終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







ビデオ!

大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
http://gokyoyoko.com/index.php





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(聖母の汚れなき御心の祈りの軍隊の「祈りのプログラム」)




 
みんなで叫べば怖くない


神の眼には殺人である堕胎は、全能の父、至高なる神に対する反抗の印として、すべての国々で押し進められるだろう。あなたたちがこの、邪悪な嫌悪を催すものを大目にみるとき、あなたたちは恐ろしい罪を犯すことになる。堕胎の罪は大罪である。その責任のある者は永遠の火に焼かれるだろう」

「堕胎は、神に背くもっとも重大な行いの一つであり、卵巣除去の罰もありうる。人類の中で、大いなる分断がはじまった。獣の側につき、神の言葉に背くことを大目に見る者たちは、兄弟姉妹から分断される。私の警告をみくびってはならない。堕胎を受け入れること、それは神の子どもの故意の殺人を受け入れることになるのだ。もし、あなたが霊魂のうちに良心の呵責を感じないならば、あなたは決して私を見ることはない。私はあなたを荒れ野に放り出すだろう


(MDMへの主イエズスのメッセージ 2013年5月1日)

img_5.jpg(画像は一般社団法人「いのちを守る親の会」◆京都本部 ◆<公式ブログ>)


この堕胎された胎児には、名前を呼ばれ、あやされ、乳を与えられ、育ち、流れる雲を仰ぎ、風のにおいを嗅ぎ、学友に出あい、仕事に就き、恋をし、家庭を築く未来があったはず。君は今、人の手のひらの上で、自分には無縁であった、人としての未来を、遠く夢みるのか。(管理人)

img_14.jpg



米アラバマ州で5月15日(現地時間)、人工中絶をほぼ全面的に禁止する法案「人命保護法」が成立し、多くの海外セレブが声を上げています。

バルバドス出身の歌手リアーナ―「見て、アメリカの女性のために決断をしたばかどもだよ。ケイ・アイヴィー知事……恥を知りなさい!!」

英女優でモデルのエミリー・ラタコウスキー―「今週、25人の年老いた白人男性が、アラバマ州では近親相姦やレイプによるものであっても中絶を禁止する法に投票しました。これらの権力ある男性は、経済的な機会が乏しい女性の、産まないことを選択する権利を妨げることで、家父長制を維持し産業的な監獄を永続させるため、彼らの意思を女性の身体に課しています。中絶を禁止しようとしている州は、黒人女性が住んでいる割合が高い州です。これは階級と人種に関するもので、米国における女性の基本的人権への直接攻撃であり、ロー対ウェイド事件(※憲法で女性には堕胎の権利が保障されているとした1973年のアメリカ合衆国最高裁判所判決)によって守られています。私たちの身体は私たちの選択によるもの」

米歌手のレディー・ガガ―「アラバマの中絶禁止法は暴挙。レイプや近親相姦や同意のないものを考慮しないなんて極悪。手術を行った医師はレイプ犯よりも重い刑を科せられる? ばかげてる。この制度によって苦しむことになる女性と少女のために祈ります」

英モデルのカーラ・デルヴィーニュ―「男性は女性の体についての法律を作るべきではない」

米女優のミラ・ジョヴォヴィッチ―「政治的な発言をしたくないけど本当にそうしなければいけないときにはそうする」「これを経験したい女性はいない。しかし必要なときには、安全に中絶する権利を守るために闘わなくていけない」

英女優のエマ・ワトソン―「このような法律で、女性や妊婦が自らの身体や家族にとって最良の選択をするために中絶手術をやめることはありません。ただ安全でない方法での中絶手術を恥辱とともに強要されることになるだけです」(YAHOOニュースより)

(2019年5月20日)


   

■1994年8月のメッセージのすべてと9月のメッセージの多くはすでにこの
トップページおよびアーカイブに収録されています。分裂後のメッセージとしてお読みになる方はそちらでお読みください。その頃、マリア・イマクラータは毎日のように聖母に質問をしていました。アーカイブにあるメッセージではそれらの質問とお答えはほとんど省かれています。今、それらの質疑応答の一部をアップします。原文に質問が省かれていてお答えだけのものがあることをあらかじめお伝えしておきます。―管理人
New

1994年9月7日
6:50am

New

イマクラータ、質問を聞きましょう。

:十戒はニューエラにおいてもなくならないのですか。

:十戒は永遠ではありません。

ニューエラにおいて十戒はありません。もはや罪も死もないのですから。

イマクラータ、天に信頼して働きなさい。この母と共に…(後略)

(2019年5月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年9月



1994年9月4日
2:05pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

あなたはこの後 話さなければなりません。

何を話すか、どう展開するかは、全てこの母に任せなさい。

心を静めて始めなさい。

あなたたちは、この混乱の中で、光とならなければならない子どもたちなのですから、子どもたちが、わが子どもたちが理解できるように、祈り、話しなさい。

常に母がそばにいて、あなたを導いているのですから、心配せずにいなさい。(後略)

(2019年5月12日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年9月



1994年9月4日
6:45am

イマクラータ、では質問を聞きましょう。

:スカプラリオ(とだけ記されている―管理人)

:スカプラリオの指示については天からのものですが、作るにあたってEの願望が入ってしまいました。

Q:ではどう扱ったらよいですか。

:指示があるまでCがあずかっていなさい。

(原文ではこの後に private message と記され、四角で囲ったメッセージがある)

private message 
聖母:イマクラータ、わが子よ、今日あなたが話したことは母の望みでした。

子どもたちが混乱から立ち直るように、祈り、助けなさい。

決して裁いてはなりません。(後略)

(2019年5月11日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月29日
6:45am

Q:(原文では質問は省かれている。)

A:イマクラータ、EのFaxの答は正しいのです。正しいものとして信じなさい。
あなたが見たヴィジョンは天からのものでした。Jは騙されていたのであり、彼は自分が騙されていたことに気付いたのでした。
JとFは日本には来ず、G(地名)と一致することはないでしょう。しかし彼らはこのような形でGと分裂することは望まず、一致していきたかったのです。
どちらにせよ、彼らは選びました。それは御旨にかなった選択です。

(2019年4月29日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



■今日は、過去のマリア・イマクラータの文章の中から、『天草四郎時貞 真実の預言者』に関する文章を読み直してみたいと思います。最近このサイトに来られた方々は初めて目にする文章だと思います。
(2019年4月24日)

☆☆☆

『また、この本に関する感想文のいくつかを紹介します。ネットショッピングではほとんどの書店で在庫切れとなっているので、レビューもほとんどないのですが、以下の文章が見つかりました。皆さん、好意的です。

華章
‏@kashow0914
天草四郎時貞の本は碧天舎の「天草四郎時貞、真実の預言者」てのが面白かったな。編集さんがすんごい自由に書かせてて、若干ファンタジーも入ってたw逆に司馬遼太郎の「街道をゆく」の島原天草編は徹底して宗教的な問題じゃなかったってゆってたな。他の著者の書籍でも司馬さん系スタンス。

次のものは「Megu-くだらない日記」からのものです。

天草四郎時貞、真実の預言者
窪塚洋介さんの「魔界転生」を観て以来、どうにも天草四郎のことが気にる・・
物語の内容よりもあの冒頭の島原の乱で四郎の首が斬られるシーンが印象に残っているからでしょうか。

今回、Amazonで取り寄せた本は今倉真理さんという方が天草四郎の「謎」に取り組んだノンフィクションです。
最近読んだ本で一番熱中してしまったかも。
しかも、読んでいるうちにこの本が第一部であり、第二部は執筆中らしいことが判明して、やられたーと思いました。はやく読みたい。

島原の乱の総大将、天草四郎は当時16歳
農民一揆の総大将として祭り上げられた若者とする見方があるそうですが、ご自身がカソリックの洗礼を受けておられる著者は同じく16歳で天の声に導かれてフランスを救ったジャンヌ・ダルクと比較しています

一級史料にものこされている数々の不思議な出来事
島原の乱が幕府に、後の日本に与えた影響などなど
教科書には載っていない歴史のとらえ方がわたしには驚きの連続でした

ロマンティック☆なんて言ってられないとちょっと反省。
機会があったら原城跡に行ってみたいと思いました

megu

次は、「amazonn.co.jp プライム」
のカスタマーレビューから。

形式: 単行本
約400年前の島原の乱、勝てば官軍負ければ賊軍と言われる日本の歴史の中で、この島原の乱だけは他と何かが違うと感じてきた。
 「天草四郎時貞、真実の預言者」は、現世利益の信仰・この世でのゴリヤクを求める日本的な価値観しか持たない私にとって、目の覚めるような衝撃の一冊である
 天国・パライソに入るため、信仰を守るため、女性の名誉を守るため、何よりも心の自由を守るため、心まで奴隷にならないために彼等は戦った
 自由に生きる事のできる現代の日本の中では想像もできない状況であったはずだが、しかし豊かな社会であるはずの現代において、私達は心の自由を失っていないだろうか。人生を考えるとき金で考えてはいないか。命より金のほうが大事と思ってはいないか。私達は本当に自由なのか?金の奴隷ではないのか?… 
天草四郎時貞とその群れの人々 自由と誇りを守りぬいた幸せな人々に賛辞を送りたい。

次のものは感想文というより、ある研究家の方の論文の中でこの本が言及されていました。

島原の乱でただ一人生き残った男・絵師山田右衛門作の生涯(08・6・21)家来裕隆(S22 理)
(略)

山田右衛門作の生い立ち
山田右衛門作については様々な記録がありどれが正しいのか明らかでなく、謎に包まれた部分もあります
たとえば吉川弘文館の『国史大辞典』には「生没年不詳。江戸時代前期の洋風画家。暦元年(一六五五)歿説がある。 」と記されております。また『島原一揆西戎征伐記』と題する写本が後年発見されましたが、それによれば右衛門作は出雲の尼子勝久の子孫で、流浪の末肥前の国に隠れ住んだとされております。そうかと思えば『天草征伐記』によれば「元来天草の島上津の地土名主にて、大村の長として大福者にして学問道徳の男、文章の達者」と記されています。 『原城記事』では長崎生れで西洋画をよくし、松倉氏に仕え口之津村に住んだことになっており、まさに諸説紛々というところです。

このような資料の山の中に一つ注目すべき記録があります。今倉真理氏の『天草四郎時貞真実の預言者』の中で「一五八八年のセミナリヨ(神学校)の名簿のなかに、山田と名乗る生徒が三人いるのだが、リノ山田(十六歳)というのが嶋原出身となっている。その頃セミナリヨ(第二次有馬セミナリヨ)では八名が油絵を習って非常に上達し、 〝色も形も原画さながら〟と一五九三年のペドロ・ゴメスの報告にある。島原の有馬氏に仕えていた山田右衛門作がこのリノ山田である可能性は非常に高いといえる。 」とされておられます。この記述は非常に信憑性は高いと思われます
もしこれが正しければ山田右衛門作は一五八八年に十六歳でしたから一五七二年(元亀三年)年に生れ、当時島原の領主であった有馬氏に仕え、セミナリヨでイエズス会の神父から南蛮絵(西洋画)の技法を習得し、高い評価を得るに至ったものと思われます
慶長十九年(一六一四)六月(大坂冬の陣の四か月前)領主有馬直純が日向の県(あがた)城へ移封される前、二年前に発せられたキリシタン禁教令に従って棄教し、キリシタン迫害を強化しました。この時山田右衛門作を含め多くの家臣が日向に移らず有馬に残りました
その後島原の新しい城主となった松倉重政も口之津に住む山田右衛門作をお抱え絵師としました。この意味で先に引用した『原城記事』の記事も誤りではないことになります。島原の乱で九死に一生を得た右衛門作が『国史大辞典』の記載のとおり明暦元年(一六五五)に亡くなったとすれば享年八十三歳となり、他の資料とほぼ合致します
ここで付け加えたいのは島原の乱で原城に籠城したとき、天草四郎直属の親衛隊五百の指揮を委せられたことでもお分かりのように、山田右衛門作は単なる絵師ではなく,『天草征伐記』の記述にもあったように「学問道徳の男、文章の達者」でもあったと思われます。落城後捕われてからの供述書である『山田右衛門作口書写』でもそれが偲ばれます

(略)

(元・石原産業(株)常務取締役)
(平成二十年六月、三高同窓会『大阪舎密クラブ』での講話に資料追加、補筆)』



1994年8月24日
6:55am

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、この地上は今、闇に覆われています。

幻視者たちでさえ、自らを盲目と感じるほどの深い闇がこの世を覆っているのです。

これは霊的な闇なのです。

この中に在って霊魂たちは浄められ、また浄く、天に信頼している者たちのみが、私の言葉に呼応して、歩んで来られるのです。

これは霊戦だからです。

あなたたち一人ひとりは、自らの霊魂に対する責任があるのです。

人を裁かずに、この霊戦において、キリストの光によって戦いなさい。

そうでなければ、あなたたちは盲目のまま、騙(だま)されて、倒れてしまうからです。

イマクラータ、一歩いっぽ歩みなさい。

常に共にいるこの母と共に。

では質問を聞きましょう。

:G(場所)のルルドの水と御心の水。(原文にはこれだけが書かれたある―管理人)

:幻視者が落ちたとしても、どの聖地も落ちることはありません。ですから、このルルドの水、御心の水も天からのものです。聖地が落ちなければ、ルルドの水も落ちません。もちろん、御心の水もです。

:(この質問は原文では白紙―管理人)

:この祝別はローマ・カトリックの司祭の祝別と同じではありません。また、同じではありませんが、恵みはあるのです。祝別として有効です。しかし、ローマ・カトリックにおける祝別の恵みの全てを得られるわけではないのです。
ですからローマ・カトリックであるということはどれほどの恵みが与えられているか、子どもたちは理解しなければなりません。(後略)(2019年4月22日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



教皇ベネディクトⅩⅥ世、お誕生日おめでとうございます
2019年4月16日。92歳になられました。

■以下の記事を読まれる方は、16日の火曜日にそれを読むという方が大半でしょう。その場合、断食は水、木,金の3日間をやればよいでしょう。17日の水曜日にはじめて記事を眼にする方は、木、金の二日間すればよいでしょう。木曜日にはじめて記事を眼にする方は、金曜日の一日だけ断食すればよいでしょう。ちなみに私は 火、水、木、金の4日間やります。これは、月曜から金曜までの5日間はできなくとも、まったくやらないよりかはるかにましだからです。しかしこの断食の苦しみを受け入れたくない人にも、主は祝福をくださいます。

復活祭に向けての祈りと断食

もしあなたたちがこの杯を受け入れることができるなら、あなたたちは、魂を滅ぼす人間の罪を贖い、何百万もの霊魂を救うのだ。あなたたちの苦しみの捧げものに対して、私は最も頑(かたく)なな罪人に憐みを注ごう。

画像の説明

2013年3月22日、イエズス様はご自分のレムナントたちに断食を願うメッセージを与えられた

画像の説明

「私は、わが従者たちのすべてが、次の月曜日から聖金曜日の15時30分まで断食の時を過ごすよう願っている」

イエズス様はお続けになられました―「あなたたちが再び完全となるのは断食によってなのだ。身体を浄めることによってあなたたちの心は再び新しくなる。私はまた、あなたたちが告解の秘跡、あるいはあなたたちができる何らかの形の(神との)和解を受けるよう願っている」

そうして後、霊において、あなたたちがあたかもわが使徒たちと共に最後の晩餐に居合わせるごとくに、私と一緒になることを私は願っている。あなたたちは私と共に種無しパンを分かち合い、わがテーブルで私と共に食すのだ。あなたたち、わが従者たちは、私が差し出すのを受け入れるなら、自らの自由意志によって、わが苦しみの杯(さかずき)を私と分かち合うことができるのだ」

私、イエズス・キリスト、全人類の贖い主へ捧げられるあなたたちのするこの犠牲は、私が全世界にわが大いなる憐みを注ぐことを可能にするのだ。

さらに重要なことは、私は、私を憎む者たちさえ救うということだ。あなたたちの祈りと犠牲は、彼らの救いの恵みとなる、それなしには彼らは邪悪なものによって滅ぼされてしまうからだ。

たとえあなたたちがこの苦しみを受け入れることを願わないとしても、私はあなたたちに大いなる祝福を与え、この世をその微睡(まどろみ)から覚醒させるためのわが旅路を共に続けるようあなたたちに願う、そうすれば私は世を覆っている欺きのヴェールを引き上げることができるのだ。

もし、イエズス様が霊魂を救うのを助けたいならば

・聖週間の月曜から聖金曜日の午後3時半まで断食をする。
・断食は、その日に一食だけ普通の食事をし、あとの二回はパンと水だけを摂る。
・イエズス様はまた、告解の秘跡、あるいはあなたたちができる何らかの形の(神との)和解を受けるよう願っている。
・イエズス様が言われます―「この秘跡を受けられないならば、その時にはどうか、私がしばらく前にあなたたちに与えた、わが全免償の賜を受けてほしい」(2012年1月31日火曜日 21:30)

あなたたちは、完全な赦しと聖霊の力を与えられるためには、この祈りを七日間続けて祈らなければならない。

おおわがイエズスよ、御身(おんみ)は世の光なり
御身はすべての霊魂に触れる炎なり
御身の御憐みと愛は限りなし
われら御身の十字架の死による犠牲(いけにえ)に値せず
しかれども、御身のわれらへの愛が、われらの御身への愛に勝るをわれらは知れり
御身の新しき国にふさわしき者たらんがために、おお、主よ、われらに謙遜の賜を与え給え
われらを聖霊で満たし給え、そはわれらが前進し、御身の軍隊に御身の言葉の真理を宣言せしめ、またわれらの兄弟姉妹をして御身の地上への再臨の栄光に準備せしむるを得んがためなり
われら御身を敬い奉る
われら御身を賛美し奉る
われら、霊魂を救わんがために、御身への捧げものとして、われら自身、われらの悲しみ、われらの苦しみを捧げ奉る
われら御身を愛し奉る、イエズスよ
いづこにいようとも、御身のすべての子供らを憐み給え
アーメン」

・それからイエズス様は共に霊魂を救うことに参じるならば、断食の日に一日3回次の祈りを唱えるよう願われている。

「もしあなたたちがわが苦しみの杯を分かち合いたく思うなら、あなたたちのための十字軍の祈りがここにある。出来る時に三回唱えなさい、しかし望むべくは断食をしている間に三回唱えなさい」

十字軍の祈り第103番―キリストと共に苦しみの杯を分かち合う

われ、すべての者の善のため、御身(おんみ)がわれに望み給うことをなすがために、御身、愛するイエズスの御前(みまえ)、御身の足下(あしもと)にわれを差し出さん。
われに御身の苦しみの杯を与え給え。
このわが捧げものを受け給え、そは、御身が迷える、希望無き者たちを救うを得んがためなり。
われが御身の苦しみを共にするを得んがために、わが身体を捕え給え。
御身の聖なる御手(みて)にわが心を収め給え。
わが苦しみの賜物によりて、われ御身の神なる現存が、わが霊魂を抱(いだ)き給えるがままになさしめ奉(たてまつ)らん、そは、御身がすべての罪びとを贖(あがな)い、すべての神の子らを、今も、世々に至るまで一致させ給えるを得んがためなり。アーメン


resurrection (1)

(2019年4月16日)

1994年8月23日
7:05am

聖母:イマクラータ、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

まことに今は暗闇の勢力が強力です。

ですが、なたたちは失望せず、この母と共に一歩いっぽ歩みなさい。

理解できないからといって裁かずに、待ち、祈りなさい。

祈る者には必ず、光が与えられるからです。

希望を捨ててはなりません、わが子どもたちよ。

私は、あなたがたの希望、明けの星である聖マリアです。

汚れなき御心に奉献されたこの日本、この日本が大きな印となる時が近づいているからです

(後略)

(2019年4月12日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月22日
  6:05am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、この暗い時代、暗闇の中にあって、この母マリアがあなたたちを導いています。

この母を信じなさい。

天に信頼しなさい。

この母によってあなたたちは導かれるからです。

恐れることなく、この母と共に歩みなさい。

あらゆることによって、あなたたちは盲目になるのです。

この母に常に手を引かれていなさい。

イマクラータよ、あなたたちには常に試行錯誤が付きまとうでしょう。

ですから、あなたたちは、愛に満ちて、謙遜でなくてはならないのです。

許し合い、愛し合い、祈り合うことはとても必要なことです。

(ここでいくつかの質問がなされる)

イマクラータ、心配せずに、祈りつつ、黙想しつつ歩みなさい。(後略)

(2019年4月7日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月19日
  7:30am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、なんという大分裂が始まったでしょうか。

あなたたちは、キリストの光によって戦わなければなりません。

どのようなときにおいても、あなたたちは、ローマ・カトリックであることを忘れてはなりません。

教皇ヨハネ・パウロⅡ世、わが聖なる教皇、イエズス・キリストの代理者のために祈り、将来の教皇(※)のためにも祈りなさい。

大混乱と大分裂が、この暗闇の時代において、多くの子どもたちを惑わすからです。

子どもたちよ、祈りによってでしか識別できない、暗黒の時が到来しているのです

母のロザリオによって、祈りながら歩みなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(※)ここで聖母は特定の人物を想定しておっしゃったと考えられるが、歴史的に教皇ヨハネ・パウロⅡ世のあとを継いだ教皇はベネディクトⅩⅥ世であった。また、MDMのメッセージで主は、最後の教皇はベネディクトⅩⅥ世であると明言しておられる。―管理人


「わが最愛の教皇ベネディクトⅩⅥ世はこの地上の最後の教皇である。
ローマ人ペテロとは、最初の使徒のわがペテロのことであり、わが永遠の聖父の命(めい)によって天からわが教会を治めるのだ。そして、再臨において私が統治するためにやって来るとき、すべての宗教が一(いつ)なる聖にして公なる使徒継承の教会となリ、彼が神の子供たちを治めるのだ」(2012年4月12日 主のMDMへのメッセージ)

「私は、終わりの時にわが教会を導くために私によって選ばれた、わが無垢なる、最愛の、地上の真の最後の教皇ベネディクトⅩⅥ世のために涙を流す」(2013年2月19日 主のMDMへのメッセージ)




(2019年4月4日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月



1994年8月18日
東京で   7:10am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、心を落ち着けて聞きなさい。

今日のEの講演で、混乱は一時頂点まで達することでしょう。

しかし、このことが無ければ、すべてが明らかにならないのですから、この大混乱の中において、あなたは心の平和と静けさを保たねばなりません。

常に警戒しなさい。

そして、柔和、謙遜でありなさい。

母のアドヴァイスと共に歩み、ロザリオを離してはなりません。

あなたは人々を導かねばならないのですから。

聖なる無関心と、人を裁かないで、時を待ちなさい。

すべては明らかになるのですから。(後略)
(2019年4月2日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月

1994年8月17日
G(地名)で   8:00am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、母マリアの悲しみを分かってください。

一致は天の望みなのです。

一致してこそあなたたちは天の望みを果せるのです。

福音の教えに立ち戻りなさい、光の子どもたちよ。

あなたたちの間にまかれた悪魔の種の計画にのってはなりません。

忍耐し、許し合わねばなりません。

天の言ってきたことを読み返しなさい。

祈りなさい、心を清め、祈り求めなさい。

あきらめてはなりません。

信仰に強く立ちなさい。

真実を追求し続けなさい。

祈りによって、愛によって・・・

そして、子どもたちよ、理解できないからといって、裁かないでください。

質問を聞きましょう。

:TP(原文にはこれだけが書かれてある―管理人)

:これは巧妙に仕組まれた罠です。この奇跡は天からのものではありません。

(原文では以下の質問は白紙状態で、
Aのみが書かれたある―管理人)



:プロモータとして話し合いなさい。時は来ています。祈り、そして一歩を踏み出しなさい。



:プロモータとして当然の発信です。すべては慎重になされねばなりません。あらゆる所に罠があるのですから。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたとC、Jを祝福します。
(2019年3月30日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月

1994年8月16日
G(地名)にて 8:00am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

昨日は被昇天の大祝日でした。

イマクラータ、天への道は十字架の道です

母と共に歩まないのならば、どんなに重い十字架を背負ったとしても、天へ至ることはできないでしょう

また、母とと共にないのならば、あなたたちは最後まで十字架を担うことができないのです。

私は全人類の母です。

そして、すべての罪人の母なのです。

イマクラータ、私は、子どもたちすべてを救いたいのです。

あなたたち光の子どもたちは、テーブルの燭台のように輝き、模範にならなければなりません。

あなたたちの愛によって、祈りによって、徳によって…それには、十字架にかけられたイエズスに倣わなければなりません。

マリア・イマクラータ、どんなに重い十字架も、母と共にあれば歩めます。

わがジャンヌよ、戦いなさい。

強くありなさい。

これはまことに激しい霊戦なのですから。

では質問を聞きましょう。

:Cの夢について。

:天からのものです。それはこれからCのとるべき態度に関するヒントが、その夢の中にあるのです。

:(原文にはこの質問が書かれていない―管理人)

:フリーメイソンによる迫害です。教会を通して、また人々を通して、G(地名)の内部分裂を促進する様な噂、中傷が流れるでしょう。また、内部に、その、通じる者が出てくるでしょう。

:「キリスト信者の母」の称号で来られたことについて。

(聖母のお答えの抜粋)これは・・・・(省略)・・・・この母の称号であり、あなたに、このタイトルで私は時々あなたに現れるからです。・・・(省略)・・・・私はすべてのキリスト信者の母、助け手であるので、これからもそのタイトルであなたに現れることがあるでしょう。この称号には、公教会と、教皇様に関連してミッションがあるのです。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとC、Jを祝福します。アーメン。
(2019年3月29日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月

1994年8月15日
G(地名) 聖なる山で 3:50pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、愛と一致、そのことがどんなに重要であるか。

これは、今日の日はそのことの象徴です。

イマクラータ、幻視者たちは一致しなければなりません。

一致してこそ、すべての宝、全ての謎は解かれるのです。

わが子どもたちは一致し合い、愛し合わなければなりません。

それこそが天に至る道だからです。

今日の日、天の聖櫃はこの地に降りました。

それはまったく天の恵みなのです。

イマクラータ、子どもたちと共に、愛、一致、祈り、この小さき道を歩みなさい。

私は、ここにいる母の幻視者、ヴォイス・ボックス、神秘家、そしてすべてのわが子どもたちを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。
(2019年3月27日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年8月

マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラータの1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしてい
きます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



守護の天使もどうすることもできない

落ちた幻視者はなぜ地獄へ行くか
「幻視者が落ちる」という意味は、幻視者が天から与えられたミッションを失う結果になることを意味しますが、「落ちる」と表記するのは、英語の「fallー落ちる」からきていると思われます。「落ちた幻視者」は英語では「a fallen seer」といいます。「堕ちる」と言う漢字を当てる人もいます。それは「堕天使」を英語で「fallen angels」ということからそう表記するのかもしれません。

一般的に、いまの時代に死んだ人間の霊魂が地獄に行くということは珍しいことではなく、それどころか雪が降るように霊魂が地獄に落ちていると聖母マリアはメッセージで告げられます。今は死ぬ人の80%が地獄に行っているというメッセージもあります。地獄に行くということはけっして稀なことではないのです。それどころか「いま死ぬ人のほとんどは地獄に行く」といってもよい状況です。その多くが性的罪のために地獄に行くと言われています。

そのような時代的霊的状況がある一方で、教会で司祭は地獄については黙して語らず、人道主義や政治問題を喧伝します。ある司教は、小教区を訪れ、ミサを挙行し、ミサ後の講話の初めに「みなさんのなかで地獄を信じている人はいますか」という問を投げかけ、そのあまりにも唐突かつ愚かしい質問のせいだと思われますが、信徒がそのままだれ一人挙手する者がいないのを確認してから、その司教は「安心しました」と言い放ったそうな。この「安心」の意味するところは何でしょうか。

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もう何年も前に、日本で新しく立たされた一人の幻視者に、来日した外国のベテラン幻視者が関西のホテルでアドバイスをする、その現場に居合わせたことがあります。その外国人幻視者は、日本の新人幻視者に「幻視者というものは、普通の人間には与えられない特別な恵みが与えられる。神の声を聞き、主や、聖母、天使の姿が見える。そのような格別な恵みを与えられた幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」と説き伏せました。新人は神妙な顔つきで聞き入っていました。

当時はそうなのか、と単純に思ったものですが、その後、いろいろなメッセージを読んでゆき、「どんなひどい罪を犯そうが、痛悔するならば赦す」と主は言われていることを考えても、いかに特別な恵みを与えられた幻視者が落ちたとしても、それを痛悔するならば地獄へは行かないで済むのではと考えるに至りました。落ちてほしくないという気持ちが溢れるあまり、ベテランが新人に、オーバーに語ったのではないかと思うに至ったのです。ちなみにこのベテランは、後に落ちました。

しかし、主が上のメッセージを語ったときに「聖霊に対する罪だけは別である」と言われていることから、また「聖霊が存在しなければ私はメッセージを伝えることはできない」とも言われていることから、幻視者は落ちるだけで地獄に必ず行くというのは真実ではなく、落ちた幻視者が、嘘のメッセージを出し始めたとき、聖霊の業であるメッセージを騙(かた)ることで、聖霊に対する罪となるので地獄に行く、と理解するようになりました。しかし、それでも痛悔すれば許されるものと思ってます。それは聖霊に対する直接的な罪ではないと思えるからです。

聖霊の罪云々と理解せずとも、本来天の存在が人間にメッセージを語るところを、嘘のメッセージを、あたかも天の存在が語ったかの様に偽って公開するという行為が、どれほど神に逆らう重大な行為であるかは分かります。

イマクラータが受けて世界中にメールを通じて拡散された以下のメッセージは、そのことを言っていて、このメッセージのなかの「死なねばならない」というのは、生物学的にこの地上から取り除かれるという意味での死ではなく、「霊魂の滅び(死)」、地獄へ行くという意味です。

このメッセージは2005年に、JMJコミュニティ―の日本の関係者に向けて発送され、2012年に英訳され全世界(アメリカ、カナダ、フィリピン、フランス、アイルランド,クロアチア、オーストラリア、他)のメッセージ関係者にメールで送られたものです。

永遠の御父

永遠の御父 :娘よ、わが娘イマクラータ、

ユダの家々に預言して言え。
偽りの預言をした者は死なねばならない
その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある。

憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ。
わたしは全ての者を愛しているが、骨を腐らせ、命を失わせる者たちを憎む。

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。(2005年9月5日)


ですから、幻視者は落ちただけでは地獄へは行きません。しかし落ちた幻視者が地獄をまぬがれるためには、絶対的条件として、落ちたことを痛悔しなければならないのです。

世界中で何百人もの幻視者が立てられ、何百人もの幻視者が落ちていきましたが、悲劇的なことは、落ちた幻視者は自分が落ちたことを認めたがらないということです。落ちた幻視者のその後に関しては、すべての情報を得ているわけではありません。今まで落ちた幻視者は、国内外を問わず、音信不通となりそのまま消えてゆくことが多いからです。しかし例外的に、たった一人、落ちたことを認め痛悔していると思われる落ちた幻視者がいます。それは上述した新人の幻視者で、彼女は、彼女が立てられたある都市に、新たな新人幻視者が立てられた際に、日本のあるプロモーターに「私の代わりに立てられたのですね」と電話で語ったという話を、当のプロモーターからじかに聞いたことがあります。これなどは、その幻視者が自分が落ちたことを認めている言葉です。痛悔すら感じさせます。しかしこれは例外で、大体は、落ちてもそのことを認めない幻視者が多いのです。幻視者が落ちて、落ちたことを認めないということは、落ちたことをまったく痛悔していないということを意味します。つまり、ベテラン幻視者が言う「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」とすれば、それは痛悔がないということに原因があるのです。

さらに悲劇的な例は、落ちた幻視者が偽りのメッセ―ジを発信し続ける場合です。これには世界的に有名なヨーロッパの幻視者たちがいます。

落ちた幻視者が天のものではないメッセージを世に送り続けるのは、一つにはサタンからのメッセージ、一つにはその幻視者の心、考えから出たメッセージです。両方とも、幻視者自身が天からのものと信じている場合には、罪とはなりません。信じているわけですから。信じているのか、それとも偽りと知ってか、それは神とその幻視者自身には分かります。

しかし、最悪のケースは、幻視者が自分で偽りのメッセージを故意に「創作」して世に広める場合です。それも含めて偽りのメッセージだと分かっていて世をあざむく場合は、「死なねば」なりません。それは、偽りと分かっているその幻視者の霊的指導者、そのメッセージを偽りと知りながら広めるプロモーターも同罪です。「その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある」とはそういうことです。

落ちた幻視者が、救われる20%の仲間に含まれるということは、至難の業という他はないのです。

偽りのメッセージを世に発信していた幻視者が、ある日、突然痛悔して、告解し、その罪を赦されても、それだけでは十分ではありません。埋め合わせをしなければならないのです。ある司祭が、説教台から「地獄は存在しません」と言い、それを真に受けた信徒の何パーセントかがそれを鵜呑みにして信じたとします。その後司祭はそのことを痛悔して告白すればその罪は赦されますが、それだけでは十分ではありません。その司祭は説教台から、「地獄は存在しないと言いましたがそれは誤りです、地獄は存在します」と訂正する必要があります。偽りのメッセージを広めた幻視者も同じです。偽りのメッセージを広めたその同じルートを通じて、今までのメッセージは天のものではなかったと、訂正の宣言をなさねばなりません。しかし、今までそのような幻視者は見たことはありません。

永遠の御父は「憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ」と言われますが、偽りのメセージを出し続ける幻視者たちは、「憐みのある」時がこのままずっと続くと思っているのかもしれません。

裁きの時は突然訪れます。それは全てが手遅れとなる時です。

つまり、ベテラン幻視者が言った通り「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」という言葉はかなりのパーセンテージで真実を含んでいる言葉だと言えるのです。

当のベテラン幻視者は今どうしているかというと、相変わらず聖母のものだと称するメッセージをせっせと発信し続けています。当該幻視者が、それを天のメッセージだと信じて発信し続けていることを祈るばかりです。

この種の記事を書くのはこれが最初で最後です。(2018年9月10日)





確認:ある幻視者がメッセージを受け、それが真実のメッセージ(天からのメッセージ)かどうかを、他の幻視者を通して天に聞いてもらうことを、メッセージを(天に)確認すると言います。

それは、真実の幻視者であっても、天から受けるメッセージの一部、または全部に、恐怖や自分の願望から自分の潜在意識がメッセージに入り込んでしまうことがよくあるからです。その現象を「混じる」といったりします。あのメッセ―ジは混じっている、などと言います。

これは、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽幻視者が天のものではない出現によって天のものではないメッセージ(幻視者自身の人間的な推理、願望を反映したサタンのメッセージ)を受けるのとは違います。天の出現を受けながらも、メッセージに自分の願望や考えが混じってしまう現象で、もう一度言うと、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽預言者が天のものではないメセージを受けるのとは異なります。真の天の出現を受けながらも、天のメッセージに自分の考えが混じってしまうのです。

このことが常態化すると、その幻視者はもはや天の道具としては機能しなくなります。天が白といっても黒と受けてしまい、天が左と言っても右と受けてしまうからです。天の御旨よりも、幻視者個人の願望が優先されてしまうのです。

ですから、メッセ―ジの確認が必要なのですが、その確認自体、また混じることが多いのです。幻視者が、ある別の幻視者にその受けたメセージの確認を頼まれた場合、その幻視者の気にいるような確認のメッセージを確認を頼まれた幻視者が混じって受けてしまうのです。これは幾度となく眼にしてきたことです。馴れ合った幻視者同士が、天の意向ではなく、互いのメッセージに反映された互いの人間的願望・推理を確認し合うというスパイラル現象が起きます。
ですから、聖母が、すべてのメッセージは識別が必要だとおっしゃるのです。

もし、落ちた幻視者や偽幻視者同士がこの確認スパイラルを余人に誇示するような事態になれば、それはそのメッセージを天のものだと信じる人々を巻き込んで際限もなく妄想の世界をメッセージで展開してゆくことにな

教皇三重冠を被るAntipope

ります。現在、数人いると言われている対立教皇(Antipope)なども、この確認スパイラルの生み出した妄想願望の一つの可能性があります。(写真は教皇三重冠を被るAntipopeの一人)

つまり確認を絶対的なものだと考えることはできないのです。

かつてイマクラータは聖母に質問したことがりあります。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが。(1994年6月22日のメッセージ)

つまり、確認のメセージを受ける幻視者はあらゆる人間的感情―恐怖、願望などを抑えて、天の御旨だけを行なおうとしない限り、すこぶる混じりやすいものなのです。「確認から学ぶ」とはそういうことをも含めての言葉だと思います。―管理人


■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェナ』のあとがき

「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月


マリア・ディバインマースィーのメッセージ

2012年6月1日

ひとたび埋め込まれたなら、それはとなる、心と霊魂にとってだけではなく、あなたたちの体にもだ。それは世界中の人間の多くを消し去るための疫病をもたらすからだ。
あなたたちは「印」を受け入れてはならない。私は何をすべきかをあなたたちに教える。
無力を感じるゆえ、多くの者たちが「印」を受け入れるだろう。
生ける神の印」-わが十字軍の祈り第33番は、あなたたちの命綱である。永遠の父によってあなたたちに与えられたわが「保護の印」を受けたなら、あなたたちは(獣の)「印」を受け入れないですむ

2013年7月29日

だが、次には、獣の印を受けることを拒む多くの者たちを、彼らは処分するのだ。彼らはそれは真の世界平和、愛、一致の印だというだろう。しかし、その恥ずべき核心に隠されたものは666の文字、獣の印である。
まさしく聖なるメダイが神から来る力による天的保護をもたらすように、獣の印は、それと共に死を―霊魂の死と恐ろしい病による死をもたらすのだ。獣の印を拒む者たちは隠れて備えをしなければならない。これが恐怖を催させることだとはわかっているが、それは真実なのだ。私は、あなたたちの祈りの助けをもって、迫害を終わらせるべく介入するだろう。


アマゾンが背後でマイクロチップの埋め込みのためにうごいています   
の投稿記事を「百千鳥」にアップしました。(2019年2月26日)


仙台広瀬川の殉教者の連祷
2019年2月21日に「百千鳥」に、仙台の広瀬川の殉教者に関する記事がアップされました。それを読んだ方から感想が寄せられ、その方は自分で勝手にその仙台の広瀬川での殉教者の連祷を作り唱えるということが書いてありました。これは非常に良いことだと思い、さっそく、「諸聖人の連祷」をもとに仙台広瀬川の殉教者の連祷を作ってみました。聖母は、マリア・イマクラータのメッセージで、日本の殉教者に取次ぎを願って祈るようおっしゃっておられます。日々の祈り、またノヴェナの祈りとしてこの連祷をお使いくだ去れば幸いです。(MDMのサイトの便利印刷3で印刷できます)


ダウンロード (12)


上の写真は知る人ぞ知る有名な奇跡の写真です。もう何年も前に、天のメッセージを信じる人たちの間でもこの写真が広まりました。当時、この奇跡の写真の説明が、聖ヨハネ・パウロⅡ世教皇が聖母の御像に触れて祈っているときに、この奇跡の写真が撮られたとの説明と共に広まったと記憶しています。

しかし、実情はそんなものではありませんでした。あるサイトで詳しく写真について語られていたので、それを抜粋して紹介します。

(続きは「百千鳥」でお読みください)
http://gokyoyoko.com/index.php
(2019年2月9日)


■1月の最後の週の金曜まで、堕胎がなくなるためにロザリオを祈
りましょう。
わが子よ、堕胎の広がりを阻止するために、すべての者が、2013年の1月の最後の週まで、毎週金曜日にロザリオを祈ることは重要なことです。
胎内で殺されたすべての子は、わが聖父の王国で天使になります。彼らは、知っていながら(神の御業に)干渉し、ためらいなく自らの胎内の子供の命を絶ったそれぞれの母親のために毎日祈ります
」(2012年12月18日の聖母のMDMへのメッセージ)
できる人は、この期間以外でも毎日一連のロザリオを「堕胎がなくなりますように」の意向で祈ることが勧められます。

(2019年元旦)


nativity.jpg

Merry Christmas




(2019年1月14日)


st michael

今日は九日です。できる人は「聖ミカエルのチャプレット」を唱えましょう。

聖ミカエルの御約束―彼に敬意を表してこの信心を実行する人は誰でも御聖体を頂く時九階級の中から一人づつ選ばれた九人の天使に付添われます。さらに、これら九つの挨拶を毎日唱える人々には、彼は彼およびすべての天使達の生涯にわたる絶えざる援助と、死後のその人々自身と親族達の煉獄からの解放をお約束になりました。(『ピエタ』より)

毎日祈ることが難しい人は、「九」のつく日にこれを唱えることを聖母は願っておられます。(祈り文は、マリア・ディバインマースィーの「便利印刷」にあります)(2018年12月9日)



聖アンドレのクリスマスのノヴェナ

伝統的なこのノヴェナはどんな願いもかなえられます。MDMのサイトの「便利印刷2」で印刷できます。






ヴィガノ大司教のレポートが世に出るまでの経緯1

マカリック枢機卿

今年の夏、2018年6月20日、一人の高名な枢機卿が使徒座によって公職から解任された。それは、ニューヨークのローマカトリック大司教区の再調査委員会が、その枢機卿がニューヨークの司祭であったときに、聖パトリックカテドラルにおいて、1971年と1972年に、当時19歳の侍者に性的虐待を加えたとの訴えが「信用かつ実証」できるものであるとの結論を出したことによる。

その枢機卿の名は、9つ以上の大学から名誉博士号を授与された経歴をもつテオドール・エドガー・マカリック枢機卿である。(写真は、2008年、スイスのダボス世界経済ホーラムで語るマカリック枢機卿)

※続きは「百千鳥」でお読みください。
http://gokyoyoko.com/index.php




訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を改めるわけです。それがバランスを考えるということです。天の求める標準に達しない生活を選択しても、標準に近づけるよう日々意識して生活すればそれはバランスある生活です。

そうする意識、工夫が必要なのは、自然なまま放っておけば人間は安逸をむさぼるようにできているからです。安逸をむさぼる人間をサタンは放っておきません。あっと言う間に罪を犯します。

ですから、バランスとは、時間による切り替えということもできます。何時から何時まではテレビを見る、それ以後はロザリオに向う、というような切り替えです。テレビはとくに見たいもの以外は見ないと決めてかかる方が楽です。だらだらと見る習慣がつけばそこから抜け出すには多くの時間とエネルギーが必要となります。見ない習慣がつけば、なんということもない格闘です。

最近メールが来ました.たくさん祈るよりも心から祈ることが大事であると主張する内容の手紙でした。その通りだと思います。しかし、天は、心から、1日3環祈ることを願っておられるのです。心から祈ることの重要性をもってたくさん祈らないことを正当

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