終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

典礼

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今月の主な祝日


2016年1月は、主イエズス・キリストの祝日が多いです。


1月1日主の御割礼の祝日と御降誕の大祝日の八日目、2級大祝日、典礼色は白。
1月3日イエズスの御名の祝日。(割礼と御公現の間の主日)2級大祝日、典礼色は白。
1月6日、主の御公現。1級大祝日、典礼色は白。
御公現後第一の主日、ナザレトの聖家族の祝日、1級祝日、典礼色は白。(この御公現後第一の主日が1月13日にあたれば「聖家族の祝日」だけをその日に行う。)
1月13日、主イエズス・キリストの受洗記念。1級祝日。典礼色は白。(もし「主イエズス・キリストの受洗記念」が主日に当たる時は、「聖家族の祝日」を行い、イエズス・キリストの受洗記念をしない。)
1月18日、ローマにおける聖ペトロの教座の記念。1級祝日。典礼色は白。
1月21日、童貞殉教者、聖女アニュスの2級祝日。典礼色は赤。
1月24日、司教殉教者、聖ティモテオの2級祝日、典礼色は赤。
1月27日、司教証聖者、教会博士、金口聖ヨハネの2級祝日。典礼色は白。
1月29日、司教,証聖者、教会博士、サレジオの聖フランチスコの2級祝日。典礼色は白。
1月31日、証聖者、聖ヨハネ・ボスコの2級祝日。典礼色は白。
1月25日、使徒パウロの回心、1級祝日。典礼色は白。
(2016年1月5日)

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謹賀新年


新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。(2016年1月3日)
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クリスマス、おめでとうございます


本日2015年12月25日、主の御降誕の1級大祝日です。八日間付。典礼色は白。

「われらの主の御降誕は、御復活、聖霊降臨と同様に、典礼暦年の高嶺ともいうべき、もっとも盛大な祝日である。
待降節から七旬節までの他の祝日は、御降誕を基準として決定される。
御降誕節は四十日間で、12月25日から2月2日までである。御降誕の祝日後の初めての主日、御割礼の祝日、新年御のはじめての主日、御公現の祝日と、その後の祝日がこの期間に行われる。
御公現後には、御復活が遅いか早いかによって、二つ、あるいは六つの主日がある。
この期間の主日の聖福音は、厳密に歴史的な時に従っているわけではなく、ただ、御降誕から御壮年までのご生涯を祝うだけである。
この期間の特色は、人間となり給うた「御言葉」の御来臨について、信者の心にみなぎるよろこびである。典礼では、この喜びを、幼き御子と、童貞母とに結び付けて祝う。」(『毎日の典礼』)

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*訂正



主日の典礼が間違っていましたので、以下の通りに訂正します。
11月1日聖霊降臨後第23主日
11月8日御公現後第5主日
少し面倒なのですが、この機会にトリエントミサの主日の典礼について説明します。

聖霊降臨の大祝日待降節第一主日との間の主日の数は年によって違っていて23から28です。待降節第一主日の前の主日(暦年最後の主日)には必ず、聖霊降臨後第24主日のミサが挙行されなければならないという決まりがあります。たとえば聖霊降臨の大祝日待降節第一主日との間の主日の数が27ある年の場合、待降節第一主日の前の主日、つまり27番目の主日に聖霊降臨後第24主日のミサが行われます。23番目の主日には当然聖霊降臨後第23主日のミサが挙行されます。すると、24,25,26番目の主日に「空き」ができてしまいます。その「空き」の部分に、最後に必ず御公現後第6主日が来るようにあてはめてゆき、そのミサを挙行します。すなわち、24番目に御公現後第4主日のミサ、25番目の主日に御公現後第5主日のミサ、そして26番目に御公現後第6主日のミサを挙行します。
今年の主日の数は26ですので、11月22日に聖霊降臨後第24主日のミサ、11月15日の主日に御公現後第6主日のミサ、11月8日に御公現後第5主日のミサを挙行します。

この「空き」に当てはまる御公現後の主日のミサは、その年の復活祭の日にちの関係で挙行されなかった御公現後の主日のミサにあたります。年によって異なる御公現後の主日の数は最大6です。(2015年11月9日)

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11月に…


11月に入りました。ずいぶん寒くなってきました。

11月は「死者の月」です。また11月2日は『死者の日』です。この日には、一人の司祭が1日3度ミサを捧げることができます。

今月の主な祝日は、


11月1日は、諸聖人の1級大祝日。11月1日は、聖霊降臨後22主日ですが、競合によって諸聖人の祝日のミサを行うこともできます。

11月2日は死者の2級祝日。
11月9日は至聖なる救世主の大聖堂献堂式の2級大祝日。
11月15日、教会博士、司教、証聖者、大聖アルベルトの2級祝日。
11月18日は、使徒聖ペトロ・聖パウロ大聖堂の献堂式の1級祝日。
11月21日は聖マリアの御奉献の1級祝日。
11月24日、教会博士、証聖者、十字架の聖ヨハネの2級祝日。

(2015年11月2日)

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10月


10月、ロザリオの月に入りました。

今朝はとても冷え込みました。チャペルは朝ミサのおり、ほとんど最近20度前後の室温なのですが、今日は16度。湿度は高め、80%。エアコンや除湿機を使ってようやく70%に落としました。

この2,3ケ月続いた頑固な不眠症も少しだけ好転し出しました。最悪のコンデションでした。

今月の主な祝日は、

10月2日は、「守護の天使ら」の1級祝日
10月3日は幼きイエズスの聖テレジア童貞の2級祝日
10月7日は、童貞聖マリアの聖なるロザリオの2級大祝日
10月11日、童貞聖マリアの母性の2級大祝日。
10月24日、大天使聖ラファエルの1級祝日。
そして10月最後の主日は、王たるイエズス・キリストの1級大祝日です。(2015年10月1日)

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9月には…


9月に入りました。今日は久しぶりの青空で暑いです。室温26度。湿度64%。セミもうるさく鳴いています。残暑にはもうならないで、このまま秋になるのかな、と思っていました。毎日涼しくて、せっかくなりかかっているゴーヤもダメかなと思い始めていました。堆肥の中からかつてにミニトマトが5,6本もはえだし実をつけています。昨日も4,5個を収穫しました。赤シソが敷地中にはえているので、シソジュースを作ろうと思っていましたが、体調不良が続いてまだ作れません。今日は久しぶりにたっぷり眠れました。

9月には、5月同様聖母の祝日がいっぱいあります。
9月8日は、聖母のお誕生日。2級大祝日。
9月12日は、聖マリアの御名の1級祝日。
9月15日は、聖マリアの七つの御苦しみの2級大祝日。
9月24日は、贖虜の聖マリアの1級祝日があります。

9月29日は、大天使聖ミカエルの1級大祝日です.聖母と大天使聖ミカエルは日本の将来の救いのために大きな役割があります。

ロザリオ、御憐みのチャプレット、十字軍の祈りを日々祈りましょう。主イエズスと聖母の願いなのですから。(2015年9月2日)


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聖金曜日 


本日(2015年4月3日)は、トリエント典礼は、聖金曜日、1級大祝日です。「主の御受難死去を記念する午後の荘厳典礼儀式」についての『毎日のミサ典書』からの説明を下に貼ります。

「(指定巡礼聖堂、エルサレムにおける聖十字架の聖堂)
救い主の流血を記念する聖金曜日の典礼は、聖十字架の一部を保存してあるローマの「エルサレムにおける聖十字架聖堂でおこなわれる。昔、教皇は、ラテラノ大聖堂からこの大聖堂まではだしで行列をする習慣であった。
本日の典礼は、午後3時頃に行われる。理由があれば、それより遅くなってもさしつかえはないが、午後6時を過ぎてはいけない。典礼は三部に分かれ、第一朗読の部、第二、祈願、第三、十字架礼拝、第四、聖体拝領の部である。

朗読の部は、いけにえをささげない古い集会の型を殆んどそのままに保っている。入祭文、キリエはなく、旧約聖書から二つ、新約聖書から一つ朗読があり、そして公教会の祈願をとなえる。
聖十字架礼拝、4世紀のころより行われていたエルサレムの儀式をうけついだものである。
聖体拝領の部は、中世のころからのもので、聖変化を行わず、前日聖別した聖体を拝領するだけである。
古くからの習慣通り、信者もここで聖体を拝領することができる。この日、全人類のためにいけにえとなられた主の御聖体にあずかることによって、あがないのよい実をむすばねばならぬ。聖なるいけにえが行われないことに注目させるために、祭壇にはかざりを置かず、十字架には紫布をかけ、司式者も黒の祭服をつける。
中世のころから、一般聖人の死去の日を祝うのに、聖金曜日だけ喪服をつけるについて、議論が行われていた。中世の修道者エルベリコは、それについて、次のように説明している。「キリストは、聖人たちのように,死んでより大いなる光栄を得たのでもなく、自分のとがで死去されたのでもない。われらがイエズスを殺したのである。また、彼の敵のユダヤ人はイエズスの死をよろこび、弟子たちは深く悲しんだ。ここから喪に服することになったのである」と。
たしかに、本日の典礼は、教会の深いかなしみをあらわしている。それは、花むこの苦しみとはずかしめのための悲しみ、ユダヤ人の忘恩と盲目のための苦しみ、キリストに対して冷淡忘恩の徒であるあらゆる時代の人々のための悲哀をあらわすのである。
せめてわれらは、十字架上に行われたあがないの奥義を、より深く信ずる人々の一人でなければならない。」(2015年4月3日)


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無題

聖霊降臨の主日

本日は聖霊降臨の主日で1級大祝日で、八日間付です。「ユダヤ教の五旬祭(ペンテコステ)は、収穫を感謝する祝いであり、また、シナイ山において律法を授けられたことを記念する祭でもあった。
キリスト教の聖霊降臨(ペンテコステ)は、新生の生命をつくり出すために、キリストの若き教会に下った聖霊を祝うのである。
ゆえに聖霊降臨は、霊的収穫の祝いというべきでキリストのあがないの初穂が収穫されたのである。また、これは、霊的な、内的な律法、すなわち、愛の律法の祝いでもある。
なぜならば、新約の掟は、もはや、石の板に刻みつけられたものではない。その掟は、生きた言葉で、人びとの霊魂に刻みつけられているのである。
歴史的に見ると、聖霊降臨は、救主の復活後、五十日目に当たる。この日、高間に集まった弟子らの上に聖霊が下った。こうして、使徒達は、イエズスに委託された使命、洗礼をさずけ宣教を行う任務についた。
この日、聖ペテロ(指定巡礼聖堂)は、真に地上における教会のかしらたることを示した。
初代教会は、使徒らへの聖霊降臨と、教会の誕生を祝うために,早くもこの祝日を定めた。この祝日は、御復活の祝日と並んで、典礼暦年の最も重大な祝日となった。
しかし八日間が定められたのは、十世紀になってからである。
聖霊降臨の季節の典礼は、聖霊が人の霊魂にもやす火をかたどって、赤が用いられる。」(『毎日の典礼』)(2014年6月8日)

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十字架上のイエズス

聖金曜日 

今日は聖金曜日です。いわば御受難のドラマのクライマックスの日が来たのです。長い40日間の四旬節が、明日で終わろうとしています。窓の外は、曇り空です。雲一つない青空より、主の御受難の日にふさわしいかもしれません。今日は大斎小斎の断食日でもあります。

トリエントでは、「本日の典礼は、午後の3時頃*に行われる。理由があれば、それより遅くなっても差し支えはないが、午後6時を過ぎてはいけない。典礼は3部に分かれ、第一、朗読の部、第二、祈願、第三、十字架礼拝、第四、聖体拝領の部である。…本日の典礼は、教会の深い悲しみをあらわしている。それは、花むこの苦しみとはずかしめのための悲しみ、ユダヤ人の忘恩と盲目のための苦しみ、キリストに対して冷淡忘恩の徒であるあらゆる時代の人々のための悲哀をあらわすのである。
せめてわれらは、十字架上に行われたあがないの奥義を、より深く信ずる人々の一人でなければならない。」(『毎日のミサ典書』)
*現代カトリック教会では、仕事に従事している人々のために聖金曜日の典礼を午後7時頃に行われることが多いのです。カトリックの伝統も時代に即して変化してゆくということでしょうか。当然ローマ(バチカン)の許可のもとに行われていることだと思われます。

(2014年4月18日)



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最後の晩餐

聖木曜日 

今日は聖木曜日です。いつもと典礼が少し違います。朝司教の聖香油のミサがあります。夕方には、トリエントミサでは「主の晩餐の、夕べの荘厳ミサ」があります。「このミサは、聖体の制定と、これを続ける使命を持つカトリック司祭職を尊ぶためのものである」(『毎日のミサ典書』)夜11時頃ゲッセマネの園で血の汗を流され苦しんだイエズス様のことを黙想することが勧められています。(2014年4月17日)
ゲッセマネの園のイエズス
ある幻視者によれば、この絵により、ゲッセマネの園のイエズス・キリストの苦しみを黙想することで、特別な恵みを得ることができると言っていたことを思い出しました。


カテゴリ→典礼

本日2014年1月1日は、日本においては守るべき祝日です。神の母聖マリアの祝日をお祝いします。この祝日は現代典礼です。

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ベツレヘムの星

主の御降誕

主の御降誕の大祝日、おめでとうございます。1級大祝日です。昨日のクリスマス・イブの夜半のミサは、深々としみいるような寒さの中行われました。昨日の朝には雪がうっすらと積もっていましたが、日中に溶け、ホワイトクリスマスではありませんでしたが、とても寒かったのでした。
「イエズスの御降誕の日は、いろいろ議論され、東方教会では、1月6日に御降誕を祝っていた。
しかしローマ教会(西方教会)では、4世紀からすでに12月25日に決められ、西方教会と同じく東方教会も、後にこの日に行うようになった。
12月25日と決定されたのは、この日、異教徒が、太陽神の祭りを行っていたことと関連があるらしい。
12月21日から、日が長くなる。正義の太陽であり、万民の光であるキリストの御降誕を、自然現象に結びつけて考えるのも意味あることであろう。
われらは、この祝日において、大いによろこび、感謝する。
今日、キリストは生まれ給うた、救い主があらわれ給うた。天使らはうたい、大天使らはよろこび勇む。義人たちは、「天のいと高きところ、神に栄光あれ、アレルヤ」(聖務日課)と歓呼する。
われらは、キリストの御降誕を祝うが、同時に、われら自身の誕生も祝うのである。なぜなら聖レオ教皇は「かしらの誕生は、身体とその肢体の誕生でもある」といっている。
この大いなる奥義を行うに当たって、もちろん荘厳な典礼が定められた。すなわち、三つのミサ聖祭が行われるのである。
第一のミサは、昔は、雄鶏がときを作るとき(Adgalli cantum)に行われたが、現在は「夜中のミサ」である。
第二のミサは、あかつきに、第三のミサは日が上がってから行われた。」(「毎日のミサ典書」)(2013年12月25日)

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今日は、トリエント典礼では教会博士、証聖者、司教聖アウグスティノの二級祝日です。「古代西欧教会の生んだ最大の教会博士アウグスティノは、354年11月13日、北アフリカのタガステの町に生まれた。青年時代に、迷いの道にふみこんだが、母なる聖女モニカの祈りと涙とによって、遂に回心の日が来た。更に、ミラーノ司教、聖アンブロジオの説教によって感化をうけ、彼の回心は決定した。
そして、387年の春、完全なキリスト者としての生活をおくり、キリスト教研究にけんさんをつみ、最も有名な護教論者の一人となった。
アフリカに帰り、391年ヒッポにおいて、司祭に叙品され、ついでヒッポの司教となった(396年)。かくて死にいたるまで34年間の司教職を通じて、説教者として倦む事なき活動をつづけ、司祭、信者のために配慮し、マニ、アリウス、ドナトゥス、ペラジウス及び反ペラジウス異端諸派との論争において、公教会の信仰を擁護する等司牧者として活動した。また彼の定めた共住生活の戒律は、男女修道参事会、托鉢修道会の今も遵守するところである。彼の才能と聖なる生活から出る敬虔とにみちた深遠な著作により、ラテン教会の博士の「鷲]と称せられる。430年8月28日、その偉大な霊魂は、神の御もとに上った」
(『毎日のミサ典書』)(2013年8月28日)


聖母の汚れなき御心の祝日



 
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 本日はトリエント典礼では、聖母の汚れなき御心の2級大祝日をお祝いします。現代の典礼では、天の元后聖マリアの記念日をお祝いしています。下記は、フランシスコ第3会員ベルテ・ペティへのイエズスと聖母からのメッセージの引用(『PIETA』)です。
主:「人びとに、私の聖心を貫いた悲しみと同一の悲しみよって貫かれた私の母の御心を愛するように教えなさい 」


聖母:「私は自分を汚れなき孕りと呼びました。あなたがたに対して、私は自分を悲しみに満てる心の母と呼びます。私の子が望んだこの称号は私にとって他のすべての称号にもまして愛すべきものです。それがあらゆる所に広められるに従って,憐みと霊的再生と救いの恵みが与えられるでしょう。」


「1942年十二月八日、教皇ピオ十二世は、当時全世界を巻き込んでいた艱難を終わらせるために、全人類を聖マリアの汚れなき御心にささげたのである。
千九百四十四年、五月四日、同教皇は全人類を聖マリアの汚れなき御心にささげた記念として、この祝日を全教会で行うことと定めた。
千八百四十四年、日本宣教のために那覇に渡来したパリ外国宣教会フォルカード師は、五月一日、全日本を『聖母のいと潔き御心」(当時の名称)に奉献し、これを日本最上位の保護者とあおぐことを規定し、礼部聖省の認可を受けた。日本における本日の祝日は、『 一級大祝日 』として祝われる」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月22日) 


 

被昇天の大祝日

 本日八月一五日は、聖母の被昇天の一級大祝日をお祝します。童貞マリアの被昇天です。『毎日のミサ典書』には、次のように説明されています。

「聖母マリアの祝日の中で、最も荘厳で、おそらく最古の典礼は、帰天と被昇天との、本日の祝日である。被昇天の不思議な事実についての記録は極めて少ないが、古くからの伝承によってこう伝えられてきた。
 聖伝によると、神の無原罪の御母の死は、原罪の結果としての死の苦しみと恥とを負わなかったといわれる。聖母の死は、むしろ、死への勝利であった。これは、地上の生活から天の命への、美しき移りであり、聖伝の言葉によると『平和の眠り』であった。
 なぜなら、原罪なくして生まれ、神の母たる聖寵によって、極めて神に近い聖母は、死の鎖に縛られなかったからである。
 聖母マリアの被昇天に対するわれらの信仰は、われら自身の復活への希望を強め、人間生活の唯物論的な思想を排斥する一つの根拠ともなるのである。
 故に、教皇ピオ十二世は、一九五〇年十一月一日、聖母被昇天を、信仰箇条として、次のように宣言したのである。
 『神の無原罪の御母、終世童貞マリアが、地上の生活を終えて、霊魂と同時に身体をも天の光栄に上げられたことは、神の啓示による信仰の真理であると、余は、宣示し、明言し、定義する。』

 終りの時である今、聖母は最後の人類を救うミッションにおいて『救いの母』という最後の称号で呼ばれること(マリア・ディバインマースィ)になるのです、と宣言されました。(2013年8月15日)


ミサのはかりしれない恵み 

 昨日の日曜日はよいお天気でした。気象情報では、長い梅雨が明けたと聞きました。大雨続きでしたから、花や作物のためにも良かった。ところが、昨日は私の身体の具合が悪く声も出ず、歩くこともままなりませんでした。しかしトリエントミサには、這ってでも行きます。この20年様々な病気のため、運転もできなくなり、ついには友人にミサに連れて行ってもらうようになりました。しかし、ミサに出席すると途中から気分がよくなり、倒れるように座っていたものがしゃんと座れるようになります。本当に不思議ですが、いつもそうなのです。ですから具合が悪い時ほどミサへ這うように向かいました。昨日も同じでした。ちょうど奉献文の詩編( 主よ、私は主に向かってさけび、主は私を医[いや]し給うた。)の前までに,私は癒されしゃんと座れるようになっていました。このようなことがすべてのミサ出席者に起こるとは保証できませんが、ミサには莫大な恵みがあることは真実です。

ミサの測り知れない価値についての聖人たちの言葉

1回のミサは、聖人たちのすべての償い、十二使徒の働き、殉教者たちの苦しみ、さらには、神の御母の燃える愛よりも、神に栄光をもたらすものである。」
―聖アルフォンス・リゴリ

ミサを捧げることは、その栄誉を讃えて捧げられる聖人だけでなく、天と、地と、煉獄における全教会にとって、益するところとなる。
ーアルスの司祭、聖ジャン・ビアンネ

1回のミサと、世界の善業全てを対比させてみなさいー一つの山の傍らの、一個の砂粒のようだろう。」
ーアルスの司祭、聖ジャン・ビアンネ

 主は、愛をもって聖体*を眺めるたびに、天国での我々の位置は永遠に高められると、聖ゲルトルードに言われた。

*聖体は、洗礼を受けたカトリック信者のみが拝領できます。未信者は列に並んで司祭の前で頭を軽く下げて祝福をしてもらうことができます。 
 本日はトリエントミサでは雪の聖母大聖堂の献堂の一級祝日を祝います。「雪の聖母といわれるのは、聖母が、大聖堂を立てようと望み給うたところに、真夏に雪を降らせて、お示しになったという伝説があるからである。」(『毎日のミサ典書』)
(2013年8月5日)


7月29日は、聖マルタの祝日でした。トリエント典礼でも現代の典礼でも同じ聖マルタの祝日をこの日はお祝いします。「マグダラのマリアの姉妹、聖マルタは、主イエズスの弟子のひとりであり、また。しばしば主を宿し奉っつた光栄をもち、その一生を主にささげたのである。
救い主御死去ののち、マリア(マグダレナ―引用者)とラザロとともに、ユダヤ人の迫害を避け、フランスに行き、そこで他の聖なる婦人らとともに、聖徳をもって一生を終わったといわれる。」(『毎日のミサ典書』)
「2013年7月30日)


安息日  

 昨日の日曜日はひさしぶりに良く晴れました。そして晴れ間が1日中続きました。この数日を考えるとめずらしいことでした。ここは山のなかなので、突然天候が変わることがしばしばあります。そして久しぶりに「夏!」という気温になりました。
 しかし日曜日は安息日ですから、残念ですが、よいお天気であっても洗濯はできません。最低の家事(料理とその片づけ)くらいしかできないのです。約30年近く前に、要理の教えで、安息日に働くと、財布に穴があくと教えられた記憶があります。安息日に働いて得た収入が皆財布から落ちてしまうというような教えだったと記憶しています。ですから、カトリック信者が日曜日に働く場合、昔は主任司祭の許可が必要でした。しかし安息日でも、命にかかわることや、病人の看護などの愛徳的理由、そのほかやむを得ない事情があれば、ミサを休んだり出かけたりすることは問題ないのです。つまり重大な理由がない限りカトリック信者が日曜日にミサに出席しないということは、大きな罪であるのです。遊びや旅行のために、ミサを休むということは、論外なのです。
 
 昨日のトリエントミサでは、聖霊降臨後第十の主日をお祝いしました。昨日の書簡聖パウロの、コリント人への書簡の朗読で『また聖霊によらなければ、誰も「イエズスは主である」ということができない。霊的な賜物は異なるが、霊は同じである。聖役は異なるが、主は同じである。』とあります。イエズス・キリストによらなければ、救いはないのです。イエズス・キリストは「道、真理、命」だからです。それを悟らせてくださるのは、聖霊です。そして聖母マリアは救い主の母です。(2013年7月29日)



 今日7月3日は、トリエントミサで「教皇、証聖者、聖レオⅡ世」の祝日をお祝いしました。このレオⅡ世教皇の名前で、京都の神の園にいらした故レオスタインバック神父様を思い出します。最期にお話ししたのは、アメリカの養老院にいらしたレオ神父様との国際電話でした。
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本日七月二日は、トリエントミサでは、童貞聖マリアの御訪問の二級大祝日を祝います。洗者聖ヨハネの母となる従妹、エリザベトのもとに、愛のおこないに行かれた。この二人の出会いは、マリアにとって「マグニフィカト」の賛美をうたう機会となりました。




昨日6月18日は、トリエント典礼では、教会博士、証聖者、助祭、シリアの聖エフレムの祝日でした。聖エフレムの著作を読んだことがあります。20年も前なので正確かどうかわかりませんが、非常に印象的だった言葉がありました。「一人の聖人がいれば、まわりの3千人が救われる」というものです。(2013年6月19日)

今日は、トリエントミサでは、聖霊降臨後第四の主日を祝います。本日の聖福音は、ルカ5章1-11です。イエズス・キリストは、「沖にのり出し、網をおろしてすなどれ」とシモン・ペテロに言われました。この言葉は非常になつかしい言葉です。25年くらい前に「沖にのり出す」というヴィジョンと「すなどりなさい」というメッセージがあったからです。(2013年6月16日)


6月13日、今日はパドアの聖アントニオの祝日です。この聖人はなくしたものを見つけてくれることで、有名です。昔はなくしものを聖アントニオによく頼みましたが、最近は守護の天使に頼んでいます。見つかっても見つからなくとも感謝の祈り(ロザリオ1連)をすることをお勧めします。(2013年6月13日)

今日は、現代の典礼では、聖母の汚れなき御心の「記念日」ですが、トリエントミサ典礼では、8月22日です。1844年、日本宣教のため那覇に渡来したパリ宣教会のフォルカード師は、5月1日、全日本を「聖母のいと潔き御心」(当時の名称)に奉献し、これを日本最上位の保護者とあおぐことを規定し、礼部聖省の認可を受けました。トリエントミサ典礼では日本における本日の祝日は、「1級大祝日」として祝われます。また祝われるべきなのです。
聖母の汚れなき御心の祝日は、日本にとって特別な大祝日なのです。その最上位の保護者の名称をいただいた「聖母の汚れなき御心の祈りの軍隊」とは、なんと名誉なことでしょう!(2013年6月8日)


今日5月30日は、聖ジャンヌ・ダルクの祝日です。日本で、二十年前の今日、聖母の汚れなき御心の祈りの軍隊が始まりました。この祈りの軍隊は、ロザリオの十字軍であり、近い将来全世界の祈りの軍隊と一致して主イエズス・キリストと聖母のために働くことでしょう。ロザリオの剣で戦うのです。終末のとき、主と聖母のために働くことは、幸せなことであると私は思います。
すべてのカトリック信者は、主イエズス・キリストのご受難へと呼ばれます。大なり小なり、主と聖母の苦しみに与るのです。しかしその苦しみを捧げながら救霊のために働くということは、幸せなことでもあります。私たちはその苦しみによって、主と聖母に似ていくからです。

復活後第四主日

本日はトリエント典礼で復活第四主日ですが、現代の典礼では、復活節第五主日と呼ばれています。数え方が違うのです。今年の白衣の主日(いつくしみの主日)はトリエントミサ典礼では、復活後第一主日ですが、現代典礼では復活節第二主日ということになるのです。説明をしなかったので混乱された方がいたかもしれませ
ん。
外おきの聖母像の前に植えた赤い薔薇が咲きました。つぼみも二つあります。クロッカスは終わりました。聖母像の前の水仙も家の前の水仙も今が花盛りです。

今日の聖福音では、聖霊降臨について触れています。

すなわち真理の霊がくるとき、彼はあなたたちを、あらゆる真理に導くだろう。彼は、みずから語るのではなく、聞いたことを語り、来るべき事がらを示すであろう。彼は、私の光栄をあらわすであろう。それは、私のものを受けて、それをあなたたちに告げるからです。―ヨハネによる聖福音16章13節(2013年4月28日)

;待降節第三主日

2012年12月16日は、典礼色はばら色です。伝統的にこの日から御降誕の聖なる喜びを始める日です。昔はこの日を盛大に祝いました。ばら色の祭服をつけるのはその名残です。第三主日のトリエント典礼の書簡には、次のように書かれています。
「兄弟たちよ、主において常に喜べ、くり返して言う、よろこべ、すべての人に柔和を示せ、主は近い、何事にも思いわずらうな、すべてにおいて、祈り、願い、感謝して、求めることを神にいえ。人間の理解を超える神の平安は、あなたたちの心と考えとを、イエズス・キリストにおいてまもりたもうであろう。(使徒パウロの、フィリピ人への書簡4ノ4-7)


伝統的聖体拝領

カトリック教会のミサにおいて聖体拝領はひざまづいて舌で受けるのが伝統的でもっともふさわしい拝領の仕方なのです。天のメッセージでそう言われていますし、テレビ中継のバチカンでのクリスマスのミサにおいて教皇べネディクト16世は舌に聖体を授けておられました。現代カトリック教会においてたびたび舌で拝領しょうとすると司祭から拒否されることがあり、これは非常に悲しいことです。ひざまずいて拝領しようとすると、ほとんどの教会では司祭から立つように言われます。これは異常な事態です。

今日は幼子殉教者の祝日です。イエズス・キリストの代わりにヘロデに惨殺された幼い子供たちの祝日なのです。この事件は預言者エレミアによって預言されていたことが実現したのです。(2012年12月28日)


;二十六聖殉教者

今日は二十六聖人の祝日です。ペテロ・バプチィスタ、パウロ三木、12歳の少年茨木ルドビコのほか、二十三名の司祭、修道士、信者は、1597年2月5日長崎の西坂の丘で十字架上の殉教をとげました。日本殉教の初穂です。少年茨木ルドビコは、「私の十字架はどれ」と尋ねて、自分の背丈に合う十字架に走り寄ったと伝えられています。
十二年前長崎へ巡礼に行ったとき西坂の丘にも行って、二十六聖人の素晴らしいレリーフを見ました。近くの二十六聖人記念館も訪れました。確か『天草四郎時貞、真実の預言者』を書くために資料集めに九州に行ったついでに長崎に寄った時のことだったと思います。
昭和十二年にフランスから日本に「二十六聖人のコンタツ」の信心が伝わりました。二十六聖人の列聖百周年(昭和三十七年)頃から日本でも広く祈られるようになったといわれています。(2013年2月5日)


{四旬節};

2 月13日の灰の水曜日から四旬節に入りました。主日を除く40日の苦行の日々です。具体的には断食と祈りです。パパ様の退位のニュースが11日でしたので、書くタイミングが少し遅れましたが―。40日とは、聖なる準備の数です。大洪水の40日、選ばれた民が砂漠で過ごした40年、モーゼの祈りと断食の40日、主イエズスが荒野で過ごし給うた40日があります。カトリック信者は、40日の間、それぞれ身分、立場、年齢に従って断食します。昔は、四旬節は四旬節第一主日の次の月曜日から始まりました。しかし、そうすると主の断食の40日間に4日洗足りなくなるので、五旬節の水曜日から四旬節を始めることになったのでした。洗礼を受けてからの30年の間に、四旬節には特に急性の病気や痛みに襲われることがありました。償いの苦行をいわば半ば強制的に与えられているのだな、と思うことがたびたびありました。現時点で死者の8割、9割が地獄へ行くと聖母が嘆かれる時代です。償いの犠牲が自分の罪のみならず、そうした死者のために、償い、犠牲を聖母はカトリック信者に求められているのです。大警告が近づいている今、罪びとの回心、救霊のためにロザリオ、償いを主イエズスは求められています。(2013 年2月18日)


バラの主日

一昨日の3月11日の日曜日は四旬節第四主日で、伝統的にはバラの主日とも呼ばれてきました。この日ローマにおいては、教皇によって、黄金のバラが祝福され、公教会のすぐれた功労者に贈られるそうです。この伝統的なトリエントミサ典礼における行事が続いてきたかどうかはわかりません。どちらにせよ今年は使徒座空位のためにこの日はこの行事はなかったことでしょう。この日司祭はバラ色の祭服を着ます。東京にいるとき、司祭がバラ色(ピンク)の祭服をつけてミサを挙げられていました。13,4年年前のことでした。二十六聖人の教会でミサに与った時のことで、小教区のミサでそのような伝統的なバラ色の祭服を見たのは後にも先にもそのとき一度きりでした。次の年に司祭がバラ色の祭服を着ることはありませんでした。このように、典礼における伝統が失われてゆくことは残念なことです。司祭がミサにおいてバラ色のヴェスタメントを着る日はもう一日あります。それは待降節第三主日です。この二日だけは、ラテン語のトリエントミサの入祭文が「よろこべ」で始まります。それぞれ、主の復活、主の誕生の喜びを私たちに予感させる時節ということなのです。(2013年3月12日)


御受難節

昨日の四旬節第五主日は、トリエント典礼では「御受難の主日」と呼びます。この日から受難節が始まりました。前日の土曜日の夕べにチャペル内の十字架を紫色の布で覆います。聖金曜日の十字架礼拝を終えるまでそのまま布をかけておきます。受難のキリスト、苦しむイエズスに心を向けながら聖金曜日まで約二週間歩むのです。今日は外は小雨が降っており、体調は今一つよくありません。空が灰色で空気は重たく感じられます。(2013年3月18日)


;聖ヨゼフの祝日

昨日、3月19日の聖ヨゼフの祝日は、トリエント典礼では、一級大祝日です。この日は、イエズスとマリアとに見送られてこの世を去った、聖ヨゼフの光栄ある死の祝日です。この聖なる死のために、聖ヨゼフは、よき死をむかえる準備の保護者とされています。それだけではなく浄い謙遜な生涯を送った聖ヨゼフは、「悪魔のおそれ」と呼ばれています。アビラの大聖テレジアは「聖ヨゼフに(取り次ぎを)頼んで失望したことはない」と言っていました。聖ヨゼフは聖マリアに次いで偉大な取り次ぎ手なのです。「わがヨゼフ、わが信頼」
さて教皇フランシスコについての気がかりな記事を見つけました。ニューズウィークの記事です。カトリック教会で禁じられていることに,同性愛、中絶、避妊、安楽死などがありますが、避妊についての彼の見解が問題なのです。記事では「避妊については進歩的な考えをもっており、性感染症の蔓延を防ぐためには避妊具も容認できるものだと(教皇フランシスコが)語っている。」とあります。伝統的にカトリック教会では、避妊具は容認されてはいません。記事の言う「進歩的な考え」は伝統的なカトリックの教えに反する考えです。(2013年3月20日)

聖木曜日、聖金曜日


昨日は聖木曜日でした。聖木曜日の、「主の晩餐の、夕べの荘厳(トリエント)ミサ」が終わり、チャペルからの帰り道、道路をはさんで向こうの黒い森から大きな声で「ほう、ほうほう」とフクロウが鳴いていました。夜の闇の中であんなに大きな声で鳴くのは、怖いものがないのでしょう。そういえば、毎年春になると竹林のなかで朝早くから鳴く鶯が、今年は鳴きません。大警告のしるしの一つに、「小動物、小鳥たちがいなくなる」というものがあります。鶯が鳴かないのは、そういうしるしの一つなのでしょうか。
今日は、聖金曜日です。カトリック信者は断食(大斉、小斉)をまもらなければなりません。御受難の日の今日、十字架の下の聖母の悲しみに心を合わせて黙想し、ロザリオで聖母をお慰めします。(2013年3月29日)


主の御復活おめでとうございます! 

今日は聖土曜日で、復活前日の荘厳ミサに与りました。今日の典礼は日没後に始まりました。最初に火と復活のろうそくの祝別がありました。その大ろうそくは、イエズス・キリストをかたどっているのです。火をつける前のろうそくは、エジプトを出たヘブライ人をまもった雲の柱と、生命なく墓に休み給うイエズス・キリストをかたどっているのです。火をつけてからのろうそくは、ユダヤ人の行く手をてらした火の柱と、復活の光栄に輝くキリストをかたどっています。また、十字の形をとってろうそくにつける五つの香の粒は、イエズス・キリストの五つの御傷をかたどっているのです。この大ろうそくに火をつける瞬間が、主の復活の瞬間なのです。つまり最初に復活があり、復活の行列をして荘厳ミサになるのです。もう九年もこの荘厳ミサに与っていたのに、今夜ああそうなのか、と心が照らされたように理解しました。
典礼が終わると10時近くで、家に戻り遅い夕食でワインで乾杯しました。何か高揚した気分であり、猫のチョコにはいつものエサではなく少々高級なエサをあげました。グレイもそのおこぼれに与り大喜びでした。おこぼれとも知らずグレイは単純で純粋に喜びました。
まもなく日が変わり、復活の主日です。(2013年3月30日)


白衣の主日

昨日から大嵐です。今日はトリエント典礼では、白衣の主日で、現代の典礼では神のいつくしみの主日と呼んでいます。白衣と言われるゆえんは、新受洗者が白衣を本日脱いだためです。ミサの間中雷が何度も鳴っていて、よほど近いのかチャペルが軽く揺れたほどです。でも怖くはありませんでした。悪の計画を滅ぼすために雷、地震、洪水などを御父が使われるというメッセージを思い出したからです。
本日の祝日について、主イエズス・キリストは、(シスター)聖フォスチナにメッセージを与えておられます。「私は憐み(いつくしみ)の祝日が、全ての霊魂、とりわけ哀れなる罪びとたちの避難所、隠れ家となることを願っている。その日、わが憐みの深淵は開かれる―」また主は、憐みの祝日には「恵みの溢れ出るすべての水門が開かれる」と語られました。
約束
「私は、わが憐みの泉に近づく霊魂のうえに、憐みの全大洋を注ぐだろう―告解に行き憐みの祝日の日に聖体拝領をする者は、罪と罰の完全な赦しを得るだろう。どんな霊魂も私に近づくことを恐れさせてはならない。たとえその者の罪が緋のように赤くとも。」(2013年4月7日)
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