月4日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



■署名運動

マーチン神父

この司祭「寛大」につき

この両手でサタンの印をする、目が飛んでしまっているという印象をさえ受けるイエズス会の司祭、マーチン神父の言動が、物議を醸しだしています。ちなみに、この手によるサタンの印、図の様に親指を立てるだけで意味は、手話で「アイラブユー」を意味するという。紛らわしいかぎりです。

画像の説明

マーチン神父は『Building a Bridge』(橋を築く)という本を著しましたが、著名な倫理神学者のジャネット・スミス氏によるとその本は、「教会における再び頭をもたげてきた異説のもっとも悩ましい例」ということになります。

どうやらこの神父は、巧みに、教会の教えに反して同性愛を教会で認めさせようとしているらしい。スミス氏によればマーチン神父は最近のヴィラノヴァ大学での講演で、「この10年の中に君たちは(教会で同性愛者の)パートナーとキスができるようになり、あるいは、それからしばらくして君たちの夫となることができると思います」と語ったそうな。このような司祭は、寛大さを理由に教会の伝統的な教えを変えてしまおうといういことで偽預言者と一致しています。

私は、同性愛を大目に見、同性愛をわが司祭職に許す司祭たちの味方はしない。…私はわが司祭職が破滅するのを黙って見ていることはない」(1982年6月18日 主イエズスのベロニカ・ルーケンへのメッセージ)


上の記事は21017年10月11日にアップした記事ですが、このマーティン神父が、教皇フランシスコによってヴァチカンのコミュニケーション事務局の顧問に任命されました。その任命を取り消すための署名運動が下のサイトでおこなわれています。
Titile の欄はMr. とかMrs.を選びます。分からなければ適当でよいでしょう。山田花子さんの場合、First NameはHanako, Last NameはYmada, Eメールのアドレスを書いて、国の「Japan」 の右には県名を書き込み(例:Kanagawa)、下の「SIGN THIS PETITION」をクリックすれば署名完了です。
英語でメールが送られてきますが、これを広めてくださいというお願いのメールで、署名の有効性には関係ありませんから無視して大丈夫です。

https://lifepetitions.com/petition/pope-remove-james-martin



(2019年2月28日)






1994年8月9日
6:50am 

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたとCを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ,、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータよ、闇は深まっていきます。

わが子どもたちの一致はとても大切です。

一致を望む者はさらに強められ、一致を望まない者は倒れるからです。

子どもたちよ、愛し合い、一致しなさい。

母の言葉を聞いてください。

一致ができるように、お互いに祈り合いなさい。

分裂を望んでいるのは悪魔なのです、わが子どもたちよ。

イマクラータよ、子どもたちが一致できるように、ロザリオ一連を毎日母に祈ってください。

子どもたちよ、あなたたちはテーブルの燭台のように光かがやき、闇を照らさなければならないのです、わが光の子どもたちよ。

イマクラータ、わが心のバラよ、母のロザリオ一連と共に歩みなさい。

そうすれば混乱に巻き込まれることなく、あなたは心の平和を保てるでしょう。

質問を聞きましょう、イマクラータ。

:女性はズボンでミサに与らない方がよいのですか。

:イマクラータ、そうです。ふさわしい姿でミサに出てほしいと天は考えているのです。

自分の望みよりも、天の御旨を果たせば、あなたが体験したように、天はいつでもあなたを導けるのです。

:なぜズボンをはいてはいけないのですか。理由を教えてください。

:肌を露出しすぎる者、女性の体をはっきり意識させてしまうものは、聖なる晩餐にあずかる者としても、また、周りの人々の眼、心に対しても、よい影響を与えるものではないからです。

イマクラータよ、時と条件を考えることは、あらゆるあなたたちの生活の局面においては大切な事なのです。(後略)

(2019年2月26日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラータの1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしてい
きます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



守護の天使もどうすることもできない

落ちた幻視者はなぜ地獄へ行くか
「幻視者が落ちる」という意味は、幻視者が天から与えられたミッションを失う結果になることを意味しますが、「落ちる」と表記するのは、英語の「fallー落ちる」からきていると思われます。「落ちた幻視者」は英語では「a fallen seer」といいます。「堕ちる」と言う漢字を当てる人もいます。それは「堕天使」を英語で「fallen angels」ということからそう表記するのかもしれません。

一般的に、いまの時代に死んだ人間の霊魂が地獄に行くということは珍しいことではなく、それどころか雪が降るように霊魂が地獄に落ちていると聖母マリアはメッセージで告げられます。今は死ぬ人の80%が地獄に行っているというメッセージもあります。地獄に行くということはけっして稀なことではないのです。それどころか「いま死ぬ人のほとんどは地獄に行く」といってもよい状況です。その多くが性的罪のために地獄に行くと言われています。

そのような時代的霊的状況がある一方で、教会で司祭は地獄については黙して語らず、人道主義や政治問題を喧伝します。ある司教は、小教区を訪れ、ミサを挙行し、ミサ後の講話の初めに「みなさんのなかで地獄を信じている人はいますか」という問を投げかけ、そのあまりにも唐突かつ愚かしい質問のせいだと思われますが、信徒がそのままだれ一人挙手する者がいないのを確認してから、その司教は「安心しました」と言い放ったそうな。この「安心」の意味するところは何でしょうか。

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もう何年も前に、日本で新しく立たされた一人の幻視者に、来日した外国のベテラン幻視者が関西のホテルでアドバイスをする、その現場に居合わせたことがあります。その外国人幻視者は、日本の新人幻視者に「幻視者というものは、普通の人間には与えられない特別な恵みが与えられる。神の声を聞き、主や、聖母、天使の姿が見える。そのような格別な恵みを与えられた幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」と説き伏せました。新人は神妙な顔つきで聞き入っていました。

当時はそうなのか、と単純に思ったものですが、その後、いろいろなメッセージを読んでゆき、「どんなひどい罪を犯そうが、痛悔するならば赦す」と主は言われていることを考えても、いかに特別な恵みを与えられた幻視者が落ちたとしても、それを痛悔するならば地獄へは行かないで済むのではと考えるに至りました。落ちてほしくないという気持ちが溢れるあまり、ベテランが新人に、オーバーに語ったのではないかと思うに至ったのです。ちなみにこのベテランは、後に落ちました。

しかし、主が上のメッセージを語ったときに「聖霊に対する罪だけは別である」と言われていることから、また「聖霊が存在しなければ私はメッセージを伝えることはできない」とも言われていることから、幻視者は落ちるだけで地獄に必ず行くというのは真実ではなく、落ちた幻視者が、嘘のメッセージを出し始めたとき、聖霊の業であるメッセージを騙(かた)ることで、聖霊に対する罪となるので地獄に行く、と理解するようになりました。しかし、それでも痛悔すれば許されるものと思ってます。それは聖霊に対する直接的な罪ではないと思えるからです。

聖霊の罪云々と理解せずとも、本来天の存在が人間にメッセージを語るところを、嘘のメッセージを、あたかも天の存在が語ったかの様に偽って公開するという行為が、どれほど神に逆らう重大な行為であるかは分かります。

イマクラータが受けて世界中にメールを通じて拡散された以下のメッセージは、そのことを言っていて、このメッセージのなかの「死なねばならない」というのは、生物学的にこの地上から取り除かれるという意味での死ではなく、「霊魂の滅び(死)」、地獄へ行くという意味です。

このメッセージは2005年に、JMJコミュニティ―の日本の関係者に向けて発送され、2012年に英訳され全世界(アメリカ、カナダ、フィリピン、フランス、アイルランド,クロアチア、オーストラリア、他)のメッセージ関係者にメールで送られたものです。

永遠の御父

永遠の御父 :娘よ、わが娘イマクラータ、

ユダの家々に預言して言え。
偽りの預言をした者は死なねばならない
その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある。

憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ。
わたしは全ての者を愛しているが、骨を腐らせ、命を失わせる者たちを憎む。

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。(2005年9月5日)


ですから、幻視者は落ちただけでは地獄へは行きません。しかし落ちた幻視者が地獄をまぬがれるためには、絶対的条件として、落ちたことを痛悔しなければならないのです。

世界中で何百人もの幻視者が立てられ、何百人もの幻視者が落ちていきましたが、悲劇的なことは、落ちた幻視者は自分が落ちたことを認めたがらないということです。落ちた幻視者のその後に関しては、すべての情報を得ているわけではありません。今まで落ちた幻視者は、国内外を問わず、音信不通となりそのまま消えてゆくことが多いからです。しかし例外的に、たった一人、落ちたことを認め痛悔していると思われる落ちた幻視者がいます。それは上述した新人の幻視者で、彼女は、彼女が立てられたある都市に、新たな新人幻視者が立てられた際に、日本のあるプロモーターに「私の代わりに立てられたのですね」と電話で語ったという話を、当のプロモーターからじかに聞いたことがあります。これなどは、その幻視者が自分が落ちたことを認めている言葉です。痛悔すら感じさせます。しかしこれは例外で、大体は、落ちてもそのことを認めない幻視者が多いのです。幻視者が落ちて、落ちたことを認めないということは、落ちたことをまったく痛悔していないということを意味します。つまり、ベテラン幻視者が言う「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」とすれば、それは痛悔がないということに原因があるのです。

さらに悲劇的な例は、落ちた幻視者が偽りのメッセ―ジを発信し続ける場合です。これには世界的に有名なヨーロッパの幻視者たちがいます。

落ちた幻視者が天のものではないメッセージを世に送り続けるのは、一つにはサタンからのメッセージ、一つにはその幻視者の心、考えから出たメッセージです。両方とも、幻視者自身が天からのものと信じている場合には、罪とはなりません。信じているわけですから。信じているのか、それとも偽りと知ってか、それは神とその幻視者自身には分かります。

しかし、最悪のケースは、幻視者が自分で偽りのメッセージを故意に「創作」して世に広める場合です。それも含めて偽りのメッセージだと分かっていて世をあざむく場合は、「死なねば」なりません。それは、偽りと分かっているその幻視者の霊的指導者、そのメッセージを偽りと知りながら広めるプロモーターも同罪です。「その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある」とはそういうことです。

落ちた幻視者が、救われる20%の仲間に含まれるということは、至難の業という他はないのです。

偽りのメッセージを世に発信していた幻視者が、ある日、突然痛悔して、告解し、その罪を赦されても、それだけでは十分ではありません。埋め合わせをしなければならないのです。ある司祭が、説教台から「地獄は存在しません」と言い、それを真に受けた信徒の何パーセントかがそれを鵜呑みにして信じたとします。その後司祭はそのことを痛悔して告白すればその罪は赦されますが、それだけでは十分ではありません。その司祭は説教台から、「地獄は存在しないと言いましたがそれは誤りです、地獄は存在します」と訂正する必要があります。偽りのメッセージを広めた幻視者も同じです。偽りのメッセージを広めたその同じルートを通じて、今までのメッセージは天のものではなかったと、訂正の宣言をなさねばなりません。しかし、今までそのような幻視者は見たことはありません。

永遠の御父は「憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ」と言われますが、偽りのメセージを出し続ける幻視者たちは、「憐みのある」時がこのままずっと続くと思っているのかもしれません。

裁きの時は突然訪れます。それは全てが手遅れとなる時です。

つまり、ベテラン幻視者が言った通り「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」という言葉はかなりのパーセンテージで真実を含んでいる言葉だと言えるのです。

当のベテラン幻視者は今どうしているかというと、相変わらず聖母のものだと称するメッセージをせっせと発信し続けています。当該幻視者が、それを天のメッセージだと信じて発信し続けていることを祈るばかりです。

この種の記事を書くのはこれが最初で最後です。(2018年9月10日)





確認:ある幻視者がメッセージを受け、それが真実のメッセージ(天からのメッセージ)かどうかを、他の幻視者を通して天に聞いてもらうことを、メッセージを(天に)確認すると言います。

それは、真実の幻視者であっても、天から受けるメッセージの一部、または全部に、恐怖や自分の願望から自分の潜在意識がメッセージに入り込んでしまうことがよくあるからです。その現象を「混じる」といったりします。あのメッセ―ジは混じっている、などと言います。

これは、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽幻視者が天のものではない出現によって天のものではないメッセージ(幻視者自身の人間的な推理、願望を反映したサタンのメッセージ)を受けるのとは違います。天の出現を受けながらも、メッセージに自分の願望や考えが混じってしまう現象で、もう一度言うと、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽預言者が天のものではないメセージを受けるのとは異なります。真の天の出現を受けながらも、天のメッセージに自分の考えが混じってしまうのです。

このことが常態化すると、その幻視者はもはや天の道具としては機能しなくなります。天が白といっても黒と受けてしまい、天が左と言っても右と受けてしまうからです。天の御旨よりも、幻視者個人の願望が優先されてしまうのです。

ですから、メッセ―ジの確認が必要なのですが、その確認自体、また混じることが多いのです。幻視者が、ある別の幻視者にその受けたメセージの確認を頼まれた場合、その幻視者の気にいるような確認のメッセージを確認を頼まれた幻視者が混じって受けてしまうのです。これは幾度となく眼にしてきたことです。馴れ合った幻視者同士が、天の意向ではなく、互いのメッセージに反映された互いの人間的願望・推理を確認し合うというスパイラル現象が起きます。
ですから、聖母が、すべてのメッセージは識別が必要だとおっしゃるのです。

もし、落ちた幻視者や偽幻視者同士がこの確認スパイラルを余人に誇示するような事態になれば、それはそのメッセージを天のものだと信じる人々を巻き込んで際限もなく妄想の世界をメッセージで展開してゆくことにな

教皇三重冠を被るAntipope

ります。現在、数人いると言われている対立教皇(Antipope)なども、この確認スパイラルの生み出した妄想願望の一つの可能性があります。(写真は教皇三重冠を被るAntipopeの一人)

つまり確認を絶対的なものだと考えることはできないのです。

かつてイマクラータは聖母に質問したことがりあります。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが。(1994年6月22日のメッセージ)

つまり、確認のメセージを受ける幻視者はあらゆる人間的感情―恐怖、願望などを抑えて、天の御旨だけを行なおうとしない限り、すこぶる混じりやすいものなのです。「確認から学ぶ」とはそういうことをも含めての言葉だと思います。―管理人


■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェナ』のあとがき

「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月


獣の印(666―マイクロチップ)

マリア・ディバインマースィーのメッセージ

2012年6月1日

ひとたび埋め込まれたなら、それはとなる、心と霊魂にとってだけではなく、あなたたちの体にもだ。それは世界中の人間の多くを消し去るための疫病をもたらすからだ。
あなたたちは「印」を受け入れてはならない。私は何をすべきかをあなたたちに教える。
無力を感じるゆえ、多くの者たちが「印」を受け入れるだろう。
生ける神の印」-わが十字軍の祈り第33番は、あなたたちの命綱である。永遠の父によってあなたたちに与えられたわが「保護の印」を受けたなら、あなたたちは(獣の)「印」を受け入れないですむ

2013年7月29日

だが、次には、獣の印を受けることを拒む多くの者たちを、彼らは処分するのだ。彼らはそれは真の世界平和、愛、一致の印だというだろう。しかし、その恥ずべき核心に隠されたものは666の文字、獣の印である。
まさしく聖なるメダイが神から来る力による天的保護をもたらすように、獣の印は、それと共に死を―霊魂の死と恐ろしい病による死をもたらすのだ。獣の印を拒む者たちは隠れて備えをしなければならない。これが恐怖を催させることだとはわかっているが、それは真実なのだ。私は、あなたたちの祈りの助けをもって、迫害を終わらせるべく介入するだろう。


アマゾンが背後でマイクロチップの埋め込みのためにうごいています   
の投稿記事を「百千鳥」にアップしました。(2019年2月26日)


1994年8月8日
6:20am 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたとCを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータよ、あなたたちは毎日前進しなければなりません。

霊的に同じ場所に留まっていれば、いつか聖成の道においては、退歩してゆくということになるのです。

つらくとも、意識して日々の祈り、毎日の霊戦において戦っていきなさい。

そうしなければ、イマクラータ、あなたは先陣を切るということはできないでしょう。

一歩いっぽやり遂げれば、必ずすべてを達成できるのです。

平和な心でいなさい。

苦しんでいても、微笑を忘れないでください。

常に母が共にいることを、心に銘記しなさい。

質問を聞きましょう。

:I(私的幻視者)は将来、コーナーストーン、およびJMJコミュニティーに関わってくるのですか。

:そうです、イマクラータ、母はIがあなたを助けるようになることを望んでおります。母に任せておきなさい。

Q:Dを通しての○○のカナダ(の共同体)行きの指示は天からのものですか。

A:そうです、イマクラータ、カナダ行きは天からのものですが、一部が混じっており、イエズスは訂正されました。すべてが天からのものではなかったのです。イマクラータよ、でもこうした混乱の中でさえ、天はあなたたちを導いているのです。

祈り、進む者は、天からの指示から大きく逸れてしまうことはないのです。(後略)

(2019年2月24日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月7日(日曜日)
1:50pm 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたとCを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、心を強く持ちなさい。

あなたがたは十字架を担って、この母と共にカルワリオまで行かねばならないのです。

イマクラータ、この母も泣いているのです。

悲しみにうちしがれないでください。

なぜなら必ず一致は達成されるからです(※)

一致しなければ神の計画は達成されないからです。

そして神の計画が実現しないということはないからです。

天にどこまでも信頼しなさい。

:誰かが自分(M・イマクラータ)の荷物の上にどかんと荷物を置き、かけようとしていた電話を後ろから来て先に受話器をとってしまうというヴィジョンについて。

:イマクラータ、天からのものです。

:どういう意味ですか。

:それは、あなたがたが感じたように、これから起こる理不尽なことの象徴です。理不尽さに対してはイエズスに倣いなさい。正しいことを柔和、謙遜に言って、あとは沈黙です。相手がそれを受け入れないのなら、それを許しなさい。

:蛇が木の上で脱皮するヴィジョンについて。天からのものですか。

:そうです。

:どういう意味ですか。

:木に蛇が巻き付き、脱皮しているのです。イマクラータ、サタンがその勢力を強めているのです。祈ってからすべての事を成し遂げなさい。

イマクラータ、私と聖ヨゼフが、あなたとC、そしてI(私的幻視者)、そしてそのロザリオを祝福します。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

※:聖母のこの願いにもかかわらず分裂がこの先に待っていた。しかし神の計画は、当初、一度は向こう側に行った二人の外国の幻視者がこちら側に戻り、マリア・イマクラータと一致して日本のために活動するという形で実現されていくことになる。

同日
午後三時の「コーナー・ストーン」の祈りの会場にて

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたとこの祈りのグループ「コーナー・ストーン」を祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、そしてわが光の子供たちよ、あなたがたは祈りによって強く立たねばなりません。

本当に、何が正しいか分からなくなるからです

この母にすがっていなければ、この母と共にあらねば、あなたたちは闇の中に迷い出てしまうからです。

母が今まであなたたちに告げてきた言葉を思いだしなさい。


母のメッセージを読み返しなさい。

あなたたちは炉の中に投げ込まれて溶かしなおされるごとくに、試されるのです。

それは簡単な、やさしいことではないからです。

ですから、母は子供たちに謙遜でいてほしいと望んでいるのです。

わが子どもたちよ、ロザリオを日々、玄義を黙想しながら祈りなさい。

何が一致で、何が一致には向かないのであるか。

子どもたちよ、「実」で判断しなさい。

裁いてはなりません。

イマクラータ、わが子よ、強くありなさい。

ロザリオの剣によって戦いなさい。

わが子供たちよ、ロザリオの剣によって、あなたたちは常に武装し、戦っていかなければなりません。

なぜなら、サタンは休息することはないからです。

わが子どもたちよ、母の手から滑り落ちてしまわないように、警戒しなさい。

常に警戒して祈っていなさい。

イマクラータ、質問を聞きましょう。

:「二十六聖人のコンタツ」について。

:かつて母がBを通して言ったように、この祈りのグループのメムバーに、母はイマクラータ、わが御心のバラを護るために、「二十六聖人のコンタツ」を祈るよう頼みました。
東京の、関東の救いのミッションを助けるため、イマクラータを護るため、わが光の子どもたちよ、このコンタツを祈ってください。このコンタツによって大きな恵みが下るからです。この祈りの剣によって、イマクラータとそのミッションを、子どもたちよ、護って下さい。毎日午後四時と、Bを通して母は語りましたが、できない者は、一日のうちいつでもよいのです。この意向で祈ってください、わが子どもたちよ。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとC、そしてI(私的幻視者)、わが光の子どもたちを祝福します。アーメン。

(2019年2月23日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



仙台広瀬川の殉教者の連祷
2019年2月21日に「百千鳥」に、仙台の広瀬川の殉教者に関する記事がアップされました。それを読んだ方から感想が寄せられ、その方は自分で勝手にその仙台の広瀬川での殉教者の連祷を作り唱えるということが書いてありました。これは非常に良いことだと思い、さっそく、「諸聖人の連祷」をもとに仙台広瀬川の殉教者の連祷を作ってみました。聖母は、マリア・イマクラータのメッセージで、日本の殉教者に取次ぎを願って祈るようおっしゃっておられます。日々の祈り、またノヴェナの祈りとしてこの連祷をお使いくだ去れば幸いです。(MDMのサイトの便利印刷3で印刷できます)


1994年8月6日
6:08am 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータ、あなたはもっと天を見つめなさい。

そして信頼しなさい。

私があなたを導いているのですから。

祈りのときには祈りに専念しなさい。

心を煩わせてはなりません。

わが子よ、混乱の中から良いものが生まれるからです。

神はすべてを許されているのだと知りなさい。

心安らかでいなさい、わが子よ。

心配しすぎると、悪魔につけこまれます。(後略)

同日
大聖堂にて

主イエズス:イマクラータよ、大切なことは御旨を果たすことである。

わが子よ、私はあなたとCを、わが至聖なるイエズスの聖心より祝福する。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(2019年2月20日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月5日
9:05pm 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータ、心配しないでください。

基本に戻れば、なたは光を得ることができます。

必ず、祈りつつ歩みなさい

そうです、何を聞いても、何が起きても、あなたはカトリック信者としての清さのうちに留まりなさい。

苦しみはあなたを清めます。

イマクラータ、心配するよりも祈りなさい。

神に信頼しなさい。

耐えなさい。

まもなくあなたたちははっきりと知ることができるでしょうから。

母マリアのアドヴァイスを忘れずに、黙想会に臨みなさい。(後略)(2019年2月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月

ダウンロード (12)


上の写真は知る人ぞ知る有名な奇跡の写真です。もう何年も前に、天のメッセージを信じる人たちの間でもこの写真が広まりました。当時、この奇跡の写真の説明が、聖ヨハネ・パウロⅡ世教皇が聖母の御像に触れて祈っているときに、この奇跡の写真が撮られたとの説明と共に広まったと記憶しています。

しかし、実情はそんなものではありませんでした。あるサイトで詳しく写真について語られていたので、それを抜粋して紹介します。

(続きは「百千鳥」でお読みください)
http://gokyoyoko.com/index.php
(2019年2月9日)


■1月の最後の週の金曜まで、堕胎がなくなるためにロザリオを祈
りましょう。
わが子よ、堕胎の広がりを阻止するために、すべての者が、2013年の1月の最後の週まで、毎週金曜日にロザリオを祈ることは重要なことです。
胎内で殺されたすべての子は、わが聖父の王国で天使になります。彼らは、知っていながら(神の御業に)干渉し、ためらいなく自らの胎内の子供の命を絶ったそれぞれの母親のために毎日祈ります
」(2012年12月18日の聖母のMDMへのメッセージ)
できる人は、この期間以外でも毎日一連のロザリオを「堕胎がなくなりますように」の意向で祈ることが勧められます。

(2019年元旦)


nativity.jpg

Merry Christmas




(2019年1月14日)


st michael

今日は九日です。できる人は「聖ミカエルのチャプレット」を唱えましょう。

聖ミカエルの御約束―彼に敬意を表してこの信心を実行する人は誰でも御聖体を頂く時九階級の中から一人づつ選ばれた九人の天使に付添われます。さらに、これら九つの挨拶を毎日唱える人々には、彼は彼およびすべての天使達の生涯にわたる絶えざる援助と、死後のその人々自身と親族達の煉獄からの解放をお約束になりました。(『ピエタ』より)

毎日祈ることが難しい人は、「九」のつく日にこれを唱えることを聖母は願っておられます。(祈り文は、マリア・ディバインマースィーの「便利印刷」にあります)(2018年12月9日)



聖アンドレのクリスマスのノヴェナ

伝統的なこのノヴェナはどんな願いもかなえられます。MDMのサイトの「便利印刷2」で印刷できます。






ヴィガノ大司教のレポートが世に出るまでの経緯1

マカリック枢機卿

今年の夏、2018年6月20日、一人の高名な枢機卿が使徒座によって公職から解任された。それは、ニューヨークのローマカトリック大司教区の再調査委員会が、その枢機卿がニューヨークの司祭であったときに、聖パトリックカテドラルにおいて、1971年と1972年に、当時19歳の侍者に性的虐待を加えたとの訴えが「信用かつ実証」できるものであるとの結論を出したことによる。

その枢機卿の名は、9つ以上の大学から名誉博士号を授与された経歴をもつテオドール・エドガー・マカリック枢機卿である。(写真は、2008年、スイスのダボス世界経済ホーラムで語るマカリック枢機卿)

※続きは「百千鳥」でお読みください。
http://gokyoyoko.com/index.php




訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を改めるわけです。それがバランスを考えるということです。天の求める標準に達しない生活を選択しても、標準に近づけるよう日々意識して生活すればそれはバランスある生活です。

そうする意識、工夫が必要なのは、自然なまま放っておけば人間は安逸をむさぼるようにできているからです。安逸をむさぼる人間をサタンは放っておきません。あっと言う間に罪を犯します。

ですから、バランスとは、時間による切り替えということもできます。何時から何時まではテレビを見る、それ以後はロザリオに向う、というような切り替えです。テレビはとくに見たいもの以外は見ないと決めてかかる方が楽です。だらだらと見る習慣がつけばそこから抜け出すには多くの時間とエネルギーが必要となります。見ない習慣がつけば、なんということもない格闘です。

最近メールが来ました.たくさん祈るよりも心から祈ることが大事であると主張する内容の手紙でした。その通りだと思います。しかし、天は、心から、1日3環祈ることを願っておられるのです。心から祈ることの重要性をもってたくさん祈らないことを正当化してはなりません。天はあらゆるメッセージで、祈りが足らないと訴えておられるのです。

閑話休題。メッセージは、とくにMDMのメッセージを天のものではないと信じている人は、自分で実際にいくつかのメッセージを読むことが重要です。教会が否定しているから、司教が否定しているから偽物だと判断するのでは、あまりにももったない。読んで全体から受けるものを判断すべきです。逐語的に識別することは信仰する者の識別ではありません。主イエズス・キリストが地上を歩いておられたときに、「私の肉はまことの食べ物であり、私の血はまことの飲み物である。…(私を)食べる者は永遠に生きる」(ヨハネによる福音書6-54)と言われ、それを聞いた「弟子の多くは退いてその時からイエズスについて来なくなった」のでした。

主イエズスは12使徒に向い「あなたたちも去って行きたいか」とお聞きになられま

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