終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍登録用): jmj.c@kra.biglobe.ne.jp



Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)


 

1997年6月29日
「コーナーストーン」祈りの家 3:00PM
    
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聖母:山羊(やぎ)と羊を分けるための計画です。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

非常にゆっくり進んでいるように見えても、多くの者が自分の蒔いた種を刈りつつ、終りに向ってあなたたちは急速に近づきつつあるのです。

あなたたちは、全てが、幻視者や預言者を含めてすべての者たちが試しの中にあり、あなたたちは確定した印をまだ受けてはいないのです。

その印は、間もなく起こる多くの出来事の後に記され、永久に消されることはありません。

ですから、日々起こることの中で、あなたたちは神に「イエス」と言い、紙と共に歩んでゆかねばならないのです。

多くの偽預言者も現れますが、それはあなたたちに与えられた玉門を自由意志によって悪のために、自我のために使うことによって起こって来るのです。

どちらにせよ、子供たちよ、どのような悲惨な状況においても、全ては神の力によって支えられているのです。

神に信頼し、あなたたちに備えられている道を歩み通しなさい。

それがどのように苦しいものであろうとも、その最後は、天の国と言う報いがあるからです。

あなたたちは、まったく聖なる者でなければ天の国に入れない様に、ニューエラにも入れません。

あなたたちは、全ての負債を払い終わらなければなりません。

自分の功(いさおし)を考えるよりも、自分の負債を赦された神の御憐みに心を向けなさい。

何が起ころうとも動揺せずにいなさい。

これからの時は、特に異常なことが、あるいは多くの災難が起こって来るからです。(後略)




(2017年4月26日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年6月





熊本巡礼記3

イマクラータの死について、ミッションを信じている人々は様々に考えています。人間に理解できない以上、その分、人間は自由に考えを飛翔させることができます。しかし、全てが明らかになる日は必ず来るでしょう。


熊本巡礼記3
3日目

11/6 11:00 B教会 ミサ

早めにお聖堂に入り、ロザリオなどを祈っていました。

しばらくして、後ろに座った女性が「こんなことをしたって、どうせ何にもならないんだよ!」と私に聞こえるように言いました。その後も「もう帰ろうかな」など、落ち着きのないことを小声で言い続けていたので、精神的な病なのかもしれません。私は悪霊かもしれないとの考えがよぎって、振り返る勇気もなく、そのまま前を向き、ロザリオを祈っていました。後ろの方をどうかお助け下さいと祈っていました。それからしばらくして静かになったのですが、その人がそのままいたのか、いなくなったのかは分かりません。

司式は昨夜の神父様と違う神父様で、聖福音について昨夜とは異なった説教を聞くことができたことは、良かったと思いました。

御ミサ後は一般的な観光を少しした後、Aさんの御好意により空港まで送っていただきました。

搭乗するまで、話が途切れることなく、そして、まだ話し足りないくらいでした。

Aさんと私は住まいは遠く離れているけれど、ロザリオの十字軍という祈りのグループです。一緒に祈ることの意義とそれに対するお恵みを、大きく感じる巡礼となりました。私に欠けている特性や観点をお持ちであるAさんと結び付けて下さったことは、神様の御考えだと思っています。

最後に。ー熊本巡礼を通してー

今回の巡礼を通して、「自分の務め」について考える良い機会となりました。

そのきっかけは、Aさんとの話の中で、イマクラータさんがなぜ亡くなってしまったのか、しかし、亡くなったからといって、このミッションがなくなってしまうことがあっては絶対にいけない、という話題になったことです。

イマクラータさんは、日本での天のミッションを行う特別な方であり、まさか亡くなるとは全く思いもしなかった事でした。

私はイマクラータさんが亡くなって大きな支えが無くなったことから、1週間泣いて過ごしました。しかし、その後亡くなった理由の1つとして、私なりに納得したことがあります。それは、レムナントアーミーとして、一人ひとり信仰を堅固にすることを天は望まれているということです。私は、イマクラータさんがいらっしゃることにより、漠然と、何があっても救われるだろうと楽観的に考えていました。イマクラータさんに頼り切っており、強い信仰を持って自分の足では立てていないと亡くなった時に気付いたのです。

自分と家族だけでなく、一人でも多くの人の救霊のため、私たちは神様の御旨に沿って働かねばなりません。そのために準備すべきことを、Aさんとの話で具体的に気付かせて下さいました。

霊的準備としては、ロザリオを祈るなど、祈りの時間を持つことや御聖体に対する信心を燃え立たせることだけでなく、レムナントアーミーとして自覚を持つことも重要になると思います。そして、告解の秘跡により、聖寵の状態を保つことです。

物質的準備としては、聖母のメッセージとして、食料、毛布、水、生活の必需品を保存しておくよう仰っています。それに加えて、今後の迫害に対する備えをすることも、大切だと思います。具体的には、聖なる司祭をかくまうこと等の避難所としての準備です。それは、レムナントアーミーとして自覚を持つことにもつながるでしょう。

しかし、家庭の大黒柱であったり、主婦であったり、独身であったり、それぞれ今おかれた立場があります。自分の務めとして、それぞれの立場でできることを果たしていくことにより、ロザリオの十字軍としての役割を担っていくのだと思っています。

(2017年4月24日)




紐ロザリオ制作

以下のメールを始め、紐ロザリオ制作に関するメールが何人かの方から送られてきました。これから制作する、つまり制作のお手伝いをほのめかすメールもありました。
メール。
7本頼みます!
月曜日に振り込み致します

この紐ドザリオはイマクラータさんが作られたものでしょうか・」(原文マゝ)

現在このイマクラータのミッションである紐ロザリオの制作は行っておりません。その昔、当初、天の指示に従ってイマクラータを含む数人の方々がこの紐ロザリオの制作に従事しました。しかし、この紐ロザリオのほとんどは、視力が衰退した一人の婦人の手で制作されました。イマクラータが材料を送り、その方が制作し、10本を束にして段ボールに詰めてこちらに送ってくると言う作業が何年も続きました。2万本が制作された段階で、制作を打ち切りました。2万本と言う数字が天の指示であったかどうかは今となっては定かではありませんが、おそらくそうだと思います。

この婦人は、現在老人介護施設に入っていると聞きました。会では、JMJコミュニティーの恩人としてこの婦人のために祈っています。

この紐ロザリオは、天が与えて下さった恵みです




(2017年4月23日)





1997年10月19日
「コーナーストーン」祈りの家 3:00PM
    

聖母:全てはあなた方の応答にかかっているのです。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、わが愛する子、そして子供たちよ、あなたたちは恐れることはありません。

あなたたちのすべきことをし、天に信頼して祈りなさい。

この終わりの日々を、あなたたちは祈りと徳とによって生き抜いていかねばなりません。

なぜなら、多くのテストがあるからです。

あなたたちは神を選ぶか、そうでないのか、日々試されているのが分かりませんか。

あなた方の応答によって、答が出されるのです。

なぜなら、サタンがあなたたちを篩(ふるい)に掛けるべくあなたたちのそばにいるからです。

この終わりの日々は、そういうあなたたちのテストと試練の日々です。

この中であなたたちは聖性において成長してゆかねばならないのです。

試練は長く続くのです。

子供たちよ、ですから忍耐し、徳によって成長しなさい。

この母の言葉が分かる日が来ます。

あなたたちは、全て照らされる日が来るからです。

あなたたちは、この照らしによって、どのような道を歩いてきたか、何を選択しなければならないかを悟るのです。

それは本当に大いなる恵みです。(後略)




(2017年4月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年10月




主の御復活、おめでとうございます!


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熊本地震一年
いまだに四万七千七百二十五人の人たちが避難生活を続けている。
そんな中、毎日新聞の「妻に救われた命 生きる」という見出しの記事が目にとまった。最近はゆっくり新聞を読むこともないのだが、記事を読んだ。

農業をやっている70代の夫婦が昨年4月15日、前夜の地震(前震)により崩れた物の片づけをし、再び大地震が襲うなどとはつゆ考えずに、それぞれ一階の別々の部屋で寝た。

『ドーン』と言う大きな揺れに襲われたのは日付が16日に変わって間もなくだった。」(毎日新聞記事より)

家が倒壊し、夫はすぐに別部屋の妻を呼ぶ。

気づくと、天井が目の前に迫っていた。『大丈夫か哲子』。思わず叫ぶと『はーい』と返事があった。(毎日新聞記事より)」

この「はーい」が胸をうつ。なぜなら夫人は大丈夫どころか、翌朝、はりの下敷きになったまま心肺停止状態で発見されたからだ。男性の方は、地震の数時間後にほとんど無傷で消防団によって救出された。

夫人は、地震直後、命を落とすことになるほどの程度に、崩壊した家の下敷きになっていた。その痛みと恐ろしい圧迫感はいかばかりのものであったか。妻は夫の呼びかけに「はーい」と答えたのだった。

この「はーい」は、50年連れ添った、妻の夫に対する、生き方そのものとなっていた愛情と思いやりを、一言で言い表した返事だっただろう。

それだけではなかった。地震後に見舞いに来た町長から夫は、妻が身動きの取れない苦しみの最中(さなか)に、「お父ちゃんばはよ助けてください」と携帯電話で役場に通報していたことを知らされた。

夫の悲しみは推して知るべし。

ここからは空想だが、もし神様がその場に現れて、夫人に、「あなたと夫のどちらか一人の命を助けてあげよう。」と言ったとしたなら、夫人は即答したに違いない。「お父ちゃんの命をば!」

友人のために命をあたえる以上の愛はない。私の命じることを守れば私の友人である」(ヨハネによる聖福音 (15―13,14)

(2017年4月14日)





聖金曜日
今日は聖金曜日です。主は私たちの罪のために残酷な死を遂げられました。残酷極まりない死を。


(2017年4月14日)





1997年11月1日
 10:30AM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

徐々に子供たちは正されます。

特に神に愛されている子供たちは、多くの恵みを受けて、聖なる道を歩むように、励まされ、試されるのです。

あなたたちは人間であるゆえに、天のこうした憐み深い導き方で導かれるのです。

しかし、終りが近づいているので、ある者にはきびしい、荒々しい目覚めとなることもあるのです。

感謝、礼拝、神に栄光を帰すこと、謙遜に天に従うことによって、あなたたちは更なる恵みを受けることができます。

では、その質問に答えましょう。

Q:ヴィジョン:「人の横顔」

A:それは聖なる人であり、あなたが将来出遭い、助けられる人です。

Q:ヴィジョン:「大砲」

A:あなたの受けたインスピレーションが正しいのです。あなたたちの祈りの軍団は、大きな恵みを受け、さらに受けるでしょう。「持っている者はさらに与えられるのです」 祈りの軍団が集まって祈ることによって、あなたたちの国、土地が護られ、多くの改心を呼ぶことができるのです。変化は目に見えなくとも、あなたたちは信ずることができるだろう。天に忠実な者を天は援護するからです。(後略)


(2017年4月12日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年11月





今日から

聖金曜日の午後三時半までの断食。(個々人の状況に合わせていろいろな断食があります。主の苦しみに一致する、主の苦しみに感謝する、主の苦しみに賛同する、そして断食は霊魂を浄め、同時に人々の救霊に資する)

この聖週間に、告解の秘跡を受ける、十字軍の祈り第24番(カトリックの洗礼を受けていず告解の秘跡を受けられない人―7日間)、十字軍の祈り103番を3回祈る(できれば断食の間に)また、聖金曜日から御憐みのノヴェナをする(大警告Information参照)。毎日御憐みのチャプレットを祈る。

私たちには自覚がありませんが、こうすることでこの聖週間に多くの霊魂を救うことができるという主の言葉を信じるのです。信仰とは、楽園への道とは、こういうことの積み重ね、くり返しです。誰も平坦な道を通っては天国へ行けません。死んで、永遠の地獄の炎の中でそれに気づいても遅いのです。永遠の地獄、なんとも恐ろしい!!

かつて聖母は、永遠の地獄に関して、もしあなたがバラの花びら一枚で海水をくみ出したとしたら、海はいつかは空っぽになります(これは計算上です)、でも永遠とはそれよりも長い時間なのですとおっしゃったことがあります。

地獄の恐ろしいところは、そこから永遠に出られないという事実にあります。もしあなたが、カトリック信者だから、メッセージを信じているから、善行をおこなっているから地獄に行かないことが保証されているだろうと漠然と信じているとしたなら、その考えを改めなければなりません。(『霊魂の聖薬』参照)淑女と見えた敬虔そうな婦人も、模範的な修道院長も地獄へ行ったのです!

自分が地獄への道を辿っているかどうかを知る一つの基準として、嘘を平気で付くかどうかがあげられるでしょう。

自分が、嘘を平気で吐くようになっているという自覚がある人は、滅びの道を歩んでいると確言できます。それはその嘘のために地獄へ行くのではなく、そのように小罪に鈍感になって生きている人間は必ず何らかの大罪を免れることはないからです。

この件に関して、サタンの軍勢が手を抜くということはありえません。

カエルは、お湯の中に入れると熱さに慌てて飛び出しますが、水の中に入れて、その水に徐々にお湯を入れてゆくと、熱の自覚がなく、最後には熱湯になっても死ぬまで外に出ないそうです。これは昔理科の先生をしていたある司祭が説教で、小罪に鈍感になることの恐ろしさについて語っときの、その比喩でした。

つまり小罪に鈍感になっている人間には大罪を犯すことの恐ろしさの自覚が無くなるのです。

それは歯医者で根元だけがクレーターの様に残った奥歯を抜いてもらう時に似ています。ペンチで歯をごきごきと抜いてもらっている間、医者がペンチで歯の根元の肉の部分に先を突っ込みながら抜いているのだと、意識、理性では分かっていはいても、麻酔によってその状況から生じるはずの感覚はありません。ただ、判断として、今医者は自分の歯を器具を使って残酷なまでに強引に引き抜こうとしているのだと分かっています。

小罪に鈍感になっている人間が大罪を犯すときも同じです。大罪を犯している自覚はあっても感覚がマヒしているのです。

こういう状態の人間が、自分で自分の霊魂を救うことは困難なことです。ほとんど不可能と言ってもよいのです。

そのために十字軍の祈りがあります。(46番、62番、64番、65番、68番、89番、104番、107番、112番、118番、127番、130番(救いのノヴェナ)、133番、137番、139番、148番、152番、157番、など)

聖週間、主の御受難だけを考えましょう。どんな楽しみも控えましょう

(2017年4月10日)




2016年の教皇フランシスコの言動

現代の革新者として讃えられ、罪を大目に見るゆえ、彼は 俗世間から支持されるだろう」 (2013年2月25日 マリア・ディバインマースィーへの主のメッセージ)

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2016年
1月18日
教皇:「それは今までそのように行われてきた」と言うカトリック信徒は「閉ざした心」を持ち、「決して完全な真理を得ることはなく」「聖霊の予期せぬ賜を受け入れない」のです。

1月21日
教皇フランシスコは、聖木曜日の洗足式の儀式を、女性を入れることで変えてしまった。最後の晩餐でキリストは、すべて男性の使徒たちの足を洗ったのだった。

2月8日
教皇フランシスの避妊に関する誤った陳述は、世界中でカトリックの教えの変化と受け取られた。メキシコからの帰途の機内で、教皇フランシコは、ジカ熱ウィルスの感染の危険のある地域での「避妊」について尋ねられた。「偉大なる人、パウロⅥ世は、アフリカでの困難な状況下において、修道女に、レイプの際の避妊具の使用を許可しました」と教皇フランシスコは語った。堕胎は倫理的に決して正当化されるものではないと念を押した上で教皇は述べたー「一方で、避妊は絶対的な悪ではありません。私が福者パウロⅥ世の例を引いて語ったこの場合の様に、ある場合にはそれは明らかなことでした」

ヴァチカンは教皇フランシスが、重大なケースでは様々な避妊具やコンドームの使用を認めていたことを確認している。(しかし、それを認めることは、彼以前の教皇たちの明確な教えに反している

3月2日
教皇は、長期同棲中のカトリック教徒の首脳がその同棲相手を伴って教皇に謁見できるようヴァチカンの儀礼上のしきたりを変えた。

4月14日
教皇は「いわゆる掟への忠実」が霊に逆らうことを警告する。

4月16日
教皇は、ギリシャのレスボス島の移民を訪問した後、ヴァチカンにイスラム教徒の三家族を連れていったが、キリスト教徒の家族は連れてゆかず。

4月29日
アメリカ堕胎賛成団体の副会長ホセ・バイデンが、ヴァチカンのイヴェントで成人幹細胞について演説をする。

5月3日
教皇に近い大司教が、教皇は離婚後再婚した者への聖体拝領を自分が容認していることを隠したかったのだと語る。結婚と家庭に関するシノドスの特別書記官、ブルーノ・フォルテ大司教は、教皇フランシスコが、「もし私たちが、公然と離婚して再婚した人たちの聖体拝領について語るなら、どんな混乱を招くか分からない。だからこのことをあからさまに語ることはせずに、条件があるというような形で対処しよう。そうすれば私が結論を引き出す」と言ったと公けに語った。

5月12日
教皇は、教会は女性の助祭叙階について研究すべきだという。

5月16日
教皇は、イスラム過激派をカトリックの福音宣教に譬える。「征服という考えがイスラム教の精神に固有なものであるということは事実です。しかし同時にそれはまた、イエズス様は、征服という同じ考えによって弟子たちをあらゆる国へ派遣すると、マタイの福音書の中の事実を解釈することも可能です」

5月29日
教皇フランシスコは、ハリウッドの堕胎擁護者、反結婚主義者のリチャード・ギア、ジョージ・クルーニ、サルマ・ハエックに賞を与える。

6月2日
教皇は、姦淫を犯した女に対するキリストの言葉、「行きなさい、もう罪を犯すな」が過剰に注目されることを嘆く。「時折私は、イエズスが彼女に言った最後の言葉『行きなさい、もう罪を犯すな』を人々がまともに解釈する時、私は少々悲しくなり、思い悩みます。彼らはこの言葉を、掟を無視したイエズスを正当化するために使うのです」

6月9日
教皇フランシスコ ー「これか、さもなくば無だ・・・融通のきかなさ」カトリック信徒は「異端的です」そして「カトリック的ではありません」

6月17日
教皇フランシスコー「同棲は実際の婚姻であり、真正な結婚と同じような恵みがある

6月26日
教皇フランシスコは、同性愛についてのカテキズムを誤り伝える。アメリカ訪問の帰途の機内で、教皇フランシスコはカトリック信徒は同性愛者たちに謝罪しなければならないと語った。「私は、同性愛者たちは差別されてはならない、彼らは敬われなければならず、思いやりをもって迎い入れられるべきであるという、『カトリック教会のカテキズム』の述べていることを繰り返します」と教皇は語った。「問題は、そのような事情を有し、善意の神を求める人たちです、(彼らを)裁く私たちは何者でしょう。私たちは好意をもって彼らに接しなければなりません…これがカテキズムの述べていることです、わかりやすいカテキズムです」と教皇は付け加えた。同性愛に関するカテキズムの教えは、220語以上を費やし三段落に渡っている。教皇の応答の中の引用は、有害な性的行動に対して警告する多くの文節を無視した、第二段落の真ん中の20語に過ぎない。

7月7日
教皇フランシスコは、シカゴのブレイズ・キューピック(ソーピッチ)大司教を、司教聖省のメムバーとして働くよう任命した。
教皇フランシスコは、「非常に保守的な」司教とは距離を置いている。

7月18日
ヴァチカンは、サラ―枢機卿の「東向きのミサ」への呼びかけを即却下する。

7月26日
教皇―「マルティン・ルターの意向は間違っていなかった、彼は改革者であった

7月27日
ワールドユースデイ(世界青年の日)で、ヴァチカンは、親たちと大罪を取り除き、性的に露骨な写真と映画を含む十代の性のプログラムを公表する。

8月2日
教皇の婦人奉仕委員会に女性司祭支持者が含まれる。

8月23日
リークされたeメールで、ジョージ・ソロスが左翼グループに金を払って教皇の合衆国訪問を実現させたことが明らかになる。一連のeメールには、考えられる連絡先として、教皇のキーアドヴァイザー、マラディアガ枢機卿の名が記されている。

9月1日
教皇フランシスコー「リサイクルのためではなしに、プラスチックや紙の使いすぎを悔い改め、エコロジカル的回心と新たな慈善の務めのために告解に行きなさい」

教皇ー「『アモリス・レティティア』(使徒的勧告『愛の喜び)』)の解釈は、離婚して再婚した信徒の聖体拝領をある場合に許すということ以外にはありません」

教皇フランシスコ―「分裂は、教会を内部から破壊するためにデヴィルが最もよく使う武器です」

10月1日
教皇フランシスコ―「ギリシャ聖教会を改宗させようとすることは重大な罪です」「エキュメニズㇺ対して重大な罪が存在します―改宗です」

10月2日
教皇フランシスコは、(女性から男性に)性転換手術をした女性を「男性(man)」と呼び、そのパートナーと共に「夫婦(married)」と呼ぶ。(カトリック教会は性転換手術による性の変化を認めていない。すなわち手術によっての性の転換を図っても、洗礼台帳の性はもとのまま―訳注)

10月6日
教皇―「教義は、イデオロギーがそうであるように、法に対して、魔法にかける融通の利かない添付書類ではない」

10月9日
教皇は、ヨハネ・パウロⅡ世協会の開業式でのサラ枢機卿のスピーチを交代させ、枢機卿の他の会合でのスピーチを許可せず。

「地殻変動(的人事)」において教皇は、急進的シカゴ大司教ブレイス・キューピックと、もう二人のアメリカの急進的な大司教を17名の新しい枢機卿の中に任命した。教皇はまた、ベルギーン人の進歩的なヨゼフ・デ・ケセルを枢機卿に任命する。

10月13日
教皇は、ヴァチカンにルターの像を受け入れる

10月13日
教皇はルターの像をヴァチカンに受け入れ、「生ぬるさ」の新しい定義を示す。教皇は、ヴァチカンへの巡礼者に語った―「(非キリスト者に)あなたたちの信仰を納得させるのは許されません」「皆さんは、自分のキリスト教生活を証しなければなりません。あなたたちを見る人の心を揺り動かすのはあなたたちの証です」教皇は付け加えて結論付けました。「あなたたちの証しをもって心を動かすのは聖霊なのです―これはあなたたちが求めるやり方ですがー、また、注意深く「理由」を伝えることができるということに関してです。しかし納得させたいと思わずにです」

同じ会合で教皇はまた「生ぬるさ」の新しい定義を与えた。教皇によれば「生ぬるさ」とは、キリスト者が、「一方で西側において熱心にキリスト教を擁護し、他方で難民や他の宗教を嫌う」ことということになる。

10月24日
厳格さの下には、その人間の生活の何かが隠されています。厳格は神の賜ではありません。

10月28日
教皇フランシスコは再び、ヴァチカンの典礼秘跡省の総点検において教会の革新派を昇進させる。

11月8日
教皇フランシスコは再び、イタリアの指導的な堕胎支持者を歓迎する。

11月10日
教皇「生命のための教皇アカデミーの会員は、これからは堕胎反対宣言に署名することは求められない」

11月11日
ラテン語ミサを好む若者たちに対して教皇フランシスコ―「なぜそんなにも硬直している(rigidity)のでしょう」教皇フランシスコは、ある若者たちは、昔のラテン語ミサで育ったわけでもないのにそれを気に入っている。「そして私は自問します。なぜそんなにも硬直しているのか。探究に探究を重ねてみなさい、この硬直さは常に何かを隠しています、不安か、あるいはさらにほかの何かをです。硬直さは受身的です。真の愛は硬直していません」

インタビューで教皇フランシスコは語った―「私たちが望んでいるのは不平等との戦いです。これはこの世で最も大きな悪です」

11月18日
四人の枢機卿の書簡のすぐあとで教皇フランシスコは『アモリス・レティティア』(使徒的勧告『愛の喜び)』に対する批判の「形式主義」を非難する。

ヴァチカンの専門家:もたらされた情報によると、教皇フランシスコは、『アモリス・レティティア』の批判に対して「怒りで煮えくりかえっている」

11月27日
教皇は公けにスカトロジーの専門用語「汚食症状(coprophagia)」、「不潔物嗜好(coprophilia)]を使用する。

12月21日
教皇は、コンドームスキャンダルをめぐって「マルタの騎士団」でトップ役員が解雇された後、「マルタの騎士団」の調査を開始する。

教皇庁への年次のクリスマスの挨拶で、教皇フランシスコは、教皇の改革に対する「伝統を拠り所とする」「故意の抵抗」はデビルからのものだと語る。(LSN reported on January 3, 2017:by John-Henry Westen)(The picture from TLDNews)

(2017年4月4日)





誠実な司祭たちよ、潜んで立ち上がれ!

小教区からのメールです。抜粋です。
良い祈りが残っている日本の教会において、悲しいことが続いておりますが、昨日はうれしいこともありました。

それは、母の所属教会である○○教会の主任司祭がお知らせの時に、

『御ミサが終わった後のお聖堂、うるさくありませんか?お聖堂は祈る場所ですよ、沈黙の場所です。』

とおっしゃったのです。・・・司祭に対する祈りの大切さが、今特に感じられます。

(2017年4月3日)





正当な抗議
地方の小教区からのメールがありました。一部抜粋してアップします。

ミサで聖母への終業の祈りがなくなり、それでも数人唱える声が聞こえました。ささやかな抵抗ですが、気持ちはよく分かります。ロザリオのとき一人、老婦人が役員の男性に食って掛かっていました。なぜいま、何十年も続いた祈りを無くしてしまうのか?と。愛がない、と聞こえたように思いました。

(2017年4月2日)




紐ロザリオの工夫説明の補足

昨日説明したセメダイン塗りでコーティングした紐ロザリオを首にかけて入浴した場合、セメダインが水に対して強いか弱いかは経験していないので判断がつきかねます。この件に関しては、ご自分で実験するよう、お願い致します。

(2017年4月2日)





   
紐ロザリオに関するちょっとした工夫

多く方から紐ロザリオのご注文があり、この人数分の司祭が真実を知る恵みが賦与されることを思うと、積極的な信仰の行いを感ぜずにはにはおられません。

余分に注文された方は、カルメル山の聖母のメダイや聖ベネディクトのメダイを紐ロザリオに付けておくと、入浴時には外さずにそのまま入れます。

長年使用していると、紐ロザリの不思議のメダイを取り付けた箇所が切れることがあります。ポケットに入れたりしていると擦り切れるのです。丁寧に使う人は何年使用しても切れることはありませんから、切れる、切れないは個人差があるようです。

そこで対策として、百円ショップなどで売っている万能セメダインを、不思議のメダイを取り付けてある箇所に塗ると切れません。

塗り方には二通りあります。
 まずメダイを上か下にずらし切ります。メダイを除けた部分、1.5センチほどの三本糸の寄せ合った部分にセメダインを塗り付けていきます。先ず、親指と人差し指(左右どちらの手でも可)のどちらかに、セメダインチューブから押し出したセメダインを一盛りつけ、それを親指と人差し指の両方を擦り合わせるようにしてから、今度は先ほどの1.5センチの紐部分に、親指と人差し指で塗り込むのです.二、三度、同じことを繰り返します。一晩乾かすと、1.5センチの三本の紐部分がセメダインによって一本化し、程よく固まります。

もっと効果が強く表れるようにセメダインを塗りたい方は、一度塗って乾いた上から、もう一度上塗りして同じように一晩乾かすと、セメダインの層は厚くなり、補強が強固になった気がしてきます。この塗り方の欠点は、何度も塗らなければならない場合があることと、塗った後、親指と人差し指のセメダインを落とすのに苦労する場合があるということです。

 もう一つのセメダインの塗り方は、1.5センチの部分を定めるところまでは①と同じです。そのあと、右利きの人は右手でセメダインのチューブを持ちます。(左利きの人は左手で)利き腕の方で持たないとうまく塗れません。その時、あらかじめチューブの蓋を開けてから手に持つと、自然圧力でセメダインが口から出てくる場合がありますから、栓を閉じたまま手に持ちます。そして左手で、何度か、机の上などに置いた紐ロザリオを、1.5センチ部分が即座にセメダインのチューブ口に用をなすべく当たるように取り上げる練習をします。コツは、1.5センチ部分の、メダイを押し切った反対側の端を指で掴むようにすると良いです。

その訓練を二、三度した後、左手でセメダインの蓋を開けて、自然圧力でぷぁーと有無をいわさずに出てくるセメダインを、即座に、つまんだ1.5センチの部分の上から下にじかに塗り付けてゆくのです。そしてつまんだ左手の親指と人差し指を擦り合わせるようにして紐を回してゆき、まわしながらセメダインを上から下に均等に塗り付けてゆくのです。ぼったりと塗り付けられたセメダインが局所的に圧力から下方に膨れ上がってきますから、右手の空いた指を使って紐ロザリを両手の指で持つ様にして水平にしたり、逆さにしたりしながら、なるべく平らにしてゆきます。少々、ムラができてところどころが盛り上がって塗られても、乾くとさほど気にはなりません。透明なコーティングが出来上がります。
このやり方が好きでない方は、机などの上に新聞広告などの紙を敷き、その上に紐ロザリオの1.5センチ部分が主要な位置を占めるように置き、セメダインをチューブ口から出るに任せてぼってりと塗り、紙の上に置いた紐ロザリオの1.5センチ部分を裏返しにするように置き変え、同じようにセメダインをこってりと塗るのです。

乾かす際に、引力のままにセメダインが下方に膨らんでゆくようであれば、息を「ふー、ふー、ふー」と吹きかけ、表面が固まりふくらみが生じなくなるまで根気よく対処するのです。

このようにしておけば、この紐ロザリオはいつまでももち続けるでことしょう。

(2017年4月1日)




1997年10月30日
 7:45AM
    

主イエズス:わが愛の、まことの愛のプリンセス、イマクラータよ。

私は、あなたの主イエズス・キリストである。

私は多くの計画を持っている。

あなたの祖国、日いずる国を救おうと、あなたに使命を与えた。

それは祈りの軍隊、軍団である。

私に忠実でありなさい。

私はあなたを導いており、あなたのすべてを救霊のために使おうと望んでいる。

あなたは感謝し、そのまま進みなさい。

そのヴィジョンは天からのものであり、間もなく成就するであろうから。

天が与えた預言は、時とともに成就してゆく。

だから心安らかでありなさい。

私は、あなたとわが愛する子供たちを祝福する。


(2017年3月29日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年10月




1996年12月8日
「コーナーストーン」 祈りの家  3:00PM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちと、新しい祈りの家を祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。
イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

世の中が、加速度的に邪悪なものとなってゆくので、あなたたちはグループとなって祈り、固まって住むことを求めるようになります。

また、それはあなたたちに対する天のアドヴァイスでもあります。

共同体が計画されている土地だけではなく、わが子供たちのいる所は、そのような祈りのグループを形成して、共に集まって祈ることによって、あなたたちは天の保護を確信することができるでしょう。

安全に対する準備は、今、始めておかなければなりません。

なぜなら、経済的なトラブルが発生したり、輸送手段に事欠いてしまったときには、あなたたちにはそのような事はもはやできなくなってしまうからです。

焦る必要はありませんが、着実にあなたたちは必要なことを成し遂げてゆかねばなりません。

あなたたちの霊的準備と物資的準備は、車の両輪のように必要です。

あなたたちは弱いので、物質的準備がなければ、容易に弱まってしまうからです。母が十分にあなたたち一人ひとりのことを思ってしているアドヴァイスに耳を傾けなさい。

今、始めなさい。

安全に対するあなたたちの考えは、私達から見ると不十分だからです。

あなたたちは、その日、その時を知らないのですから、十分な準備をしておかなければ、間に合わなくなってしまうのです

私は、祈りのグループを形成すること、祈りの集会に出ること、安全な地域に移動することなど、多くのアドヴァイスをしてきました。

子供たちは、これらに関して最後の点検を、準備をしなければなりません。

ある者には半年後でも、明日必要な者もいるからです。(後略)


(2017年3月28日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年12月


1997年1月25日
 4:15AM
    
 LEFT:Q:『大警告』小冊子を、メッセージを信じている人々が、友人や家族に送ることは賢明かつ御旨に適っていますか。

聖母:全てのことには時があります。イマクラータ、この小冊子を広める時は来はきます。いま広めても、彼らは受け入れないでしょう。
ですが、神の言葉は徐々に浸透してゆくのです。あなたたちの祈りによって、神の呼びかけに応える者たちが現れてくるからです。

全てを慎重にしなさい、思い込みによって行動せずに。あなたたちの言葉や説明を求める人々が現れてくるのです。それは今ではありません。いまは全ての準備を整えつつ、あなたたちは祈りに祈りなさい。(後略)


(2017年3月27日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年1月


熊本巡礼記2
お待ちどう様でした。巡礼記2です。
小倉の殉教者の娘と、細川ガラシャを介錯して自害した男の息子、その娘と息子が一緒になる。
その夫婦が子供たちと奉公人たちと共に栄(は)えある殉教を遂げる。
日本の大地を鮮血で浄めた人々、神の計らい、一時の信仰の大きなうねり!


熊本巡礼記2
2日目。

祇園橋

11/5 7:15 祇園橋

祇園橋は、キリシタン軍と唐津藩の激しい戦闘があったと伝わる、本渡市街の町山口川にかかっている石橋です。朝早いせいもあってか、薄暗く寒々しい場所に感じました。

デウスへの忠義」を胸に、実際に武器をもって戦うということは、どれだけ勇気が必要だったかを思い巡らすと、剛毅という言葉が浮かびます。

この場所で犠牲となったキリシタン軍の方々にご保護を願い、しばらくロザリオを祈りながらその周辺を歩きました。

千人塚

11/5 8:15 富岡吉利支丹供養碑

討ち死にしたキリシタン一揆軍の首を3分割して葬られたうちの1カ所である、富岡吉利支丹供養碑(千人塚)へ向かいました。

前回、福者アダム荒川の記念広場を訪れた際に、気付かず通り過ぎてしまった場所でした。今回も道に迷いながら何とか到着して、千人塚の前に立ちました。

初めてきたのにもかかわらず、なぜか懐かしく思い、以前ここに来たことがある気がしました。

残念ながら、ロザリオ一連を祈る時間しかなくなってしまいました。この富岡の地へは、再度ゆっくり訪れなければならないと思いました。

thumbnail_サンタマリア館

11/5 9:15 サンタマリア館

この日は大変天気がよく、サンタマリア館の横にある、マリア様のご像の背後には、青い空と海がきれいに広がっていました。

「サンタマリア館」の名称は、天草のキリシタンが特にマリア信仰が強かったことより、それに因んでつけた名称だということでした。仏陀の背中にマリア像があったり、厨子の内側に聖杯があったりと、いかにひそかに信仰を維持してきたのかを表す展示がなされていて、信仰を守り続けることの大変さが感じられました。

その中でも、ひと際目に留まるのはロザリオでした。現在でも使えそうな、状態のよいものもありました。

前回、天草の他の展示施設を訪れた時にも、ロザリオは必ず展示されていました。

天草のキリシタンは、特にマリア信仰が強かったということですから、当然当時ロザリオの祈りが捧げられていたのでしょう。

昔も今も変わらず、ロザリオの祈りが大切だと訴えかけているように思えました。

11/5 12:30 島崎教会

Aさんのご自宅へ向かい、約4カ月ぶりに再会しました。程なく一緒に、島崎教会小笠原玄也一家殉教者墓地へ向かいました。

島崎教会に着くと、昨日と同様大聖堂にはカギが掛かっていたので、司祭館へ御挨拶をしに行き、小聖堂に安置されているご聖櫃の前で、一緒にロザリオ一環をお捧げしました。前回お会いした際は残念ながら一緒に祈る時間がなかったので、ご聖櫃の内にいらっしゃるイエズス様を前に一緒に祈ることができ、非常に喜びを感じました。一緒に祈り終わった後、Aさんはまだ家族のために祈りたいことがあるからと慎んでおっしゃり、お祈りされていました。私はそのAさんの様子に心打たれるものがありました。私に欠けているのは、このような神様に全てをお委ねする謙遜な姿勢だと痛感しました。

11/5 13:20 福者小笠原玄也一家殉教者墓地

島崎教会を出て、花岡山の中腹にある、福者小笠原玄也一家の御墓へ向かいました。ここには、実際に遺体が埋葬されているそうで、そのような聖なる御墓の前で、ロザリオを一緒に祈りました。

これからの迫害に際し、ご保護を頂けるよう、御取次を願って祈りました。

御墓を前にすると、私たちは、信仰を守る方法を示して下さっている殉教者小笠原玄也一家に倣わなければならないと同時に、弱い私たちのために祈って下さいとお願いしなければならないと思いました。

福者小笠原玄也一家とは

福者小笠原玄也一家とは、江戸時代初期の殉教者「ペトロ岐部と187殉教者」の内の15人(奉公人含む)です。

小笠原玄也は、1619年に 細川忠興の命により斬首されて小倉で殉教した、ディエゴ加賀山隼人である、加賀山みやと結婚しました。また、小笠原玄也の父は、細川忠興の妻である細川ガラシャを介錯して自害した小笠原少斉秀清であり、細川忠興は小倉でその息子である玄也に棄教を勧めましたが、玄也は「不転書物(ころばざるかきもの)」を忠興に送り、棄教を拒絶しました。処刑を免れたものの、全てを失い、人里離れた家に子供たちと13年間におよぶ貧しい生活を送りました。1632年、細川が熊本に国替になった際は、彼らも伴われていきました。1636年、密告者が玄也とその家族を長崎奉行に訴え出たので、牢に幽閉されることになり、1636年1月30日、花岡山の麓にある禅定院において、玄也、みや、それに子供9人と奉公人4人が殉教を遂げました。そして、この15人の遺体は花岡山の現在の墓に隠し葬られたとのことです。

世を去る前、彼らが親戚と友人に送った遺書が現存しており、特にみやは「女性でありながら、このような殉教の誉れを受けることができるのは、何とありがたいことでしょう。どうしても私はこの信仰を捨てられませんのでこのようになりました。」と書いています。

この出来事は江戸時代初期のことですが、今後の更なる苦難の時に起こりうることに対して、私たちに具体的な模範を示して下さっていると思います。

一つ目は、小笠原玄也は職を失って生活が困難になってでも、信仰を守ることを選んだことであり、二つ目は、貧しく苦しい生活の中にあっても、奉公人を含む家族が殉教するほどの厚い信仰を、玄也・みや夫妻が育んだことです。

恵まれた状況にあっても、家族で信仰を育むこと、また自分とかかわりのある人に教えを広めることがいかに難しいことかを考えると、福者小笠原玄也一家の信仰の強さがより感じられました。

福者小笠原玄也一家を模範として、苦難を甘んじ受け、殉教を選ぶほどの覚悟を持った堅固な信仰を持つことができるよう、祈りのうちに努めなければならないと思いました。

11/5 13:50 花岡山山頂

しばらく祈ってから花岡山の山頂へ行き、熊本市街が一望できる場所を話しながら歩いていると、急に胃が痛くなってきました。

この日は初土でしたが、朝ミサに与れる教会が見つからず、御ミサに与っていませんでした。Aさんと一緒に聖体訪問をしたし、これからご飯だから今日は夜ミサへ行くのも止めておこうと、その時まで考えていました。しかし、ご飯も食べられそうにないほど、胃が痛くなってきました。

その時ふと、これはご飯を食べずに(普段聖体拝領前に最低3時間断食をしている)ミサに与るよう導かれているのではないか、という考えが浮かびました。それでAさん宅へ戻る途中、夜ミサに与りませんかと提案し、Aさんが快諾して下さると、痛みが治まったのです。不思議な出来事でした。

それからAさん宅でお話しをしながら昼食を頂き、早めにB教会へ移動しました。お聖堂に入る時まで、教会の外でしばらく信仰の話をしていました。

11/5 19:00 B教会 ミサ

B教会では素晴らしいことに、ベールを被っている女性が多く、聖体拝領時にパテナを使っていました。私は、横浜教区のある教会でしか、小教区でパテナを見たことがなかったので、御聖体への信心を感じ、感動しました。

神父様の表情が優しく感じられました。

また、ミサ後には、聖母へ御取次を願って、皆で祈りを唱えていたのもうれしい驚きでした。

この教会の素晴らしさを感じるとともに、当たり前に唱えられていたはずの祈りが省かれている、所属教区の闇を感じざるを得ませんでした。

しかし、この御ミサに与るよう導かれたことは、神様からの大変な御恵みであることを感じました。喜びとともに感謝しながら祈り、Aさんと別れました。

(2017年3月25日)




1997年3月16日
 「コーナーストーン」 祈りの家 3:00PM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私の言葉を聞きなさい。

私たちは、単純に天の言葉に従う子供たちを求めているのです。

今あなたたちはあれこれと批判し合わず、できる準備を全て果たしておきなさい。

今、時の時はあなたたちの上にあり、あなたたちがその結果を知れば、それは真(まこと)に死にたいと願うほどの出来事が起こるのです。

神の大いなる怒りの日が近づいているからです。

サタンが、多くの罠をわが子供たちに仕掛けているのです。

あなたたちが単純に天の言葉に従い、ロザリオを祈っているのならば、全ての準備を終えているのならば、心安らかでありなさい。

私たちがあなたたちを助け、導くからです。

天の全ての力が、あなたたちの困難さを助けることでしょう。

あなたたちが、私とイエズスの言葉に従って生き、準備しているのならば、助けが不足することはありません。しかし、子供たちよ、わが娘が言った通り、全てが自動的に与えられるのではないのです。

それはあなたたち次第であり、あなたたちの自由な意志による選択にかかっているのです。

私は、毎秒毎秒、子供たちの霊魂を救うために、涙し、働き、祈っております。

子供たちよ、私を助けるため、全てのことを成し遂げ、祈りなさい。(後略)





(2017年3月24日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年3月




1997年3月9日
 「コーナーストーン」 祈りの家 3:00PM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

島々は沈むでしょう

預言は全て成就されねばならないからです。

毎分、毎秒、私は霊魂を救います。

子供たちよ、大いに祈りなさい、大いにあなたたちは徳において成長しなさい。

私は心配しています。

私の子供たちの霊的準備が成し遂げられていないからです。

あなたたちは、神が何とかしてくださるでしょうと考えてはなりません。

あなたたちは自分の罪を嘆き、償いのために、断食、祈りによって、もっともっと償いをしなければならないからです。

多くの者が、自分の負債に驚くでしょう。

小罪に鈍感であってはなりません。

「多く愛した者は、多く赦される」のです。

子供たちよ、あなたたちは自分と多くの者たちの救霊のために、もっと励み、ロザリオを祈りなさい。

全ての者が膝を屈して、御父に憐みを乞う時まで、あなたたちの短い時を有益に使いなさい。

子供たちよ、毎日のサタンの誘惑に屈してはなりません。

今、神と共に歩みなさい。

明日ではなく、今日です。

戦い抜かねばなりません、わが子供たちよ。(後略)





(2017年3月23日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1997年3月




1994年10月23日
 「コーナーストーン」  3:00PM
    
new
 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。イマクラータ、闇は深まり、あなたたちの上に降りかかる試練は厳しくなるでしょうが、子供たちよ、この母に信頼しなさい。

小さい子の様に信頼しなさい。

神は変わらないのです。

聖人伝を読みなさい、聖書を読んで御覧なさい、わが子供たちよ。

あなたたちは、日々の指針をそこに見出すことでしょう。

あなたたちは完徳を目指さなければならないからです。

それは、キリスト信者としての第一の使命であるのです。

あなたたちが聖なるものを目指すとき、必然的に、あなたたちの言葉と振る舞いが決まってくることでしょう。

祈りなさい、子供たちよ。

ロザリオを、意向をもって一連ずつ、この母に祈りなさい。

そうすれば、迷うことはないからです。

この約束を、子供たちよ、常に忘れないでください。

あなたたちは、そのうち、今よりもはるかに大きな混乱さえも経験するからです。

なぜなら、反キリストの到来が間近だからです。

聖霊に強められるためにも、子供たちよ、たびたび告解に行きなさい、良く準備して。

あなたたち光の子供たちは、どんな教会においても、小さな防波堤とならなければならないからです。

柔和謙遜でありなさい。

なぜなら、あなたたちは常に受け入れられるとは限らないからです。

しかし、あなたたちはロザリオという武器において、その祈りにおいて、一致できるはずです。

イマクラータよ、この祈りの軍隊、聖なる祈りのグループが日本中にできるよう、このプログラムがひろがっていくよう祈り続けなさい。

この母の汚れなき御心の中において、それは絆を持つ軍隊となるでしょう。(後略)





(2017年3月22日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年10月




1994年10月21日
   7:00AM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、今日、ミサに与りなさい。

日曜日にする告解の準備をしなさい。

告解の秘跡とは、十分な準備をもって受けるべきものだからです。

また、あなたは、第三会について、共同体について調べ、本を読むべきです。

私が導きますから、図書館にも行きなさい。

イマクラータよ、霊的読書は必要です。

今のうちなのですから。

あなたは聖書も含めて、毎日霊的読書をするよう心がけていなさい。(後略)





(2017年3月21日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年10月




1994年10月16日
 「コーナーストーン」  3:30PM
    

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、わが心のバラよ、何も心配することはありません。

なぜなら、「白鷺のコミュニティー」、すなわち[JMJコミュニティー]は実現するからです。

また、せねばなりません。

なぜなら、この日本には、多くの、真(まこと)の神を知らぬ子供たちが残っているからです。

この子供たちの回心のためにも、どうしても天の計画は、方舟の計画は実現されねばならないからです。

祈りが全ての鍵です、イマクラータよ、そしてわが光の子供たちよ。

あなたたちは、私の望みの子供たちです。

この母の希望のためにも、あなたたちは熱心に祈らなければなりません。

道はもっと、もっと険しくなっていきからです。

しかし、子供たちよ、謙遜に十字架を担い、この母により頼んでいれば、必ずあなたたちはイエズスと出会えるのです。

子供たちよ、日々の十字架を謙遜に担い合いなさい。

あなたたちは、聖なる者を常に目指していなければならないからです。

反キリストが、マイトレイヤがこの世を支配するとき、あなたたちの信仰は残っているでしょうか。

わが全ての光の子供たちよ・・・

この母と共に歩んでいなさい。

小さな子供の様に。

小さい道は安全な、まことに安全な、天に至る道だからです。

イマクラータ、質問を聞きましょう。

Q:祈りの家は聖母の現存する場とおっしゃいましたが、その現存とはどういう意味でしょう。

A:この母の現存の印が、霊的にそこに実在するのです。この母が常にそこにとどまっているということを信仰において信じなさい。それは、わが聖なる家だからです。イマクラータ、わが子よ、あなたはその現存の印を見ることでしょう。

イマクラータ、真理が鍵です。

祈りが鍵なのです。

愛、一致、祈り。

これは、まことに天に信頼して歩むほかない道なのです。(後略)



(2017年3月20日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年10月




熊本巡礼記 1
本物の陣中旗、ぜひ見たいものです。天草四郎時貞もその陣中旗に確かに触れたことでしょう。

熊本巡礼記 1
(寄稿 M.D.)

「今回の巡礼のきっかけ
前回天草へ巡礼に行った時、天草キリシタン館では、天草四郎時貞の陣中旗のレプリカが展示されていました。その展示の脇に、現物の一般公開が年4回あるとの掲示があり、ぜひ本物が見たいという思いで今回の巡礼を決めました。また、前回できなかった、Aさんと一緒に祈りを捧げることも目的でした。
後に、Aさんから小笠原玄也一家という殉教者の墓地のことを教えていただき、そちらを訪れることも目的の1つとなりました。

2016年11/4 9:45着 10:00ミサ 島崎教会
この日は初金だったので、御ミサに与り御聖体を拝領したいと思い、島崎教会へ向かいました。ひどく道に迷い、御ミサに間に合うかひやひやしましたが、なんとか15分前に到着しました。

この日は大聖堂はカギが閉まっており、所属の信者の方に、信徒会館内のテレジアの間にて御ミサが行われると教えていただきました。

その部屋に入ると、皆さんでロザリオを祈っているところでした。初金の御ミサの前にロザリオを祈っているとは、素晴らしいなと思いましたが、ベールを被っている方が1人しかいらっしゃらず、私としては予想外なことで暗い気持ちになりました。以前天草で御ミサに与った時には、女性は全員ベールを被っていらっしゃったので、熊本県の教会ではベールに関して安心していたところがあったのですが、天草という場所柄だったためなのでしょう。

御ミサが説教まで進むと、話し合いのような説教の時間だったので、ただただ驚いていました。(「・・・はどうかな?」のように質問され、答えるというような。)

thumbnail_宮津海遊公園

集会室のような一室での御ミサだと、御ミサを捧げるには難しい空間であるように感じました。話をしてしまう場所には、それなりの理由があるものです。祈るためには、特に御ミサを捧げるためには、荘厳な空間が大切だと痛感しました。

11/4 12:15着 宮津海遊公園→天草四郎メモリアルホール
天草四郎の出生地との説のある大矢野には、天草四郎メモリアルホールがあります。前回往き切れなかった場所の一つです。

この日は晴天で暖かかったので、まず近くの宮津海遊公園へ行き、大変よい景色の中を歩きながらロザリオを祈りました。

天草四郎メモリアルホールは、資料館というより、体験的に学べるテーマ館といったほうがいいと思います。なぜ「自由と平等」を求めて革命の戦いを起こすに

thumbnail_天草四郎メモリアルホール

至ったのかという観点で、島原・天草一揆での天草四郎と民衆の姿を、映像やジオラマで見ることができました。しかし、天草四郎が美少年で、傀儡であるということや、魔術を使ったなどという説明を聞くと、曲解されている印象を強く受けました。また、「自由と平等と博愛」に焦点を当て、フランス革命と比較している展示を見ると、更に論点がずれてしまっていることに対して、非常に残念に思いました。

11/4 15:30着 カトリック本渡教会
現在天草地区は、1人の司祭が3つの教会を掛け持ちしている状況です。
前回崎津教会を訪れた際に、他の教会でも御ミサに与りたいと思いましたが、

thumbnail_カトリック本渡教会

今回は主任神父様が長期海外出張中という、残念な時期に訪れてしまいました。
せめて御聖体訪問でもと考えて、本渡教会へ立ち寄りました。

落ち着いたいい雰囲気の教会だったので、この後まだ予定があったにもかかわらず、気付いたら1時間ほど祈っていました。

神父様が、3教会掛け持ちになる前のミサの予定を見ると、当時は毎日御ミサがあったようです。それが今は、週3回に減ってしまったと、たまたま教会で奉仕されていた方に聞きました。司祭不足の状況を思い、悲しい気持ちになりました。

11/4 17:30着 天草キリシタン館
キリシタン墓石群を訪ねようと、鬼の城キリシタン墓碑公園へ車を走らせたところ、駐車場から草が自分の腰辺りまで伸びていて荒れ放題、先に入るには相当な勇気が必要でした。辺りも薄暗くなり始めていたこともあり、引き返して天草キリシタン館へ向かいました。

今回は、この陣中旗の現物展示のために、熊本を訪れたと言っても過言ではありません。本物の陣中旗というだけで特別で、レプリカを見たときと違う感動があるかと思っていましたが、実際はそうではありませんでした。至って落ち着いた気持ちで、陣中旗を見ていました。

そして目を閉じて、この陣中旗を掲げて、キリシタンたちが信仰のために戦ったことを、思い巡らしました。私たちも、この守るべき信心を表す天草四郎の陣中旗を掲げ、祈りを武器として信仰のために戦うことになるのだと思いました。

その後、丁寧に布を縫い合わせてある箇所や、旗が損傷している箇所などを見つけると、前回訪問時には、全くそういう箇所に気付かなかったなと思いました。
しばらくして目に留まったのは、御聖体の上部のあたりの損傷の激しさでした。
その損傷は、私たち人間が、御聖体を傷つけていることを表しているように思え、それが天の意向だと信じると心が締め付けられる思いがしました。
それとともに、ますます、御聖体への信心を堅固にしなければならないと、胸に刻みました。

時間の許す限りロザリオをその場で祈り、宿泊先へ向かいました。

(2017年3月12日)






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