終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

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私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私は、あなたを祝福します。イマクラータ、今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

TWO SUNS ON YOUR HORIZON
"There is only one way, My children, when you turn from your God: it is down. Moral corruption, casting aside the Commandments of your God, building and worshipping idols of man, paganism in My House, leaders that have given themselves to satan--shall I continue to list for you all of the abominations committed by mankind until I cry out that you have become a degenerate generation and you call upon yourselves a baptism of fire?

   "It is a sad fact, but one that cannot be escaped, but held in abeyance by the prayers and acts of atonement of the few--it is a sad fact that two great penances shall be set upon mankind: a scourge of war and the Ball of Redemption. How soon, you ask? Does it matter when a time? Are you prepared now? It will fast come upon you unexpectedly. There shall appear two suns on your horizon. Fear shall grip the hearts of many, and this fear shall come from the knowledge that you rejected the warnings from Heaven and did not act upon them.
   "My children, that Day of your Lord is approaching. I shall return as I have promised, but there shall be much woe set upon your earth before My coming. Man in his arrogance, pride, and self-seeking has turned from his God, using all scientific knowledge given from satan. Man in his scientific knowledge is ever seeking, but never coming to the truth." - Jesus, December 7, 1976

1981年,教皇ヨハネ・パウロ2世使徒的勧告。以下での引用は長島正,長島世津子訳『家庭-愛といのちのきずな』(1987 カトリック中央協議会) に依った。
“And I said that what I'm afraid of is to have to appear before Our Lord at the Last Judgment and having to say to Him: ‘No, I didn't defend You when You were being attacked, the truth that You taught was being betrayed.’ And so, I just don't give it any thought.”Card. Walter Brandmüller

In a new interview in the Italian newspaper LaVerita, Card. Raymond L. Burke

Card. Carlo Caffarra

Card. Joachim Meisner

As we reported earlier this week, Cardinal Joachim Meisner, one of the four dubia cardinals, passed away on 5 July. The German cardinal fell peacefully asleep while praying his breviary in preparation for offering the Holy Sacrifice of the Mass in the morning.

https://www.youtube.com/watch?time_continue=27&v=RxfWn_j8iwQ
In October 2016, Pope Francis traveled to Lund, Sweden, to meet with Lutherans and to launch a yearlong commemoration of the anniversary of the launch of the Reformation. Included in the scheduled program was a prayer giving “thanks” to God “for the many guiding theological and spiritual insights that we have all received through the Reformation,” and added, “Thanks be to you (God) for the proclamation of the gospel that occurred during the Reformation and that since then has strengthened countless people to live lives of faith in Jesus Christ.”

In January 2017, the Vatican’s Pontifical Council for Promoting Christian Unity issued a joint statement with the Lutheran World Federation stating that “Catholics are now able to hear Luther’s challenge for the Church of today, recognizing him as a ‘witness to the gospel.’” In the same month, the Vatican announced that it would be issuing a commemorative postage stamp with Luther’s face on it.

1996年月9月17日
    
     
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聖母:イマクラータ、書き記しなさい。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、その質問に母が答えましょう。

Q:ロシアの汚れなき御心への奉献のために署名を集めることは天の御旨なのですか。(寄せられた質問に答えての天への確認)

A:そうです。あなたたちは最大限の努力をすべきだからです。祈り、働くとはそういうことではないのですか。


多くの者が識別をできないのです。

それは罪と自我とこの世の影響から、自らの魂を浄く保つことができないがゆえに起こる混乱なのです。

これから立ち上がるには、あなたたちは、肉身と魂の浄さが必要なのです。

浄く生きなさい。

わが子供たちよ、愛し合い、そして憐み合い、忍耐し合いなさい。(後略)


聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたを祝福します。

私は無原罪の聖母、無原罪の御孕り、あなたがたの母、罪人の拠り所、罪人の母、キリスト信者の扶けなる聖マリアです。

イマクラータ、私の言葉を聞きなさい。今、わが浄配聖ヨゼフと共に、ここにいる全てのわが子供たちを祝福しましょう。聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

イマクラータ、母は何回も同じことを言います。

あなたたちがすべきことは祈りであり、償い、犠牲です。

これらはどの出現でも言われてきたことです。

私は、あなたたちを大警告、そして大奇跡、主の再臨に対して準備させるために、たびたび子供たちを訪れ、願っているのです。

その準備をしているのは、ほんの少数の子供たちだけだからです。

理解し、祈り、働いている子供たちのみではなく、私は、全ての子供たちを救いたいのです。

こうして多くの天罰が延ばされてきました。

しかし、時が延ばされたとしても、預言は成就するのです。

ですから子供たちよ、いま祈り、償い、犠牲の生活を生きなさい。

この世の生活に流されてはなりません。

サタ
ンの誘惑に「No!」と言わなけばならないのです。

あなたたちの道は、狭くて苦しい、険しくなってゆく十字架の道です。

あなたたちはそれを受け入れれ、十字架を担って行くために、多くの恵みが必要なのです

自分と、多くの神を知らない子供たちのために祈りなさい。

祈りと、徳に満ちた生活を始めなさい。

(後略)

ロザリオの十字軍へNo7
祈りのグループが2人の場合と、3人以上の場合はいろいろと違いがあります。

ロザリオを祈る場合、先唱する人がいて、先唱部分が終わると後唱が続きます。二人の場合は、リーダーが先唱をし、もう一人が後唱すればよいのです。この先唱と後唱はロザリオ一連ごとに代わると良いでしょう。

メムバーが3人以上の場合は、やはり先唱は一連ずつ順番にやっていきます。

使徒信経の先唱は[…来たり給う主を信じ奉る」まで、主の祈り(天にまします)は「…地にも行われんことを」まで、天使祝詞(めでたし)は「…イエズスも祝せられ給う」まで、栄唱(願わくは「栄えあらんことを」まで、ファティマの祈り(ああ、イエズスよ)は「ああ、イエズスよ、」まで、大天使聖ミカエルの祈りは「大天使聖ミカエル、」までです。十字軍の祈りの先唱は、祈りの最初の句読点までで良いと思います。たとえば、「ああイエズス、」とか「いとも神聖なる父、」とかです。メムバーが二人の場合も、3人以上の場合も、先唱者は唱者部分を唱えたあと、後唱部分も皆と一緒に唱えても良いでしょう。

リーダーは定期的に、たとえば一年ごとに代わると良いです。リーダーは、祈りのグループの祈りの信仰を仕切ります。祈りを始める際の最初の「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と、全体の祈りが終わった後の「聖父と、聖子と、聖霊との御名に寄りて。アーメン」をリーダーが言ってけじめをつけます。「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」は、ゆっくりと十字を切りながら唱えます。決して、早撃ちマックの様にすばやく十字を切ってはいけません。昔、私が洗礼を授かった司祭などは、十字を0.5秒の素早さで切ってから洗礼前の聖書の勉強に入ったものです。

十字の印をしながら「聖父と、聖子と、聖霊との御名によりて。アーメン」と唱え、聖父と、聖子と、聖霊を黙想するのです。これは最短の黙想となります。

その他、MDMのミッションで公開している祈りのグループの指針のようなものがあり、その中でリーダーの役割も若干書かれています。その指針はいずれ翻譯してアップします。交代でリーダーをすることは徳の実践という面でも役立ちます。リーダーでない時にもリーダーの立場が理解できるからです。また、いろいろな勘違いをしている人がいるとしても、交代でリーダーを行うことでその勘違いが是正されるということは期待できます。

しかし、何かの理由でリーダーとなることがあまりにも苦痛であるという人は、強制的にリーダーになる必要はありません。パスしても良いのです。

□&color(,paleturquoise){''フランシスコ、司教たちに自分たちの典礼規則を定める権限を与える
};
神の家の高位の司祭たちが、その生活態度が安楽なものになってしまったのを私は見る。彼らは身体の要求には応じるが、犠牲や償いをしようとは思わない。(神の)王国に至る楽な道というものはない。彼らは膝から崩れ落ち、自らの中から、自らデーモンを取り除くまで、肉体的に飢えることになるだろう」
「今、あなたたちが私の警告の言葉を聞かないなら、あなたたちは、あなたたちに仕掛けられた罠にかかってしまうだろう。敵は神の家の中にいる。彼は、あなたた
ちの教皇をあなたたちから取り去ろうとし、そうしたなら、彼はペテロの座に闇の秘密の者を置くだろう''」(1972年8月21日 ヴェロニカ・ルーケンへの聖トーマス・アクィナスのメッセージ)

教皇フランシスコは、教会法838条を緩和する自発教令『マニュム・プリンチピウム』を公布しました。それは典礼原典の翻譯に関して司教会議にこれまで以上の権限を与えるものです。

今までは、教会法838条(1)は「

自発教令(motu proprio)は、教皇の教令であって、その発出が枢機卿または他の輔佐ではなく教皇自身によ
り決められたことを示す「motu proprio」(羅:自発的に)という節が用いられているものである。(Weblioより)

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20%,画像の説明

この司祭「寛大」につき
この両手でサタンの印をする、目が飛んでしまっている印象を受けるイエズス会の司祭、マーチン神父の言動が、物議を醸しだしています。ちなみに、この手によるサタンの印、図の様に親指を立てるだけで意味は、手話で「アイラブユー」を意味するという。紛らわしいかぎりです。

画像の説明

マーチン神父は『Building a Bridge』(橋を築く)という本を著しましたが、著名な倫理神学者のジャネット・スミス氏によるとその本は、「教会における再び頭をもたげてきた異説のもっとも悩ましい例」ということになります。

どうやらこの神父は、巧みに、教会の教えに反して同性愛者を教会で認めさせようとしているらしい。スミス氏によればマーチン神父は最近のヴィラノヴァ大学での講演で、「この10年の中に君たちは(教会で)パートナーとキスができるようになり、あるいは、それからしばらくして君たちの夫となることができると思います」と語ったそうな。このような司祭は、偽預言

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