終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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聖母マリアわれらのために祈り給え
一羽の鷲


マリアよ、地上の悲しみを忘れたまわざれ


「ロザリオの十字軍」募集。詳しくはカテゴリー「ロザリオの十字軍編成」2014年9月15,16,17日参照


メールアドレス(ロザリオの十字軍グループ編成登録用): aza.c@live.jp
Rosary Miracle - Safe in the Midst of Hiroshima Nuclear Blast !!
http://www.holysouls.com/sar/rosarymiracle.htm
https://www.youtube.com/watch?v=xx2MRo3M3Fs


アーカイブ(「後略」とは、最後の祝福の部分を略したということです―管理人)







ビデオ!

大警告を知らないすべての日本人のために

https://youtu.be/3oD3iUIu3CE


百千鳥
http://gokyoyoko.com/index.php





文字サイズ」を大にすると大文字で読みやすくなります.

文字サイズ:



便利印刷A
霊的聖体拝領の祈り
便利印刷B
(天の指示する様々な病気に対する薬草茶)





■1994年8月のメッセージのすべてと9月のメッセージの多くはすでにこの
トップページおよびアーカイブに収録されています。分裂後のメッセージとしてお読みになる方はそちらでお読みください。その頃、マリア・イマクラータは毎日のように聖母に質問をしていました。アーカイブにあるメッセージではそれらの質問とお答えはほとんど省かれています。今、それらの質疑応答の一部をアップします。原文に質問が省かれていてお答えだけのものがあることをあらかじめお伝えしておきます。―管理人






International Seminar - Mex, 2020(2020年メキシコ、国際セミナー)
「大警告―マリア・ディバインマースィー」参照





1.あたらしくアップされたマリア・イマクラータのメッセージ
時系列編

何かを得るためには、何かを犠牲にしなければなりません' new! '
(1995年5月19日)
その時が来たのですから、あなたは前を向いて進みなさい
(1995年5月18日)
プライベートメッセージ
(1995年5月17日)
たとえ幻視者となったとしても、心の目がくらんでいればもっと闇の中にいることになるのです。
(1995年5月16日)
その者の生活の中心が祈りでない者は、たやすく、自分の望みで動いて失敗してしまうのです
(1995年5月15日) 
その秘密は、愛です
(1995年5月14日)
それがなければ、いくら食料や水を準備していても、いつかはあなたたちはふるわれてしまうからです
(1995年5月13日)
祈ってから行動しなさい
(1995年5月12日)
自分の中に暗い力の作用を感じたら、直ちに祈りなさい
(1995年5月11日)
最も大切なことは、天の王、わが子イエズスの望みを果たすことです
(1995年5月10日)
些細なことで、心を怒りに許せば、格好のサタンの餌食となります
(1995年5月9日)
善意をもって悪に加担してしまうというようなこともあるのです
(1995年5月8日)
そうです、公教会、わが尊い御子イエズスの教会の大離教のことを言っているのです
(1995年5月7日)
多くの者がふるわれました
(1995年5月6日)
祈りのグループのことは少しづつ準備してゆきなさい
(1995年5月5日)
使徒継承の伝統的なローマ・カトリックの教えを守り続けることは非常に重大なことなのです
(1995年5月4日)



2.あたらしくアップされたマリア・イマクラータのメッセージ

項目編

サタンの罠は非常に、非常に見破りがたし
ミッションを終えた者、ミッションから落ちた者が、再びその恵みを得ることはほとんどない New!
(1996年1月9日)
メッセージに飽き飽きしている、いら立っている?
預言が実現しないからです
(1996年1月9日)
落ちた者は・・・
落ちた者は・・・
(1995年4月5日)
2006年、富士の聖母巡礼
あなたたちが、今ここにいるのは恵みによってであり、あなたたちの力ではないからです
(2006年5月21日)
真実の幻視者から偽りの幻視者へ変わるということ
天から選ばれた者ですら、その途上で変わることがあるのです
(1996年2月12日)
信仰を証明する
あなたを動かしているのが、善い霊なのか、悪い霊なのか  
(1996年1月12日)
UFO
毎日の小さな苦しみ、あきらめ、仕事を、犠牲として捧げなさい 
(1995年3月25日)









神の生ける印」に関する注意事項

【真理の書】に従う人々よ、以下のことを思い出してください―

全能の父なる神は、この終わりの時において、「生ける神の印」はあらゆる危害から私たちを護ると約束なさいました。「生ける神の印」は、十字軍の祈り第33番を日々祈ること及び「生ける神の印のスカプラリオ」を伴う、印の巻物(家に飾る「生ける神の印」をさす-訳注)自体からなります。

救いのメダイ、また救いのメダイの付いたロザリオ、あるいは救いのロザリオを祈ることは、救いの聖母によれば、人々の回心に寄与します。

「生ける神の印」とそれがもたらす大いなる保護を受け入れる者は、「生ける神の印」が家、また護ってほしい他の場所、例えば職場、自動車、ブリーフケース、子供のバックパックなどに確実に存在することを確認しなけばなりません。

親愛なる兄弟姉妹の皆さん、私たちはまず,神を、あらゆる神の約束を、恵みを、そして神の法外な賜(たまもの)に対して完全に信頼しなければならないということを思いださねばなりません、それは主イエズス・キリストの再臨の前のこの終わりの時に立ち向かうためにです。

神の祝福を
「真理の書」のミッションー実行グループ
2020年2月21日



コロナウィルスも恐れることはありません。護られます。家に「生ける神の印」を飾り、毎日十字軍の祈り第33番を祈り、何らかの形で携帯することが条件です。何らかの形とは、「生ける神の印のスカプラリオ」をつけるか、小さなカード状の「生ける神の印」を携帯することなどです。―管理人

2013年10月11日(主イエズス・キリストのメッセ―j)

「常に、家に「生ける神の印」を置き、また、可能などんな形であれ、自分で携行もしなければならない。「生ける神の印」はいかなる迫害からもあなたたちを護り、神、および聖書にはっきりと書かれてあるすべてのことに忠実に留まるために必要な力をあなたたちは得るだろう。」

2012年3月8日 (主イエズス・キリストのメッセージ) 

子供たちよ、恐れてはならない。わが「印」、「生ける神の印」を持つ者は害を受けることはない。


■緊急!!!
私たちは世界中の人々にシスター・フランシス、「真理の書」に関連して何日も前に中国で警察に逮捕された修道女のために祈ってくれるようお願いします。彼女は手短に言えば、「消失」し、だれもその居場所を知りません。

彼女の開放とその霊魂のために、すべての人が懸命にお祈りください。

救いの母よ、中国の御身の子らを祝福し護り給え。
(サイト「Father of Love」への2020年2月最新の投稿より)


2020年2月1日現在、コロナウィルスによる肺炎での中国での死者は259人、感染者が11719人になりました

今、手元に古い二枚のペーパーがあります。1枚は発行者名として「レオ・スタインバック神父」(故人)とあり、もう1枚の小さめのぺーパーの方は発行者の類いの名は書かれておらず、しかし、聖母のメッセージが一面に、裏側には天の指示による薬草とその飲み方、病気の症状などが書かれています。昔、天のメッセージのプロモーターが配布したものと思われます。

このページの上の方にある「便利印刷」にその2枚のペーパーをアップしていきますので、印刷して友人や愛する人たちにお配りください。
この種の治癒は、ルルドの水もそうですが、信仰がなければいくら、ルルドの水や天の指示する薬草茶などを飲んでも治りません。未信者でも、治るという信仰があれば直るでしょうし、カトリック信者でも、治るという信仰がなければ治らないでしょう。長文ですので、「便利印刷」では(続く)と最後に記されている場合は、まだアップは完成されていません。(続く)という記載がなくなった時点でアップは完成です。その時点で印刷してください。

(2020年2月)


感染を理由に舌による聖体拝領が一時的に禁止されることについて 
感染を理由に舌による聖体拝領が一時的に禁止されることについて1」(以後「1」と記す)を書いた後に、お二人の方(仮にC、Dさんと表記します)からメールをいただきました。お二方も東京教区在籍の方です。そのメールによると、「1」で、

「6項目目を見ると、「舌による聖体拝領禁止」とは読めません。しかし、これは、コロナウィルスによる肺炎が、症状が出ていなくとも感染している可能性があると新聞などで報じられていることから、その後の司教から司祭への指示の追加があったのかもしれませんし、あるいは、司祭の独断でそのように対応しているのかもしれません。」

と書きましたが、「その後の司教から司祭への指示の追加」などは無く、一方的に、舌による聖体拝領が司教の命令だと言って禁止することが、そのように言う司祭の独断だという可能性がでてきました

Cさんのメールには
「 新型肺炎の件、天罰のひとつだと思いますが、教会にも影響を与えていますね。管理人様がアップしてくださった記事を読んで、深刻なんだと改めて感じました。

〇〇教会のごミサに先週行ったのですが、主任神父様ではない別の若い神父様(ときどき司式してくださいます)が担当されましたが、ひざまづいて舌でいただくことができました。

驚いたのは、私以外にもひざまづいて舌で御聖体をいただく方を二人見かけたことです。

ごミサのお知らせの時、司教団からのお達しを教会の担当の方が読み上げられましたが、私の聞き間違いでなければ〇〇教会のその担当の方は「病気の可能性のある方は御聖体拝領をご遠慮ください」とおっしゃって口(舌)による御聖体拝領に特化するような言い方はされませんでした。たぶん、教会内で話し合ってそのようにされたのだと感じます。 聖水はありませんが、あとはいつも通りです。」

Dさんのメールには
「管理人様、(…中略)東京教区の大司教様の通達により、起こっていることをお知らせくださりありがとうございます。大変辛い思いをされている方がいることに、胸が痛んでおります。

しかし、決してそのような対応ばかりではなく、私の所属教会では舌での聖体拝領を認めてくださっていることもぜひお知らせしたいと思いました。

具体的には、主任司祭は6項目をその通達通りに解釈を加えることなく読まれた上で、

「舌で拝領なさる方は動かないでくださいね、触れないようにするので。」とおっしゃり、実際に先週、今週と舌で御聖体拝領させていただきました。

その一方で、大司教様の通達の3週間前から、主任司祭によりインフルエンザ流行のため舌での聖体拝領を禁止された教会もあります

この教会ではウイルス流行以前から、主任司祭が跪くことを止めるよう積極的かつ高圧的に指導されていますので、インフルエンザ流行は口実のように思えました。

これからは、苦しみを伴いながら信仰を表明すべき機会が増えてくるのだと思っています。

御聖体の中にまことにましますイエズス様を拝領するのにふさわしく、拝領することができますように。聖母、聖ヨゼフ、諸天使、諸聖人に付き添ってくださいますようにと願いつつ、拝領しています。

特に、大天使聖ミカエルのチャプレットを祈ることで、護ってくださっていると感じています。

ご参考になれば幸いです。」


聖体拝領で並び自分の番になっていきなり司祭から「手で拝領するように」言われた場合には、決して手で拝領することなく、両手を合わせて聖体容器の中の主に一礼して、拝領せずに自分の席に戻り霊的聖体拝領をしましょう。その時に仮に思わず手で拝領してしまったとしても、あまり気にしすぎてはいけません。痛悔して償いにロザリオ一連を祈ればよいです。次からは決して手で拝領してはいけません。

信徒に手による拝領を強制する司祭は、必ずや、いつの日か、神の御前で申し開きをしなければなりません。




■感染を理由に舌による聖体拝領が一時的に禁止されることについて 1
東京教区の信徒の方お二人から電話と、メールで、コロナウィルス感染予防の一環として、舌による聖体拝領をゆるされなかった、という連絡がありました。お二人の方を仮にA、Bさんとしますと、Aさんは神父に「私は病気にかかっていませんが」と言い、それに対して司祭は「それでもだめです」と答え、Bさんは突然のことに驚き、拝領前に「神様に舌で拝領することを約束しています」と司祭に対して舌で拝領する意思表明をしましたが、「命令なのでできません」と司祭は答えられた、と言います。

2020年1月31日付でカトリック東京大司教区大司教菊地功の署名をもって発表された「新型コロナウイルス感染症に伴う注意喚起」と題する文章は次のように始まる

この数週間、新型コロナウイルスによる感染症の発生が報じられ、国内でも数例の感染事例が公表されています

今般の新しい感染症について、不確かな情報に基づいていたずらに不安をあおるようなことは避けなければなりません。しかし、 日本では毎年この時期に、インフルエンザ感染への注意喚起がなされることでもありますので、ある程度の常識的な感染予防措置をもって備えることは、不特定多数が定期的に集まる教会にあって、無駄ではありません

常識的な事もありますが、以下に記す諸事項にご留意くださるように、お願いいたします。皆様が、教会内外の兄弟姉妹の心身の健康に思いを馳せ、賢明な行動をとってくださることを期待しております

そしてそのあとに、6項目の注意喚起事項を羅列し、最後に文章は次のようにして終っている。
 
なお、今後の推移を見守りますが、行政から集会などの自粛要請があった場合は、それに従い、対応を定めてまいります

信仰におけるいのちへの希望を掲げながら、愛といつくしみの心を持って、感染した方々の回復と事態の収拾を、わたしたちの母である聖母の取り次ぎのもと、父である神に祈りましょう。

そして第一項目には、

1:一般的な衛生対策として、咳エチケットに配慮し、手洗いを心がけましょう。聖堂や信徒会館の入り口に、手指消毒用のアルコールを設置しましょう。

とあり、問題の(あるいは問題とすべき)聖水と舌による聖体拝領に関する項目が3番目と6番目に書かれています。

3:2月2日から当面の間、聖堂入り口などに用意された聖水盤は、使用を控えます。

6:咳や熱がある場合、口(舌)での聖体拝領はご遠慮ください

6項目目を見ると、「舌による聖体拝領禁止」とは読めません。しかし、これは、コロナウィルスによる肺炎が、症状が出ていなくとも感染している可能性があると新聞などで報じられていることから、その後の司教から司祭への指示の追加があったのかもしれませんし、あるいは、司祭の独断でそのように対応しているのかもしれません。

この記事を長くは書けませんので、対応と意味、信仰にわけて簡潔に書きます

対応:まず手による聖体拝領は絶対にすべきではありません。聖体拝領の時になったなら、自分の席にとどまり霊的聖体拝領の祈りを唱えるのです。ですから、事前に席は一番端か、その付近の席を取るのがよろしいと思います。おそらく抗議しても、感染をバックに付けての司祭の自信は確固としたものがありましょうから、抗議が実を結ぶことはないでしょうが、それでも、司教の喚起文章には、咳や熱がある場合には舌での拝領は遠慮するように、と書かれてありますが、くらいは言ってもよいでしょう。

意味:手による聖体拝領を広めた大元はサタンです。聖体を手に受けてつまんで口に入れるという作法が、いかに聖体に対する信仰を弱め、ついにはなくしてしまうに至ることか。アメリカのある幻視者に主が語られたにところよると、手による聖体拝領は主の顔を殴るに等しいとのことです。手による聖体拝領をするごとに、主のお顔を叩いているのです

信仰::カトリック信者が伝染病にかかることはあるでしょう。聖アロイジオはペストが流行したとき、献身的に病人の看護にあたり、自らもペストに感染しましたし、聖ダミアン神父も、ハンセン病患者の世話をするうちに自らハンセン病に感染して命を落としました。しかしこれらの例は、神が人々に殉教の精神、自らの命をも顧みない兄弟愛の模範を人々に示すためにお許しになられたことです。

日常的空間における教会の聖水や舌による聖体拝領で病に感染する可能性があるという判断は、神への信仰不在といえます。聖水も聖体拝領もすでに神の物理的世界への干渉を前提としています。聖水はただの水ではありません、奇跡によって聖なる水に変えられたものです。聖体も奇跡です。パンが奇跡によって、すなわち神の干渉によって主イエズス・キリストの御体、御血、御霊魂、御神聖に変えられたのです。それは信仰によってのみ知ることのできる真実です。その神の干渉を前提とする領域に参じる人間に神が感染をお許しになるでしょうか。私は、信仰の名によって、そのようなことはあり得ないと確信いたします。だからと言って、責任ある立場の司教が、信徒のために、咳や熱のある人は舌での聖体拝領はご遠慮くださいと書いても、それを非難する気にはなれません。と同時に、現時点で、そのような注意を喚起することがない教区が存在することにも注意は向きます

(2020年2月)

謹賀新年


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神のみはは
わが望み
今もいつも
守り給え


主の御降誕
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UFO

ufo

※本日(2019年12月10日)にアップした1995年3月25日のメッセージの質疑応答は公開すべきかどうか迷いました。UFOについては、いまだに多くの人たちが、実在しない、ある種のマニアの思い込み、あるいは虚言と考えているからです。
ベイサイドのベロニカ・ルーケンには、この空飛ぶ円盤(UFO)に関する多くのメッセージが与えられています。以下に、そのいくつかを抜粋翻訳しておきますが、要約すると、UFOは地獄から来た乗り物であり、ㇽシファーが、人間を惑わすため、すなわち地球以外に生物が存在するとか、その他、カトリックの信仰に反する様々な可能性を暗示させて人間を幻惑させるために送ったものだということです。また、それはデーモン(死んで地獄に行った霊魂であると今は解釈しておきます)を地球に運ぶ乗り物であるとも言われいます。

今回のメッセージで質疑応答で触れられた人物は、当時の世界的天のミッションシーンの中でも、比較的重要な位置を占めていたと言い得る人でした。その人がUFOと交信するということは、ですから、サタンのメッセージを受けるということです。

天のミッションの草創期においては、天のメッセージを受ける人は「特別な人」でした。誰もが皆、幻視者を特別な聖人のように見なしていた時期があります。ごく初期の頃には、地方から上京した当時日本で唯一の幻視者であったと言ってもよい女性を羽田空港で出迎えたある司祭は、その幻視者の前で片膝をついて挨拶をしたそうです。つまり、幻視者というものがそのような特別な存在だと思われていた時代があったのです。

それから、あっとい間に、次々と、日本において何人もの幻視者が立てられていきました。そのおのおのの幻視者がそれぞれにミッションを担って立てられたのです。いつか書いたかもしれませんが、秋田のシスター笹川から数えて、マリア・イマクラータは13人目の幻視者でした。これには公けにはならなかった私的幻視者は含まれてはいません。イマクラータの死については、ある神秘が隠されていますが、それは近々明らかになるでしょう。

世界中の国々で、天はその国の救霊のために幻視者を立てられ、その各国の幻視者たちを導くというか、束ねるというか、そのような権威を与えられた幻視者も存在していました。ちなみに、最後の預言者と言われているアイルランドのマリア・ディバインマースィーは、主の再臨に人間を準備させるためのメッセージを世に送るという大変重要なミッションを担っていますが、この、世界中の幻視者たちを導いたり、束ねたりするというミッションは今のところ彼女にはありません。

ですから、当時、「特別な存在」であった幻視者が天のメッセージを受けた場合、それは一から十まですべて天のメッセージだと考えられたのもやむを得ないことでした。ところとが、徐々に、事実として、幻視者が受けるメッセージは必ずしも天のものとは限らないということが、日本のメッセージシーンに浸透していきました。それは幻視者同士の確認、特に前述した幻視者たちを束ねるミッションを授かった外国の幻視者の確認などを通して、日本の関係者たちは、メッセージが「混じる」ことがあるのだということを知ってゆくことになるのです。

このことは以前書いたことがあります、このトップページのどこかにまだあるかもしれません。あるいは左のカテゴリーの年代日付の部分に収められているかもしれません。また、マリア・イマクラータのメッセージでも、この「混じる」ということについては語られています。その内容は、幻視者にとって混じらないことも可能だが、それは聖化と同じくらい難しいことだというものでした。

この「混じる」ということは幻視者の受けたメッセージの一部に、幻視者個人の感情が移入されてしまうという現象です。あまりにも幻視者の願望や恐怖が強いと、それがメッセージを変えてしまうのです。また、サタンがメッセージに影響を及ぼすということもあります。これについては、人間には理解できない部分が非常に大きいということも事実です。

天のメッセージが混じるということは、もちろん海外の幻視者にも見られます。それはそうです、混じる混じらないということが、国籍や人種によるのではなく、幻視者自身の聖化を望むその度合いによるのですから。

当時、この領域に無知であった日本人関係者は、ある事柄についての内容が幻視者間で異なるという場面に直面し、外国の幻視者でも混じるのだと知らされたのでした。それは当時、「終わりの時の12使徒」というものがメッセージシーンで話題となり、関係者たちの関心を集めていました。主イエズスが地上にいる間に12使徒を選んだように、再臨が近づいた現代においても12使徒を天はお選びになるというメッセージがあったのです。当然、誰がその12使徒であるのかが関係者たちの強い関心事となりました。

自分がそうだ、いや自分こそが12使徒のひとりだ、などという人間はさすがにいませんでしたが―いや、逆に、使徒である可能性があると目されていた人々は謙遜に振る舞っていたと言えます。しかし、あるとき、海外のある場所に住む幻視者が、その12使徒を天が選んだという私的なメッセージを受けました。その選ばれた12人の名がメッセージで「発表された」のでした。そしてある時、日本には、三人の幻視者が来日しており、札幌、東京、佐世保で講演会及び黙想会を開きました。そのアメリカから2人、ポーランドから1人の幻視者が、3人とも、その選ばれた「終わりの時の12使徒」に含まれていたのです。今でも、東京池袋の駅近くの地下の喫茶店(?記憶では「マイアミ」という名の喫茶店)で、夜、その3人とお茶を飲み、ポーランドのその幻視者が、パフェに日本酒をかけて食べている中、アメリカの幻視者のひとりが、使徒に選ばれた者のニューエラでの役割について滔々と語る姿をはっきり思い出します。

ところが、後日、今度は別の国のある場所で、別の幻視者が天の選んだ「終わりの時の12使徒」の名前を「発表」したのです。しかし、そのメッセージで選ばれた12人が、先の別の国で発表された12人と、数人のメムバーが異なっていたのです。混乱が生じましたが、当事者ではない私にとってはそれよりも、その別の国の別の場所で12使徒の名前を受けた二人のメッセ―ンジャーのどちらかが混じった、ということの方にいっそう関心があったのでした。

ちなみに、「終りの時の12使徒」に関しては、それ以後、2007年に最終決定の情報が件の外国のリーダー的幻視者から間接的に関係者に知らされました。

上記の池袋での3人幻視者のうち、ポーランドの幻視者とアメリカの2人の幻視者のうちの1人が、新たなメッセージの発表では名前がありませんでした。

12使徒のメムバーの名前が二つのソースでちがっていたことがインターナショナルメッセージシーンに混乱を引き起こす中、その後、その新しいメッセージで12使徒からもれたポーランドとアメリカの幻視者が来日する機会があり、そのことに関して「どういうことか」という意味合いで触れると、ポーランドの幻視者は「I don't know.」と答え、アメリカの幻視者はこちらの質問とは関係ない応答で、「I don't mind.」(気にしていない)とつぶやいたのでした。

UFOから話からそれましたが、この天からのメッセージに幻視者個人の思いが混じってしまうのとは別に、天からのメッセージではないものを天のメッセージと信じて受け続けるというケースがあり、それが今回の、質疑応答に出てくる人の場合です。詳述はできませんが、その人はUFOとの交信、つまりサタンからのメッセージを天からのメッセージと信じていたのです。ちなみにこの人は幻視者ではありませんでした。

祈り、識別すれば天のメッセージではないと分かるものも、信じ込んでいる人はそれがサタンのものだとは分からないのです。思い込みの恐ろしさです。

天は、サタンの強い影響をお許しになられる場合がありますが、メッセージによれば、ある人間が小罪に鈍感になっている場合、天はサタンがその人間に力をふるうことをお許しになると言われています。また、聖人に対してサタンが力をふるうことを天がお許しになる場合も、聖人伝などによるとあることです。しかし、聖人の場合は、サタンに力をふるわれても、その影響を受けることはありません。それが聖人たる所以です。

では以下に、ニューヨークのベイサイトの幻視者、ベロニカ・ルーケンに与えられたUFOに関するメッセージの抜粋翻訳を掲げます。

UFO-地獄からの乗り物
1973年12月24日
聖母:この最終的戦いにおいて、地球に解き放たれた多くの地獄からの使者がいます。彼らは乗り物で移動しています。宇宙の、神の国以外の偽りの生命理論にとりこまれてはなりません。これらの乗り物をあなたたちの目前に送っているのはサタンであると知りなさい。それはあなたたちを混乱させ、当惑させます。あなたたちの地球を飛び回るこれらの物体は地獄のものです。それらはこの時代の偽りの奇跡です。それらの存在を認めなさい、わが子どもたちよ、それらは人間の想像の産物でありません。それらはあなたたちの大気のうちに存在し、霊魂をめぐる戦いが募るにつれ、ますます優勢になって行くのです。

1984年6月30日
主イエズス:これらの物―人々が「空飛ぶ円盤」と呼ぶ物について私は警告する―それらの物は「空飛ぶ円盤」ではない。それらは、そこかしこにデーモンを運ぶ地獄からの乗り物なのだ。彼らは霊ではあるが、そこにはあなたたちの知らない生ける死人に関する一つのミステリーが存在するのだ。彼らは運ばれねばならない、彼らは自分で移動できないのだ。これは、おそらく私がそれについてあなたたちに語らなければならない一つのミステリーである

1974年12月31日
人類を誤らせる眩惑
聖母:地獄からの乗り物―空飛ぶ円盤の写真を、早く広めなければなりません。彼らは、大挙して地球に蝟集(いしゅう)しています。それらの物は一つの幻惑―人間を惑わす物であることを知りなさい。それはサタンの偽りの奇跡の一つなのです

1978年2月10日
主イエズス:あなたたちが不思議に思っているUFOは、サタンの計画の一つである。それは他の惑星に生命が存在するという誤った考えを広めるための偽りの表象である。地球以外に生命は存在しない、私は地球だけに生命を創造したのだ。

1973年5月30日
空飛ぶ円盤は地獄からのもの
ヴェロニカ:おおー、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
見えます、おぉー明るい光、非常に深い淵です、穴だと思います。穴の縁(へり)に座る、いくつかの醜悪な外見の物が見えます。でも、それらの物はほとんど人間の姿をしています。今、彼らは(穴の底にある)鏡のように見える物の周りに座っています。鏡からは穴を照らす光が反射し、それが鏡のようだというのは、それが、反射する光が、その鏡に反射し、その光が上方を、この穴を上方に向けて照らしているからです。その光が見えるのです。光は穴の外をも照らしています。光が上方を照らし、その照らす光りがこれらの醜悪な物、それがデーモンだと分かりますが、デーモンたちを浮かび上がらせます。

今、聖母が語られます。

聖母:見なさい、わが子よ。穴の中にある他の物を

ヴェロニカ:おぉ、なんということでしょう!明るい光が見えます、それはドームのようです、てっぺんがです。窓はありません、それは強い光そのものです。今、聖母は穴の縁に立たれ、指で指し示しながらおっしゃいます。

聖母:人間は真実を受け入れません。これらの物は地獄の乗り物です

ヴェロニカおぉ、聖母は地上で見られている物のことに言及しておられるのです。聖母はおっしゃいました

聖母:「終わりの時の偽りの奇跡が今起きているということを知らせない、わが子よ。サタンはあなたたちを混乱させようとしているのです。あなたたちの知る通り、あなたたちの地球以外に生命は存在しないのだということを知らせなさい、わが子よ。人類は宇宙に出て行こうとしますが、それらの努力を人類が神に立ち返ることに向けるべきなのです。

知的プライド が、わが子どもたちよ、多くの者たちの破滅となってきたのです。あなたたちがこのプライドを脱ぎ捨て、小さな子どもとして私たちに立ち返らない限り、あなたたちが神の国に入ることはないのです
(2019年12月)



聖母マリアの無原罪の御孕り
images (58)

公教会は、聖書が神の上智について語っていることを、ためらうことなく聖マリアに適用する。(トリエント典礼当日の説明より)

(箴言、8の22-35)

そのはじめ、創造のはじめより、主は私を有し給うた。永遠より、世の創造以前、太古より、主は私を立て給うた。深淵(ふち)がまだない時に、すでに私は孕(やど)された者であった。水の泉がまだほとばしらず、山々がまだその重々しい高さにそびえ立っておらず、数々の丘もまだつくられていない時、私は生まれた。

主が、まだ地球をつくり給わず、川の流れもつくり給わず、地の軸もつくり給わず、天をつくり給うた時、私は在(あ)った。

主が、深淵(ふち)をほって、その則(のり)を定め給うた時、蒼空(あおぞら)をつくり、水をほとばしらせ、海をほり、陸の水に則(のり)を定め給うた時、地球のもといをおき給うた時、私はすでにそこにあった。

私は、すべての秩序を立てるために、主とともに在った。そして、日々、主とともに在り、その御前でたわむれ、地上であそぶことが、私のよろこびであった。人の子らとともにいることも、私のよろこびであった。

故に、子らよ、私のいうことを聞け。私の道を守る者は幸せである。私のいましめを聞いて、智(さと)い者となり、上智をすてるな。

わたしの言葉を聞き、私の門前で日々警戒しつつ、私の家の門に立つ者は幸せである。私を見出す者は生命を見出し、主において救いをくみとるであろう。」

アレルヤ、アレルヤ、あなたはエルザレムの栄光、イスラエルのよろこび、わが民のほこりである。アレルヤ。
V マリアよ、あなたはことごとく美しく、原罪のけがれをもち給わない、アレルヤ。
(当日のアレルヤ唱より)



聖アンドレのクリスマスのノヴェナ
11月30日から12月24日まで一日15回唱える)

肌さす寒き真夜中ベツレヘムにて、神の御子(おんこ)、いと清き処女(おとめ)マリアより生まれ給いしめでたし祝されしその時よ。その時に、おおわが神よ、わが祈りを聞き給い、われらの救い主イエズス・キリストとその祝されし御母(おんはは)の功徳(くどく)によりて、わが願いを聞き入れ給うようわれ御身に嘆願し奉る。アーメン。
(12月1日から初めて25日に終わっても、あるいは25日を越して終わってもやらないよりましです。祈り文は上の「便利印刷」から印刷できます)

(2019年11月30日)

It is piously believed that whoever
recites the above prayer fifteen
times a day from the Feast of
St. Andrew, November 30th until Christmas,
will obtain what ever is asked.
上の祈りを11月30日の聖アンドレの祝日からクリスマスまで一日15回祈る者は誰でも、願ったことは何でも叶えられると敬虔に信じられています。
(「乙女マリアのベイサイドの預言」より)

教皇フランシスコ離日後に、もう一度読み直そう
http://wmcsn.jp/index.php?%E5%81%BD%E3%82%8A%E3%81%AE%E9%A0%90%E8%A8%80%E8%80%85%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%A7%E6%95%99%E7%9A%87%E8%81%B7%E3%81%AB%E5%B0%B1%E3%81%8F%E3%81%8B%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%82%92%E3%81%99%E3%81%A7%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%81%9F


(2019年11月19日)



昨日(2019年11月15日)アップした1996年4月6日の「巧妙に仕組まれた罠(わな)です」(1996年4月6日)のメッセージに関する説明で、さらに誤解を与えるような文章があったので今日は、その誤解を解くべく再説明をします。
誤解を与え得る文とは

(マリア・イマクラータは私的なメッセージを受けた)この(信徒名)に関するメッセージは天のものですか。

の部分です。非常に意味の分かりにくいこの文の意味するところは、「マリア・イマクラータが私的に、(信徒名)さんに関するメッセージを受けた」という意味で説明を加えたものでした。私的にメッセージを受けたのはマリア・イマクラータであるという意味です。しかし、あとで、私的メッセージを受けたのが、「実はマリア・イマクラータではなく、(信徒名)さんであった」というのが判明した、というのが昨日の説明の主旨です。

(マリア・イマクラータは私的なメッセージを受けた。)

という風に、最後に「。」を入れたらいくらかは意味が分かったかもしれません。
昨日の説明の趣旨は、大雑把にいえば、最初にアップしたQの説明では、「私的メッセージを受けたのはマリア・イマクラータである」としたのが、二度目のアップでは、「私的メッセージを受けたのは(信徒名)さんである」としたということです。
そのQに関しての説明が変化した、その経緯を説明したものでした。


※(1)
1996年4月6日の「巧妙に仕組まれた罠(わな)です」(1996年4月6日)のメッセージに関する説明

このメッセージの質疑応答の質疑の部分、

Q:この(信徒名)さんのメッセージは天のものですか。(4月6日6:00pm)

は、当初、最初にトップページにアップした時点では、

Q:(マリア・イマクラータは私的なメッセージを受けた)この(信徒名)に関するメッセージは天のものですか。

と補足説明を加え、かつ一部を変えてアップしました。
天のメッセージを直すことは、一言一句ありません。故意にそうすればそれは天に対する重大な罪となります

しかし、Qに関しては、原文が白紙のものは白紙のままアップしますし、質問の意味を分かりやすく簡素化することも稀にはあります。稀にはということは、今まで二度あったかどうか、というレベルです。

今回、当初アップした時点でのようにQに補足説明を加えかつ一部を変えた経緯を説明しますと、まず、当時、何人もの人たちが、今まで落ちた幻視者のミッションを代わりに受け継ぐために天に立てられました。正確に言うと立てられる予定であったのです。また、公のミッションは持たずに私的な幻視者・神秘家として、ヴィジョンを見たり、天の言葉を受けたりする人たちもいました。

それらの人たちは、大抵の場合、人を介して、受けたメッセージやヴィジョンをマリア・イマクラータにファックスや手紙で送ってきたのです。それをマリア・イマクラータは聖母に真偽を伺ったのでした。その都度それは天のものです、あるいは天からのものではありません、あるいはその人はミッションのために立てられました、というふうに聖母からのお返事があります。

それらの人たちのことを、「幻視者の卵」などと呼び、大概の場合、マリア・イマクラータに自分たちが受けているメッセージやヴィジョンを送って来る場合、洗礼名で送ってきますし、またメッセージの中でも天はその人たちを洗礼名で呼んだり、あるいは新たなミッション名で呼ぶことが多かったのでした。

現在アップしているマリア・イマクラータのメッセージは、100ページのファイル9冊に及ぶものの中から取り出して打ち込み、アップしています。そのたびに、過去にすでにサイトのアーカイブにアップしてあるかどうかを確認してから打ち込むのですが、確認を忘れ、過去にすでにサイトにアップしてあるメッセージをせっせと新たに打ち込み、打ち込んだ後にそれと気づくこともあります。二度手間です。

今回、Q:この(信徒名)さんのメッセージは天のものですか。(4月6日6:00pm)

の箇所を読み、一瞬意味が分かりませんでした。前に述べたように、「幻視者の卵」は洗礼名で扱われることが多かったのですが、まれに本名で対応する場合がありました。今回、Qの、この(信徒名)さんのメッセージはの(信徒名)の部分に苗字、いま仮にそれを東国原だとしますと、その東国原さんとは「幻視者の卵」なのでした。

Qはこの東国原さんのメッセージは天のものですか。(4月6日6:00pm)

となりますが、その人の実際の苗字は日本ではどこにでもある苗字で、一瞬意味が分からなかったと言ったのは、その同じ苗字の人が当時の祈りのグループにいて、そのメッセージの打ち込み時点では、この東国原さんを、その祈りのグループの東国原さんであるとなんの疑問もなく思い込んで対応していたからでした。それが「幻視者の卵」である人だとはまったく考えもしなかったのです。

するとその祈りのグループの東国原さんは、幻視者でも神秘家でないので、このQの「東国原さんの」の部分を、イマクラータが私的に東国原さんに関するメッセージを受けたものと判断し、当初サイトにアップした通り、

Q:(マリア・イマクラータは私的なメッセージを受けた)この(信徒名)に関するメッセージは天のものですか。

との説明を加え、かつ一部を分かりやすく変えたのでした。しかし、そのQに対する聖母のお答えのように、イマクラータが、最初から終りまでがサタンのものであるメッセージを受けたという記憶は全くありませんでした。が、このことに限らず、過去に起こったことをまったく忘れていたということは他にもいくつもありますから、結果的に上のようなQの説明を加え一部変えたたものをアップしたのです。

メッセージをアップした後、そのマリア・イマクラータの4月6日のメッセージの原文をファイルにもどし、ファイルの次のページに収まったメッセージに何気なく目をやると、それは1996年4月7日のメッセージで、その中でマリア・イマクラータは、「幻視者がまるまるサタンのメッセージを受けるというようなことがなぜ起こるのか」という内容のことを聖母に訊いていました。それで、これは先にアップした1996年4月6日のメッセージと対(つい)にしてアップすれば読者も理解しやすいだろうと考え、さっそくファイルから4月7日のメッセージの原文を取り出すや打ち込みを開始したのです。

打ち込みを終え、トップページの「項目編」にアップしました。一仕事終えたという落ち着いた気分に浸りながらコーヒーを入れました。湯を沸かしている間にふと、この4月6日と、4月7日のメッセージは重複していないか、と案じたのです。すぐアーカイブを調べました。

すると、結論から言うと、アーカイブには4月7日の二本のメッセージが既に収録されており、トップページにアップした4月7日のメッセージがアーカイブに収録されていたのです。消耗感が襲ってきましたが、それだけでは済みませんでした、アーカイブの見出しには4月6日の文字も目に入ってきたからです。やれやれと思い、その4月6日をクリックしてメッセージのページを開いてみました。するとそれは、4月6日に二本あったメッセージの別の一本で、今回打ち込んだメッセージとは別のメッセージだったのです。今回アップしたのが6日の夜の10:15で、アーカイブにすでに収録されていたものが、6日の朝6:15ものだったのです。

問題はここからでした。すでにアーカイブにアップされていた6日のメッセージを読み進むと、以下のようなQ&Aがあったのです。

質問:○○さんのメッセージは天からのものですか。

聖母:天からのものです。わが娘は、天からのメッセージを受けました。しかし、識別するために、彼女は祈り、学ばなければなりません。多くの誘惑とサタンの妨害を受けるからです。祈りによって彼女は、自らの霊魂を護らなければなりません。(結局、この幻視者が公けのミッションを行うことはなかった―管理人)(後略)

この質問の部分を読み、すぐその下の聖母のお言葉「天からのものです。わが娘は天からのメッセージを受けました」を読むに至り、即座に、遠い記憶の底に沈んでいた「幻視者の卵」の東国原さんのことを思い出したのです。

すぐにサイトのトップページにアップした4月6日のメッセージのQの部分―

Q:(マリア・イマクラータは私的なメッセージを受けた)この(信徒名)に関するメッセージは天のものですか。

を、

Q:この(信徒名)さんのメッセージは天のものですか。(4月6日6:00pm)

に急きょ戻したのでした。以上が、事の顛末です。前後、アップされた二種類の4月6日のメッセージを読んで怪訝に思われた方がいたとしらこの説明で納得していただけるものと期待しています。

同日に、同じ「幻視者の卵」のメッセージの確認をマリア・イマクラータが行った状況はといえば、4月6日の前に送られててきた「幻視者の卵」のメッセージをマリア・イマクラータが6日の朝に聖母に訊ね、6日の6:00pmに「幻視者の卵」が受けたメッセージが6日のうちにマリア・イマクラータにファックスで送られ、そのメッセージについてマリア・イマクラータが6日の夜に聖母に訊ねた、ということです。一つのメッセージは天からのものであり、もう一つのメッセージはまるまるサタンからのものであったということです。

ちなみに、重複してアップしてしまった、7日のメッセージに関しては、トップページにアップしたもののタイトルは「これは幻視者たちのためのメッセージです」であったのであり、アーカイブにアップしてあったもののタイトルは「4月7日」でした。ページはアップ時のタイトルに応じる形で制作されますので、同じメッセージのタイトルだけが異なるものが2ページ制作されてしまいました。一方のページを削除し、今回トップページのタイトルは変則的に「4月7日」としました。色々な理由でです。(管理人)
(2019年11月15日)












666-獣の印

「反キリストの刻印の実現は技術的には極めて簡単です。

(1)国民一人一人に割り振られた番号(日本ではマイナンバー)を各人の銀行口座と結びつける。
(2)法律で現金の使用を禁じ(キャッシュレス化)、カードでの決済を義務付ける。
(3)カードを生体埋め込み型RFIDタグに切り替える。」(「教会の栄光」より)
(2019年11月18日)




シスター笹川
以下は「教会の栄光」(https://twitter.com/glory_of_church)内の紹介記事から、WQPHに掲載されているシスター笹川に関する部分の転載です。真偽は定かではありませんが、内容に問題がないのでこれをアップします。

「これはシスター笹川が言われたことを直接聞いたシスターMの言葉です。

シスター笹川

10月6日(日)の午前3時半頃に、秋田で30何年か前に私(シスター笹川)に現れたと同じ天使(注1)が現れました。天使は最初に私(シスター笹川)にプライベートなことを話しました。

皆さんに伝えて良いのは、「灰をかぶって(注2)悔い改めのロザリオを毎日祈ってください。あなた(シスター笹川)は幼子のようになって、毎日犠牲を捧げてください」

シスターMからこのことを聞いたSさんは、皆さんに知らせて良いですか?とお聞きしたところ、シスターMを介してシスター笹川は、良いと言われました。また、「私(笹川)が幼子のようになって、毎日犠牲を捧げることが出来るように祈って下さい」とSさんにシスターMを介して言われました。

注1:秋田でシスター笹川に現れた天使は女性で、思わずシスター笹川は「お姉さん」と言ってしまいました。亡くなったお姉さんに似ていたそうです。その方は、「いいえ、私はあなたを守るものです」と言われました。そして、「聖堂に行きましょう」と笹川を導かれました。(守護の天使と思われます 小松)

注2:ヨナの預言3:1~10(10月8日の第1朗読)粗布をまとって灰の上に座し

以上です。」

WQPHより転載)
(カテゴリー「巡礼記」秋田巡礼参照)
(2019年11月13日)

聖母マリアの御誕生日おめでとうございます!!
ロザリオの十字軍ー聖母の被昇天に向けてのノヴェナ

期間は、8月6日から14日までの9日間。
ノヴェナの意向は各自の自由。
下に、2015年8月5日付の、マリア・イマクラータの書いた記事を掲載します。

お知らせ
明日からロザリオの十字軍へ依頼した被昇天祭へ向けてのノヴェナが始まります。8月14日まで、毎日ロザリオを1連から1環祈ります。終了したならば、ノヴェナの願いが聞き入れられたかどうかにかかわりなく、感謝のロザリオ1連を8月15日に捧げることが勧められています。人間的にはわからなくとも何らかのよい効果が必ずあるからです。(2015年8月5日)
カテゴリ→お知らせ

ロザリオの十字軍以外の方も、ノヴェナに参加することが勧められていることは言うまでもありません。

日本中で、50余人のロザリオの十字軍が、またロザリオの十字軍に登録しておられない方たちが、同時に被昇天の祝日に向けてノヴェナを開始するということ、この現代の教会事情をかんがみ、その数が多いか、少ないかの判断は個人差のあるところだと思います。私は、決して少ないとは言えない、むしろ多いと思っています。

天は、様々な形で、私たち地上の人間に恵みの機会をお与えになられています。9日間続けて祈るノヴェナというワンセットに対しても、大きな恵みを注いでくださいます。その他、マリア・イマクラータという天の立てた幻視者の呼びかけに応えてのノヴェナということの恵みも下ります。また、ロザリオの十字軍の祈りとしても、そのことに対する恵みが降ります。先日引用したラッツィンガー枢機卿の言葉にあるとおり、「キリスト教とは恩寵であること、そして、この恩寵は祈りの中で開花する」のです。(2016年8月6日)

(2019年8月5日 聖母マリアの誕生日)



1994年12月11日
 コーナーストーン   3:00pm

聖母
イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたたちすべてを、わが愛する子どもたちを祝福します。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。私は、無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、わが子よ、わが子どもたちよ、わが神聖なる息子イエズスは、祈りの軍隊、わが汚れなき御心の軍隊を、世界中で作りたいと望んでおられます。

これは世界的な軍隊、ロザリオの十字軍となって、最終的には一致して救霊のために働くことになるのです。(※1)

わがジャンヌ・ダルクよ、そしてこの日本の汚れなき御心の軍隊のロザリオの戦士たちよ、祈りなさい。

祈りと犠牲によって、あなたたちはこの母と共に勝利するのです。

ロザリオの戦士であるあなたたちは、何よりもまず、祈りの使徒とならなければなりません。

祈りは、すべての困難と悪に打ち勝つ道具、武器なのです。

この世界的な軍隊、十字軍に呼ばれているわが子どもたちよ、あなたたちは嵐のように祈らなければなりません。

ロザリオを常に、心と指から離してはなりません、わが子どもたちよ。

わがいと潔き浄配、聖ヨゼフと共に、ここにいる子どもたちを祝福しましょう。

聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

では質問を聞きましょう。

Q: J(プロモーター)さんに頼まれた英文は、真実、教皇様の日記からの抜粋ですか。

A:イマクラータ、それは真実のものです。

Q: その中のメッセージは天からのものですか。

A:そうです、それは天からのものと言ってもよいでしょう。教皇は、まことに私の出現を受けていたからです。

Q: アグレダのマリアの『神の都市』(※2)などの本を、これから出した方がよいでしょうか。

A: イマクラータ、Jに伝えなさい。出す努力をしてくださいと。それらの本は出版される必要があり、それは天の恵みであると、Jに伝えなさい。

Q: 出版社が引き受けてくれるでしょうか。

A: 捜してくださいと、Jに伝えなさい。どのような形でも、その本が出版され、人々が読むのは天の望みであるからです。
私はJを祝福します。
聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

ではイマクラータ、私と聖ヨゼフが、あなたたちとそこにあるロザリオ、聖具を祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

※1:現在世界中で広まりつつある、十字軍の祈りのグループによって、この預言は成就された。
※2:後にこの本は、英文の一部翻訳版として出版された。
下のサイトで抄訳が読めます。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~shinju/Agreda%20no%20Maria.htm


(2019年7月13日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1994年12月





聖時間
1時間のおん恵み  毎年12月8日

 1946年11月24日~1947年12月8日までの間、聖母マリア様がイタリアのモンテ・キアリーと言う町の教会でピエリーナと言うシスターに現われました。初めてのご出現の時、聖母は私は"奇すしきバラの花"として知られたい。また12月8日にすべての教会が家庭で昼の12時~1時までの間、1時間の聖時間を守ってほしいとおっしゃいました。
イタリア全国だけでなく全世界でこれを実行してほしい。1947年11月16日にこのシスターが聖体拝領後の感謝の祈りすませた所、大きな光の内に"奇すしきバラの花"の聖母様のご出現を見ました。シスターは聖母の非常に美しいお姿に見とれて早速マリア様に話始めすぐにひざまづきました。そこでマリア様は「私の息子は人間に非常に背かれています。特に不道徳の罪によって背かれています。そのためすでに神は人間に罰をお与えにならざるを得なくなりました。しかし私は神におんあわれみを願い、罰をおくらないように頼んでいます。そのために私はここに現われて罪の償い、特に不道徳の罪の償いを願います。」
そして聖母はシスター・ピエリーナに1つのけんそんな行いを願いました。祭壇の足台のところの四隅に石がありますが、その1つ1つの石の上に自分の舌で十字架をきるように願いました。こうしたら人々は私がここに出現し、この石の上を足でふまないように(汚さないように)人々は、わかるでしょう。と言われその4つの石をご自分でふんで、衣のすそがすべての石に触れました。
 11月22日シスター・ピエリーナは何かにうながされるかのように教会に行き、院長様も4人のシスターも又、数人の友人も共に行き、ロザリオをとなえているまっ最中、マリア様はまたご出現され、またピエリーナは石の上に十字架をきって誰もそこを汚さないように囲いをして下さい。また、罪の償いを願われ、罪の償いとは、他でもなく日々の気に入らない出来事を甘んじて耐え忍ぶことです。愛の心を起こして気に入らない事をささげる事です。
 今度の12月8日の正午ここに来て下さい。そして51番の詩篇を両手を広げて3回となえ、ロザリオや黙想、その他の祈りを午後の1時まで続けたら、その1時間中、最もがんこな罪人までも神様のお恵みによって改心するでしょう。また神のみ旨にそっているならばどんな祈りでも聞きいれられますとお約束なさいました。
 12月7日にシスター・ピエリーナはまた何かにうながされるように教会に行くと、聖母様と一緒にファチマのフランシスコとヤシンタも現われ、この2人の子供のように祈って下さい。"特にソ連の改心のために"とおっしゃいました。
 12月8日朝8時から大勢の人が集まり、昼には1万人の人となりシスターは教会のまん中で皆と一緒にロザリオを唱えていました。と突然天井から白い光があらわれて、美しい階段が天井から教会の床まであらわれ、階段は赤、白、黄色のバラで飾られ、マリア様は手を合わせてやさしくほほえんで立っておられ、"私は原罪なくして宿られたすべての聖ちょうの聖母であり、また私の愛するイエズスの御母です"私は今後「奇すしきバラの花」と言う呼び名で知られたいのです。
 毎年12月8日の正午~1:00まで聖ちょうの1時間を守ってほしい。その聖時間中はすべて事を打ち捨てて、唯、祈りを守ってほしいのです。電話があっても出ないように!

※毎年12月8日の正午から51番の詩篇を両手を広げて3回となえ、ロザリオや黙想、その他の祈りを午後の1時まで続けたら、その1時間中、最もがんこな罪人までも神様のお 恵みによって改心するでしょう。また神のみ旨にそっているならばどんな祈りでも聞きいれられますとお約束なさいました。(「煉獄 辺獄 キリスト教 カトリック」より)




証言―紐ロザリオ

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差出人: ********@gmail.com>
送信日時: 2019年6月18日 21:40
宛先: imma imma
件名: 紐ロザリオ

いつもお世話になっております。以前配布していただいたロザリオでお祈りをして1年くらいたった頃、宗教(カトリック)に懐疑的であった父親がカトリックの洗礼を受ける意思を示してくれたので大変驚き、感謝の気持ちを覚えました。この度家族分も含めて5本の配布を希望しております。以前のように振込先をメールでお知らせ頂けると助かります。どうぞよろしくお願いいたします。○○○○
(2019年6月19日に届いたメールより)


紐ロザリオの特別なお恵み

このロザリオを使って、ある特定の聖職者のためにノヴェナをすると、その者が、真の神の招きに従い、真実を知る恵みと、それを信じる恵みが与えられます。

私が通っているA教会では、紐ロザリオでのノヴェナのお恵みを感じる、善い変化が起こっています。

主任司祭は、3年前にA教会に異動してこられました。

先日の待降節第三主日では、ご自分で「ピンクだから、子供たちにからかわれた」とおっしゃりながら、初めて薔薇色の祭服(※)を着用されました。

また、これまで、待降節や四旬節以外に告解をすることは、事前予約をしなければ困難だったのですが、最近では毎回「声をかけてくださいね」とお知らせでおっしゃるようになり、実際御ミサの前に告解を受けられるようになりました。

知人は、この主任司祭のために、紐ロザリオでノヴェナを3度したそうです。私も1度行いました。

聖母は祈りを必ず受け取ってくださいます。そして、イエズス様にお取り次ぎくださいます。

そのことを実感させてくださっていることも、大きなお恵みであり、感謝しています。(あお)
(2019年1月21日の「百千鳥」への投稿記事より)

※伝統的に、四旬節第四主日と待降第三主日はバラの主日と言って、司祭はバラ色の祭服を着用した。―管理人

(2019年6月19日)




 

みんなで叫べば怖くない


神の眼には殺人である堕胎は、全能の父、至高なる神に対する反抗の印として、すべての国々で押し進められるだろう。あなたたちがこの、邪悪な嫌悪を催すものを大目にみるとき、あなたたちは恐ろしい罪を犯すことになる。堕胎の罪は大罪である。その責任のある者は永遠の火に焼かれるだろう」

「堕胎は、神に背くもっとも重大な行いの一つであり、卵巣除去の罰もありうる。人類の中で、大いなる分断がはじまった。獣の側につき、神の言葉に背くことを大目に見る者たちは、兄弟姉妹から分断される。私の警告をみくびってはならない。堕胎を受け入れること、それは神の子どもの故意の殺人を受け入れることになるのだ。もし、あなたが霊魂のうちに良心の呵責を感じないならば、あなたは決して私を見ることはない。私はあなたを荒れ野に放り出すだろう


(MDMへの主イエズスのメッセージ 2013年5月1日)

img_5.jpg(画像は一般社団法人「いのちを守る親の会」◆京都本部 ◆<公式ブログ>)


この堕胎された胎児には、名前を呼ばれ、あやされ、乳を与えられ、育ち、流れる雲を仰ぎ、風のにおいを嗅ぎ、学友に出あい、仕事に就き、恋をし、家庭を築く未来があったはず。君は今、人の手のひらの上で、自分には無縁であった、人としての未来を、遠く夢みるのか。(管理人)

img_14.jpg



米アラバマ州で5月15日(現地時間)、人工中絶をほぼ全面的に禁止する法案「人命保護法」が成立し、多くの海外セレブが声を上げています。

バルバドス出身の歌手リアーナ―「見て、アメリカの女性のために決断をしたばかどもだよ。ケイ・アイヴィー知事……恥を知りなさい!!」

英女優でモデルのエミリー・ラタコウスキー―「今週、25人の年老いた白人男性が、アラバマ州では近親相姦やレイプによるものであっても中絶を禁止する法に投票しました。これらの権力ある男性は、経済的な機会が乏しい女性の、産まないことを選択する権利を妨げることで、家父長制を維持し産業的な監獄を永続させるため、彼らの意思を女性の身体に課しています。中絶を禁止しようとしている州は、黒人女性が住んでいる割合が高い州です。これは階級と人種に関するもので、米国における女性の基本的人権への直接攻撃であり、ロー対ウェイド事件(※憲法で女性には堕胎の権利が保障されているとした1973年のアメリカ合衆国最高裁判所判決)によって守られています。私たちの身体は私たちの選択によるもの」

米歌手のレディー・ガガ―「アラバマの中絶禁止法は暴挙。レイプや近親相姦や同意のないものを考慮しないなんて極悪。手術を行った医師はレイプ犯よりも重い刑を科せられる? ばかげてる。この制度によって苦しむことになる女性と少女のために祈ります」

英モデルのカーラ・デルヴィーニュ―「男性は女性の体についての法律を作るべきではない」

米女優のミラ・ジョヴォヴィッチ―「政治的な発言をしたくないけど本当にそうしなければいけないときにはそうする」「これを経験したい女性はいない。しかし必要なときには、安全に中絶する権利を守るために闘わなくていけない」

英女優のエマ・ワトソン―「このような法律で、女性や妊婦が自らの身体や家族にとって最良の選択をするために中絶手術をやめることはありません。ただ安全でない方法での中絶手術を恥辱とともに強要されることになるだけです」(YAHOOニュースより)

(2019年5月20日)


■今日は、過去のマリア・イマクラータの文章の中から、『天草四郎時貞 真実の預言者』に関する文章を読み直してみたいと思います。最近このサイトに来られた方々は初めて目にする文章だと思います。
(2019年4月24日)

☆☆☆

『また、この本に関する感想文のいくつかを紹介します。ネットショッピングではほとんどの書店で在庫切れとなっているので、レビューもほとんどないのですが、以下の文章が見つかりました。皆さん、好意的です。

華章
‏@kashow0914
天草四郎時貞の本は碧天舎の「天草四郎時貞、真実の預言者」てのが面白かったな。編集さんがすんごい自由に書かせてて、若干ファンタジーも入ってたw逆に司馬遼太郎の「街道をゆく」の島原天草編は徹底して宗教的な問題じゃなかったってゆってたな。他の著者の書籍でも司馬さん系スタンス。

次のものは「Megu-くだらない日記」からのものです。

天草四郎時貞、真実の預言者
窪塚洋介さんの「魔界転生」を観て以来、どうにも天草四郎のことが気にる・・
物語の内容よりもあの冒頭の島原の乱で四郎の首が斬られるシーンが印象に残っているからでしょうか。

今回、Amazonで取り寄せた本は今倉真理さんという方が天草四郎の「謎」に取り組んだノンフィクションです。
最近読んだ本で一番熱中してしまったかも。
しかも、読んでいるうちにこの本が第一部であり、第二部は執筆中らしいことが判明して、やられたーと思いました。はやく読みたい。

島原の乱の総大将、天草四郎は当時16歳
農民一揆の総大将として祭り上げられた若者とする見方があるそうですが、ご自身がカソリックの洗礼を受けておられる著者は同じく16歳で天の声に導かれてフランスを救ったジャンヌ・ダルクと比較しています

一級史料にものこされている数々の不思議な出来事
島原の乱が幕府に、後の日本に与えた影響などなど
教科書には載っていない歴史のとらえ方がわたしには驚きの連続でした

ロマンティック☆なんて言ってられないとちょっと反省。
機会があったら原城跡に行ってみたいと思いました

megu

次は、「amazonn.co.jp プライム」
のカスタマーレビューから。

形式: 単行本
約400年前の島原の乱、勝てば官軍負ければ賊軍と言われる日本の歴史の中で、この島原の乱だけは他と何かが違うと感じてきた。
 「天草四郎時貞、真実の預言者」は、現世利益の信仰・この世でのゴリヤクを求める日本的な価値観しか持たない私にとって、目の覚めるような衝撃の一冊である
 天国・パライソに入るため、信仰を守るため、女性の名誉を守るため、何よりも心の自由を守るため、心まで奴隷にならないために彼等は戦った
 自由に生きる事のできる現代の日本の中では想像もできない状況であったはずだが、しかし豊かな社会であるはずの現代において、私達は心の自由を失っていないだろうか。人生を考えるとき金で考えてはいないか。命より金のほうが大事と思ってはいないか。私達は本当に自由なのか?金の奴隷ではないのか?… 
天草四郎時貞とその群れの人々 自由と誇りを守りぬいた幸せな人々に賛辞を送りたい。

次のものは感想文というより、ある研究家の方の論文の中でこの本が言及されていました。

島原の乱でただ一人生き残った男・絵師山田右衛門作の生涯(08・6・21)家来裕隆(S22 理)
(略)

山田右衛門作の生い立ち
山田右衛門作については様々な記録がありどれが正しいのか明らかでなく、謎に包まれた部分もあります
たとえば吉川弘文館の『国史大辞典』には「生没年不詳。江戸時代前期の洋風画家。暦元年(一六五五)歿説がある。 」と記されております。また『島原一揆西戎征伐記』と題する写本が後年発見されましたが、それによれば右衛門作は出雲の尼子勝久の子孫で、流浪の末肥前の国に隠れ住んだとされております。そうかと思えば『天草征伐記』によれば「元来天草の島上津の地土名主にて、大村の長として大福者にして学問道徳の男、文章の達者」と記されています。 『原城記事』では長崎生れで西洋画をよくし、松倉氏に仕え口之津村に住んだことになっており、まさに諸説紛々というところです。

このような資料の山の中に一つ注目すべき記録があります。今倉真理氏の『天草四郎時貞真実の預言者』の中で「一五八八年のセミナリヨ(神学校)の名簿のなかに、山田と名乗る生徒が三人いるのだが、リノ山田(十六歳)というのが嶋原出身となっている。その頃セミナリヨ(第二次有馬セミナリヨ)では八名が油絵を習って非常に上達し、 〝色も形も原画さながら〟と一五九三年のペドロ・ゴメスの報告にある。島原の有馬氏に仕えていた山田右衛門作がこのリノ山田である可能性は非常に高いといえる。 」とされておられます。この記述は非常に信憑性は高いと思われます
もしこれが正しければ山田右衛門作は一五八八年に十六歳でしたから一五七二年(元亀三年)年に生れ、当時島原の領主であった有馬氏に仕え、セミナリヨでイエズス会の神父から南蛮絵(西洋画)の技法を習得し、高い評価を得るに至ったものと思われます
慶長十九年(一六一四)六月(大坂冬の陣の四か月前)領主有馬直純が日向の県(あがた)城へ移封される前、二年前に発せられたキリシタン禁教令に従って棄教し、キリシタン迫害を強化しました。この時山田右衛門作を含め多くの家臣が日向に移らず有馬に残りました
その後島原の新しい城主となった松倉重政も口之津に住む山田右衛門作をお抱え絵師としました。この意味で先に引用した『原城記事』の記事も誤りではないことになります。島原の乱で九死に一生を得た右衛門作が『国史大辞典』の記載のとおり明暦元年(一六五五)に亡くなったとすれば享年八十三歳となり、他の資料とほぼ合致します
ここで付け加えたいのは島原の乱で原城に籠城したとき、天草四郎直属の親衛隊五百の指揮を委せられたことでもお分かりのように、山田右衛門作は単なる絵師ではなく,『天草征伐記』の記述にもあったように「学問道徳の男、文章の達者」でもあったと思われます。落城後捕われてからの供述書である『山田右衛門作口書写』でもそれが偲ばれます

(略)

(元・石原産業(株)常務取締役)
(平成二十年六月、三高同窓会『大阪舎密クラブ』での講話に資料追加、補筆)』



教皇ベネディクトⅩⅥ世、お誕生日おめでとうございます
2019年4月16日。92歳になられました。

■以下の記事を読まれる方は、16日の火曜日にそれを読むという方が大半でしょう。その場合、断食は水、木,金の3日間をやればよいでしょう。17日の水曜日にはじめて記事を眼にする方は、木、金の二日間すればよいでしょう。木曜日にはじめて記事を眼にする方は、金曜日の一日だけ断食すればよいでしょう。ちなみに私は 火、水、木、金の4日間やります。これは、月曜から金曜までの5日間はできなくとも、まったくやらないよりかはるかにましだからです。しかしこの断食の苦しみを受け入れたくない人にも、主は祝福をくださいます。

復活祭に向けての祈りと断食

もしあなたたちがこの杯を受け入れることができるなら、あなたたちは、魂を滅ぼす人間の罪を贖い、何百万もの霊魂を救うのだ。あなたたちの苦しみの捧げものに対して、私は最も頑(かたく)なな罪人に憐みを注ごう。

画像の説明

2013年3月22日、イエズス様はご自分のレムナントたちに断食を願うメッセージを与えられた

画像の説明

「私は、わが従者たちのすべてが、次の月曜日から聖金曜日の15時30分まで断食の時を過ごすよう願っている」

イエズス様はお続けになられました―「あなたたちが再び完全となるのは断食によってなのだ。身体を浄めることによってあなたたちの心は再び新しくなる。私はまた、あなたたちが告解の秘跡、あるいはあなたたちができる何らかの形の(神との)和解を受けるよう願っている」

そうして後、霊において、あなたたちがあたかもわが使徒たちと共に最後の晩餐に居合わせるごとくに、私と一緒になることを私は願っている。あなたたちは私と共に種無しパンを分かち合い、わがテーブルで私と共に食すのだ。あなたたち、わが従者たちは、私が差し出すのを受け入れるなら、自らの自由意志によって、わが苦しみの杯(さかずき)を私と分かち合うことができるのだ」

私、イエズス・キリスト、全人類の贖い主へ捧げられるあなたたちのするこの犠牲は、私が全世界にわが大いなる憐みを注ぐことを可能にするのだ。

さらに重要なことは、私は、私を憎む者たちさえ救うということだ。あなたたちの祈りと犠牲は、彼らの救いの恵みとなる、それなしには彼らは邪悪なものによって滅ぼされてしまうからだ。

たとえあなたたちがこの苦しみを受け入れることを願わないとしても、私はあなたたちに大いなる祝福を与え、この世をその微睡(まどろみ)から覚醒させるためのわが旅路を共に続けるようあなたたちに願う、そうすれば私は世を覆っている欺きのヴェールを引き上げることができるのだ。

もし、イエズス様が霊魂を救うのを助けたいならば

・聖週間の月曜から聖金曜日の午後3時半まで断食をする。
・断食は、その日に一食だけ普通の食事をし、あとの二回はパンと水だけを摂る。
・イエズス様はまた、告解の秘跡、あるいはあなたたちができる何らかの形の(神との)和解を受けるよう願っている。
・イエズス様が言われます―「この秘跡を受けられないならば、その時にはどうか、私がしばらく前にあなたたちに与えた、わが全免償の賜を受けてほしい」(2012年1月31日火曜日 21:30)

あなたたちは、完全な赦しと聖霊の力を与えられるためには、この祈りを七日間続けて祈らなければならない。

おおわがイエズスよ、御身(おんみ)は世の光なり
御身はすべての霊魂に触れる炎なり
御身の御憐みと愛は限りなし
われら御身の十字架の死による犠牲(いけにえ)に値せず
しかれども、御身のわれらへの愛が、われらの御身への愛に勝るをわれらは知れり
御身の新しき国にふさわしき者たらんがために、おお、主よ、われらに謙遜の賜を与え給え
われらを聖霊で満たし給え、そはわれらが前進し、御身の軍隊に御身の言葉の真理を宣言せしめ、またわれらの兄弟姉妹をして御身の地上への再臨の栄光に準備せしむるを得んがためなり
われら御身を敬い奉る
われら御身を賛美し奉る
われら、霊魂を救わんがために、御身への捧げものとして、われら自身、われらの悲しみ、われらの苦しみを捧げ奉る
われら御身を愛し奉る、イエズスよ
いづこにいようとも、御身のすべての子供らを憐み給え
アーメン」

・それからイエズス様は共に霊魂を救うことに参じるならば、断食の日に一日3回次の祈りを唱えるよう願われている。

「もしあなたたちがわが苦しみの杯を分かち合いたく思うなら、あなたたちのための十字軍の祈りがここにある。出来る時に三回唱えなさい、しかし望むべくは断食をしている間に三回唱えなさい」

十字軍の祈り第103番―キリストと共に苦しみの杯を分かち合う

われ、すべての者の善のため、御身(おんみ)がわれに望み給うことをなすがために、御身、愛するイエズスの御前(みまえ)、御身の足下(あしもと)にわれを差し出さん。
われに御身の苦しみの杯を与え給え。
このわが捧げものを受け給え、そは、御身が迷える、希望無き者たちを救うを得んがためなり。
われが御身の苦しみを共にするを得んがために、わが身体を捕え給え。
御身の聖なる御手(みて)にわが心を収め給え。
わが苦しみの賜物によりて、われ御身の神なる現存が、わが霊魂を抱(いだ)き給えるがままになさしめ奉(たてまつ)らん、そは、御身がすべての罪びとを贖(あがな)い、すべての神の子らを、今も、世々に至るまで一致させ給えるを得んがためなり。アーメン


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(2019年4月16日)

マリア・イマクラータのメッセージ
今日で、マリア・イマクラータの1995年9月のメッセージは終了です。次回から、遡って1994年3月のメッセージからアップしてい
きます。メッセージの内容そのものに解釈や説明を加えることは控えねばなりません。しかし、メッセージが与えられた背景に最小限の説明を加えることは、今、メッセージを読む読者の助けになると思います。
メッセージが与えられた時期は、1994年8月15日を境に前後、A、Bの時期に分けられます。

 Aの時期    (1994年8月15日)      Bの時期

1994年8月15日:日本、世界の幻視者たちが分裂した日

Aの時期:日本に於ける終わりの時の共同体づくりが具体的に始められる時期。日本において多くの幻視者が立てられる。(秋田のシスター笹川から数えてイマクラータで13人目)
        
Bの時期:マリア・イマクラータを中心にして日本における「霊的再編成(聖母の言葉)」が行なわれた時期

1994年8月15日は、一致のために日本中から、世界中から来た幻視者やプロモーターが一堂に会しましたが、一致のそのシンボルであるその日の会合を境に一気に分裂へと突き進みます。分裂後は、日本ではマリア・イマクラータを中心に聖母の汚れなき御心の軍隊・軍団のさらなる拡大、東京での黙想会、バスを借り切っての巡礼などが行われていった時期で、共同体づくりのために、物質的、霊的準備がすすめられていった時期でもあります。A、Bの時期を通してそれは「篩(ふるい)」の時期であったと言えます。多くの人間がさまざまなレヴェルでふるわれたのです。そのような大まかな背景を念頭に入れてメッセージが読まれればと思います。

重要なことは、あらゆる天のメッセ―ジがそうであるように、これが過去の遺物ではなく、現在、未来に直結する霊的指導書であるということです。これから起こる事柄(NWO、反キリストの台頭、さまざまな災害、戦争、大迫害など)を乗り越えてゆく秘訣がそこには語られています。

(2018年7月29日);



守護の天使もどうすることもできない

落ちた幻視者はなぜ地獄へ行くか
「幻視者が落ちる」という意味は、幻視者が天から与えられたミッションを失う結果になることを意味しますが、「落ちる」と表記するのは、英語の「fallー落ちる」からきていると思われます。「落ちた幻視者」は英語では「a fallen seer」といいます。「堕ちる」と言う漢字を当てる人もいます。それは「堕天使」を英語で「fallen angels」ということからそう表記するのかもしれません。

一般的に、いまの時代に死んだ人間の霊魂が地獄に行くということは珍しいことではなく、それどころか雪が降るように霊魂が地獄に落ちていると聖母マリアはメッセージで告げられます。今は死ぬ人の80%が地獄に行っているというメッセージもあります。地獄に行くということはけっして稀なことではないのです。それどころか「いま死ぬ人のほとんどは地獄に行く」といってもよい状況です。その多くが性的罪のために地獄に行くと言われています。

そのような時代的霊的状況がある一方で、教会で司祭は地獄については黙して語らず、人道主義や政治問題を喧伝します。ある司教は、小教区を訪れ、ミサを挙行し、ミサ後の講話の初めに「みなさんのなかで地獄を信じている人はいますか」という問を投げかけ、そのあまりにも唐突かつ愚かしい質問のせいだと思われますが、信徒がそのままだれ一人挙手する者がいないのを確認してから、その司教は「安心しました」と言い放ったそうな。この「安心」の意味するところは何でしょうか。

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もう何年も前に、日本で新しく立たされた一人の幻視者に、来日した外国のベテラン幻視者が関西のホテルでアドバイスをする、その現場に居合わせたことがあります。その外国人幻視者は、日本の新人幻視者に「幻視者というものは、普通の人間には与えられない特別な恵みが与えられる。神の声を聞き、主や、聖母、天使の姿が見える。そのような格別な恵みを与えられた幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」と説き伏せました。新人は神妙な顔つきで聞き入っていました。

当時はそうなのか、と単純に思ったものですが、その後、いろいろなメッセージを読んでゆき、「どんなひどい罪を犯そうが、痛悔するならば赦す」と主は言われていることを考えても、いかに特別な恵みを与えられた幻視者が落ちたとしても、それを痛悔するならば地獄へは行かないで済むのではと考えるに至りました。落ちてほしくないという気持ちが溢れるあまり、ベテランが新人に、オーバーに語ったのではないかと思うに至ったのです。ちなみにこのベテランは、後に落ちました。

しかし、主が上のメッセージを語ったときに「聖霊に対する罪だけは別である」と言われていることから、また「聖霊が存在しなければ私はメッセージを伝えることはできない」とも言われていることから、幻視者は落ちるだけで地獄に必ず行くというのは真実ではなく、落ちた幻視者が、嘘のメッセージを出し始めたとき、聖霊の業であるメッセージを騙(かた)ることで、聖霊に対する罪となるので地獄に行く、と理解するようになりました。しかし、それでも痛悔すれば許されるものと思ってます。それは聖霊に対する直接的な罪ではないと思えるからです。

聖霊の罪云々と理解せずとも、本来天の存在が人間にメッセージを語るところを、嘘のメッセージを、あたかも天の存在が語ったかの様に偽って公開するという行為が、どれほど神に逆らう重大な行為であるかは分かります。

イマクラータが受けて世界中にメールを通じて拡散された以下のメッセージは、そのことを言っていて、このメッセージのなかの「死なねばならない」というのは、生物学的にこの地上から取り除かれるという意味での死ではなく、「霊魂の滅び(死)」、地獄へ行くという意味です。

このメッセージは2005年に、JMJコミュニティ―の日本の関係者に向けて発送され、2012年に英訳され全世界(アメリカ、カナダ、フィリピン、フランス、アイルランド,クロアチア、オーストラリア、他)のメッセージ関係者にメールで送られたものです。

永遠の御父

永遠の御父 :娘よ、わが娘イマクラータ、

ユダの家々に預言して言え。
偽りの預言をした者は死なねばならない
その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある。

憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ。
わたしは全ての者を愛しているが、骨を腐らせ、命を失わせる者たちを憎む。

聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。(2005年9月5日)


ですから、幻視者は落ちただけでは地獄へは行きません。しかし落ちた幻視者が地獄をまぬがれるためには、絶対的条件として、落ちたことを痛悔しなければならないのです。

世界中で何百人もの幻視者が立てられ、何百人もの幻視者が落ちていきましたが、悲劇的なことは、落ちた幻視者は自分が落ちたことを認めたがらないということです。落ちた幻視者のその後に関しては、すべての情報を得ているわけではありません。今まで落ちた幻視者は、国内外を問わず、音信不通となりそのまま消えてゆくことが多いからです。しかし例外的に、たった一人、落ちたことを認め痛悔していると思われる落ちた幻視者がいます。それは上述した新人の幻視者で、彼女は、彼女が立てられたある都市に、新たな新人幻視者が立てられた際に、日本のあるプロモーターに「私の代わりに立てられたのですね」と電話で語ったという話を、当のプロモーターからじかに聞いたことがあります。これなどは、その幻視者が自分が落ちたことを認めている言葉です。痛悔すら感じさせます。しかしこれは例外で、大体は、落ちてもそのことを認めない幻視者が多いのです。幻視者が落ちて、落ちたことを認めないということは、落ちたことをまったく痛悔していないということを意味します。つまり、ベテラン幻視者が言う「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」とすれば、それは痛悔がないということに原因があるのです。

さらに悲劇的な例は、落ちた幻視者が偽りのメッセ―ジを発信し続ける場合です。これには世界的に有名なヨーロッパの幻視者たちがいます。

落ちた幻視者が天のものではないメッセージを世に送り続けるのは、一つにはサタンからのメッセージ、一つにはその幻視者の心、考えから出たメッセージです。両方とも、幻視者自身が天からのものと信じている場合には、罪とはなりません。信じているわけですから。信じているのか、それとも偽りと知ってか、それは神とその幻視者自身には分かります。

しかし、最悪のケースは、幻視者が自分で偽りのメッセージを故意に「創作」して世に広める場合です。それも含めて偽りのメッセージだと分かっていて世をあざむく場合は、「死なねば」なりません。それは、偽りと分かっているその幻視者の霊的指導者、そのメッセージを偽りと知りながら広めるプロモーターも同罪です。「その責任は預言した者だけではなく、責任者たちの上にもある」とはそういうことです。

落ちた幻視者が、救われる20%の仲間に含まれるということは、至難の業という他はないのです。

偽りのメッセージを世に発信していた幻視者が、ある日、突然痛悔して、告解し、その罪を赦されても、それだけでは十分ではありません。埋め合わせをしなければならないのです。ある司祭が、説教台から「地獄は存在しません」と言い、それを真に受けた信徒の何パーセントかがそれを鵜呑みにして信じたとします。その後司祭はそのことを痛悔して告白すればその罪は赦されますが、それだけでは十分ではありません。その司祭は説教台から、「地獄は存在しないと言いましたがそれは誤りです、地獄は存在します」と訂正する必要があります。偽りのメッセージを広めた幻視者も同じです。偽りのメッセージを広めたその同じルートを通じて、今までのメッセージは天のものではなかったと、訂正の宣言をなさねばなりません。しかし、今までそのような幻視者は見たことはありません。

永遠の御父は「憐みのあるうちに立ち戻れ、偽りの預言をする者たちよ」と言われますが、偽りのメセージを出し続ける幻視者たちは、「憐みのある」時がこのままずっと続くと思っているのかもしれません。

裁きの時は突然訪れます。それは全てが手遅れとなる時です。

つまり、ベテラン幻視者が言った通り「幻視者が落ちるならば、必ず地獄に行くことになる」という言葉はかなりのパーセンテージで真実を含んでいる言葉だと言えるのです。

当のベテラン幻視者は今どうしているかというと、相変わらず聖母のものだと称するメッセージをせっせと発信し続けています。当該幻視者が、それを天のメッセージだと信じて発信し続けていることを祈るばかりです。

この種の記事を書くのはこれが最初で最後です。(2018年9月10日)





確認:ある幻視者がメッセージを受け、それが真実のメッセージ(天からのメッセージ)かどうかを、他の幻視者を通して天に聞いてもらうことを、メッセージを(天に)確認すると言います。

それは、真実の幻視者であっても、天から受けるメッセージの一部、または全部に、恐怖や自分の願望から自分の潜在意識がメッセージに入り込んでしまうことがよくあるからです。その現象を「混じる」といったりします。あのメッセ―ジは混じっている、などと言います。

これは、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽幻視者が天のものではない出現によって天のものではないメッセージ(幻視者自身の人間的な推理、願望を反映したサタンのメッセージ)を受けるのとは違います。天の出現を受けながらも、メッセージに自分の願望や考えが混じってしまう現象で、もう一度言うと、落ちた(ミッションを失った)幻視者や偽預言者が天のものではないメセージを受けるのとは異なります。真の天の出現を受けながらも、天のメッセージに自分の考えが混じってしまうのです。

このことが常態化すると、その幻視者はもはや天の道具としては機能しなくなります。天が白といっても黒と受けてしまい、天が左と言っても右と受けてしまうからです。天の御旨よりも、幻視者個人の願望が優先されてしまうのです。

ですから、メッセ―ジの確認が必要なのですが、その確認自体、また混じることが多いのです。幻視者が、ある別の幻視者にその受けたメセージの確認を頼まれた場合、その幻視者の気にいるような確認のメッセージを確認を頼まれた幻視者が混じって受けてしまうのです。これは幾度となく眼にしてきたことです。馴れ合った幻視者同士が、天の意向ではなく、互いのメッセージに反映された互いの人間的願望・推理を確認し合うというスパイラル現象が起きます。
ですから、聖母が、すべてのメッセージは識別が必要だとおっしゃるのです。

もし、落ちた幻視者や偽幻視者同士がこの確認スパイラルを余人に誇示するような事態になれば、それはそのメッセージを天のものだと信じる人々を巻き込んで際限もなく妄想の世界をメッセージで展開してゆくことにな

教皇三重冠を被るAntipope

ります。現在、数人いると言われている対立教皇(Antipope)なども、この確認スパイラルの生み出した妄想願望の一つの可能性があります。(写真は教皇三重冠を被るAntipopeの一人)

つまり確認を絶対的なものだと考えることはできないのです。

かつてイマクラータは聖母に質問したことがりあります。

Q:ある一人の幻視者において、確認が100%正しいというような状態は、実現可能なのでしょうか。

A:可能です。イマクラータ、それは、聖成の道と同じように、厳しいことではありますが。(1994年6月22日のメッセージ)

つまり、確認のメセージを受ける幻視者はあらゆる人間的感情―恐怖、願望などを抑えて、天の御旨だけを行なおうとしない限り、すこぶる混じりやすいものなのです。「確認から学ぶ」とはそういうことをも含めての言葉だと思います。―管理人


■マリア・イマクラータによる『絶えざる御助けのノヴェナ』のあとがき

「文語体の祈りがなかなか手に入らないので、復刻版を作ることにしました。体裁は変わりましたが、祈りそのものは昔のままです。

なお、絶えざる御助けの聖母の祝日は、六月二十七日です。

また、日本で絶えざる御助けの聖母に捧げられている教会は、鎌倉の「雪の下カトリック教会」、レデンプトール会が建てた教会です。レデンプトール会は、聖アルフォンソによって創立されました。

歴史的にも、聖母はたびたびこの「絶えざる御助けの聖母」に祈るよう出現され願われてきました。またピオ九世教皇は、「イエズスの聖心と、絶えざる御助の聖母は、時の最後の時機に世を救うであろう」と言われました。主イエズスは「(聖母の)絶えざる御助けの信心を持つ人々を、独占的に特別の愛をもって眺めよう」とも仰せられました。この終わりの時、皆様が救霊と天の栄光のために働くなかで、「絶えざる御助けの聖母」が文字通り強力な助け手となりますように。

一九九六年十月七日 ロザリオの元后の祝日」

1996年月9月24日  9:15am    

聖母:イマクラータ、あなたが作っている『絶えざる御扶けのノヴェナ』は拡がるべきであり、広められなければなりません。

多くの、困難にある子供たちを救うからです。

私は、非常に、非常に多くの恩寵をもってこのタイトルのもとに子供たちを助けます。

ですから、イマクラータ、わが子よ、あなたはこのノヴェナを広めなさい。

私は、あなたにこの使命を託しています。(後略)

※マリア・イマクラータが作成した冊子『絶えざる御扶けのノヴェナ』の在庫があります。お申し込みは
aza.c@live.jpまで。

(2018年7月19日)

カテゴリ→アーカイブ抜粋1996年9月


マリア・ディバインマースィーのメッセージ

2012年6月1日

ひとたび埋め込まれたなら、それはとなる、心と霊魂にとってだけではなく、あなたたちの体にもだ。それは世界中の人間の多くを消し去るための疫病をもたらすからだ。
あなたたちは「印」を受け入れてはならない。私は何をすべきかをあなたたちに教える。
無力を感じるゆえ、多くの者たちが「印」を受け入れるだろう。
生ける神の印」-わが十字軍の祈り第33番は、あなたたちの命綱である。永遠の父によってあなたたちに与えられたわが「保護の印」を受けたなら、あなたたちは(獣の)「印」を受け入れないですむ

2013年7月29日

だが、次には、獣の印を受けることを拒む多くの者たちを、彼らは処分するのだ。彼らはそれは真の世界平和、愛、一致の印だというだろう。しかし、その恥ずべき核心に隠されたものは666の文字、獣の印である。
まさしく聖なるメダイが神から来る力による天的保護をもたらすように、獣の印は、それと共に死を―霊魂の死と恐ろしい病による死をもたらすのだ。獣の印を拒む者たちは隠れて備えをしなければならない。これが恐怖を催させることだとはわかっているが、それは真実なのだ。私は、あなたたちの祈りの助けをもって、迫害を終わらせるべく介入するだろう。


アマゾンが背後でマイクロチップの埋め込みのためにうごいています   
の投稿記事を「百千鳥」にアップしました。(2019年2月26日)


仙台広瀬川の殉教者の連祷
2019年2月21日に「百千鳥」に、仙台の広瀬川の殉教者に関する記事がアップされました。それを読んだ方から感想が寄せられ、その方は自分で勝手にその仙台の広瀬川での殉教者の連祷を作り唱えるということが書いてありました。これは非常に良いことだと思い、さっそく、「諸聖人の連祷」をもとに仙台広瀬川の殉教者の連祷を作ってみました。聖母は、マリア・イマクラータのメッセージで、日本の殉教者に取次ぎを願って祈るようおっしゃっておられます。日々の祈り、またノヴェナの祈りとしてこの連祷をお使いくだ去れば幸いです。(MDMのサイトの便利印刷3で印刷できます)


ダウンロード (12)


上の写真は知る人ぞ知る有名な奇跡の写真です。もう何年も前に、天のメッセージを信じる人たちの間でもこの写真が広まりました。当時、この奇跡の写真の説明が、聖ヨハネ・パウロⅡ世教皇が聖母の御像に触れて祈っているときに、この奇跡の写真が撮られたとの説明と共に広まったと記憶しています。

しかし、実情はそんなものではありませんでした。あるサイトで詳しく写真について語られていたので、それを抜粋して紹介します。

(続きは「百千鳥」でお読みください)
http://gokyoyoko.com/index.php
(2019年2月9日)


■1月の最後の週の金曜まで、堕胎がなくなるためにロザリオを祈
りましょう。
わが子よ、堕胎の広がりを阻止するために、すべての者が、2013年の1月の最後の週まで、毎週金曜日にロザリオを祈ることは重要なことです。
胎内で殺されたすべての子は、わが聖父の王国で天使になります。彼らは、知っていながら(神の御業に)干渉し、ためらいなく自らの胎内の子供の命を絶ったそれぞれの母親のために毎日祈ります
」(2012年12月18日の聖母のMDMへのメッセージ)
できる人は、この期間以外でも毎日一連のロザリオを「堕胎がなくなりますように」の意向で祈ることが勧められます。

(2019年元旦)


nativity.jpg

Merry Christmas




(2019年1月14日)


st michael

今日は九日です。できる人は「聖ミカエルのチャプレット」を唱えましょう。

聖ミカエルの御約束―彼に敬意を表してこの信心を実行する人は誰でも御聖体を頂く時九階級の中から一人づつ選ばれた九人の天使に付添われます。さらに、これら九つの挨拶を毎日唱える人々には、彼は彼およびすべての天使達の生涯にわたる絶えざる援助と、死後のその人々自身と親族達の煉獄からの解放をお約束になりました。(『ピエタ』より)

毎日祈ることが難しい人は、「九」のつく日にこれを唱えることを聖母は願っておられます。(祈り文は、マリア・ディバインマースィーの「便利印刷」にあります)(2018年12月9日)



聖アンドレのクリスマスのノヴェナ

伝統的なこのノヴェナはどんな願いもかなえられます。MDMのサイトの「便利印刷2」で印刷できます。






ヴィガノ大司教のレポートが世に出るまでの経緯1

マカリック枢機卿

今年の夏、2018年6月20日、一人の高名な枢機卿が使徒座によって公職から解任された。それは、ニューヨークのローマカトリック大司教区の再調査委員会が、その枢機卿がニューヨークの司祭であったときに、聖パトリックカテドラルにおいて、1971年と1972年に、当時19歳の侍者に性的虐待を加えたとの訴えが「信用かつ実証」できるものであるとの結論を出したことによる。

その枢機卿の名は、9つ以上の大学から名誉博士号を授与された経歴をもつテオドール・エドガー・マカリック枢機卿である。(写真は、2008年、スイスのダボス世界経済ホーラムで語るマカリック枢機卿)

※続きは「百千鳥」でお読みください。
http://gokyoyoko.com/index.php




訂正メッセージで明かされた聖母の御誕生日は8月の5日でした。7日は、「月の祈り」でした。訂正してお詫びいたします。

    
聖母マリアの誕生日!8月5日。

聖母の披昇天に向けてのノヴェナ
昨日から始めた人は14日に、今日から始める人は15日にノヴェナが終わります。



今日アップするメッセージ(1994年3月25日)について
このメッセージはアップすべきかどうか逡巡しました。平和な日常生活のなかで信仰生活を送る人にとっては、つまずきの種となるのではという懸念が払しょくされなかったからです。しかし、この終わりの時に生きるわたしたちの信仰は、このような一面をも実際のこととして認めることも必要です。教皇ベネディクトⅩⅥ世からして、退位させられ、近い将来は命を狙われ、ヴァチカンから逃げます。大警告は教皇がヴァチカンから逃げた後に起こるとされています。

米国のある幻視者は、南米を講演旅行中に銃で襲われ、それ以来髪を伸ばしかつパーマをかけて「パッと見」を完全に変えましたし、豪州のある幻視者は自宅にてライフル銃で狙われましたが、寸前に守護の天使が伏せるよう言い、難を逃れたといういこともありました。カトリック的価値観を重んじた政策を公言してきたトランプ大統領も選挙運動中に遠隔コンピューター操作による、自動車事故を装った暗殺未遂に遭いました。わたしたちの近未来にも、獣の印(ICチップ)を体内に入れることを強制され、拒めば殺されます。このように、殉教も含めて、わたしたちの信仰と「暗殺」は、元来、無縁ではないのです。

今日のメッセージにでてくる「D」という幻視者も、当時、日本において、また世界においても、人々の救霊のための大きなミッションを天から与えられた人でした。敵はそのようなミッションを持った彼女を亡き者にして、そのミッションを阻止しようとしたのでした。


寄せられたメール

「絶えざる御助けの聖母のノヴェナは、力ある祈りだと思います。
確実に願いが聞き入れられます。今まで3回のノヴェナをしました。意向は全て違います。いま3回目の最中ですが、今回、すでに明らかに願いを取り次いで下さっていると感じます。
結果がすぐに分からないものもありますが、いつか叶うと信じます。
ノヴェナのことを教えて下さり、ありがとうございました。」(M・R)

実はこの方は推敲集団「ファミリー」の一員です。いわば身内ですが、メールは真実のものです―管理人

(2018年8月4日)


訂正昨日アップしたマリア・イマクラータへの聖母のメッセージの日付が違っておりました。お詫びして訂正致します。


死にかけていた若い母親の癌が癒される
「神父様、私・・・癒されました」
百千鳥。

(2018年7月9日)


■「サタンは、毎日わが聖なるロザリオを唱える者すべてに対して、傷つけたり、攻撃したりはできません。三環、あるいはそれ以上祈ることによって、あなたたちは他の者たちにこの保護を拡張できるのです。たとえ百人の者たちであってもこのことをすることができたなら、彼らは自分たちの国を、邪悪なるものが広める汚染から救うことができるのです。」(2012年6月20日マリア・ディバインマースィーへの聖母のメッセージ)

(2018年6月18日)





画像の説明


聖ミカエルの祈りを毎日唱えていたアメリカ海兵隊員に朝鮮戦争で起きた奇跡の実話

ミカエル、朝のミカエル・・・」

「百千鳥」参照

(2018年6月14日)





罪に砕かれたるイエズスの聖心(みこころ)への祈り

投稿されたこの祈り、これを毎日唱えれば、主イエズス・キリストの聖心とその苦しみが理解できるようになるでしょう。暴れ馬のような私たちの自我を抑え込むには、主の聖心の苦しみを理解するしかありません。この祈りに含まれている主の苦しみは、現在、日々加えられているの主の苦しみそのものです。この祈りを毎日唱えることで、私たちは確かに主の聖心をお慰めすることができるでしょう。またこの祈りは、私たちの祖国への愛と聖母マリアの汚れなき御心へのあつき信心をも告白できるようになっています。(祈り文は「百千鳥」に掲載)

(2018年6月8日)



6月4日―「救いの母の祝日」
マリア・ディバインマースィーを信じている人も信じていない人も、今日は十字軍の祈り第154番を祈りましょう。信じて祈る人には多くの恵みが、信じていないが祈る人にも信じる恵みが与えられるかもしれません。MDMを教会が否定しているから、あるいはMDMの所属する教区の司教がそのメッセージを天のものではないと公けに宣言した(これは教皇の下にある教区の司教としてのご愛嬌。教区司教が、現教皇を偽預言者として否定する内容のメッセージを天からの真実のメッセージであるとは言えるわけがないからです。まあ、その司教自身、本気で信じていないかもしれないが)からと言って、今日という特別な日に十字軍の祈り第154番を祈らないことは、信仰者として実に無駄な生を生きているとしか言いようがない。いくら、「マリア様は私たちのお母様です」と口先で言っても、その無駄の隙間は埋まらない。

天のメッセージは、預言の成就する日まで、繰り返し、繰り返し読まなければならない。読めば読むほど、信仰心がかきたてられ、理解、悟得のめぐみが注がれ、識別のめぐみが与えられます。MDMのメッセージの推敲集団「ファミリー」のメムバーが口をそろえて言うことは、メッセージを再読する機会が与えられたことへの感謝です。そう、「生活に追われて忙しい日々を送る現代人」である私たちは、忙しいから祈れず、忙しいから黙想できず、忙しいから聖書を読めず、もちろん毎日天のメッセージを読むなどとはとんでもない、やらなければならない事は山ほどある。

そんな中、ファミリーとして推敲の仕事を引き受けた人たちは、メッセージを読むことがやらなければならないことの領域に編入されたわけです。

話はそれますが、現代人は―信仰を持つ現代人は生活のバランスが必要です。祈りと生活のバランスです。生活のバランスとは、時間に対する意識です。さらに言えば、非宗教的な日常の時間帯にいかにして宗教的な要素(内的生活と言っても良い)を組み入れてゆくか、ある人にとっては、いかに宗教的な要素を暴力的に日常生活の中にねじりこんでゆくかということです。

目安は、天のメッセージで言われてきました。ロザリオにすれば1日3環、聖書は1日15分、ミサはできる人は毎日、そしてメッセージは過去のものを繰り返し読みなさいと再三言われてきました。毎日黙想をしなさいとも。この天の言われる標準を満たせる人と満たせない人がいますし、また通常は満たせる人でも、ある日、ある期間は満たせないという人もいます。ここで、信仰者は自分なりの工夫を凝らし、天の標準にできるだけ近づけるよう生活を

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