終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
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https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







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大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
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マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラーの1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしていきます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



1994年月4月10日
「白衣の主日」東京 B宅にて 3:00pmの祈りの間
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聖母:イマクラータ、私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。

イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信。者の扶けなる聖マリアです。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。

私は今日、あなたがたに告げに参りました。

私、天の元后である聖マリアは、悲しみのうちに参りました。

わが子供たちの多くの者たちが、私の言葉をもはや聞こうとしておりません。

なんと多くの者たちが私の腕のなかからすりぬけていくことでしょうか。

私、聖マリアはこれを眺めて、どんな気持ちでいることか・・・

どうかわが愛する子供たち、私の心を分かってください。

光のなかから落ちていく子供たちのために祈ってあげてください。

祈りが足りないのです。

落ちて行く子供たち自身も祈りませんし、わが光の子供たちが彼らのために祈らないからです。

一致してロザリオを祈ってください。

「コーナーストーン」の使命がどんなに重大な物であるか分かりますか、わが子よ。

あのような少数の者たちでも、あなたたちの一致した祈りは、絶大なのです。

なぜなら、母マリアがあなたたちの祈りに、私の祈りを添えるからです。

ロザリオが偉大なのはこのためです。

これは母の祈りです。

ロザリオが原子爆弾の力より強いことを、あなたたちは聞いたことがあるでしょう

そうなのです、ロザリオは、本当に、本当に強い祈りなのです。

御父の前で、最も嘉(よみ)される祈りなのです。

私、天の元后、聖マリアは、あなたたちにお願いします。

一致し、そして集まって祈ってください。

母の願いを聞いてください。

「コーナーストーン」は私の望みです。

Dが日本を護っているように、「コーナーストーン」は、東京を護るのです。

神を知らない多くの者たちを、この「コーナーストーン」の祈りによって救うのです。

どうか、日々祈ってください。

私、母マリアとともに。

私とともに歩むのですから、どのようなことが起ころうとも、恐れることはありません。

イマクラータ、わが愛する娘よ、C、Eとともに、「コーナーストーン」を確立しなさい。

どのようなことがあろうとも、やり遂げなさい。

十字架は重いでしょうけれども、私は多くの助け手をあなたに送ります。

祈りのうちに歩みなさい。(後略)



(2018年8月17日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月





■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェ
ナ』のあとがき


「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月



1994年月4月8日
市川  

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信。者の扶けなる聖マリアです。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータよ、私とともに祈りなさい。

教皇ヨハネ・パウロⅡ世のために。

教皇様は、ヴァチカンのなかで、本当に孤独な戦いを闘っているのです

彼の心が押しつぶされないで今だにあるのは、あなたたちの祈りがパパ様を護っているからなのです。

信じられないことですが、多くのユダに囲まれ、ほとんど半死半生の状態で、彼は天に祈っております。

この苦しみによって彼が押しつぶされず、天の望みを果たせるのは、あなたがたの祈りなくしてはあり得ないのです。

彼の愛する子供たちが、日々、彼を裏切っているのです。

どのような苦しみ、悲しみの中にわが教皇はいることか・・・

イマクラータ、わが娘よ、教皇が多くの宣言をしなければならないのは、今年です。

彼が一日も早く回勅を出せるように祈りなさい。(後略)

(2018年8月16日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月



1994年月4月9日
市川  

聖母:イマクラータ、私のことばを聞きなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信。者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。

私はあなたに告げに参りました。

子供たちに伝えなさい。

私は悲しみのうちにあります。

私のかわいい子供たちが、私のマントのなかから抜け落ちていくからです。

なにが起こっているか、母はよく知っております。子供たちの心の中において・・・

あなたたちは、憐れみの心を持たねばなりません。

幻視者たちは聖人ではなく、神の道具であり、あなたたちと同じ人間です。

誤りも犯すし、自分の思い込みによって話し、子供たちをつまずかせることもあるのです。

あなたたちは、その人間を見るのではなく、彼らを通して話す、私マリアに信頼しなさい。

幻視者も謙遜であらねばなりません。

彼らが謙遜にその使命を果たすことができるように、どうか祈ってあげてください。

なたたち一人ひとりは、神から呼ばれて、神のために働いているのです。

大きな仕事もあれば、小さな仕事、隠れた仕事もあります。

どの仕事も、神の仕事を成就させるためには、必要な働きです。

呼ばれたことを感謝してください。

不平不満の心で働いても、私たちは喜びません。

そこには悪魔が入り込んでくるからです。

主はいつもおっしゃいますーどんな時でもよろこびなさい、と。喜んでいなさい、と。

殉教者たちの信仰を想いなさい。

忘れてはなりません。

どんな些細なことも、愛の心をもってするならば、私とともにするならば、神の目には美しいのです。

私たちがあなたたちを眺めるとき、私たちの心に愛が溢れます。

私たちのように、お互いを眺めることができれば、あなたたちはどんな苦悩の中にあっても、平安と愛の中にあることができます。

ロザリオをとって私に倣いなさい。

私の生涯、聖ヨゼフの生涯を黙想しなさい。

(2018年8月15日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月





1994年月4月6日
市川  6:20am

聖ミカエル:いざ聞け、わが命令を !

聖母は悲しんでおられる。
イマクラータ、われは汝を祝福する。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。
われは天軍の総帥、大天使聖ミカエル。聖母が来られる、準備せよ。

聖母:イマクラータ、私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。

今日、私は、あなたに、人々に告げてほしいことがあり、参りました。

私、天の元后聖マリアは、厳かに言います。

あなたは、立ち上がらなければなりません。

イマクラータ、東京の人々は立ち上がらなければなりません

キリストを擁護するために。

ご聖体に、まことにましまし給う、イエズス・キリストを護るために。

もはや、黙っている時ではありません。

あなたたちの意志、思いを表明しなさい。

あなたたちの思いが正当でることを司祭に告げなさい。

恐れてはなりません。

そのときが来たら、(あなたたちを通して)聖霊が話すとイエズスがおっしゃったではないですか。

イマクラータ:(聖母が、聖書のある所を指しているのだとわかりました)

聖母:イマクラータ、必要なとき、人々の前に引きだされたとき、ご聖体を擁護しなさい。

その白いホスチアの中には、まことにわれらの主がましますことを。

わが主は、あなたたちすべてのために十字架に掛けられ、苦しみのうちに亡くなられたのです。

この偉大は神秘が秘められているミサが変えられようとしています

イマクラータ、あなたたちは、表明しなければなりません。

これは冒瀆であると。

あなたたちの心に恐れがあるのは分かります。

しかし、イマクラータ、わたしがあなたとともに働くのです。

聖霊の花嫁であり、天の元后である聖マリアが。

恐れてはなりません。

どのような苦難、苦しみが襲ってきても、恐れてはなりません。

ロザリオを手に、戦いなさい。

戦い抜きなさい。

これからは、霊戦が一段と激しくなります。

今までのとおり、必ず七環のロザリオは祈りなさい(※)。

祈りが必要なのです。

祈らなければこの戦いは戦い抜けません。(後略)


※一日七環祈る「聖霊のロザリオのノヴェナ」というものがあり、当時マリア・イマクラータはそれにしたがって一日七環祈っていた。


(2018年8月14日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月


1994年月4月5日
6:20am

聖母:人々に伝えなさい。

イマクラータ、私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータよ、人々に伝えなさい。

この世は闇で覆われています。

あなたたちがそれを許してしまったからです。

あなたたち一人ひとりが、心において、その魂において戦わなければ、これは変わらないのです。

私が言いたいのは、堕胎の罪についてなのです。

生命とは、永遠の御父から、一人ひとりに与えられたものであり、他の人間がそれを奪う権利などありません。

エイズが同性愛による罪によって引き起こされている罰、病気であるように、堕胎の罪に対して、永遠の御父は罰をお送りになっておられます。

あなたたちは気づいてはいません。

少しづつですが、多くの者たちがこの罪のために取り去られ始めているのです。

劇症肝炎という病もその一つです。

また、ウィルス性の肝炎もそうなのです。

あなたたちは理解しなければなりません。

私たちが、この罪によってどれほど傷つき、悲しんでいるかを。

堕胎の罪を止めるために、あらゆることをしなさい。

私が望むのは、祈りです。

あなたたちが一致して、このことのためにロザリオを祈ってください。

日本は世界においても、この罪が数多く犯されている国です。

永遠の御父は怒っておられます。

あなたの国に数多くの不思議な病があるのは、このせいであるのです。

このことは永遠の御父が許されているのです。

人はどんな権利も―ある人の生命を奪う権利など持っておりません。

生まれてこない子供たち、闇へ葬られる小さな子供たちのために祈りなさい。

イマクラータよ、祈ってください。

毎日、一連でもよいから、このことのためにロザリオを母に捧げてください。

また、人々に告げてください。

堕胎を防ぐために、あらゆることをしてください、と。

母は帰ります。(後略)

(2018年8月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月


1994年月4月3日 
祈りの「コーナーストーン」の会場にて   3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.、あなたを祝福します。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、今日私は、喜びの心でここに参りました。

今日は、わが主の復活の祝日です。

天では、どんなに喜びにあふれていることでしょう。

そして、あなたがたを眺める私の心にも、大きな喜びがあふれております。

あなたたちは、本当に少数です。

しかし私は、あなたがたの祈りを使って、大きな奇跡を起こすのです。

子供たちよ、わが子供たちよ、このコーナーストーンの祈りを日々祈ってください。

心を一致させて祈ってください。

今に本当に大きなことが起こるのですよ。

私の子供たちよ、どんなに苦しいことがあっても、私のロザリオの祈りにすがっていなさい。

私はあなたたちを保護し、護るのですから。

私は、東京の多くの未信者たち、まことの神を知らない子供たちを、ここにまもなく連れてくるのです。

信じなさい。

天の元后、聖マリアの言葉を信じなさい。

イマクラータ、E、Cとともに祈って、母の望みを果なさい。

これから多くの事が起ってきますが、わたしの言葉をいつも信じなさい。

母とともに、歩んでください。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて. すべての子供たちを祝福します。アーメン。

(2018年8月12日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月


1994年月4月2日 
6:15am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今日は御復活徹夜祭です。

わが主の復活される前夜です。

私がどんなにわが主の復活をお待ちしているか。

イマクラータよ、私とともに、祈りながらそれを待ちなさい。

私はあなたに忍耐を学んでほしいのです。

堅忍の徳というものは、あなたの思っているとおり、一生かかって獲得する徳なのです。

最後まで試される徳なのです。

徳というものは、一昼夜にしてできあがるものではありません。

長い試練を経て、一歩いっぽ積み重ねていくものです。

この道には王道というものはありません。

あるとすれば、それは苦しみの道です。

自分自身を捨ててゆく、あるいは自分の思いをはるかに越えた御方の思いを果たしてゆく…この繰り返しのなかで、あなた方は成長してゆくのです。

自分自身を捨てなさい。

私に任せてごらんなさい。

分かりますか。

イマクラータよ、今日はいつもより祈ってください。

この母とともに…イエズスの復活を待ちなさい。

この世にどんなに闇があろうと、あなた方の主は、あなたを見捨てません。

「最後まで私はあなたたちと共にいる」とおっしゃったイエズスを信じて歩みなさい。

イマクラータよ、人々に伝えなさい。

聖ヨゼフにもっと祈りなさい、信頼しなさいと。

また、あなたに与えた射祷「わがヨゼフ、わが信頼」を広めなさい。

また、「聖ヨゼフのいと潔(きよ)き御心よ、御身に祈り奉るわれらを保護し給え」という祈りも広めなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。

これをDとFの確認をとってから出しなさい。

(2018年8月10日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年4月


1994年月3月30日 
3:15pm

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。

私はあなたに伝えたいことがあって参りました。

イマクラータ、私の子よ、神聖なるわが息子の、貴い御身体が敬われていません。

白いホスチアの中には、まことにわれらの主がましまし給うのです。

冒瀆(ぼうとく)につぐ冒瀆。

これからの公教会はどうなっていくことでしょうか。

もっと、司祭、司教のために祈ってください。

あまりにも、あなたたちの祈りが少ないのです。

司祭たちはほんとうに生ぬるくなり、地獄への道を歩んでおります。

彼らは、もはやわが主がそこにましますことすら信じていないのです


わが愛する息子たちの、このありさまを見て、わが汚れなき御心がどんなに血を流していることか、どんなに悲しんでいるか。

イマクラータよ、司祭たちのために祈りなさい。

わが光の子供たちに、告げなさい。もっと、司祭たちのために祈りなさい、と。

彼らには、あなたたちの祈りが必要です。

ミサにおける崇敬はどこにいってしまったのでしょうか。

ああ、空っぽの教会 !

ご聖櫃の中で、わが主は泣いておられます。

子供たち、行って、あなたたちの救い主であるイエズス・キリストの至聖なる聖心(みこころ)を慰めてください。

もうまもなく、教会の扉は閉じられてしまうのです。

できるだけミサに与り、ご聖櫃のまえでロザリオを祈りなさい。

そして、少しでもよいから、ミサの後、教会にとどまり、わが神聖なる息子イエズスをお慰めしてください。

ああ、わが子供たちよ、修道者たちのために祈りなさい。

彼らがどうなってしまうのか・・・彼らの行き先は…あなたたちよ、祈ってください。

いつかあなたたちは、この母の懇願を聞き入れたことを誇りと思うでしょう。

私の子よ、心配せずに祈りなさい。

祈り、祈り、祈りですよ。(後略)

(2018年8月10日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年3月


1994年月3月28日 
6:00am

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが娘よ、書き記しなさい。

あなたは今、苦しんでいます。

その苦しみを私に捧げなさい。

苦しみは、唯一、あなたたちを浄め、純粋にしてくれるものです。

わが主の苦しみ、私がこの地上で受けた苦しみ、聖ヨゼフが受けた苦しみを黙想してご覧なさい。

苦しみは宝です

マリア・イマクラータよ、苦しまなければ愛することはできないのです。

人間の魂とは、自我に執着しているかぎり、まことに神を愛することも、人を愛することもできません。

自我を捨てなさい。

私に倣いなさい。

あなたの考えていることは、自我を残しておくことであり、完全なる奉献ではありません。

私、母マリアは、あなたに完全に、まったき信頼を天にもって、あなた自身を天に奉献することを望んでおります。

あなたに望むのは、その道です。一歩いっぽ歩みなさい。

沈黙のうちに、祈りながら、この奉献の道を母とともに歩んでください。

母の望みを果たしてください。

あなたがこの道を母とともに歩むことで、あなたは使命をまっとうすることができるのです。

自分自身を捨ててごごらんなさい。

完全な脱却へ向かって一歩いっぽ歩みなさい。

私は、あなたの母マリアです。

私は、あなたにとって最もよい道を準備しているのです。

人びとの救霊・・・それはなまはんかな、中途半端な気持ちで達成できることではありません。

強くありなさい、イマクラータ。

私の言う意味が分かりますか、わが子よ。

あなたは多くの人々を導かねばなりません。

それには先ず、あなたが変わらねばなりません。

あなたの中に生まれてくる感情、そして天の御旨を比べてごらんなさい。

どちらが、あなたの歩むべき、取るべき道か・・・

理解しなさい。

マリア・イマクラータ、私、天の玄后とともに歩みなさい。

母マリアがあなたを導いているのです。

何も恐れることはありません。

いつも、明るい、平和な心でいなさい。

悪魔が、どんな時にあなたにつけこむか、もうあなたは十分知っているはずです。(後略)

(2018年8月9日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年3月


CENTER:(1994年月3月27日) 
4:30pm

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私はあなたがたの母マリアです。

私は今日、あなたたちが一致の心で御憐れみのチャプレット、愛の炎のチャプレット、ロザリオを祈ってくれることを、どんなに嬉しく思っていることでしょう。

私があなたたちに望むのは、愛、一致、そして祈りです。

どんなに嵐が吹き荒れた二しても、あなたたちがロザリオを祈るならば、母はあなたたちを護ることができるのです。

母はどんなにあなたたちのことを愛していることでしょう。

私の燃える愛の御心をあなたたちは望みなさい。

わが汚れなき御心と一つになりなさい。

祈りによって、ロザリオ二よって、どんなにあなたたちは恵みを得ることができるか、あなたたちはすぐに忘れてしまいます。

わが子供たちよ、わが愛する光の子供たちよ、母を忘れないでください。

母のロザリオを祈ってください。祈ってください。

私の御心は血を流しております。

私を慰めてください。

私に霊魂をください。

あなたたちの祈りによって、それができるのです。

わが子供たちよ、わが子供たちよ、わたしは血の涙を流しております。

私を慰めてください。

わが息子イエズスを慰めてください。

ロザリオの祈りが、私とわが神聖なる息子イエズスの聖心の、どんな慰めになることか。

ああ、わが子供たちよ、母にロザリオをください。

わが子らよ、傷ついているわが息子イエズスの聖心を慰めてください。

祈ってください、祈ってください、祈ってください。

わが愛する子らよ・・・

私はここにいるわが子供たちを、特別に祝福します。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて.。アーメン。

(2018年8月8日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年3月


訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


1994年月3月25日 
2:20pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は天の元后聖マリアです。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

心して聞きなさい。

イマクラータよ、Dについてですが、あなたたちの祈りがもっと必要です。

Dの命が危険にさらされていると、Bを通して私は言いましたが、今も、この状態は変わりません。

暗殺者たちは計画を変えておりません

祈ってください。祈りなさい。

D、わがイエズスの花嫁を護りなさい。

わが光の子らよ、カトリック信者として、あなたたちの言動が相応しいものであるかどうか、振り返りなさい。

いつかあなたたちは、御父の前で答えなくてはならないのです。

愛と憐みの心を持ちなさい。

うわさではなく、心に愛をもってDのために祈ってください。

祈りによって、サタンの計画の遂行を妨げることができるのです。

祈りには、それほどの大きな力があるのです。

Dのために祈りなさい。

Dを愛しなさい。

Dを祈りで護りなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたがたすべてを祝福します。アーメン。

同日 
3:30pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は,聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私はあなたがたに告げます。

あなたたちは、愛し合い、一致し合っていきなさい。

それが本当に必要なのです。

あなたたちの一致は・・・あなたたちの一致した祈りを、母マリアはとても必要としているのです。

イマクラータ、わが娘よ、心しなさい。

これから、迫害も厳しくなっていきます。

強くありなさい。

マリア・イマクラータ、わが娘よ、強くあってください。

母はあなたたちの一致した祈りを使って、大きな奇跡を起こすのです。

「コーナー・ストーン」は私の望みです。

あなたたちの使命を心してやり遂げてください。(後略)

(2018年8月7日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年3月


(2018年8月6日)

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1994年月3月23日 
3:24pm

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが娘よ、私、天の元后である聖マリアは告げます。

人びとに告げなさい。

あなたたちは何をしているのですか。

闇に迷っている子らよ、私は、あなたたちに言います。

ロザリオを祈りなさい。

そうすれば、あなたたちは光を得ることができるのです。

祈らなければ、その日の恵みは得ることはできないのです

恵みのない日が一日でもあれば、あなたたちは、あっと言う間に道をそれてしまうのです。

聖成の道は厳しいものです。

この道を通して、あなたたちはパラダイス、新しい王国へと入っていけるのです。

あきらめてはなりません。

混乱のなかにある時こそ、私は、聖マリアはあなたたちのそばにいるのです。祈りなさい、心を静めて。

うわさに踊らされてはなりません。

今は四旬節です。

わが主の十字架を黙想しなさい。

祈りのなかでこそ、母マリアとあなたたちは出会うのです。

私のマントのなかに来なさい。

ロザリオをもって、ロザリオによって。

母の声を聞いてください。

時は迫っています。

母があなたたちに告げることは単純なことです。

ただ一つの言葉、「祈り」なのです。

祈りのうちに歩んでください、わが光の子供たちよ。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、すべてのわが子供たちを祝福します。アーメン。

(2018年8月5日)

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CENTER:''

寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


1994年月3月20日 
「祈りのコーナーストーン」の会場にて  東京  3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなた方を祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わたしの娘よ、私は天の元后であり、あなた方の母マリアです。

私のことばを聞きなさい。

私の後を歩みなさい。

私があなたを導いているのですから、心配しないでください、マリア・イマクラータよ。

東京の人びとに伝えなさい。

ロザリオを祈りなさい。

ロザリオによってでしか、あなたたちは救われない時がくるのです。

あなたたちは、自分たちがどのような立場にあるか分かっているのですか。

あなたたちは、残された、ほんの少数です。

ほんの僅かな人数ですが、あなたたちを通して、私は、この街で、東京で、奇跡を起こすのです。

永遠の御父が計画された、この偉大な時を逃さないようにしなさい。

自分たちの思い、自我を捨てなさい。

このマリアの道具となってください。

母マリアは、あなたたちを使って、大きな奇跡を起こそうとしているのですから。(後略)

(2018年8月4日)

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CENTER:''1994年

1994年月3月17日 
6:17am

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今日は、私はあなたにひとつの忠告を与えたいと思います。

イマクラータ、あなたは私の娘です。

私があなたを導いているのですから、心配しすぎないように。

いつも、心を平安にしていなさい。

何事が起ろうとも、です。

今、あなたは、人生の大きな分岐点に立っているのです。

まったくあなたは変わらなければなりません。

どのようにかは、わたしが徐々に導いて行きます。

イマクラータ、わたしの娘よ、書き記しなさい。

この世は闇で覆われています。

サタンが支配しているからです。

祈りだけが、その軛(くびき)を解くことができるのです。

ロザリオの祈り、それがどんなに大きなものか、あなた方が知ってくれたら・・・

母マリアはいつもそう願っているのです。

あなたはロザリオによって人々を導かねばなりません。

ロザリオは宝です。

武器です。

つねにロザリオをあなたたちのまわりから離さないようにしなさい。

自分たちで何かできると思ってはなりません。

あなたたちは道具、神の道具なのです。

謙遜でいてください。

謙遜はほんとうに大きな徳です。

マリア・イマクラータ、わたしの名を持つ娘よ、私はあなたとC、E、B、A、を祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。



(2018年8月3日)

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1994年月3月16日 
6:45am

聖母:イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、時は満ちました。

時は来ました。

あなたは、私、聖マリアのはしためでもあるのです。

急ぎなさい、準備しなさい。

人びとを救うためには、もっと強くありなさい。

私、天の元后聖マリアは、常にあなたと共に在り、あなたと共に働くのですから、なぜ恐れることがありましょうか。

イマクラータ、私の娘、私の愛する娘よ、今日、教会に行きなさい。

ミサに出て、聖体拝領をしなさい。

いいですか。その後、母マリアはあなたに話しかけます。

自信を持ちなさい。

母があなたを助けているのですから。

同日 
東京  教会の大聖堂にて 12:00pm

聖母:イマクラータ、私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の娘よ、書き記しなさい。

あなた方は今、闇に迷っています。

私、聖マリアはあなた方を助け、導くのです。

ロザリオをもって―ロザリオです。

ロザリオだけが、あなたたちの救いなのです。

死ぬことを、恐れてはなりません。

恐れるべきは、魂の死です。

東京に数々の災害が襲ってきますが、わたしに信頼しなさい。

わが主の死・十字架を黙想しなさい。

十字架にこそ救いがあるのです。

私はあなた方の母です。

どうして、子供たちを放っておけるでしょうか。

祈りなさい。祈りだけが、母を呼び寄せることができ、母はあなたたちを護れるのです。

ロザリオを祈りなさい、ロザリオをもって戦いなさい。(後略)



(2018年8月2日)

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1994年月3月15日 
6:15am

聖母:イマクラータ、注意して私の言葉を聞きなさい。



私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の娘よ、書き記しなさい。

あなた方は今、大いなる試練のなかにあるのです。

私、聖マリア、天の元后である聖マリアは、いつもあなた方と共にいるのです。

信頼しなさい、祈りなさい。

サタンは大いなる凱歌をあげていますが、それはいつまでも続くわけではありません。

東京の地震は必ず起こります。

なぜなら、天の御父が計画されたからです。

白鷺のコミュニティーは実現します。

勇気を出しなさい。

怖がらないで。

恐怖はサタンの道具です

イマクラータ、私の言うことを聞きなさい。

あなたは、まだ目覚めたばかりです。

私に任せなさい。(後略)

(2018年7月31日)

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1994年月3月14日 
6:50am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、早くしなさい。

子供たちを導きなさい。

ロザリオをもって助けなさい。

早くしないと、あなた方は滅んでしまうのですよ。

どうしても、それが必要なのです。

私はあなたと、A,B,C(人名)を祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(5分ぐらいの間、中断して)

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

なぜ、あなたを選んだのかを考えなさい。

人びとの救霊のためなのです。

なぜ、あなたを選んだのかを。

私、母マリアは、あなたにしてほしいことがたくさんあるのです。

イマクラータ、私はあなたを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

D(※)に確認を取りなさい。

同日
6:10pm

聖母:私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

私はあなたを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私があなたにしてほしいのは、人々を導くことです。

この東京の災害が起こるとき、あなたは人びとを導かねばなりません。

私はあなたに力を与え、あなたが使命を果たせるよう助けますから、心配しないでください。

イマクラータ、私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

※当時の日本の幻視者

(2018年7月30日)

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訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を改めるわけです。それがバランスを考えるということです。天の求める標準に達しない生活を選択しても、標準に近づけるよう日々意識して生活すればそれはバランスある生活です。

そうする意識、工夫が必要なのは、自然なまま放っておけば人間は安逸をむさぼるようにできているからです。安逸をむさぼる人間をサタンは放っておきません。あっと言う間に罪を犯します。

ですから、バランスとは、時間による切り替えということもできます。何時から何時まではテレビを見る、それ以後はロザリオに向う、というような切り替えです。テレビはとくに見たいもの以外は見ないと決めてかかる方が楽です。だらだらと見る習慣がつけばそこから抜け出すには多くの時間とエネルギーが必要となります。見ない習慣がつけば、なんということもない格闘です。

最近メールが来ました.たくさん祈るよりも心から祈ることが大事であると主張する内容の手紙でした。その通りだと思います。しかし、天は、心から、1日3環祈ることを願っておられるのです。心から祈ることの重要性をもってたくさん祈らないことを正当化してはなりません。天はあらゆるメッセージで、祈りが足らないと訴えておられるのです。

閑話休題。メッセージは、とくにMDMのメッセージを天のものではないと信じている人は、自分で実際にいくつかのメッセージを読むことが重要です。教会が否定しているから、司教が否定しているから偽物だと判断するのでは、あまりにももったない。読んで全体から受けるものを判断すべきです。逐語的に識別することは信仰する者の識別ではありません。主イエズス・キリストが地上を歩いておられたときに、「私の肉はまことの食べ物であり、私の血はまことの飲み物である。…(私を)食べる者は永遠に生きる」(ヨハネによる福音書6-54)と言われ、それを聞いた「弟子の多くは退いてその時からイエズスについて来なくなった」のでした。

主イエズスは12使徒に向い「あなたたちも去って行きたいか」とお聞きになられます。それに対してペテロは「主よ、だれのところに行きましょう。あなたは永遠の生命の言葉を有しておられます。」と応えます。こう答えたときのペテロには「血」を飲むことも「肉」を食べることも、その真の意味は分かっていませんでした。しかし、信仰する者の識別がそう言わせたのです。

MDMのメッセージも同様です。日本も含め世界中でMDMのメッセージを天のものではないと決めつけているサイトは数多くあります。そのすべてが、「血」を飲み「肉」を食べるというキリストの言葉に躓(つまづ)いた古(いにしえ)の弟子たちと同じです。「神はこうは言わない」「預言が実現しない」「福音書に反する内容」などとありったけの言葉を費やしてMDMを否定します。彼らが、「血」と「肉」に対してペテロの様に理解を超えたところで、「あなたは永遠の生命の言葉を有しておられます」という信仰を示す言葉を宣言する機会を逸したことは、古今のこもごもこもる一幅の失望の絵を見るようです。

さあ、今日は信じるあなたも、信じないあなたも、十字軍の祈り第154番を祈る日です!




ロザリオの十字軍へ No8
メールでご質問をいただき、5月11日の「ロザリオの十字軍へ No7」での記事に補足説明が要る箇所があることを発見しました。
ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。」の箇所ですが、「二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです」と書いたことで、二人の場合に、常にリーダーが先唱をし、もう一人が後唱をすると読めますが、二人の場合も一連ずつ先唱と後唱を交代してやるのが良いでしょう。これは二人のグループの場合も20人のグループの場合も同じで、多人数の場合は列の端からから順に先唱を交代してやってゆくのです。しかし、これは経験的にもっともよいやり方ということで、絶対に守るべき規則と考える必要はありません。


また、栄唱の時に頭を下げて唱えますが、それは二つの理由があると思います。一つはトリエントミサでは栄唱を唱える時に伝統的に頭を下げて唱えるということと、ある幻視者への聖母の御出現の時に、聖母がその場に集まった人々が祈るロザリオをご一緒に祈られたことがあり、その際、栄唱の時に聖母が深く頭を下げて唱えたということから、ロザリオで栄唱を唱える時に頭を下げて祈るのです。これは、天のメッセージを信じている人々が集まるロザリオではそうするのですが、メッセージを信じていない人でも、御高齢の信徒の方などは、教会で栄唱を唱える際に頭を下げて唱える方もおられます。

それとは別に、「御憐みのチャプレット」の最後に「聖なる天主、全能の聖なる天主・・・」を三回祈りますが、昔、コーナーストーンの祈りのグループの祈りで、マリア・イマクラータに天使が出現して、この、「聖なる天主・・・」を祈る時には頭を下げるべきであると告げられたことがあり、コーナーストーンの祈りの集会では、この祈りを唱える時には、栄唱の時と同じように深く頭を下げて唱えています。

(2018年5月21日)



画像の説明

■「パードレ・ピオ暗黒の三日間」完訳。(「百千鳥」参照)
暗黒の三日間については60年代のベロニカ・ルーケンのメッセージで語られてきましたが、50年代に、聖ピオ神父に主は語っておられました。



ロザリオの十字軍へ No7
祈りのグループが2人の場合と、3人以上の場合はいろいろな面で違いがあるでしょうが、祈りが始まれば同じです。

ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。

メムバーが3人以上の場合は、やはり先唱は一連ずつ順番にやっていきます。

使徒信経の先唱は「…来たり給う主を信じ奉る」まで、主の祈り(天にまします)は「…地にも行われんことを」まで、天使祝詞(めでたし)は「…イエズスも祝せられ給う」まで、栄唱(願わくは「栄えあらんことを」まで、ファティマの祈り(ああ、イエズスよ)は「ああ、イエズスよ、」まで、大天使聖ミカエルの祈りは「大天使聖ミカエル、」までです。十字軍の祈りの先唱は、祈りの最初の句読点までで良いと思います。たとえば、「ああイエズス、」とか「いとも神聖なる父、」とかです。メムバーが二人の場合も、3人以上の場合も、先唱者は唱者部分を唱えたあと、後唱部分も皆と一緒に唱えても良いでしょう。

リーダーは定期的に、たとえば半年、一年ごとに代わると良いです。リーダーは、祈りのグループの祈りの進行を仕切ります。祈りを始める際の最初の「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と、全体の祈りが終わった後の「聖父と、聖子と、聖霊との御名に寄りて。アーメン」をリーダーが言ってけじめをつけます。「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」は、ゆっくりと十字を切りながら唱えます。決して、早撃ちマックの様にすばやく十字を切ってはいけません。昔、私が洗礼を授かった司祭などは、十字を0.5秒の素早さで切ってから洗礼前の聖書の勉強に入ったものです。

ゆっくりと十字の印をしながら「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と唱え、聖父と、聖子と、聖霊を黙想するのです。これは最短の黙想となります。

その他、MDMのミッションで公開している祈りのグループの指針のようなものがあり、その中でリーダーの役割も若干書かれています。その指針はいずれ翻譯してアップします。交代でリーダーをすることは徳の実践という面でも役立ちます。リーダーでない時にもリーダーの立場が理解できるからです。また、いろいろな勘違いをしている人がいるとしても、交代でリーダーを行うことでその勘違いが是正されるということは期待できます。

しかし、何かの理由でリーダーとなることがあまりにも苦痛であるという人は、強制的にリーダーになる必要はありません。パスしても良いのです。

(2018年5月11日)



御受難の主日
本日は、トリエントミサでは御受難の主日です。来週は、枝の主日でいよいよ聖週間の大きなドラマに入って行きます。選ばれた民に見捨てられた主の聖心を自分の心として過ごしましょう。

''かれらは、私の若い時から、たえず私に対して戦いつづけた。

イスラエルは、いま、いうであろう。私の若い時から、

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