終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







ビデオ!

大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
http://gokyoyoko.com/index.php





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1994年6月22日
3:25pm

new

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私は、あなたを祝福します。

イマクラータ、わたしの言葉を聞きなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが子よ、何も心配することはありません。

サタンが、どのような混乱、嵐を巻き起こし、あなたを、あなたがたを巻き込もうとしても、天に信頼して、固く立ちなさい。

昨日、I(ポーランドの幻視者)を通して母が語った様に、天は、あなたに印を与えるのですから、祈り、待ちなさい。

このような、幻視者間の問題が、混乱を引き起こす原因の一つとなるのですが、サタンの策略に巻き込まれないように、祈りなさい。

メッセージを読み返し、愛と一致のうちにとどまりなさい。

イマクラータ、わが子よ、Iを通して語ったように、サタンは、日本のミッションをつぶしたいのです。

そのために罠を仕掛けているのですから、祈り、戦いなさい。

常に、愛と一致の心で眺めていなさい。

イマクラータ、質問を聞きましょう。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが。

イマクラータ、私は帰ります。

この母と共に祈り、強く立ちなさい。(後略)(後略)2018年12月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラー
の1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしてい
きます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



聖アンドレ
守護の天使もどうすることもできない

落ちた幻視者はなぜ地獄へ行くか
「幻視者が落ちる」という意味は、幻視者が天から与えられたミッションを失う結果になることを意味しますが、「落ちる」と表記するのは、英語の「fallー落ちる」からきていると思われます。「落ちた幻視者」は英語では「a fallen seer」といいます。「堕ちる」と言う漢字を当てる人もいます。それは「堕天使」を英語で「fallen angels」ということからそう表記するのかもしれません。

一般的に、いまの時代に死んだ人間の霊魂が地獄に行くということは珍しいことではなく、それどころか雪が降るように霊魂が地獄に落ちていると聖母マリアはメッセージで告げられます。今は死ぬ人の80%が地獄に行っているというメッセージもあります。地獄に行くということはけっして稀なことではないのです。それどころか「いま死ぬ人のほとんどは地獄に行く」といってもよい状況です。その多くが性的罪のために地獄に行くと言われています。

そのような時代的霊的状況がある一方で、教会で司祭は地獄については黙して語らず、人道主義や政治問題を喧伝します。ある司教は、小教区を訪れ、ミサを挙行し、ミサ後の講話の初めに「みなさんのなかで地獄を信じている人はいますか」という問を投げかけ、そのあまりにも唐突かつ愚かしい質問のせいだと思われますが、信徒がそのままだれ一人挙手する者がいないのを確認してから、その司教は「安心しました」と言い放ったそうな。この「安心」の意味するところは何でしょうか。

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もう何年も前に、日本で新しく立たされた一人の幻視者に、来日した外国のベテラン幻視者が関西のホテルでアドバイスをする、その現場に居合わせたことがあります。その外国人幻視者は、日本の新人幻視者に「幻視者というものは、普通の人間には与えられない特別な恵みが与えられる。神の声を聞き、主や、聖母、天使の姿が見える。そのような格別な恵みを与えられた幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」と説き伏せました。新人は神妙な顔つきで聞き入っていました。

当時はそうなのか、と単純に思ったものですが、その後、いろいろなメッセージを読んでゆき、「どんなひどい罪を犯そうが、痛悔するならば赦す」と主は言われていることを考えても、いかに特別な恵みを与えられた幻視者が落ちたとしても、それを痛悔するならば地獄へは行かないで済むのではと考えるに至りました。落ちてほしくないという気持ちが溢れるあまり、ベテランが新人に、オーバーに語ったのではないかと思うに至ったのです。ちなみにこのベテランは、後に落ちました。

しかし、主が上のメッセージを語ったときに「聖霊に対する罪だけは別である」と言われていることから、また「聖霊が存在しなければ私はメッセージを伝えることはできない」とも言われていることから、幻視者は落ちるだけで地獄に必ず行くというのは真実ではなく、落ちた幻視者が、嘘のメッセージを出し始めたとき、聖霊の業であるメッセージを騙(かた)ることで、聖霊に対する罪となるので地獄に行く、と理解するようになりました。しかし、それでも痛悔すれば許されるものと思ってます。それは聖霊に対する直接的な罪ではないと思えるからです。

聖霊の罪云々と理解せずとも、本来天の存在が人間にメッセージを語るところを、嘘のメッセージを、あたかも天の存在が語ったかの様に偽って公開するという行為が、どれほど神に逆らう重大な行為であるかは分かります。

イマクラータが受けて世界中にメールを通じて拡散された以下のメッセージは、そのことを言っていて、このメッセージのなかの「死なねばならない」というのは、生物学的にこの地上から取り除かれるという意味での死ではなく、「霊魂の滅び(死)」、地獄へ行くという意味です。

このメッセージは2005年に、JMJコミュニティ―の日本の関係者に向けて発送され、2012年に英訳され全世界(アメリカ、カナダ、フィリピン、フランス、アイルランド,クロアチア、オーストラリア、他)のメッセージ関係者にメールで送られたものです。

永遠の御父

永遠の御父 :娘よ、わが娘イマクラータ、

ユダの家々に預言して言え。
偽りの預言をした者は死なねばならない
その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある。

憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ。
わたしは全ての者を愛しているが、骨を腐らせ、命を失わせる者たちを憎む。

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。(2005年9月5日)


ですから、幻視者は落ちただけでは地獄へは行きません。しかし落ちた幻視者が地獄をまぬがれるためには、絶対的条件として、落ちたことを痛悔しなければならないのです。

世界中で何百人もの幻視者が立てられ、何百人もの幻視者が落ちていきましたが、悲劇的なことは、落ちた幻視者は自分が落ちたことを認めたがらないということです。落ちた幻視者のその後に関しては、すべての情報を得ているわけではありません。今まで落ちた幻視者は、国内外を問わず、音信不通となりそのまま消えてゆくことが多いからです。しかし例外的に、たった一人、落ちたことを認め痛悔していると思われる落ちた幻視者がいます。それは上述した新人の幻視者で、彼女は、彼女が立てられたある都市に、新たな新人幻視者が立てられた際に、日本のあるプロモーターに「私の代わりに立てられたのですね」と電話で語ったという話を、当のプロモーターからじかに聞いたことがあります。これなどは、その幻視者が自分が落ちたことを認めている言葉です。痛悔すら感じさせます。しかしこれは例外で、大体は、落ちてもそのことを認めない幻視者が多いのです。幻視者が落ちて、落ちたことを認めないということは、落ちたことをまったく痛悔していないということを意味します。つまり、ベテラン幻視者が言う「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」とすれば、それは痛悔がないということに原因があるのです。

さらに悲劇的な例は、落ちた幻視者が偽りのメッセ―ジを発信し続ける場合です。これには世界的に有名なヨーロッパの幻視者たちがいます。

落ちた幻視者が天のものではないメッセージを世に送り続けるのは、一つにはサタンからのメッセージ、一つにはその幻視者の心、考えから出たメッセージです。両方とも、幻視者自身が天からのものと信じている場合には、罪とはなりません。信じているわけですから。信じているのか、それとも偽りと知ってか、それは神とその幻視者自身には分かります。

しかし、最悪のケースは、幻視者が自分で偽りのメッセージを故意に「創作」して世に広める場合です。それも含めて偽りのメッセージだと分かっていて世をあざむく場合は、「死なねば」なりません。それは、偽りと分かっているその幻視者の霊的指導者、そのメッセージを偽りと知りながら広めるプロモーターも同罪です。「その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある」とはそういうことです。

落ちた幻視者が、救われる20%の仲間に含まれるということは、至難の業という他はないのです。

偽りのメッセージを世に発信していた幻視者が、ある日、突然痛悔して、告解し、その罪を赦されても、それだけでは十分ではありません。埋め合わせをしなければならないのです。ある司祭が、説教台から「地獄は存在しません」と言い、それを真に受けた信徒の何パーセントかがそれを鵜呑みにして信じたとします。その後司祭はそのことを痛悔して告白すればその罪は赦されますが、それだけでは十分ではありません。その司祭は説教台から、「地獄は存在しないと言いましたがそれは誤りです、地獄は存在します」と訂正する必要があります。偽りのメッセージを広めた幻視者も同じです。偽りのメッセージを広めたその同じルートを通じて、今までのメッセージは天のものではなかったと、訂正の宣言をなさねばなりません。しかし、今までそのような幻視者は見たことはありません。

永遠の御父は「憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ」と言われますが、偽りのメセージを出し続ける幻視者たちは、「憐みのある」時がこのままずっと続くと思っているのかもしれません。

裁きの時は突然訪れます。それは全てが手遅れとなる時です。

つまり、ベテラン幻視者が言った通り「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」という言葉はかなりのパーセンテージで真実を含んでいる言葉だと言えるのです。

当のベテラン幻視者は今どうしているかというと、相変わらず聖母のものだと称するメッセージをせっせと発信し続けています。当該幻視者が、それを天のメッセージだと信じて発信し続けていることを祈るばかりです。

この種の記事を書くのはこれが最初で最後です。(2018年9月10日)




■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェナ』のあとがき

「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月


1994年6月21日
6:20am

new

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、アーメン。私は、あなたを祝福します。

イマクラータ、わたしの言葉を聞きなさい。

私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、まことに、この世は、ソドムとゴモラの時代より、ひどい悪と罪によって汚れています。

母は、わが子供たちに、小さい謙遜な、私の霊魂たちにお願いします。

もっと祈ってください。

もっと犠牲を捧げてください。

祈りと犠牲が必要なのです。

愛によって、自ら進んで、奉献してくれる霊魂を、母は捜し求めているのです。

まったき奉献によって、この母と共に祈り、ぎせいを捧げてください、子供たちよ。

そうでなければ、あなたたちは、この世界は、どうなってしまうことでしょうか。

天に対するまったき信頼と愛によって、自らを進んで奉献する犠牲の霊魂なくしては、この世は、悪と罪によって、破壊され尽くしてしまうのです。

わが子供たちよ、日々、ロザリオを祈り、小さな犠牲を捧げてください。

人を中傷し、非難しないでください。

愛によって、また、あなたたちの清さによって、悪に、罪に打ち勝ちなさい。(後略)2018年12月12日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月18日
 11:05pm


 

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私はて天の元后聖マリアです。

イマクラータ、私はあなたの質問を聞くために参りました。

確認(※)とは、一致のためでもありますが、メッセージに関して、真実のことを知るためには必要なことなのです。

確認をしすぎるということはないのです。

イマクラータ、確認から学ぶこともあるのです。

さあ、祝福します。あなたとCを。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

確認:ある幻視者がメッセージを受け、それが真実のメッセージ(天からのメッセージ)かどうかを、他の幻視者を通して天に聞いてもらうことを、メッセージを(天に)確認すると言います。

それは、真実の幻視者であっても、天から受けるメッセージの一部、または全部に、恐怖や自分の願望から自分の潜在意識がメッセージに入り込んでしまうことがよくあるからです。その現象を「混じる」といったりします。あのメッセ―ジは混じっている、などと言います。

これは、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽幻視者が天のものではない出現によって天のものではないメッセージを受けるのとは違います。天の出現を受けながらも、メッセージに自分の願望や考えが混じってしまう現象で、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽預言者が天のものではないメセージを受けるのとは異なります。真の天の出現を受けながらも、天のメッセージに自分の考えやサタンのメッセージが混じってしまうのです。

このことが常態化すると、その幻視者はもはや天の道具としては機能しなくなります。天が白といっても黒と受けてしまい、天が左と言っても右と受けてしまうからです。天の御旨よりも、幻視者個人の願望が優先されてしまうのです。

ですから、メッセ―ジの確認が必要なのですが、その確認自体、また混じることが多いのです。ある幻視者にその受けたメセージの確認を頼まれた場合、その幻視者の気にいるような確認のメッセージを確認を頼まれた幻視者が混じって受けてしまうのです。これは幾度となく眼にしてきたことです。

幻視者同士がなれ合いになった場合、互いに自分の願望の混じったメッセージを受け、それを互いに確認し合うというスパイラル現象も起きます。ですから、聖母が、すべてのメッセージは識別が必要だとおっしゃるのです。
その様な意味で、確認を絶対的なものだと考えることはできないのです。

かつてイマクラータは聖母に質問したことがりあります。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが
。(1994年6月22日のメッセージ)

つまり、確認のメセージを受ける幻視者はあらゆる人間的感情―恐怖、願望などを抑えて、天の御旨だけを行なおうとしない限り、すこぶる混じりやすいものなのです。「確認から学ぶ」とはそういうことをも含めての言葉だと思います。―管理人

(2018年12月10日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





st michael

今日は九日です。できる人は「聖ミカエルのチャプレット」を唱えましょう。

聖ミカエルの御約束―彼に敬意を表してこの信心を実行する人は誰でも御聖体を頂く時九階級の中から一人づつ選ばれた九人の天使に付添われます。さらに、これら九つの挨拶を毎日唱える人々には、彼は彼およびすべての天使達の生涯にわたる絶えざる援助と、死後のその人々自身と親族達の煉獄からの解放をお約束になりました。(『ピエタ』より)

毎日祈ることが難しい人は、「九」のつく日にこれを唱えることを聖母は願っておられます。(祈り文は、マリア・ディバインマースィーの「便利印刷」にあります)(2018年12月9日)



CENTER:1994年6月19日
「コーナー ストーン」  3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたと、ここにいるわが光の子供たちすべてをを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、わが子よ、子供たちに告げなさい。

偽預言者が間もなく出てくるのですと。

偽りのメッセージをもって、子供たちを混乱の中へと巻き込むことになるのです

その者たちは、サタンの追随者たちは、羊の皮をかぶっているので、あなたたちは、祈らなければ、この母と共に祈らなければ、だまされてしまうのです。

母は言いました。母は、この「コーナーストーン」の祈りを熱心に祈ってくれる子供たちを護ります、と。

そうです、あなたたちは、汚れなき御心の戦士となって、日本を、あなたたちの祖国を護らねばなりません。

このような祈りの共同体が、これから日本に多く出てくることを、母は望んでいるのです。

あなたたちは、聖なる者とならなければなりません。

なぜなら、小さき、聖なる霊魂の共同体があれば、その町を、その都市を救うことができるからです。

日本中が、このような祈りのグループによって、霊的に護られ、この激しい霊戦に打ち勝っていくことを、母はとても望んでいるのです。

あなたたちの祈りによって、聖なる祈りと愛によって、邪悪なる者たちの計画は打ち破られていくからです

「汚れなき御心の軍隊」の祈りを祈ることによって、母を、そして御父の計画を助けなさい、わが子供たちよ。

あなたたちは、救霊のために生きなければなりません。

そうです、ぎせいなくしては、どんなことも成しえないのです。

祈り、犠牲を捧げなさい、わが子供たちよ。

イマクラータ、わが子よ、心安らかでありなさい。

あなたたちは、あなたたちのミッションを、愛によって成し遂げなさい。(後略)

(2018年12月8日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月18日
市川    2:50pm

聖母:子供たちに告げなさい。

混乱はできるだけ避けねばなりませんと。

今は偽りのメセージが横行しているのです

子供たちよ、あなたたちはできるだけ混乱から遠ざかっていなさい。

母の祈りを祈りなさい。

天に信頼しなさい。

偽預言者も出てくるのです。

間違ったメッセージによって、広い道へと連れ去られていってしまう多くの子供たちが出てくるのです

イマクラータ、わが子よ、ロザリオによってこの混乱から遠ざかりなさい。

識別しなさい

母の祈りと共に歩みなさい。

「汚れなき御心の軍隊」の祈りによって、あなたたちは変え得るのです。

天の御旨を果しなさい。

真の一致とは何か、祈りのなかで求めなさい。

イマクラータ、わが子よ、ロザリオによって、ロザリオと共に戦いなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(2018年12月7日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月17日
市川 ミサの後の祈りのあいだに   1:20pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたとCを祝福します。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、私は天の元后、聖マリアです。

イマクラータ、恐れずにこの母と共に歩みなさい。

この小道を、母と共に歩みなさい。

混乱を聞こうとも、混乱が襲って来ようとも、恐れることはありません。

常に、心を平安にしてこの母に祈りなさい。

私があなたを導くのですから。

そうです、日本に多くの災害が襲ってくるのです。

霊的な崩壊だけではなく、現実に恐ろしい災害が日本を襲うのです。

母は以前あなたに「汚れなき御心の軍隊」の祈りによって日本の道を変えて行かねばなりませんと言いました。

そうです、祈りに祈りなさい。

戦士たちが、この母の御心のうちに生まれ、育まれ、嵐のように祈り、戦い始めるように・・・

マリア・イマクラータ、わが子よ、あなたに与えられたヴィジョンは、真実、天からのものです。

汚れなき御心のバラよ、常に祈りなさい。

祈りによって、勝利しなさい。

私はあなたとCを、大いなる信仰に、特別に祝福します。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(2018年12月6日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月16日
  6:18am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

私は天の元后、聖マリアです。

今までの母の言葉を読み返し、一歩いっぽ成し遂げていきなさい。

すべては救霊のためなのです。

一人でも多くの子供たちを、母は救いたいのです。

そのために、母はこの地に救いの方舟を降ろすことを望み、御父は其れを許されたのです。

マリア・イマクラータ、わが子よ、強くなりなさい。

もっと強くありなさい。

あなたがたは日々試されているのです。

どのような試しにも、屈してはなりません。

愛、謙遜、信頼、この道を歩んでいれば、あなたは倒れることはありません。

倒れても、すぐに母に駆け寄りなさい。

母と共に歩むこの小道H、最も安全な天へ至る小道なのです。

幻視者は、まことに謙遜であらねばなりません。

選ばれTこの霊魂たちは、救霊がゆえだからです。

悪魔は、あらゆる方法を使って、何度でも、あなたたちの弱点を責めるのです。

自分を知らなければ敵に勝つことはできません。

自分の弱さを受け入れなさい。

その弱さを母に捧げなさい。

そうしながら、この既に始まっている、天と地獄の霊戦、この烈しい戦いを戦いぬきなさい。

いつでも祈りです。

ロザリオ一連と共に歩みなさい、と母は言いました。

イマクラータ、わがジャンヌよ、戦いは激化しているのです。

ロザリオの剣によって戦いなさい。

この母とととに…何も恐れることはありません。(後略)

(2018年12月5日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月14日
  5:55am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、今の世は、まことに悪の力が絶大な力をふるっている時なのです。

この中で、あなたは、あなたがたは固く立たねばなりません。

基本に戻りなさい、聖なる道を求めなさい。

わが主イエズスの言葉、福音に立ち返りなさい。

そして祈りなさい、この母にロザリオを祈りなさい。

闇が忍びよっているので、どれが、真(まこと)の母の言葉かわからなくなるのです

実によって判断しなさい。

口から出るものに・・・口に入るものがあなたたちを汚すのではないのです。

口から出るあなたたちの言葉、その思いの入った言葉があなたたちを汚すと、わが主イエズスはおっしゃったのです。

その者の語る言葉を聞いて判断しなさい

真の霊かどうか識別できるのです。

真の愛とはなんでしょうか。

あなたたちは愛いという言葉を使えば、それが愛だと聞いてしまいます。

愛とは、十字架であり、犠牲の心であり、苦しみなのです

これによって判断しなさい。

愛するということは、苦しむことなのです。

イマクラータ、そうです、聖なる無関心さの中に留まりなさい。

あなたが求めるものは神の御旨だけなのです。

それ以外のことは、放っておきなさい。

天だけを見つめなさい。

「汚れなき御心の軍隊」の戦士とは、祈りの使徒でなくてはなりません。

祈りなさい、祈りなさい、祈りなさい。

聖なる者となることを目指しなさい。

ロザリオによってすべてを成し遂げなさい。

イマクラータ、どのようなことが起ころうとも、この母に任せておきなさい。

「愛、祈り、一致」です。

祈りによって、この戦いに打ち勝ちなさい。(後略)

(2018年12月4日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月13日
  5:50am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。
&br私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

祈りなさい、イマクラータ、この母と共に。

あなたに語ったこの母の言葉はことごとく実現するのですから。

また、せねばならないのです。

雄々しくありなさい、わがジャンヌよ。

勇敢でありなさい。

あなたは人々を方舟に乗せねばならないのですから。

この救霊のミッションを、母と共に日々果たしていきなさい。

イマクラータ、今日、償いの祈りと、できれば三時の祈りをしなさい。(後略)

(2018年12月3日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月12日
コーナ―スト―ン  3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は、あなたと、ここにいるすべての光の子供たち、わが希望の子供たちを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

今あなたたちにはそれが何か分からないでしょうが、あなたたちは、間もなく、それを目にするのです。

その時、あなたたちは動揺してはなりません。

何が起ころうとも、何を見、何を聞いても、あなたたちは、この母マリア、無原罪の聖母と共に固く立たねばならないのです。

イマクラータ、今日、私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアのタイトルで参りました。

イマクラータよ、心配することはありません。

「コーナーストーン」のミッションは、罪人の拠り所、罪人の母という称号によって表されるミッションなのですから。

イマクラータ、わが子よ、わが子供たちよ、私、母マリアの願いを聞いてください。

この「コーナーストーン」の祈り、わが「汚れなき御心の軍隊」の祈りを、自分たちのためではなく、罪人たちのため、また神を知らない子供たちのために、熱心に、この母と共に祈ってください。

あなたたちの祈りによって、御父は罪人たちを救うことができるのです

この母と共に、母の祈りを、どうか一心に祈ってください。

祈りなさい、祈りなさい、祈りなさい。祈りがどんなに大いなるものであることか!

わが子供たちよ、ロザリオの祈りによって、この母にすがっていなさい。

母は、世界中で繰り返し叫んでいるのです。

血の涙を流しているのです。

ロザリオこそ世界の救いなのです

わが汚れなき御心の騎士たちよ、どうか、この母と共にロザリオで戦いなさい。

戦いぬきなさい。

何も分からなくなるような混乱に巻き込まれたとき、この母にロザリオを祈りなさい。

聖なる者となれるように、日々、祈りなさい。

聖霊の賜を、聖霊の花嫁であるこの母マリアに祈りなさい。

母が、至聖成る三位一体の神に取り次ぎますから・・・

子供たちよ、今、この母が言っていることが分かる時が来ます。

聖なる者でありなさい。

愛と祈りと一致の心をもって、この大艱難の時を生き延びなさい。

邪悪なるものの奸計(かんけい)から逃れ、罠を粉砕するには、母の言うとおりにしなければ、あなたたちは簡単に巻き込まれtれしまうのです。

イマクラータ、わが子よ、まずあなたたちの準秘跡と聖ヨゼフのご像を祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、わが子よ、汚れなき御心のバラなるイマクラータ、私はあなたとC、そしてここにいるすべての子供たちを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

(2018年12月2日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





CENTER:1994年6月10日
 6:05am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、わが子よ、今日は至聖なるイエズスの聖心の祝日です。

今日、ミサに与り、聖体拝領をしなさい。

それは、あなたを力づけ、勇気づけるでしょう。

あなたは今、様々なことを心配していますが、大切なことは一つです。

私と共に祈りなさい。

愛、祈り、一致、この言葉は、あなたがこれから作る祈りの家のために与えた、私からの言葉なのです。

そうです、その言葉のような祈りの家にしてください。

問題が山積みしているのは分かりますが、これはあなたのミッションではなく、天のミッションなのです。

ならばどうして恐れることがありましょうか。

もっと、もっと信頼して歩みなさい。

不平や不満ではなく、いつも感謝していなさい

もっと感謝しなさい。

マリア・イマクラータ、わが子よ、どの問題についても心配することなく、この母に任せなさい。

ロザリオと共に歩んでいきなさい。(後略)

(2018年12月1日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月






聖アンドレのクリスマスのノヴェナ

伝統的なこのノヴェナはどんな願いもかなえられます。MDMのサイトの「便利印刷2」で印刷できます。






1994年6月8日
コーナ―スト―ン  5:30pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

今は本当に闇の力が、この地上において吹き荒れております。

でも心配しないでください。

私の汚れなき御心の勝利は、神によって預言されているのですから。

ロザリオと共に歩みなさい。

ロザリオとスカプラリオによって、私の汚れなき御心は勝利するのです。

恐れることはありません、ただ祈りなさい。

聖霊の導きを願って、祈りなさい。

あなたたちは、試され、挑戦されているのです。

謙遜によって、愛によって、そしてロザリオによってこの闘いを戦い抜きなさい。

落胆してはなりません。

そこにまたつけこまれるのですから。

この母と共にいるのですから、平和で、愛と祈りに満ちていなさい。

決して、恐れる必要はないのです。

今までの母の助言を思いだし、読み返し、心に刻みつけておきなさい。

悪魔から影響を受けたメッセージというものが、多くあなたたちを、あなたたちの心を惑わせ、迷わせることになるでしょうが、固く立ちなさい。この母と共に。

そうです、心を潔白に保つことで、あなたたちはこの挑戦から、挑まれ、負け、倒れることはないのです

聖なる生活を心がけなさい。

聖なる者となりなさい。

母は今、祝福します。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

心配しないで、イマクラータ、わが子よ。

(2018年11月26日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月6日
コーナ―スト―ン  5:40pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、私は母です。

私は母の心であなたを導いております。

この母を信頼しなさい。

苦しく、大変なのは分かりますが、もっと、もっと信頼せねばなりません。

あなたは人びとを導かねばならないのですから。

これは大変な仕事です。

でも信頼しなさい。

この母が共に働くのですから。

何を聞いても恐れない強さ、剛毅を聖霊に願いなさい。(後略)

(2018年11月22日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月5日
コーナ―スト―ン  3:00pm

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞いてください。

イマクラータ、いま一度、ここに集まっている光の子供たちを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、わが子よ、そしてここに集まっている光の子供たちよ、よくよく母の言葉を聞きなさい。

これからあなたたちの日々は、次第に闇の中へと入ってゆくのです。

もう既に始まっている混乱が、大混乱と分裂の道を開いているからです。

わが子供たちよ、祈りなさい。

この母に祈りなさい。

そうしなければ、あなたたちは、大きな試練、ふるいの中で、この母の腕から離れていってしまうことになるのです。

私は常にイマクラータと共に在り、この「コーナーストーン」を護っております。

なぜならこのコーナーストーンは東京の唯一の救いとして、永遠の御父が下さった御計画だからです。

子供たちよ、強くありなさい。

わがロザリオの戦士として、わが汚れなき御心の軍隊として、この霊戦を戦い抜きなさい。

まことの愛と信仰によって、そうでなければ、謙遜でなければ、これから先はあなたたちは戦い抜けないのです。

これは、あなたたちが間もなく目にし、その中で苦しむことになるからです。

この母に信頼し、常に祈りなさい。

母は東京のこの地に方舟を降ろすのです。

わが子供たちよ、私の腕の中から離れないようにしなさい。

何も分からなくなったとき、わが愛する娘たち、イマクラータ、Bと一致していなさい。

またわがDと共に一致していなさい。

イマクラータ、わが汚れなき御心のバラよ、今のまま歩み続けなさい。

この母が常に共にあり、この母があなたと共に戦い、あなたと共に働いているのですから。

祈りの家のことも、聖地のことも私に任せて進みなさい。(後略)

(2018年11月17日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年6月4日
5:45am


5:50am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞いてください。

母があなたを導いているのですから、心配しないでください。

私に任せて祈りなさい。

そうすれば道は開けてきます。

今、何も分からなくとも、母に任せて、一歩いっぽ歩みなさい。

天にまったき信頼を置く、委託するとはこういうことなのです。

あなたは箱舟を降ろすために準備しなくてはならないのです。

聖地を整えなくてはならないのです。

一歩いっぽ母と共に歩みなさい。

あなたは一人ではないのですから。

あなたが祈りの家と聖地を準備することを人々に知らせなさい。東京の唯一の救いであると、関東のただ一つの聖地であることを報せなさい。

イマクラータ、一つひとつ成し遂げなさい。

この母と共に。

私は、この東京のミッションを祝福します。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。(2018年11月10日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月







1994年6月1日
5:50am


5:50am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞いてください。

イマクラータよ、落ち着いて聞きなさい。

あなたは努力し、戦っておりますが、もっと、もっと大いなる試練、苦しみに呼ばれております。

それは救霊のために必要なことだからです。

日々、心を騒がせず、一歩いっぽ成し遂げていきなさい。

恐れることはないのです。

あなたはひとりではないのですから。

この母と共に常に戦っているのですから。

今日、私は、あなたにその覚悟をもってもらいたいと思っているのです。

(2018年11月5日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年6月





1994年5月31日
5:50am


5:50am

聖母:イマクラータ、祈ってからその奉献を始めなさい。あなたにとってとても大切なことです。

5;55am

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞いてください。

イマクラータ、時は刻々と過ぎ、この世の闇は深まってゆくのです。

私は前に、ロザリオでしか救われない時がくると言いましたが、まさにその時が、その時代が到来しているのです。

何が天の御旨か分からなくなったとき、ロザリオを祈りなさい。

母を見失ったと思ったとき、ロザリオを祈りなさい、わが子供たちよ。

ロザリオにこそ救いがあるのです。

謙遜に天の御旨を求め続けていれば、ロザリオを祈っていれば、あなたたちは、闇の中に迷い出て、かえって来れなくなるということはないでしょう。

この時には、母だけなのです。

母とともにロザリオを祈っていなければ、大いなる試練を潜り抜けることはできないのです。

母の汚れなき御心に奉献するということは、とても重要なことなのです。

これは単なる儀式ではないのです。

まったき信頼、天へのまったき信頼がなければ、あなたたちは戦い抜くことはできないからです。

わが子供たちよ、ロザリオの騎士となりなさい。

わが汚れなき御心の騎士となって、日本の道を変えてゆきなさい。

山をも動かす祈りでいのりなさい。

日本のために。世界のために。

本当に今、それが必要なのです。

マリア・イマクラータ、わがジャンヌよ、強くあり、私の言葉を光の子供たちに伝えなさい。

(2018年10月30日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





1994年5月30日
5:50am


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イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞いてください。

混乱と分裂は深まってゆくでしょうが、心配しないでください。

すべては、天が許し、起こっていることですから。

そして、すべてはより良いこと、大いなる善のために許されているのですから・・・

でも、母は子供たちの苦しみ、傷つくさまを見て、悲しみ、涙を流すのです。

マリア・イマクラータ、私の子よ、強く立ちなさい。

なぜ、あなたが強く立たねばならないのか…次第に分かるでしょう。

わがジャンヌ・ダルクよ、どのようなことが起ころうとも、母からどのようなことを聞いても、恐れずに立ち続けなさい。

母が日々導いているのですから、日々の霊戦に打ち勝ちなさい。

これは祈りなくしてはやり遂げることのできないミッションなのです。

イマクラータ、心配せずに、それは犠牲として捧げなさい。(後略)

(2018年10月27日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





1994年5月29日
3:25pm

イマクラータ、書き記しなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとここにいるすべての光の子供たちを祝福します。アーメン。

イマクラータ、わたしの言葉を聞きなさい。

イマクラータ、祈りの軍隊は広がってゆくでしょう。

祈りの軍隊は私の望みですから、私は、多くの、多くの子供たちを救いたいのです。

この国には、多くの神を知らない子供たちが残っています。

子供たちよ、救霊のために立ち上がりなさい。

ロザリオの戦士となりなさい。

わがロザリオの戦士としてのふさわしい戦いをしなさい。

この、ふさわしい戦いとはなんでしょうか。

わが子供たちよ、それはロザリオを祈ることです。

ロザリオを広めることです。

すべては、この母がするのですから、あなたたちは祈り、愛し合い、一致し合いなさい。

イマクラータ、わが子よ、わがジャンヌよ、この軍隊が広まってゆくよう祈りなさい。

祈りによってすべてが成し遂げられるのです。

これは文字通り実現するのです。

わが言葉、わが主イエズスの言葉を軽んじてはなりません。

祈りによって神は動かされるのです。

この国は、殉教者の祈りによって護られ、動かされて参りました。

そして、もっと、もっと動かなくてはなりません。

ロザリオは退屈な祈りではなく、一つひとつのその珠によって霊魂が救われる聖なる祈りなのです。

子供たちよ、一致して祈りなさい。

このような祈りの運動が、世界各国で起こるでしょう。

そしてそれは、全世界的な十字軍、わが汚れなき御心の十字軍として一致して救霊と、わが主イエズスの御旨のために立ち上がることになるのです。(※)

この恵みをあなたたちには感謝し、喜んで、大いに祈りなさい。

なぜなら、あなたたちは大いなる戦いに向かって、わが汚れなき御心の戦士として、準備されてゆくからです。

祈りなさい、子供たちよ、絶えず祈りなさい。この母とともに・・・

どのような苦しみに出合ってもくじけない強さをあなたたちはこの母から受けるでしょうから。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の母の称号で参りました。

イマクラータ、わが娘よ、どのようなことが起こっても、一致と愛の心を忘れないでください。(後略)

(※)これは、マリア・ディバインマースィーのミッションである「祈りの十字軍」を預言したものと考えられている。(2018年10月21日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





1994年月5月28日

3:30pm       

聖母:私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたを祝福します。アーメン。

私は、天の元后聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

あなたは私の子供です。

ですから、何も心配することはないのです。

今は、私の導くままにしていなさい。

そのうちもっとはっきり分かるようになるのですから。

いつでも愛と祈りに満ちていなさい。

だれに対しても、ですよ。

母の愛しい子よ、このまま続けなさい。

私は、聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとCを祝福します。アーメン。

(2018年10月18日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





1994年月5月27日

5:00am       

聖母:聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。

イマクラータ、先ほども言ったように、あなたはDと強く協力して、日本のために強く立たなければなりません。

わが子よ、賢くありなさい。謙遜でありなさい、私のあとを倣いなさい。

刻々と時は、闇の中に突入していくのです。

日々、あなたは戦わなくてはならないのです。

昨夜のように、すべてを捧げて歩みなさい。

天はすべてを知っているからです

イマクラータ、わが子よ、一つひとつ、御旨を果たしていきなさい。

そうすることで、パズルは完成し、日本は、日本のミッションは動くのです。

Dと強く一致していなさい。

母があなたを導いているのですから、何も心配要りません。

あなたは祈り、そして行動しなさい。

母が常にともにおり、あなたとともに働いていることを忘れてはなりません。(後略)

(2018年10月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





1994年月5月23日
5:55am        

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、私はあなたに告げます。

イマクラータ、日本の神秘的教会(※)の誤りとは、あなたが考えていること、それ自体です。

恐れずに聞きなさい、母の言葉を。

あなたは何が正しくて、何が悪いのか、もはや人間的には理解できない所に立っているのです。

ですから、母は祈りなさいと、祈りによってでしか識別できないと言うのです。

イマクラータ、昨夜のあなたの感じた悲しみ、混乱は、母の心のうちにもあるのです。

天の御旨を果たすことは、このようにまことに難しいことなのです。

あなたは精一杯努力しなさい。

人間的な圧力に屈してはなりません。

一歩も引いてはならないのです。

パズルを完成させるためには、一つひとつを忠実に、御旨を成し遂げなければなりません。

闇は深まっていきます。

分裂が起こるでしょう。


時が一瞬いっしゅん過ぎるごとに、それは確実になるのです。

イマクラータ、祈り、そしてあなた自身の御旨を果たしなさい。

母のアドヴァイスはこれです。

しかし、どのように行動するにせよ、愛をもって行動しなさい。

常に母はあなたとともにいるのですから。

常に天の御旨だけを行ないなさい。(後略)

※幻視者、ヴィジョナリーなどを指す。また、そのメッセージに従がって生きる人々の一群をもさす。言葉としてキリストの神秘体とは異なる。(2018年10月13日)

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1994年月5月22日
コーナーストーンの祈りの間
5:35am    
     

聖母:イマクラータ、書き記しなさい。

私は聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたとC、そしてここにいるわが子供たちを祝福します。アーメン。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。

イマクラータ、今日、私はあなたたちに愛と挨拶を与えるために参りました。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を注意して聞きなさい。

これから悪魔の妨害が激しくなっていきます。

なぜなら、この祈りの軍隊の祈りによって、あなたたちは多くの、まことの神を知らない子供たちを救うことができるからです。

悪魔は既にこのことを知っているので、あなたたちに挑戦してくるでしょう。

心しなさい。

しっかりと私にすがっていなさい。

五感を通して、また、他の人々を通して、あなたがたは試されるでしょう。

しかし、いつもしっかりと私にすがっていなさい。

柔和、謙遜であられる、わが息子イエズスに倣いなさい。

イマクラータ、謙遜でいなさい。

何が起ころうとも、このまま進んでいきなさい。

愛、平和に満ちていなさい。

母とともにあるこの道は、険しいいばらの道ですが、母とともに歩むあなたたちは決して倒れないでしょう。

イマクラータ、日々、祈りなさい。

絶え間なく、祈りなさい。

祈りだけがあなたたちの拠り所になる時が来ようとしているのです。

いいですか、今のうちにしっかりと祈っておきなさい。

そうです、祈りの軍隊は、わが汚れなき御心の十字軍ともよばれるでしょう。

わがジャンヌよ、心配せずに歩みなさい。

母の導くままにしていなさい。

私は聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて、あなたたちとコーナーストーン、そして祈りの軍隊のミッションを祝福します。アーメン。

(2018年10月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年5月





ヴィガノ大司教のレポートが世に出るまでの経緯1

マカリック枢機卿

今年の夏、2018年6月20日、一人の高名な枢機卿が使徒座によって公職から解任された。それは、ニューヨークのローマカトリック大司教区の再調査委員会が、その枢機卿がニューヨークの司祭であったときに、聖パトリックカテドラルにおいて、1971年と1972年に、当時19歳の侍者に性的虐待を加えたとの訴えが「信用かつ実証」できるものであるとの結論を出したことによる。

その枢機卿の名は、9つ以上の大学から名誉博士号を授与された経歴をもつテオドール・エドガー・マカリック枢機卿である。(写真は、2008年、スイスのダボス世界経済ホーラムで語るマカリック枢機卿)

※続きは「百千鳥」でお読みください。
http://gokyoyoko.com/index.php




訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を改めるわけです。それがバランスを考えるということです。天の求める標準に達しない生活を選択しても、標準に近づけるよう日々意識して生活すればそれはバランスある生活です。

そうする意識、工夫が必要なのは、自然なまま放っておけば人間は安逸をむさぼるようにできているからです。安逸をむさぼる人間をサタンは放っておきません。あっと言う間に罪を犯します。

ですから、バランスとは、時間による切り替えということもできます。何時から何時まではテレビを見る、それ以後はロザリオに向う、というような切り替えです。テレビはとくに見たいもの以外は見ないと決めてかかる方が楽です。だらだらと見る習慣がつけばそこから抜け出すには多くの時間とエネルギーが必要となります。見ない習慣がつけば、なんということもない格闘です。

最近メールが来ました.たくさん祈るよりも心から祈ることが大事であると主張する内容の手紙でした。その通りだと思います。しかし、天は、心から、1日3環祈ることを願っておられるのです。心から祈ることの重要性をもってたくさん祈らないことを正当化してはなりません。天はあらゆるメッセージで、祈りが足らないと訴えておられるのです。

閑話休題。メッセージは、とくにMDMのメッセージを天のものではないと信じている人は、自分で実際にいくつかのメッセージを読むことが重要です。教会が否定しているから、司教が否定しているから偽物だと判断するのでは、あまりにももったない。読んで全体から受けるものを判断すべきです。逐語的に識別することは信仰する者の識別ではありません。主イエズス・キリストが地上を歩いておられたときに、「私の肉はまことの食べ物であり、私の血はまことの飲み物である。…(私を)食べる者は永遠に生きる」(ヨハネによる福音書6-54)と言われ、それを聞いた「弟子の多くは退いてその時からイエズスについて来なくなった」のでした。

主イエズスは12使徒に向い「あなたたちも去って行きたいか」とお聞きになられます。それに対してペテロは「主よ、だれのところに行きましょう。あなたは永遠の生命の言葉を有しておられます。」と応えます。こう答えたときのペテロには「血」を飲むことも「肉」を食べることも、その真の意味は分かっていませんでした。しかし、信仰する者の識別がそう言わせたのです。

MDMのメッセージも同様です。日本も含め世界中でMDMのメッセージを天のものではないと決めつけているサイトは数多くあります。そのすべてが、「血」を飲み「肉」を食べるというキリストの言葉に躓(つまづ)いた古(いにしえ)の弟子たちと同じです。「神はこうは言わない」「預言が実現しない」「福音書に反する内容」などとありったけの言葉を費やしてMDMを否定します。彼らが、「血」と「肉」に対してペテロの様に理解を超えたところで、「あなたは永遠の生命の言葉を有しておられます」という信仰を示す言葉を宣言する機会を逸したことは、古今のこもごもこもる一幅の失望の絵を見るようです。

さあ、今日は信じるあなたも、信じないあなたも、十字軍の祈り第154番を祈る日です!




ロザリオの十字軍へ No8
メールでご質問をいただき、5月11日の「ロザリオの十字軍へ No7」での記事に補足説明が要る箇所があることを発見しました。
ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。」の箇所ですが、「二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです」と書いたことで、二人の場合に、常にリーダーが先唱をし、もう一人が後唱をすると読めますが、二人の場合も一連ずつ先唱と後唱を交代してやるのが良いでしょう。これは二人のグループの場合も20人のグループの場合も同じで、多人数の場合は列の端からから順に先唱を交代してやってゆくのです。しかし、これは経験的にもっともよいやり方ということで、絶対に守るべき規則と考える必要はありません。


また、栄唱の時に頭を下げて唱えますが、それは二つの理由があると思います。一つはトリエントミサでは栄唱を唱える時に伝統的に頭を下げて唱えるということと、ある幻視者への聖母の御出現の時に、聖母がその場に集まった人々が祈るロザリオをご一緒に祈られたことがあり、その際、栄唱の時に聖母が深く頭を下げて唱えたということから、ロザリオで栄唱を唱える時に頭を下げて祈るのです。これは、天のメッセージを信じている人々が集まるロザリオではそうするのですが、メッセージを信じていない人でも、御高齢の信徒の方などは、教会で栄唱を唱える際に頭を下げて唱える方もおられます。

それとは別に、「御憐みのチャプレット」の最後に「聖なる天主、全能の聖なる天主・・・」を三回祈りますが、昔、コーナーストーンの祈りのグループの祈りで、マリア・イマクラータに天使が出現して、この、「聖なる天主・・・」を祈る時には頭を下げるべきであると告げられたことがあり、コーナーストーンの祈りの集会では、この祈りを唱える時には、栄唱の時と同じように深く頭を下げて唱えています。

(2018年5月21日)



画像の説明

■「パードレ・ピオ暗黒の三日間」完訳。(「百千鳥」参照)
暗黒の三日間については60年代のベロニカ・ルーケンのメッセージで語られてきましたが、50年代に、聖ピオ神父に主は語っておられました。



ロザリオの十字軍へ No7
祈りのグループが2人の場合と、3人以上の場合はいろいろな面で違いがあるでしょうが、祈りが始まれば同じです。

ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。

メムバーが3人以上の場合は、やはり先唱は一連ずつ順番にやっていきます。

使徒信経の先唱は「…来たり給う主を信じ奉る」まで、主の祈り(天にまします)は「…地にも行われんことを」まで、天使祝詞(めでたし)は「…イエズスも祝せられ給う」まで、栄唱(願わくは「栄えあらんことを」まで、ファティマの祈り(ああ、イエズスよ)は「ああ、イエズスよ、」まで、大天使聖ミカエルの祈りは「大天使聖ミカエル、」までです。十字軍の祈りの先唱は、祈りの最初の句読点までで良いと思います。たとえば、「ああイエズス、」とか「いとも神聖なる父、」とかです。メムバーが二人の場合も、3人以上の場合も、先唱者は唱者部分を唱えたあと、後唱部分も皆と一緒に唱えても良いでしょう。

リーダーは定期的に、たとえば半年、一年ごとに代わると良いです。リーダーは、祈りのグループの祈りの進行を仕切ります。祈りを始める際の最初の「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と、全体の祈りが終わった後の「聖父と、聖子と、聖霊との御名に寄りて。アーメン」をリーダーが言ってけじめをつけます。「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」は、ゆっくりと十字を切りながら唱えます。決して、早撃ちマックの様にすばやく十字を切ってはいけません。昔、私が洗礼を授かった司祭などは、十字を0.5秒の素早さで切ってから洗礼前の聖書の勉強に入ったものです。

ゆっくりと十字の印をしながら「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と唱え、聖父と、聖子と、聖霊を黙想するのです。これは最短の黙想となります。

その他、MDMのミッションで公開している祈りのグループの指針のようなものがあり、その中でリーダーの役割も若干書かれています。その指針はいずれ翻譯してアップします。交代でリーダーをすることは徳の実践という面でも役立ちます。リーダーでない時にもリーダーの立場が理解できるからです。また、いろいろな勘違いをしている人がいるとしても、交代でリーダーを行うことでその勘違いが是正されるということは期待できます。

しかし、何かの理由でリーダーとなることがあまりにも苦痛であるという人は、強制的にリーダーになる必要はありません。パスしても良いのです。

(2018年5月11日)



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