終末の時―大警告・再臨におけるカトリックの伝統と正統な信仰を求めて

2013年8月



 季節はすっかり秋めいてきました。夏の暑さで、冷たいものや飲み物を食べ過ぎ飲み過ぎでクーラーで冷えて、風邪をひきました。体調が悪かったのは冷たいもののせいだったかもしれません。年寄りの冷や水といいますから。夏まえまでは、冷たい飲み物に注意していたのですが、玄米のせいで体温が上がって暑くてしょうがなかったのです。玄米は体温が上がります。体温が上がりすぎたときは、白米や5分づきの玄米にすべきでした。冷えは万病の元といいます。冷え性や低体温で悩んでいる人は玄米にすると次第に体温が上がります。
 最近体調のせいで、無原罪の聖母像の前を通りませんでした。久しぶりに体調がよく、朝早く新聞を取りに散歩に出ました。昨日のことです。白バラが1輪咲いていました。他の薔薇は、葉だけとなっていました。新聞を取って帰り道、小川の小さな橋にさしかかると、シマヘビが私の足音に驚いて、スルりと小川に落ちました。小川のふちで、金魚を取ろうとして見張っていたのかもしれません。以前、去年のことだったと思いますが、小川の中で半身をもたげているマムシを見ました。怖くてしょうがなかったのですが、スコップをもってきて、殺そうとして、めでたし(天使祝詞)を祈りながらスコップを振り上げた瞬間するするっと反転して小川を泳いで消えました。後で殺すのに失敗したら、マムシに咬まれていたかもしれない。そう思うとぞっとしました。マリア様が護ってくださったのだと思いました。
猫  
 猫のチョコは夜が怖くなったのか夜10時頃帰り、朝4時とか5時に外が明るくなってから出かけます。出かけるときはやはり慎重です。右と左をよく見て、においをかぎそっと外に出ます。以前は鉄砲玉のように飛び出していたものでしたが…。最近私を4時頃に起こして朝ご飯を食べてから出かけます。私を起こす時の鳴き声が哀れな小さな声です。「申し訳ありませんがおきてください。お願いです…。お願いします。」というような哀れな声なので、しぶしぶ起きてごはんをやり、外に出します。チョコは写真を取られるのが嫌いなので、良く似た猫の写真を載せます。チョコの目は翡翠色です。そして、もう少しきりっとしていますが、顔のしま模様はまったく同じです。

聖ライムンド

本日は、トリエントミサでは、証聖者、聖ライムンド・ノンナートの2級祝日です。「聖ライムンドは、1204年、スペイン・カタロニアのポルテロに生まれた。サラセン人にとらえられ、その奴隷となっているキリスト教徒を贖うため、聖
ペテロ・ノラスコが創立した男子メルセス修道会(贖虜の聖母会)に入った。彼は奴隷である信者たちの解放を交渉するためアフリカに派遣された。そのとき、彼は交換条件として自ら人質となり、その間にキリスト教徒を解放するとともに、多数の回教徒を回心させた。
 1239年グレゴリオ9世により枢機卿に任命され、ローマに向かう途中、労苦がつもり間もなくコルドバで没した。1240年。36歳。1657年列聖。(『毎日のミサ典書』)  (2013年8月31日)



聖ラウレンチオ

殉教について

 昨日、洗礼者聖ヨハネの斬首の殉教の祝日でした。 8月10日の聖人、殉教した聖ラウレンツィオについて、後で思い出したことがありました。彼は焼けた鉄格子の上で殉教したのですが、神を賛美しながら苦痛に耐えていました。体の片面が焼けると、『もうこちら側十分焼けたので、向きを変えてください」と言い、しばらくしてから「もうすっかり焼けましたから召し上がってもよろしいですよ」と冗談を言いながら息を引き取ったということです。殉教者の、この余裕というか心の平和はどこから来るのでしょうか。不思議なことですが、これは神への信仰ゆえのことだと思われます。
 「以前『天草四朗時貞、真実の預言者』を書くときに古い本を調べていた時に見つけた話で、江戸時代、拷問から生き残った人々に外国の司祭が聞き取り調査をした文書が残っていたのを読んだことがあります。切られたり、苦しめられた時彼らは痛いけれど痛くない、ということだった。つまりふつうではとても耐えられるような拷問ではないはずなのに耐えられたと司祭に報告していました。不思議なことですが、信仰ゆえの奇跡と思われます。

聖母、聖カタリナ、赤子を抱くリマの聖ローザ

本日のトリエントミサでは、童貞、リマの聖女ローザの2級祝日をお祝します。「南アメリカ人として最初に列聖されたこの聖女は、1586年リマ(ペルー)においてスペイン人を両親として生まれ、聖ドミニコの第三会員となり、自宅にあって、シェナの聖女カタリナにならって生活した。
 十五年間、苦しい病気と霊魂の試練に悩まされたが、晩年は天的なよろこびにみたされ、三十一歳をもって、1617年8月24日帰天した。1671年列聖。南米とフィリピン諸島の守護聖人として崇敬されている。(『毎日のミサ典書』)(2013年8月30日)

*ご絵は、聖母と聖カタリナ、赤子(イエズス様)を抱くリマの聖ローザ







洗者聖ヨハネの斬首の祝日


洗礼者聖ヨハネの斬首



本日は、トリエントミサでは洗者聖ヨハネの斬首の一級祝日をお祝します。現代の典礼では、洗礼者聖ヨハネの殉教の記念日です。
 主イエズス・キリストは、「<私は使いを先に送る、あなたの道を整えさせるために>と書かれているのはその人のことである。まことに私は言う、女から生まれた者のうちで、洗者ヨハネより偉大な人は出なかった。だが、天の国でいちばん小さな人も彼より偉大である。…」(マテオによる福音第11章10)といわれました。バロバロ神父の注釈によれば、「旧約におけるもっとも尊い役<イエズスの先駆>さえも、洗礼によって与えられる恵みに劣る。洗者が神の時がきたと宣言した以上、人間はその国の果実を受けるために全力を尽くすべきである。ヨハネの時をもって旧約の計画は終わった。」とあります。

 「6月24日に、公教会は、洗者ヨハネの誕生を記念しましたが、本日は、光栄ある帰天を記念するのである。本日の福音に、斬首の次第が語られる。
 洗者聖ヨハネは、キリストの先駆者であるばかりではない。母として童貞を選び、その養父も童貞であったイエズスが、もっとも力説した純潔の殉教者なのである。」(『毎日のミサ典書』)

(2013年8月29日)


 

晩夏、農薬、F1種子

 

青空

今日も朝はよい天気で、涼しいです。この2,3日体調が悪かったのですが、青空で気温が低いと、まるでリゾート地にいるかのように錯覚します。高原にいるかのようです。つい最近まで暑くて夜眠れなかったのが、嘘のようです。
 今年は7月までは寒くて、8月に入ったら猛烈に暑くなりました。竹林のなかではまだ青紫のあじさいが美しく咲いており、オトメユリが3本優しいピンク色の花をつけて咲いています。7月の温度が低かったために花の咲く時期が後にずれたようです。
 2,3日前に隣の農家が農薬を無人ヘリで水田にまいていました。最近蜜蜂が全く姿を見せません。花がいっぱい咲いているのにもかかわらず…。
 EU では、ネオ二コチノイド系の3種類の農薬を、今年の12月から使用禁止を決定しました。蜜蜂がいなくなることで農業生産に非常に大きな損失がでてきたからです。農薬、化学肥料、除草剤を使わなければ農家の手間暇が大変なのは理解できます。この村だけではなく、今日本の農業はほとんど高齢者がになっているからです。しかし化学肥料ですら、土地を汚染します。土地が疲弊します。農薬や除草剤はもっと重大な影響があります。
 天のメッセージでは、世界的な飢饉が来るので、家族を養うために今から種を買っておきなさいとすすめておられました。種にはF1種子のものも交じって売られています。在来種の種を購入しなければなりません。F1種子のものは、1度作ったら、もう2度目には生産できません。種ができないからです。世界的な飢饉の状況で農薬や除草剤が手に入るとは思えません。またそれらは蜜蜂だけではなく人間にも害を及ぼします。
 F1種子の種の袋には、「F1」とか『交配』と書かれているといわれます。F1かどうかは、種の袋に「交配」と書かれているかどうかで見分けるしかありません。在来種は、袋に「在来種」と書かれてはいませんので。
 

今日は、トリエント典礼では教会博士、証聖者、司教聖アウグスティノの二級祝日です。「古代西欧教会の生んだ最大の教会博士アウグスティノは、354年11月13日、北アフリカのタガステの町に生まれた。青年時代に、迷いの道にふみこんだが、母なる聖女モニカの祈りと涙とによって、遂に回心の日が来た。更に、ミラーノ司教、聖アンブロジオの説教によって感化をうけ、彼の回心は決定した。
そして、387年の春、完全なキリスト者としての生活をおくり、キリスト教研究にけんさんをつみ、最も有名な護教論者の一人となった。
アフリカに帰り、391年ヒッポにおいて、司祭に叙品され、ついでヒッポの司教となった(396年)。かくて死にいたるまで34年間の司教職を通じて、説教者として倦む事なき活動をつづけ、司祭、信者のために配慮し、マニ、アリウス、ドナトゥス、ペラジウス及び反ペラジウス異端諸派との論争において、公教会の信仰を擁護する等司牧者として活動した。また彼の定めた共住生活の戒律は、男女修道参事会、托鉢修道会の今も遵守するところである。彼の才能と聖なる生活から出る敬虔とにみちた深遠な著作により、ラテン教会の博士の「鷲]と称せられる。430年8月28日、その偉大な霊魂は、神の御もとに上った」
(『毎日のミサ典書』)(2013年8月28日)


晩夏、TPP

 

青空

 風の中に、秋の気配が感じられるようになってきました。最近は連日晴れて、外の景色がとても美しく感じられます。気温もそれほど高くなく過ごしやすくなりました。もうすぐ秋です。オニヤンマが2匹ゆっくりと、地面に平行に、行きつ戻りつ飛んでいます。アブを空中で捕まえては、竹の葉に止まって食べるのです。トンボもいっぱい飛んでいます。鈴虫が鳴いています。秋が近づくと嫌なあしなが蜂もいなくなります。恐ろしいスズメバチは今年はほとんど見ませんでした。涼しいので、グレイもわんわん吠えなくなりました。
 ところが昨日の深夜ものすごい轟音で飛び起きました。聞いたことのない大きな雷でした。近くに落ちたのかもしれません。すぐに激しい雨です。豪雨です。激しい雨音が1時間くらい続きました。毎日、経験したこともないような豪雨が日本列島を襲っています。天の怒りの雨で日本列島が洗われています。
 今年の不順な天候で、農作物はうまく育たないのではないかと心配していましたが、近隣の稲は順調に育っていました。うちでは、ズッキーニが豊作です。食べ飽きたので、昨日はカレーに入れてみました。美味しかったです。

 TPPに関して私は反対です。F1種子というものがあって、日本には30年も前から入ってきています。それは種ができない野菜で、大きくて大量に収穫できるが1代限りの種子なのです。大量の化学肥料と除草剤を必要とする種子なのです。大量の肥料を使うので雑草も繁茂するからです。種子と肥料と除草剤がセットになっていて、企業にとっては非常に儲かる種子です。世界的な企業が作り売っているのです。もちろん遺伝子操作がされています。土地が化学肥料によって劣化します。TPPに加入したら、在来種の種を使えなくなります。わざと種ができなくしているのです。儲けのためです。このようなグローバル企業(パワー)に国が支配されてしまいます。TPPに加入すれば、今でさえ自給率の低い日本はどうなってしまうことか!その上輸入されるものは遺伝子操作されている食物なのです。健康面からいっても怖い野菜なのです。安倍政権がこれらのことを知らないはずがありません。日本が世界的戦略に巻き込まれないように、祈るしかありません。また、祈るべきなのです
 本日は、トリエントミサでは証聖者、聖ヨゼフ・カラサンクツィオの二級祝日です。「聖ヨゼフ・カラサンクツィオ(またはカラサンス)は、1556年、アラゴン(スペイン)のペルヴァイテに生まれ、ローマに行き、青少年の宗教教育を目的とするエスコラピオ(ピアリスト)を創立した。そして52年間にわたって驚くべき忍耐と謙遜をもって貧しい子供の世話をした。
 この修道会は、彼の生存中にも大いに盛大となり、他の教育修道会のモデルとなった。1648年8月25日、彼はローマで没した。1767年、クレメンテ13世教皇より列聖」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月27日)


カルフォルニア非常事態宣言

2013年8月24日、カルフォルニア州知事が非常事態宣言を発しました。50ケ所もの山火事(BBC)が起こっているためです。その数にまず驚きます。調べてみました。今年の夏のことですが、6月14日、コロラド州で4万人避難、2人死亡、家屋347棟消失というものすごい山火事が起こっていました。7月1日には、アリゾナ州での山火事で消防士19名が死亡。53度もの暑さと乾燥のなかでの山火事でした。
 今年はアメリカでは、過去500年で最悪の乾燥です。8月24日には、アイダホ州で山火事。2250世帯に避難命令。 

スペイン、マジョルカ島

写真は、2013年8月22日の、スペインマジョルカ島の大火。2013年8月18日、日本では桜島の噴火。2013年8月17日には、大阪岸和田で山火事1000平方メートルが焼けたが近くに人家はなかった、とのこと。
 地球上で水と火が暴れています。メッセージで怒りの雨といわれていますから、山火事と噴火も、罪深いこの世界への天の怒りだと思われます。 

終末のしるしです

 本日は、トリエントミサでは教皇殉教者ゼフェリーノの記念を祝いました。「この教皇は(198-217年)典礼と教会規律に関する重大問題を取り上げた。アント二ノ皇帝の頃、217年、殉教した。」(『毎日の典書』) (2013年8月26日)


ロザリオの祈り方

製作者の御好意により、ロザリオの祈り方の音声入りのユーチューブを下に張り付けました。


イタリア・ロザリオの聖母 



喜びの玄義
http://www.youtube.com/watch?v=AtMgnr1tgIY

苦しみの玄義
http://www.youtube.com/watch?v=VtOR4R3t6vw

光の玄義
http://www.youtube.com/watch?v=Pb63WT7Zzow

栄えの玄義
http://www.youtube.com/watch?v=3rW-HyBrlJI




このバージョンは、1連ごとの終りに大天使聖ミカエルの祈りが入っていません。大天使聖ミカエルの祈りの入ったバージョンが着きましたら、入れ替えようと考えています。(2013年8月25日)


カナダの思い出

幼きイエズスの聖テレジア

 昨日書いた、聖フィリッポ・ベニッィが創立した聖母下僕修道会がきっかけで、1993年の夏カナダで出合った聖母下僕修道女会の修道女たちのことを思い出しました。私にとっては2回目のカナダへの旅行でした。
 1993年8月15日の聖母の被昇天祭の前後1週間くらいの日程で、聖母の御要請で世界中の当時活動していた幻視者たちと霊的指導司祭たちが、黙想会と聖母への奉献のためカナダ、モントリオールから車で2時間かかる修道会に集まったのでした。米国から3人、イギリスから2人、カナダから一人、ポーランドから一人、オ-ストラリアから3人、日本から3人、このほかに多くのメッセージの関係者が日本からカナダから、米国から集まりました。
 多くの人々の中に、ニューヨークから来ていた聖母下僕修道女会の修道女が4,5人来ていたのです。その中の1番若い修道女が幼きイエズスの聖テレジアにそっくりでした。話を聞こうと日本人の幻視者たちが彼女のまわりに集まりましたが、彼女はフランス語しか話せませんでした。全身黒の修道女服でした。彼女たちは、たどたどしい英語で、自分たちが聖母下僕修道女会であると説明してくれたのです。あまりに聖テレジアにそっくりなので、日本人たちは私を含めてちょっぴり興奮したのです。その修道女たちには、今から思うと失礼だったかもしれません。そういえば、そのモントリオールの修道会の創立者の司祭が幼きイエズスの聖テレジアの親戚だと聞きました。その司祭のあごのあたりが聖テレジアにそっくりでした。

 本日は 使徒、聖バルトロメオの2級大祝日です。「キリストは、この使徒の真面目な心を、称賛された(ヨハネ1章)。この使徒は、アルメニアで宣教し、その地で、皮をはがれて殉教した。
 殉教録によると、後に信徒が、その遺骸を、リパリ島に移し、その地からべネベントにはこんだ。オット3世皇帝の時、ローマに移され、現在は聖バルトロメオ大聖堂に安置されている。」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月24日)

*前日のイエズス様のメッセージの引用を3,4行追加しました。

ロシアの洪水

世界中、大洪水

ロシアのアムール川の洪水がすさまじいことになっています。(写真by Lisa)今後まだ水量が増え、洪水が広がる予想が出ています。すでに2万人が避難。ハバロスク市に洪水が迫っており10万人の避難の準備を始めているとの報道がBBCで昨日ありました。
今月中にパキスタンでは、33万人被災の大洪水、スーダンでも32万人が大洪水で被災しています。中国でも東北部で大洪水になっていました。370万人以上が被災しています。7月の四川省の大洪水について7月のブログで書きましたが、今までのレベルを超えた被害になっています。
フィリピンでも豪雨のため、マニラ市の60パーセントが水没したのは、2013年8月21日です。 
その上、ウイグル地区で8月に雪が降り積もったそうです。(『地球の記録』)2013年8月13日のことです。13という数字は、メッセージ関係者に特別な意味を持っています。償いという意味です。8月の雪といえば、8月5日の雪の聖母大聖堂の奇蹟を思い浮かべてしまいます。(2013年8月5日の記事参照)一方米国カリフォルニアでは50ケ所もの山火事が発生していると今日のBBC で報道されていました。
世界中のこれらの洪水に関して、天のメッセージ(マリア・ディバインマースィ)があります。下記に引用します。

 「邪悪なるものの罪は美化され、人間が、自分たちがこの狂気に飲み込まれているのを知るにつれ、わが父は多くの国々の多くの地域を洗い流すので、世界は怒りの洪水を眼にすることになる。洪水はふつうの事となり、怒りの雨が国々に降りつのるとき、世界のどの地域が最もわが父を怒らせているかを、あなたたちは知るだろう。あなたたちの不正の国のすべては、肉の罪がどのようにして罰せられるかを、直接経験する。わが父は、他の者たちに広まるのを防ぐため、邪悪なるものが肉の罪のうちに在るものたちを支配するのをやめさせる。彼らは阻止される。これ以上、彼らが罪を広めることは許されない。この悪は的を絞られ、神の手による介入が至る所で目撃されるだろう。

あなたたちの中で、これらの天罰に巻き込まれるかもしれない者たちは、憐みを願って祈りなさい。保護を願って私に頼る者たちを私は護る。

あなたたちのイエズス」
 

本日のトリエントミサでは、証聖者、聖フィリッポ・ベニツィの二級祝日をお祝いします。『一二三三年八月十五日、イタリア・フィレンツェの貴族、ベニツィ家に生まれたフィリッポは、パリ大学を卒業してのち、修道士として、『聖母マリア下僕修道会』に入り、最もいやしい仕事を受け持ってはたらいた。
 のちに、長上の命令により司祭となり、さらに、その修道会の総会長に選ばれ、修道会の内部強化、存続、発展につくすとともに聖母下僕修道女会を創立し、諸紛争の調停をした。
 彼は教皇に選ばれるのをさけ、長らくの間隠遁の生活をおくった。一二八五年八月二十二日帰天した。一六七一年、クレメンテ十世教皇より列聖。」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月23日)


聖母の汚れなき御心の祝日



 
画像の説明



 本日はトリエント典礼では、聖母の汚れなき御心の2級大祝日をお祝いします。現代の典礼では、天の元后聖マリアの記念日をお祝いしています。下記は、フランシスコ第3会員ベルテ・ペティへのイエズスと聖母からのメッセージの引用(『PIETA』)です。
:「人びとに、私の聖心を貫いた悲しみと同一の悲しみよって貫かれた私の母の御心を愛するように教えなさい 」


聖母:「私は自分を汚れなき孕りと呼びました。あなたがたに対して、私は自分を悲しみに満てる心の母と呼びます。私の子が望んだこの称号は私にとって他のすべての称号にもまして愛すべきものです。それがあらゆる所に広められるに従って,憐みと霊的再生と救いの恵みが与えられるでしょう。」


「1942年十二月八日、教皇ピオ十二世は、当時全世界を巻き込んでいた艱難を終わらせるために、全人類を聖マリアの汚れなき御心にささげたのである。
千九百四十四年、五月四日、同教皇は全人類を聖マリアの汚れなき御心にささげた記念として、この祝日を全教会で行うことと定めた。
千八百四十四年、日本宣教のために那覇に渡来したパリ外国宣教会フォルカード師は、五月一日、全日本を『聖母のいと潔き御心」(当時の名称)に奉献し、これを日本最上位の保護者とあおぐことを規定し、礼部聖省の認可を受けた。日本における本日の祝日は、『 一級大祝日 』として祝われる」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月22日) 


 

聖人たち

 昨日(2013年8月20日)、途中から体調が悪くて、聖ベルナルドについて書き込みができなかったので、昨日の聖人と今日の聖人について『毎日のミサ典書』から書き写そうと思います。竹林の道のわきに植えたあじさいが1本を残して花が終わりました。青紫あるいは青のあじさいがまだ美しく咲いています。

あじさい:サンプル

やはり異常気象のせいでしょうか…。

トリエントミサでは昨日は、教会博士、大修道院長、証聖者、聖ベルナルドの二級祝日をお祝しました。「聖ベルナルドは、一〇九一年フランスのディジョンに近いフォンテーヌ城の貴族の子として生まれ、温和な信仰のあつい母(アレート・ド・モンパール)の監督のもとに敬虔な教育を受けた。一一一二年の春、三十名の貴族とともにシトーの修道院に入った。創立後間もない当時のシトー修道院は聖ステファノ・ハーディングの大修道院時代で、生活が厳格であったため、入院志願者もほとんどあとを絶っていた。が、ベルナルドの入会後いちじるしく興隆を見、シトー会は発展した。創設者・大修道院長として、一一一五年クレヴォ―に派遣され、ここに、修道院を建てたが、純潔と寛容、意力と柔和
との融合した高貴な精神、熱烈な感動と対神愛によって、あらゆる人々を自分にひきつけ、彼らを修道的完徳へ導いた。
 彼はまた、当時の神学的誤謬・異端に反対して、精力的にこれとたたかい、離教を終息させ、教皇、諸王、宗教会議の顧問、教皇使節ともなり、第二十字軍を遊説する等、およそ三十年間にわたり、欧州の運命に関与し、『十二世紀を双肩にになった』といわれたのも、欧州の調停者としてのかれを表したものといえよう。イエズスの聖名、聖母に対する篤い信心による、その讃美歌、説教は有名であり、また雄弁をもって鳴り、ラテン語説教家としても、中世随一と称されている。
 一一五三年八月二〇日、クレヴォ―で没した。一一七四年一月十八日列聖。その深遠にして純粋な著作により、ピお八世教皇は、一八三〇年七月二十三日、教会博士に挙げた。

 本日は聖女ヨハンナ・フランチスカ・フレミオ・ド・シャンタルの二級祝日をお祝しました。

 「聖ヨハンナ・シャンタルは、ディジョン(フランス)のフレミオ家二生まれ、一五九二年シャンタル男爵と結婚し、模範的な妻であり、母であった。夫の急死(一六〇一年)後、もっぱら祈りと慈善と子供の養育に献身した。やがて聖フランシスコ・サレジオの霊的指導を受け、一六一〇年サヴァのアンネシ―において、聖母訪問会を創立した。
 一六四一年一二月一三日、ムラン(フランス)で没した。一七六七年列聖。その祝日は、聖母訪問会創立記念日の八月二十一日と定められている。(『毎日のミサ典書』) (2013年8月21 日)


昨日のニュース

 18日午後桜島が噴火しました。噴煙が5000メートルも上がり、火山灰がひどかった模様です。



桜島噴火



噴火も終末のしるしです

うちでは、チョコが毎朝きちんと戻ってくるのに、午後2時まで戻らず心配しました。午前2時半の深夜のお出かけだったので、キツネのことがあり心配したのです。その上その前日、不吉なヴィジョンを見たのでチョコのことではないだろう、と思いつつも親心としてはハラハラしました。夜は夜で、他の家の白い猫が来てチョコとウーウー激しくうなり合っていました。雌猫のチョコは、雄と違って他の猫と喧嘩しないと思っていましたが、雌猫も自分のテリトリは守るのですね。チョコがけがをしないように、私は割って入り、白ネコを追い払いました。黒猫のクッキーは雄でしたから、他の雄猫としょっちゅう喧嘩しひどくけがをして、病院へ度々行ったからです。昨日の、わが家の小さなニュースでした。(2013年8月20日)


百合

 毎年被昇天前後に突然咲いている優しいピンク色の百合、今年は咲かないのかもしれないと残念に思っていました。球根を植えたわけでもなく、2,3年前から突然毎年咲くようになったのです。
 去年来客がいつもその百合の咲く場所を掃除してくれたのですが、掘り返していたので、球根が傷んでしまいおそらく今年は咲かないだろうと思っていたのでした。昨日トリエントミサから帰って、そのあたりを見回しました。すると立派に咲いている1本のピンク色の百合が倒れていました。倒れていたので、咲いているにも関わらず気が付かなかったのです。大雨で花が大きいためにバランスを崩して倒れていたのでした。そおっと支えをつけて立たせました。名前を調べると、オトメユリ(乙女百合)という名前の東北地方に自生するユリに一番似ていました。童貞(乙女)マリアの被昇天祭の前後に咲く百合、ぴったりの名前です。



オトメユリ 




 うちの敷地や近所の山々には、この時期小さ目のオレンジ色の百合もいっぱい咲いています。

本日のトリエントミサでは、証聖者、聖ヨハネ・ユードの二級祝日をお祝いします。「聖ヨハネ・ユードは、一六〇一年、リ市(フランス)に生まれ、一六四三年、ユード会といわれる「イエズスとマリアとの司祭修道会」を創立した。この修道会は、布教と神学校経営とを目的とする。
一六四四年、迷った娘たちの矯正を目的とする「愛徳の聖母修道女会」を創立した。
イエズスと聖母の御心に対する信心を広め、一六七〇年イエズスの聖心の祝日を祝う司教許可を得たが、これが公的なイエズスの聖心崇敬の始となった。さらに一六七二年自分の創立した司祭修道会のためにイエズスの聖心の聖務日課とミサの文を作った。一六八〇年カエン(フランス)で没し、ピオ十世によって、一九〇九年列福され、一九二五年五月三十一日列聖された。」(『毎日のミサ典書』) (2013年8月19日)


暑い夏・洪水の夏―終末のしるし

新聞に、千年の一度の夏(暑い夏)と書かれていました。ロシアのニュースをBSで見ていたら、アムール川沿いが大洪水になっていました。知りませんでした。1週間前のことです。その後も大雨のため洪水は続いています。アムール川は中国との国境の川でもあるので、洪水は中国側にも迫っているとの昨日の報道でした。
 他のブログの、2012年の書き込みで「洪水、洪水、洪水」と表題があったので、去年も地球上では洪水があふれていたようです。去年の洪水のことはあまり気にしていませんでしたが…そうだったのですね。どちらにせよ今年の大雨は、経験のない大雨という雨が続いています。印です。イエズス・キリストのメッセージ(マリア・ディバインマースィ)で「印ははじまった…時は近づいた」(2013年7月15日)とあるので、いよいよ大警告に向けて始まってしまったのです。

訂正があります。(2013年8月13日)
ニヴィルの聖ゲルトルード(誤)→二ヴェルの聖ゲルトルード(正)

 この二ヴェルの聖ゲルトルードのアンティ―クの小さなご絵を偶然から手に入れました。不思議なご絵で、一人の修道女が黙想している聖画なのですが、大聖ゲルトルードと二ヴェルの聖ゲルトルードの二人を一人の人物として描いているというものです。画家が意図的にそうしたのか、二人の聖ゲルトルードを混同したためにそうなったのかわかりません。めずらしい御絵なのです。絵の中の杖には、ネズミがのっています。猫と愛猫家の保護者だからなのでしょう。二ヴェルの聖ゲルトルードは、死の当日の保護者でもあるとのことです。



二ヴェルの聖ゲルトルード



本日は、トリエントミサでは聖霊降臨後第十三の主日をお祝いします。「毎日のミサ典書の説明に[神がわれらのうちに、信望愛の徳をつよめ、われらをますます天的なものとする天のパン*を与えたもうように。]」とあります。

*天のパンとは、ミサ聖祭の中でカトリック信者がいただく聖体のことです。洗礼を受けた者だけがいただけます。(2013年8月18日)


蛇の十字架

他のホームページで蛇の十字架を持つ教皇の写真を見ました。預言されていたことですが、磔刑像の十字架を廃止して新しい十字架を彼が造ると言われていました。その十字架かどうかわかりませんが、蛇の頭がついているのです。カトリック教会の十字架とは思えません。
 蛇の十字架に関しては、気もちが悪いのでブログには載せないでおこうと1週間くらい前に考えていたのです。天のお考えは、人間の考えと違います。

 現在の教皇について、聖母がつい最近明らかにされたメッセージについての私のブログの記事で『ファチマ第三の預言が明らかにされる!!』に述べられています。”カトリック教会だけではなく、わが聖父(ちち)を敬い、わが聖子、イエズス・キリスト、世の救い主を受けいれるすべての教会を破壊する者”と聖母はおっしゃいました。(2013年8月1日の記事参照)

 下記をクリックすると、蛇の十字架を持つ教皇の写真を見ることができます。http://www.gettyimages.dk/detail/news-photo/pope-francis-holds-a-cross-during-a-meeting-with-cardinals-news-photo/174550364

 

本日のトリエントミサでは、証聖者、聖ヒアチントの2級祝日をお祝いします。「 聖ヒアチントは、千百八十五年、ポーランドの貴族オドロヴォンジュ家の息として、上シレジアのグロース・シュタイン城に生まれた。クラカウの司教座聖堂参事会員となり、博学のほまれ高かった。ローマに云ったとき、聖ドミニコの説教を聞いたことから、ドミニコ会に入る決心を実行した。
 宣教師として、ポーランドを始めバルト海沿岸をめぐり、多くの異教徒と異端者とを回心させた。『北欧の使徒』と称されている。
 一二五七年の聖母被昇天の日、帰天した。一五九四年四月十七日列聖。」(『毎日のミサ典書』) (2013年8月17日)


新しい名前

 「教皇ベネディクト」と、天が教皇ベネディクト16世を呼ばれたのを聞いた時、昔読んだか聞いたかしたことを思い出しました。新しい名前は、新しい人、新しいミッションをあらわす、ということをです。ですから私は教皇ヴェネディクト16世が、教皇ヴェネディクトと天が新しい名前で呼ばれたのは、新しいミッション(ローマ人ペテロという役割)のためであると考えました。あるいは、天が親しみを込めて教皇ベネディクトと単に呼ばれた可能性もありますが…。
 カトリック信者も、洗礼を受けるときに新しい名前をもらいます。『洗礼のときつける名前で、霊名ともいう。洗礼名は受洗者がキリストにおいて新たな被造物となったことを意味する。聖人名を一般的にとるが、これはその聖人の保護を願い、またその聖人を鑑(かがみ)とするためである。』(「キリスト教百科事典」)

下記に「 霊名の聖人に対する祈り 」を紹介します。

 わが天なる保護者よ、御身の御名(みな)もて呼ばるるを誇りとするわがため、天主の御前(みまえ)に絶えず祈り、悪魔に打ち勝ちて永遠の栄えにいたらんがため、われを信仰と徳に強め、戦いのうちにわれを護り給え。アーメン

 今日のトリエントミサでは、証聖者、童貞聖マリアの御父、聖ヨアキムの二級大祝日を祝いました。「聖ヨアキムは、愛の深い、利己心のない人であった。
 その名は”主の備え”という意味である。キリスト前の、キリスト教的な徳のために、救い主の無原罪の母を娘に持つ幸せがあった。
 公教会のこの偉大な保護者のとりつぎを祈ろう。」(『毎日のミサ典書』) (2013年8月16日)


被昇天の大祝日

 本日八月一五日は、聖母の被昇天の一級大祝日をお祝します。童貞マリアの被昇天です。『毎日のミサ典書』には、次のように説明されています。

「聖母マリアの祝日の中で、最も荘厳で、おそらく最古の典礼は、帰天と被昇天との、本日の祝日である。被昇天の不思議な事実についての記録は極めて少ないが、古くからの伝承によってこう伝えられてきた。
 聖伝によると、神の無原罪の御母の死は、原罪の結果としての死の苦しみと恥とを負わなかったといわれる。聖母の死は、むしろ、死への勝利であった。これは、地上の生活から天の命への、美しき移りであり、聖伝の言葉によると『平和の眠り』であった。
 なぜなら、原罪なくして生まれ、神の母たる聖寵によって、極めて神に近い聖母は、死の鎖に縛られなかったからである。
 聖母マリアの被昇天に対するわれらの信仰は、われら自身の復活への希望を強め、人間生活の唯物論的な思想を排斥する一つの根拠ともなるのである。
 故に、教皇ピオ十二世は、一九五〇年十一月一日、聖母被昇天を、信仰箇条として、次のように宣言したのである。
 『神の無原罪の御母、終世童貞マリアが、地上の生活を終えて、霊魂と同時に身体をも天の光栄に上げられたことは、神の啓示による信仰の真理であると、余は、宣示し、明言し、定義する。』」

 終りの時である今、聖母は最後の人類を救うミッションにおいて『救いの母』という最後の称号で呼ばれること(マリア・ディバインマースィ)になるのです、と宣言されました。(2013年8月15日)


一つのめでたし

 「…無味乾燥のなかにあって、感覚的熱情なしに、しかし、純粋な意思をもって唱えれる1回のめでたしは、私から見れば、慰めのうちにあって唱えられる三環分のロザリオよりもはるかに価値のあるものなのです」

ー聖母のシスターコンソラータへの啓示

「聖にして学識あるイエズス会会員、シュアレツ神父は、天使祝詞の価値を深く知っていたので、彼は、ふさわしく唱えられた一回の”めでたし”に対し、彼の全学識と同等の価値を喜んで与えると言った」

―聖ルイ・ドゥ・モンフォール 『ロザリオの玄義』

本日のトリエントミサは、証聖者、聖エオウゼビの祝日を祝います。現代の典礼では、日本にかかわりの深い聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父の祝日です。「殉教録には、次のように記されている。『自宅のある部屋に監禁されたエウゼビオは、七ケ月の間、祈り続けて死んだ。四世紀、ローマにおいて』
 聖エウゼビオは、ローマの司祭で、アリウス派の異端と戦った。アリウス派のコンスタンティオ帝に捕えられ、自宅に監禁され、餓死させられた。(三七〇年頃)」(『毎日の典書』)(2013年8月14日)


暑い夏

 8月に入ってから急に暑くなりました。猫も犬もぐったりしています。特に犬のグレイがそうです。暑いとわんわん吠えるのでうるさくてかないません。そういう時は、竹林の涼しいところにつなぎます。ちょうど台所の窓からグレイが見えます。グレイもそこに私がいるのを知っていて、こちらをじっと見ています。竹林の中では、グレイは涼しいのでリラックスしています。
 猫のチョコも、家にいることの方が多くなりました。暑さとキツネが怖いことがあり、深夜は出かけません。夜の10時半頃、1階の椅子の上で寝ていたチョコが、2晩続けて眠っていた椅子から転げ落ちました。玄関の外からシャーというような恐ろしい声が2晩聞こえたからです。それ以来2階の私の部屋の床の上で昼寝をします。夜も2階で眠ります。その恐ろしい声は私も聞きました。大蛇が出す音のような恐ろしい音声です。でもこの地方には、大蛇はいません。たぶんキツネが玄関の前まで来て、チョコを脅したのだと思います。
 昨日、猫と愛猫家の保護者ニヴェルの聖ゲルトルードのことを知りました。さっそく猫のチョコの為に、その安全をニヴェルの聖ゲルトルードに祈りました。たびたびこのブログで引用している大聖ゲルトルードとは違う方です。ニヴェルの聖ゲルトルードは、旅人の保護者でもあります。聖人たちにはそれぞれ、得意な取り次ぎの分野があります。すべてにわたって取り次ぎが有効で有益なのは、聖母マリアと聖ヨゼフのお二方です。
 神様に何かお願をする時、カトリックでは聖人方に取り次ぎを願う習慣があるのです。たとえば天の宮廷を思い浮かべてみてください。私たち地上の罪びとは、天の宮廷には当然入れません。そこで宮廷のなかにおられる聖人、聖女に取り次ぎを頼むのです。それは地上の人間世界でも同じです。王宮におられる王様にお願いごとがある時、有力な家臣の方を通しての方が、話が通りやすいはずです。

 本日のトリエントミサでは、「殉教者、聖ヒッポリト、聖カッシアノ」の祝日を祝います。「聖イレネオの弟子、聖ヒッポリトは、信仰のために、炭鉱重労働の刑をうけ、二三五(二三六)年頃、殉教した。聖カッシアノは、三〇四年ごろ、デイオツィアノ皇帝の迫害の時、イモラで死をもってキリストを宣言した。」(『毎日の典書』)(2013年8月13日)


聖霊降臨後第十二の主日

 昨日の昼のBBCのニュースで米国カルフォル二ィアの大規模の山火事が市街地まで広がって、住宅地を焼いているというニュースがありました。『戻ったら家がガレキになっていた』と住民が嘆いていました。避難指示で、家を離れ戻ったら全焼していたということなのでしょう。なぜか燃え残った家が隣にあります。それも住民は不思議がっていました。続いて、インドネシアのロカンデ火山が噴火し、火砕流で6人が死亡したとBBCは伝えていました。
 山火事からも、火砕流からも、信仰があれば家は護られたに違いないと私は思うのです。天がかつていわれたことには、避難命令には従わなければならないということです。ですから火砕流から、洪水からまず逃げなくてはなりません。しかし罪の家ではなければ、信仰のある家ならば守られると、信じています。広島の原爆で、爆心地で無傷のまま残った一軒の家のことは海外でも知られています。(http://www.pdtsigns.com/hirosh.html)その家では8名の修道者がファチマの預言に従って祈りの生活を送っていました。この奇蹟の家のことは後日機会があれば紹介したいと思います。
 確かカルフォルニアでは、同性婚が法律で許可された州でした。天から見て、罪深い州ということになるのでしょうか。今の世は、ノアの時代よりも悪がはなはだしいのです。そして、日本では大雨で洪水や土石流です。連日の猛暑です。人が死ぬような暑さです(高知で40度超、2人死亡)。ラサレットの預言の通り火と水が地球上で暴れています。これらは、みな終末のしるしです
 昨日のトリエントミサでは、聖霊降臨後第十二の主日をお祝いしました。
「主よ、願わくば、聖なる奥義にあずかるわれらを生かし、許しと保護とを下し給え。」(『毎日のミサ典書』) (2013年8月12日)


放射線被爆

 国が法律で定めている被爆線量は年間1ミリシーベルトです。ところが、その限度を福島での原発事故の後、政府は20ミリシーベルトを目安に避難指示区域を設けました。なんと20倍に基準を引き上げたのです。先日紹介した井戸川勝隆元双葉町長がこのことで、双葉町の子供たちが「結婚できない、住むことができない、何にもできない」と泣いています、と街頭演説で語っていました。双葉町では、仕事も職場も放射能で奪われたのです。これは双葉町だけではないでしょう。いくつかの井戸川さんの映像がユーチューブにはありますから放射能汚染に関心のある方は検索してみてください。
 今日の話題は医療被曝についてです。CTでの検査を1回受けると、約20ミリシーベルトの放射線の被爆だそうです!!(『医者に殺されない47の心得』)たった1回で年間1ミリシーベルトの20倍の被爆なのです。放射線を浴びれば、「放射線は、細胞のなかのDNA(遺伝情報)を必ず傷つけます。浴びた量によって1歩か100歩かの違いはあるものの、発がんに向かって必ず歩を進めます。」と著者の医者近藤誠さんが書いています。彼は慶応義塾大学医学部放射線科の講師です。つまり放射線の専門家がCT検査が危険だと、発がんリスクが必ず増大すると警告しているのです。気軽に、また勧められるまま必要もそれほどないのにCT 検査を受けてはならない、と著者は言いたいのだと思います。医療被曝はさけたほうがよいに決まっています。

 本日八月十日は、トリエントミサでは殉教者、助祭、聖ラウレンツィオの二級大祝日です。現代の典礼でも同じ聖人の祝日です。「本日祝うのは、ローマの有名な助祭殉教者、聖ラウレンツィオである。公教会の財産の管理、貧民への施与の分配にあたっていた。ローマの知事は教会財産を没収しょうとしたが、彼は知事に渡さず、余すところなく貧しい人々に分けた。このため逮捕され、拷問され、灼熱の鉄格子の上で焼き殺され、殉教した。二百五十八年ごろのことである。」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月10日)


洪水?

 昨日用があって、車で2,30分離れたY市に出かけました。Z町を通るのですが、山を下りて川のそばを走ると、洪水の跡がありました。水面から3メートル近い高さの橋げたに大きな木が引っかかり川のまわりには背の高い草がなぎ倒されていました。その先にある農地にも水があふれたようでした。大雨で川が増水し、畑まで溢れたのでしょう。経験したことのない大雨で、このようなミニ洪水はおそらく日本各地で起こったでしょう。大した被害はなかったにしろ、もし川のそばに人がいれば、流されるような増水だったのです。

 8月8日は、トリエントミサでは「殉教者、聖チリアコ、聖ラルゴ、聖スマラグド」の祝日でした。 「聖チリアコ(十四救難聖人の一人)は、ローマの助祭で、ディオクレツィアノ帝のとき、聖ラルゴ、聖スマラグドとともに、信仰のために投獄され、おそろしい拷問ののちに殉教した。303年ごろのことらしい。」
 本日8月9日は、証聖者、聖ヨハネ、マリア・ヴィアンネの二級祝日です。「聖ヨハネ・マリア・ヴィアンネは、一七八六年五月八日、フランス・リヨン市にほど近いダルディリに生まれた。家が貧農であったため、家の農牧の手伝いをし、十九歳のとき司祭に叙品された。三年後の一八一八年三十二歳の時、リヨンに近いアルスという小村の主任司祭となり、爾来四十二年間、この村において、神の摂理とあわれみとの手段となってはたらいた。彼は、フランス革命の余波を受けて、まったくたいはいしたこの地を根本的に改革し、人の霊魂に、超自然的力をおよぼした。聴罪司祭・説教家・祈りと苦業との生活をもって、非凡な司牧的効果をあげ、奇蹟的治療さえよくした。この聖人の名を聞いて巡礼者が諸国から、アルス村に杖を引き、おびただしい回心者を出した、この間彼は、尊者ジョゼフ・シャミナードによるマリア会の創立にも関与した。
 悪霊によって、神のこのしもべは、さまざまに苦しめられたが、そのもえる信仰と苦業とによって試練にうちかつことができた。
 一八五九年八月四日、七十三歳でアルスで没した。一九〇五年聖ピオ十世により列福。一九二五年、ピオ十一世により列聖、一九二九年、同教皇より、聖堂区付聖職者の守護者と定められた。通称『アルスの主任司祭』と呼ばれており、その遺骸は、アルスの聖堂に保存されている。」(『毎日のミサ典書』) (2013年8月9日)


驚くべき証言

「雲の柱・火の柱 アウトロー神学者の終世世相診断』というプロテスタントの牧師のブログや他のブログで、昨日見つけたとんでもない証言がありました。もうすでに亡くなったアーロン・ロッソ監督の9.11に関する証言です。そこにはそれだけではなく、将来頭に打ち込まれるチップ(人間をロボット化するための)、ウーマンリブの本当の目的(女性に課税するため、と家庭の破壊)、9.11の目的とは永遠にテロ対戦争を起こすこと(何の実態もないにもかかわらず)、さまざまな恐るべきロックフェラーの全人類に対する陰謀が暴かれています。この映像は、ユーチューブで『アーロン・ロッソ』という名前で検索するとみることができます。
この世は不法に満ちています。悪がすべてを支配しているかのように見えます。でも、それは間違いです。神がすべてを支配しておられるのです。今は人間にはわかりませんが、これらのことを神が許されているから起こるのです。これらの恐るべき陰謀を、神は十字軍の祈りで止めることができると言われています。全人類をロザリオとスカプラリオで救うと、聖母は聖ドミニコに約束なさいました。また御父は、地震、洪水、噴火などの自然災害の力で悪を止めると言われています。ますます、経験したことのない大雨が降り続けるでしょう。洪水が起こるでしょう。これらは神の怒りのしるしです終わりが近いというしるしです。「火と水は地球の上で発作的な動きをひきおこすでしょう。そして恐ろしい地震が山々を、都市をのみこんでしまうでしょう。」と聖母はラサレットの預言で言われました。

私たち一人ひとりは小さく無力な者です。しかし神とともにいれば、この恐るべき世界において安らかです。どんなことが起ころうとも、嵐の海を聖母とともに安全にわたっていけます。聖母は「海の星」です。聖母は、私たちの導き手であり,護りです。

そして、ついにファチマ第3の秘密が明らかになったのです。ローマにいる教皇がカトリック教会とイエズス・キリストを信じるすべての教会(プロテスタント)を破壊すると聖母は預言されました。「祈り、祈り、祈りなさい」と聖母とイエズス・キリストは私たちに今言われています。(2013年8月8日)


涼しい夏2

 今日も朝から晴れています。ずいぶん暑くなりましたが例年ほどではありません。うちは断熱性に優れているせいか冬は暖かくてよいのですが、2階の私の部屋は、外が涼しくとも夏はとても暑いのです。でも今年は例年ほど暑くはなく、なんとか眠ることができます。
 立派なズッキーニがまたまた収穫できました。普通の2倍はあります。しかしできかかっていたトウモロコシは全滅です。狸の仕業です。根こそぎトウモロコシを引き抜いて実を全部食べられました。
 去年近所の農家が同じような被害にあい、「がっかりだ」と嘆いていました。去年はうちは虫にトウモロコシがやられ、今年はタヌキです。野生動物も必死なのです。以前見かけた雌のキツネは、とても痩せこけていました。かわいそうですが、野生動物にエサをあげるわけにはいきません。
 猫のチョコがよほど恐ろしい目にあったのか、外に出るとき、異常に慎重になりました。ドアの前で、外をキョロキョロ眺めたり、においをクンクンします。5分くらいもそうしています。おそらくキツネに追いかけられよほど怖い思いをしたのでしょう。家の前で私の帰りを待つときは3メートルの梁の上にいます。以前は夜も平気で、ドアから飛び出したものですが、最近は夜は出かけません。深夜にキツネがこの敷地を徘徊しているのを理解したのでしょう。朝早く3時とか4時に出かけます。出かける前に、寝ている私のベッドに来て私の手をなめ、ニャーとあいさつします。暑いので、寝室のドアを開け放していたからです。ごめんねと言ってドアの外にだし、ドアを閉めてまた眠りました。

本日は、トリエントミサでは聖カイエタノの二級祝日です。「聖カイエタノは、一四八〇年イタリア・ヴィチェンツァに生まれた。最初は法律家であったが、後に司祭となった。人々の救霊に熱心に働いたので、「霊魂の狩人」と呼ばれた。彼はピエトロ・カラッファ司教(のちのパウロ四世)とともに、テァティノ会という「摂理の兄弟ら」と称する司祭修道会を創立した。会名は、カラッファが司教であった地名テアテに由来する。この会の特質は神の摂理に全福的に信頼することで、反宗教改革(十六世紀)運動に挺身した。
 彼は使徒職への愛と、神に対する委託にみちた生涯を終え、一五四七年八月七日、ナポリで帰天した。一六七一年列聖された。」(『毎日のミサ典書』)(2013年8月7日)

   




ファチマの預言1


ファチマ第三の秘密あるいは第三の預言と呼ばれている、1917年にルチアが、ヤシンタ、フランシスコの三人の牧童が聖母から受けた最期のメッセージの内容が先日(2013年8月1日参照)聖母のメッセージにより明らかになりました。聖母が、「まもなく、ファチマの預言は意味を持ってくるでしょう。」と言われました。
それでファチマの預言のよく知られていない(あるいは、忘れられている)部分を下記に引用(『wikipedia』)します。

「 ロシアの奉献 

ファチマの啓示の第二部にあるロシアの奉献は…ファチマでの聖母の主要な要請の一つであり、この為にローマ教皇は数度にわたる奉献式を行った。…

 一回目の要請

1917年7月13日、少女達の前に姿を現した聖母は、
「戦争はもうすぐ終わります。しかし人々が神に背くことを止めないなら、ピオ11世の時代にもうひとつのもっと酷い戦争が始まります。夜、不思議な光が、空を照らすでしょう。それがあなた達に神様がお与えになる大きな印になります。その後、神様はいろいろな罪を戦争、飢餓、教会と教皇の迫害の形で罰されるでしょう。」

と言い、合わせて

それを阻止する為に、私はロシアが私の汚れない心に奉献されることと、初土曜日に償いの聖体拝領がなされることを望みます。もし人々が私の望みに耳を傾けるなら、ロシアは回心し、世界に平和が訪れるでしょう。もしそうしなかったら、ロシアは世界中に誤謬を広めて戦争と教会の迫害を推し進めることになるでしょう。罪のない人達が殉教し、教皇様には多くの苦しみが訪れます。いくつかの国はもう無くなってしまいます。それでも最後には私の汚れない心が勝利を収めるでしょう。教皇様はロシアを私に奉献し、ロシアは私に回心するでしょう。そして、何年かの平和が世界に訪れるでしょう。」と伝えた。さらに

ポルトガルでは信仰の教義が常に保たれるでしょう」とも言い、最後に

「あなた達がロザリオを唱える時、一連ごとにこう言いなさい。「ああイエズスよ、我らの罪を許したまえ。我らを地獄の火より守りたまえ。また全ての霊魂、ことに主の御憐れみを最も必要とする霊魂を天国に導きたまえ」

として、祈りの一文を与えられました。この祈りは、世界中に広まり、今日でもカトリック信者の間で広く使われています。

1929年6月13日深夜11時、ルシア(ママ)の前で聖堂が明るく照らされ、天井まで届く光の十字架が祭壇のうえに現れた。永遠の聖父が十字架の上部に見え、その胸には光の鳩があり、十字架にはイエズス・キリストが磔になっている光景が見えた。また、そうして見えたキリストの脇腹から腰にかけて血が滴り落ち、それはホスチアを通してカリスへと流れていた。十字架の右腕側の下には、聖母がいた。

聖母は、ルチアに伝えた。

「教皇が全世界の司教と共同で、私の心にロシアを奉献することを神様に願う時が来ました。このような方法によってロシアを救うことを、神様は約束して下さいました。私に反抗した犯した罪の為に、神様の正義が断罪なさる魂があまりに多いのです。ですから私は、償いをするよう願いに来ています。この意向の為に、償いをして、祈りなさい。」

1930年5月29日にルシア(ママ)が自身の司祭に認めた書簡によると、教皇が荘厳かつ公の償いの業を以って、ロシアをキリストと聖母の御心に奉献し、かつ全世界の司教にも同じことを命じた場合にのみ、ロシアは回心し、世界に平和は訪れる、と伝えられたという。その理由として(なぜロシアの奉献がなければ、神は救わないか、の)、聖母の御心の勝利として教会史に記録がされれば、聖母の御心への信心がキリストの聖心に並ぶ信心として世界に広まっていくだろう、とキリストが願った為、としている。

ローマ教皇の奉献

この聖母の要請に基づき、1942年10月31日、教皇ピオ12世はファティマの出現25周年終了を記念して、ラジオによるポルトガル国へのメッセージの中で、教会と全人類を聖母の汚れない御心に奉献した。 また、ピオ12世は1952年7月7日、使徒的書簡「サクロ・ヴェルジェンテ・アンノ」を出し、「ロシアの人々」を聖母の汚れない御心に奉献した。 教皇パウロ6世は1964年11月21日、第二バチカン公会議終了の際、聖母の御心に人類を委ね、聖母が教会の母であることを宣言した。 また、教皇ヨハネ・パウロ2世は、1982年5月13日ファティマで、1984年3月25日にローマで、1991年5月13日にファティマで、世界を聖母の御心に奉献した。また前者の2回は全司教一致で行うよう、世界中のカトリック教会に呼びかけた。

有効性

これらは、ロシアではなく世界や人類が奉献されていたり、全司教一致でなかったりして、1929年の聖母の要請と完全に一致しているとは言えなかった。その為、ルシアは少なくとも1984年まで、ロシアの奉献は成就していない、としていた。[30]現在でも、ロシアの奉献の認否について、カトリック教会内で意見は分かれ、中には未だに奉献は済んでいない、と主張する人達も存在する。

1930年、ルシアは以下のような啓示をキリストから受けた。


1930年、ルチアは以下のような啓示をイエズス・キリストから受けている。
あの人たちは私の願いを聞き入れてくれなかった。彼らはフランス王のように後悔するが、もう遅過ぎる。ロシアはその誤謬をすでに世界中に広めていて、戦争と教会の迫害は止まることを知らないだろう。教皇も大いに苦しむこととなる」

また1936年5月18日、ルチアはゴンサルヴェス神父にあてた書簡の中で、

「教皇のためにたくさん祈りなさい。彼は聞き入れてくれるでしょう。しかし、そのときにはもう遅すぎるでしょう。それでもマリアの汚れない御心は自分に委託されているロシアを救うことになるでしょう
 トリエントミサでは、本日は主イエズス・キリストの御変容の2級大祝日をお祝いしました。(2013年8月6日)


ミサのはかりしれない恵み 

 昨日の日曜日はよいお天気でした。気象情報では、長い梅雨が明けたと聞きました。大雨続きでしたから、花や作物のためにも良かった。ところが、昨日は私の身体の具合が悪く声も出ず、歩くこともままなりませんでした。しかしトリエントミサには、這ってでも行きます。この20年様々な病気のため、運転もできなくなり、ついには友人にミサに連れて行ってもらうようになりました。しかし、ミサに出席すると途中から気分がよくなり、倒れるように座っていたものがしゃんと座れるようになります。本当に不思議ですが、いつもそうなのです。ですから具合が悪い時ほどミサへ這うように向かいました。昨日も同じでした。ちょうど奉献文の詩編( 主よ、私は主に向かってさけび、主は私を医[いや]し給うた。)の前までに,私は癒されしゃんと座れるようになっていました。このようなことがすべてのミサ出席者に起こるとは保証できませんが、ミサには莫大な恵みがあることは真実です。

ミサの測り知れない価値についての聖人たちの言葉

1回のミサは、聖人たちのすべての償い、十二使徒の働き、殉教者たちの苦しみ、さらには、神の御母の燃える愛よりも、神に栄光をもたらすものである。」
―聖アルフォンス・リゴリ

ミサを捧げることは、その栄誉を讃えて捧げられる聖人だけでなく、天と、地と、煉獄における全教会にとって、益するところとなる。
ーアルスの司祭、聖ジャン・ビアンネ

1回のミサと、世界の善業全てを対比させてみなさいー一つの山の傍らの、一個の砂粒のようだろう。」
ーアルスの司祭、聖ジャン・ビアンネ

 主は、愛をもって聖体*を眺めるたびに、天国での我々の位置は永遠に高められると、聖ゲルトルードに言われた。

*聖体は、洗礼を受けたカトリック信者のみが拝領できます。未信者は列に並んで司祭の前で頭を軽く下げて祝福をしてもらうことができます。 
 本日はトリエントミサでは雪の聖母大聖堂の献堂の一級祝日を祝います。「雪の聖母といわれるのは、聖母が、大聖堂を立てようと望み給うたところに、真夏に雪を降らせて、お示しになったという伝説があるからである。」(『毎日のミサ典書』)
(2013年8月5日)


人工地震の証言!?  

ユーチューブで福島県双葉町の元町長井戸川克隆さんが、2013年7月16日新宿の街頭演説で、地震津波の来ることを3月11日の8日前に政府が知っていたと話しているのを見ました。とんでもないことを話します、と前置きして話されましたが…。8日前に政府が知っており、それを東京電力、東北電力、日本原電が発表するのを止めたと元町長が言っています。青森から千葉県までの間に地震と津波で多くの人たちがなくなりましたが、それは人災だ、というのです。今年の夏の参議院選挙の街頭演説です。「日本ではウソがまかり通っている」、まず子供たちを避難させることをしなければならないと訴えられていました。「政府によってつくられた悲劇です」、「福島の子供を助けてください」、当時政府が言っていたことは皆ウソだった!津波に襲われ,原発建屋が水素爆発した、その現場である、双葉町の元町長が語っているのです。井戸川克隆で検索すると、ユーチューブで街頭演説が見られます。政府が8日前のその情報を流せば、人々は準備できたし、前もって逃げることもできたはずでした。多くの人命が救われたはずでした。その情報を知っていた東京電力はなぜ原発の地震対策を準備しなかったのでしょうか。大勢の死に責任ある人々は、神のみ前で、どう言い訳ができるのでしょうか。

本日は、トリエントミサでは聖霊降臨後第十一の主日をお祝いします。ミサ典礼のなかで昇階唱(詩編27ノ7)に、

「私の心は神に希望をかけ、こうして私は助けをえる。私の肉は若返った。ゆえに主よ、私は心をつくして御身をたたえ奉る。」とあります。
(2013年8月4日)


 最初の殉教者、聖ステファノの遺骨発見

 本日のトリエントミサは、最初の殉教者、聖ステファノの遺骨発見のお祝いをします。「415年十二月五日、エルザレム付近で、一司祭ルチアノにより、聖ステファノの遺骨が発見され、十二月二十六日エルサレムに移された。四百三十九年、皇后エウドシアの命令により、盛大に祝ってコンスタンティノープルにはこばれた。
本日はこの歴史を記念するのである。」(『毎日のミサ典書』)

(2013年8月3日)


 

涼しい夏

 昨日は1日中晴れました。青空です!最近の異常な気候から1日中青空が続くのは珍しいです。日中は気温が少し上がって夏らしい感じもしましたが夏というよりも初夏くらいですか…。夕方からは気温が急激に落ち、外は18度でした。いつもならこの時期は、私の部屋は暑くて寝苦しいのですが、一晩中涼しいままでした。いつまで待っても夏が来ません。この地方の農作物は大丈夫なんでしょうか。
 ラサレットの預言によれば、「季節は変わり、農作物は不作に」なり、日本も含め世界中で大雨そして洪水です。大雨が降り始めたら、天罰が近いという状況に世界がなっているということですか…。
 庭に花をたくさん植えました。今、小さな花盛りの庭になっています。蜜蜂のためです。でも蜜蜂はきません。
 昨日は犬のグレイは夕方久しぶりに元気でした。気温が低いためでしょう。うれしそうに犬小屋や庭の前で走り回っていました。
 無原罪の聖母像の前の白バラがいっぱい咲き始めました。苗木のサイズが3倍くらいの大きさに育っていました。

 昨日8月2日はトリエントミサでは、「教会博士、証聖者、司教、聖アルフォンソ・マリア・リグォリ」の2級祝日を祝いました。
 聖アルフォンソは、一六九五年イタリアのマリアネラ(ナポリ郊外)で貴族の長子として生まれた。始め法学を学び、博士号を得て、弁護士となったが、この職業をすてて、聖職に入り、一七二六年司祭となった。一七三〇年から翌年にかけて救世主修道女会を創立することに貢献し、後、男子救世主会(レデンプトール会)を創立した(一七四九年認可)一七六二年、クレメンテ十三世の命により、サンタ・アガタ・ゴティの司教となり、病弱にもかかわらず、この教区を十三年間統括し、充実した使徒職を行った。一七七五年この職を辞して、パガ二の救世主会に退去し、同修道会の内外の困難、苦しみの中に、一七八七年八月一日没した。一八三九年五月二十九日グレゴリオ十六世により列聖。
 聖体に対する愛と、聖母への深い信心と,また、深遠な倫理神学の著作とにより、一八七一年三月二十三日、ピオ九世により教会博士にあげられた。(『毎日のミサ典書』)(2013年8月3日)


三つのめでたし2

この項は2013年7月31日の「三つのめでたし」の続きです。

 聖レオナルドの習慣


聖レオナルドは、昼夜のあいだ すべての大罪を避ける恵みを得るため、汚れなきマリアを敬う朝晩三回づつのめでたしの信心業についてしばしば説教した。彼は、聴衆に確言した。「この敬虔なる習慣にゆるぎない信心をもち続ける者は、何にもまして、確実に永遠の救いを得るであろう。」

 聖アルフォン・リゴリの習慣

 聖人は、三つのめでたしをひざまづいて唱え、次の射祷をそれぞれのめでたしのあとに唱えることを勧めた。

御身の汚れなき無原罪の御孕(おんやど)りよりて、ああ、マリアよ、わが身体(からだ)をきよめ、わが魂を聖ならしめ給え

「三回のめでたし」の信心業は、ブロアのヨハネ・バプチスト神父によって広められ、神父は「三回のめでたしの会」を創立した。教皇レオⅢ世は、この信心業を実行する者に贖宥を与え、教皇べネディクト十五世は、この会を大信心会の位に昇格させた。

八月に入りました。昨日八月一日は、トリエントミサでは、鎖の聖ペテロの一級祝日を祝いました。現代の典礼ではアルフォンス・リゴリ司教教会博士の記念日です。ローマのエスクィーノ丘に建てられた大聖堂の記念日(「毎日のミサ典書」)です。
ちょうど二〇年前、一九九三年六月にポーランドでの、当時活動していた幻視者たちの黙想会に招待され、参加するためにヨーロッパを旅行しました。ローマに立ち寄り、この雪の聖母大聖堂を訪れました。記憶にありませんが、その有名な鎖を見たかもしれません。その聖堂前で私たちはジプシー(ロマ)十人くらいに取り囲まれました。ローマ在住の案内をしてくれた司祭の機転で私たちは難を逃れましたが、その司祭の話によると取り囲んだジプシーたちは、お金やバッグを旅行者を取り囲んで盗むのです。ジプシーたちは女性、子供、男性のグループで、案内の司祭がいなければ、ぼんやりして警戒心のない私たちはバッグを取られていたことでしょう。多くの美しい大聖堂めぐりのローマの旅でしたが、ローマの裏側の闇をちょっぴりのぞいたような気がしました。(2013年8月2日)



   


ファチマの第三の預言が明らかにされる!!


ファチマ第三の秘密あるいは第三の預言と呼ばれている、1917年にルチア、ヤシンタ、フランシスコの三人の牧童が聖母から受けた最期のメッセージの内容が、今回マリア・デバインマースィの受けたメッセージで明らかになりました!昨日読んで驚きました。下記にその抜粋を載せます。全文を知りたい方は、「マリア・デバインマースィ大警告」で検束して最新のメッセージ(2013年7月22日)を検索してください。


「私は、1917年にこの世に預言を与えました。でも、最後の預言は明らかにされていません。それは教会の中にいる者たちにとって恐ろしいものでした。

一部が2012年1月26日に明らかにされましたが、ファティマの最後の預言は神の子どもたちには依然として知られてはいません。教会の中のわずかな者たちがそれに関知しています。今、ファティマの最後の預言のさらなる部分が明らかにされなければなりません。それは、救霊の手助けをするための私の介入を無視することの重大さを、私が人類に警告することができるようにするためにです。

教会は、神の敵たちによって、内部から侵攻されてきました。神の敵たち―教会の内部で支配する者は20人います―は、大いなる欺瞞を立案してきました。彼らは、神のものではないひとりの人間を選び、一方では、ペテロの冠を戴く教皇を慎重に排除しました。

私が明らかにしたことの詳細は、終わりの時にあって、ペテロの冠を戴く者が二人存在するというものでした。一人の教皇は、彼の信用を落とすためにねつ造される虚偽ゆえに苦しむ者であり、そのために彼は事実上の囚人状態となるのです。選ばれたもう一人の教皇は、カトリック教会だけではなく、わが聖父(ちち)を敬い、わが聖子、イエズス・キリスト、世の救い主を受け入れるすべての教会を破壊する者です。

わが聖子によって認められた地上の教会の頭は一人であり、彼は死ぬまで教皇でなければならないのです。ペテロの座に就いていると主張する他のいかなる者も、詐称者です。この欺きは、霊魂をルシファ―に手渡すためのものであり、手渡された霊魂たち―思慮に富む者は誰ひとりいないのです―にとって、救われるための時間はほとんどありません。

子どもたちよ、あなたたちは一つの警告を今、聞かなければなりません。わが聖子の教えから逸れてはなりません。あなたたちに与えられる、地上のわが聖子の教会からのものであるという、すべての新しい教義を疑いなさい。真理は単純です。真理は決して変わりません。わが聖子の遺産は非常に明快です。何者にもあなたたちの判断力を曇らさせてはなりません。」

上記の聖母のメッセージでわかるように、二人の教皇とは、教皇べネディクトと教皇フランシスコのことを指しています。(2013年8月1日)


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